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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
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攻防

 いや! そういう問題じゃない⁉︎


 朝、目が覚めた瞬間、俺は飛び起き、頭を抱えて再度、枕に顔を埋めた。

 夢、久しぶりに見なかった……ていうかそれよりももっと酷い問題が! 昨日のあれは何⁉︎


 昨日は混乱の極みの中、帰った途端ハインに説教され、各自部屋に押し込められ、もう寝ろと強要されたのと、考えるのとか無理なくらいに色々が限界で、寝台に倒れこむとすぐ、意識が飛んだ。

 夢も見ずに眠りを貪って、覚醒した瞬間、あの混乱がまだ最中だと自覚したのだ。


 夢か? あれは何かの妄想⁉︎ だっておかしいだろ、何がどうなったらそんな風に話が転がる⁉︎

 変だよな⁉︎

 あんなこと、サヤが言うとは思えない!

 あんな、決意を固めた時みたいな、騎士みたいな凛とした……あれ?


「……うん……変だ……」


 違和感を自覚したら、混乱はどこかに消失した。

 ……そうだ、あの時のサヤは、なにか決意したみたいな表情だった。

 いつも、何かを覚悟をした時の彼女は、あんな顔をする。今まで何度も見てきたのだ。

 いったい何の覚悟を?

 思い出せ、どこから変だった……途中までは、違った筈なんだ。部屋を飛び出し、夜の闇に逃げ込んだ時の彼女はまだそんな風じゃなかった……。


 暗がりで、表情をきちんと確認できなかったことが悔やまれた。

 ちゃんと見えていれば、彼女の変化に気付けた筈だ。

 ただ言われた言葉に浮かれていただなんて、馬鹿だ俺は……。


 まずはサヤの様子を確認して、探りを入れてみなければ。そんなことを思いながら寝台を出て、身支度を始めた。いてもたってもいられなかったのだ。

 久しぶりの休日一日目。まさかこんな暗澹とした気持ちで始まるとは思わなかった……。


「おはようございま……どうしました、早いですね」


 身支度を整え終わる頃にハインが来た。俺があらかたの準備を済ませているのを見て、やや目を見張る。

 こいつには、悟らせてはいけない。


「外が明るいからかな、スッキリと目が覚めた」


 にこやかに表情を作りそう伝える。

 ハインも「ああ、それは確かに」などと相槌を打ちつつ、残り少ない朝の準備を素早く済ませていく。


 それも終わり、ハインが朝食の準備に戻ろうとする頃、サヤがおはようございます。と、やって来た。


「……あれ? 尻尾は?」

「尻尾?」


 首を傾げるサヤ。

髪が、シャランと音を立てそうな感じに、肩から滑り落ちる。

 いつも馬の尻尾みたいにまとめているのに……今日のサヤは髪を括っていなかった。


「休暇なのですよね? なので」


 そう返事があり、ああ、あれは仕事用の髪型なのか。と、納得した。

 ただ服装は、いつも通りの従者服。補正着だって身につけている様子だ。


「レイシール様の御髪はどうされますか? いつもと違う感じに致しましょうか?」

「ん……そうだな。じゃあお願い。ただ、ひとまとめにはしといてほしいかな」

「畏まりました」


 ハインが去り、サヤと二人きりになる。

 いつも通り長椅子に座り、サヤが髪を梳いてくれて、それを編みはじめる。

 ……違和感は、髪型以外には無い。いつも通りのサヤだ。

 昨日のあれは、夢を見ただけなのかもしれないと、思えてしまう。


「終わりました」


 そう言われ、現実に引き戻された。

 手鏡を渡されたので確認すると、後頭部が複雑だ。いつもの麦の穂みたいな編み方も、なにやら細かく、手の込んだ感じになっている。


「雨季も明けましたし、そろそろ暑くなってくるでしょうから、首元を涼しくと思いまして」

「ああ……それで。確かに首元が、スッキリした感じだ」


 いつも首の後ろくらいから始まる編み込みが、もう少し上から始まっている。そのおかげで、首元がスッキリと空くみたいだ。風が通る。

 そんな風に思っていたら、今日はどのように過ごしますか? と、聞かれた。


「サヤはどうするの?」

「午前中は日常業務ですね。あと家具の配送手配。昼以降は空く感じなんです。

 それでその……良ければまた、乗馬を……教えていただけたらと」


 急に顔を俯けて、ゴニョゴニョとそんなことを言う。

 乗馬……ああ、兇手に襲われてからやっていなかったな。

 だけどサヤはもう、充分馬に乗れるまで上達していると思う。


「じゃあハインに確認してみようか。

 マルはメバックに戻るって言ってたし、残りの三人で遠出でもしてみる?」


 兇手の問題もあるし、ハインのことだから多分、簡単に俺たち二人では行かせてくれないだろう。

 そう思って言った言葉だったのだが、何故か……サヤがシュンとしてしまう。


「……どうした?」

「あ、いえ……」


 視線を逸らして少し言い淀む。暫く逡巡していたのだが……。


「レイと……二人で過ごしたい思うて……言うたから」


 言葉に頭を殴られた。

 や、やばい……。何か、思惑があって言われた、昨日のアレなはずで、それが分かっているというのに、攻撃力がハンパない。

 どうした、何があったと、ここで問い詰めるべきか……いやでも、万が一ハインに見られると、大問題になりかねない。


「あ……す、すまない……。

 ただ、二人は無理だと思う。雨季の間は人も多かったし、兇手は襲ってこなかったけど、明けたらまた狙いやすくなる。暫くは三人で、様子見をするのじゃないかな」


 そう言うと、コクリとサヤは頷いた。そして……、


「……さ、サヤ⁉︎」


 距離を詰めて、俺にひっつく様に座り直してきた⁉︎

 慌てる俺に、サヤは上気した顔で、責める様に見上げてきて。


「そないに驚かれると、私も困る……。昨日、今までと同じでええって言うたけど……全く同じやったら、意味があらへんかなって。

 私の知っとる恋人は……こういう感じや」


 と、そんな風に言うのだ。

 恋人という言葉に再度殴られた心地だ……夢じゃなかった。

 だけど彼女は、こういったことは苦痛であるはずなのだ。


「サヤ……無理しなくて良いんだよ。嫌だって思うことを強要する気は無いんだ」


 サヤが身を寄せた分を、俺が下がって間を開ける。するとサヤが、何やらムッと少し怒った顔になる。


「嫌や思うてたらせえへん。触って確認したらええ。はい」


 そう言って右手を差し出してきた。

 逃げ道を絶たれた心地で、その手を見下ろす……。昨日俺が、口づけした手だと思うと、余計触れるのが躊躇われる。

 見た限り、震えている様子も、血の気が引いている様子もない……。


「いや、見れば、分かるよ……」


 ついそう言って、逃げてしまった。

 するとサヤが、更に怒った風になる。


「おかしいやろ? 昨日までは気にせず触れてた。なんで今は、しいひんの。

 今までより、遠くなってどないするつもり?」

「おかしい? 違うよ、今までがおかしかったんだ。サヤの国では、あまり触れ合わないんだよな?」

「ここはフェルドナレンのセイバーンやろ? ここのやり方でかまへんのやないの?」


 ムムムと、二人で睨み合い、間合いの牽制をしていると、コンコンと扉が叩かれ、二人して飛び上がった。


「支度はお済みですか?朝食の準備が整いましたが」

「い、今行く!」


 慌てて長椅子から立ち上がり、部屋を出る。

 なんだか、色々ややこしいことになりそうな予感に、俺は内心、溜息を吐いていた。





マルは朝一番でメバックに出立したらしい。

土嚢壁の方も一区切りとなった為、一部の土建組合員がメバックに戻るのに便乗したそうだ。

なので朝食は、久しぶりに三人でとなった。


「お二人は、今日早急に成さねばならない予定がございますか」


その最中、ハインがそんなことを言う。

特別予定の無い俺は首を振りかけ、サヤに乗馬を再開したいと言われたことを思い出し、それを伝える。

サヤはというと、なにやら下を向いて頬を膨らませている……。

な、なんでそんな反応になるんだ……? ほんと、どうしてしまったんだサヤは。

また何か喧嘩かよ……みたいな目のハインが見てくるし……正直空気が苦痛だ……。


「まあそれならば、サヤの乗馬の復習にもなるでしょうし、遠出をしませんか。

サヤも、それで良いですね?」


決定事項みたいな口ぶりで言われる。

聞いてるけど否は求めてない感じに、まあ、良いけどと俺は返事を返し、サヤもこくんと頷いた。


「でも、どこに行くんだ?」

「西です」

「……うん、西のどこ」

「まだ何もないところです」


うーん?

よくわからない返答だが、それ以上の説明は無いらしい。

さっさと食事を済ませたハインが、サヤに日常業務を手伝うから、弁当を頼みます。などと言っている。

あ、そうそう。食事処だが、本日より試験的な通常営業を開始する。

昼の三時間のみの営業だ。

昨日一日、試しに食券を販売してみたら、思いの外売れたらしい。用意していたものが早々に完売となり、買えない者も出たのだとか。

食券の数は、その日の仕入れの内容によって変わるようだが、今日は確か百食の予定であるらしい。

宣伝も何もしていなかったのに、昨日の食券販売は二時間もかからず完売となったそうで、明日の分の食券は、今日の午前中に売り出すとのことだ。

俺たちが休暇の十日間は、百食、三時間の営業を行い、客の入りを見て、その後の予定を決めることとなっている。

まあそんなわけで、賄いをお願いする期間も終了となった。

だから今朝の朝食も、久しぶりにハインの手作りだったのだ。


「畏まりました。食材は……」

「食事処にある程度分けて頂いてますから、サンドイッチでもお願いします」


機嫌を直したサヤが、サンドイッチの具材についてハインと楽しげに会話を始める。

その様子をひっそりと観察して、違和感を探そうと思ったのだが、それを見つけるには至らず、朝食の時間は終了となった。


まあ、休暇といっても、全部を無しになんて出来ないわけで、俺も日常の業務を午前のうちに終わらせようと執務室に篭る。

とはいえ、一通りのことが終わった後なので、今はすべきことも少ない。

小一時間ほどで、やることは終わってしまい、執務室を出た。

さて……時間も頃合いになったな……ハインを探すか。


「ハイン、そろそろ行こうか」


洗濯物を干していたところを発見し、そう声を掛けた。

すると干していた敷布の間から、ひょこりとサヤも顔をのぞかせる。

しまった……居たのか。

奥で洗濯物を洗っていた様子だ。敷布の陰で見えていなかった。


「えっと、どちらへ?」

「……サヤは……」

「サヤはこのまま続きをお願いします。終わったら、弁当作りを始めていて下さい」


俺が何かいう前に、ハインがサヤに仕事を割り振る。

そしてまだ大量に中身のある洗濯籠を託し、こちらにやって来た。さっさと行くぞ。と、目が言っている。


「あっ、い、いってらっしゃいませ」


一瞬狼狽えたサヤだが、ハインには逆らわないらしい。ホッとしつつ、俺はハインと共に、踵を返した。

一度執務室に戻り、資料をひとまとめ持ち出す。

それをハインに託し、俺たちは本館に足を向けた。

そう……異母様への報告だ。

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