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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章半
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異話 鎖4

 翌朝は快晴だった。

 家族には「いってくるわ」「ああ、赤字出すなよ」くらいの軽い挨拶だけして、さっさと馬車に乗る。

 アギー公爵の推薦状だけは失くす訳にいかないので、手提げ鞄に入れて膝の上だ。

 揺れる馬車の中で、俺はレイとハインのことを考える。


 あの二人は良くも悪くも似てる……自分のことを投げ捨てて人の面倒を見るのだ。ハインは主にレイにだが、レイは誰にでもそうするから余計始末が悪い。

 俺は少し外側から、二人が暴走しないように、手綱を取らなきゃならない。

 あっという間に常識を逸脱するから、気を引き締めてかからねぇとな……。主従揃って傍迷惑だなほんと。

 それと……もしもの時の為に、伸ばす手の先を、確保しておくのが役割だな……。

 例えば……胡散臭いクリスタ様も、手段のうちの一つではある。


 推薦状が届いた時、共にひとつ、封筒が添えられていた。

 中には便箋が一枚のみ。内容も簡潔だった。


 月に一度の状況報告をせよ。送り先は、アギー領、息女クリスタ宛で良い


 文面を思い出し、ため息をつく。

 レイは、クリスタ様が女性だということを知らない……。俺は自分の特技の所為で、知りたくもないのに知ってしまった。おかげで色々都合良く使われている。

 そして俺は、あの人が、そんな所のご息女ですらないことも、薄々感じている。

 だってなぁ……性別を隠し、学舎に潜り込んでくる時点でおかしいだろ?

 しかもレイと同じ寮に、堂々と暮らしていたのだ。

 どんなコネがあればそんな荒技が可能かなんて……考えなくても分かるだろ。


 あの人の目的の一つは、多分レイだ……。

 しかし、何故レイを得ようとしているのかが、分からない。

 それが分からない以上、簡単に手を借りることはできない。代価が恐ろしすぎる。


「ま、最悪……最後の手段だな……あの人は」


 それでも、レイの味方でいてくれるうちは、最強の最終手段だ。

 なので、希望通り、定期連絡は入れていこう。しかしレイとハインには、伏せておく。

 自己犠牲しすぎる奴らは、自分以外の事のために、その最悪の手段を使いかねないからな。


 さて、馬車の中ですることなんて、寝ることくらいしかない。

 俺は、座席の座褥を調整してから、目を閉じた。

 十日後には、レイに会える。

 寝れば時間も早く過ぎる。


 なら寝るべきだよな?



 ◇



「なん……で……?」


 夏の長期休暇ぶりに見たレイは少し背が伸びていた。

 頭の中のレイの寸法を修正する。約六ヶ月で五糎弱……。遅かったが、やっと成長期か?

 だが身長よりも体重が気になった。

 痩せたな……。目の下のくまも酷い。手首なんて、折れそうじゃないか?何か食わせとく必要があるな。


「なんでってなんだ。

 お前が不義理にも、俺に一言もなく王都を離れやがるから、文句言いに来たんだぞ。わざわざ」


 畑の真っ只中で、レイは惚けていた。

 その背後ではハインが、やっと来たかと言いたげな顔をしている。

 横で農家のガキがレイの袖を引き「レイ様、このでかい人誰?」とか聞いてるから、俺はガキの目線に合うようにしゃがみ込んで「俺はレイのダチ。親友」と、教えておく。不義理されたぐらいで親友辞めると思うなよ。


「なんで来たんだ!文句なら手紙でもなんでも……っ。いや……ごめん。悪かった。

 ほんと、急な話だったから……」

「……本当にな。まさか、卒業するまでも待てない程とはな……」


 知ってるんだぞと、におわすと、瞳が揺れた。そして、いつもの笑みを顔に貼り付けるけど、精彩を欠いた笑顔だった。

 何かを諦めたような、仕方ないと言い聞かせるような、そんな笑み。


 逆戻りだ……せっかく、自分の意思を、持ち始めたところだったってのに…………。

 口にしたら、叶わなくなりそうだと言っていた、一年前のレイを思い出し、その通りになったレイの運命の采配に、心の中で悪態を吐く。

 このまま引き下がると思うなよ……俺はそんなもんで、レイを諦めたりしない。

 運命の歯車がことごとくレイを裏切るなら、横から棒でも何でも突っ込んで、噛み合わせを乱すのが俺の役割だ。


「こ、こっちには……いつまで滞在するの?宿はどこ?」

「メバック。今から行く。ここは、俺も立ち寄っただけだから」

「……………そう……。顔出してくれただけでも、嬉しいよ。元気そうで良かった」


 つくりものの笑みで、つくりものの声で、レイは言う。

 まったく、行かないでとか、もっと話そうとか、それすら無いのか……。助けを求めないにも程がある。

 何を言おうかなと逡巡する。

 けど、回りくどいことをして、こいつをいじめるのはやめようと思った。

 見るからに疲弊してる。これ以上削る必要は、無い筈だ。


「ここに寄ったのはな。手続きのため。ご領主様の采配を仰ぎたいんだよ。

 とはいえ、急病だと伺ったからな。だからこれはお前でいいんだよな?領主代行様」


 丸めて筒に入れた推薦状を差し出す。

 飾り紐で巻かれ、封蝋でアギーの印が押してあるものだ。

 不思議そうな顔をして受け取るレイ。アギー公爵家からの書状を受け取る理由が思い浮かばないようだ。


「今は開けるな。帰って、正妻様のいる前で開けろ。居るんだよな?」


 ハインからの連絡では、現在魔女は此処に滞在中の筈だ。

 念を押した俺に、レイは、何をする気だ?と、不安そうな顔を向ける。


「たいしたことじゃねぇよ。推薦状だ。アギーでは適当な土地の確保が難しくてな。

 その点メバックはアギーに近いし、土地も安いし、理想的だったんだ」

「何が?」

「何がって……支店だよ。バート商会の。メバックに支店を出すことにしたんだ」


 レイの瞳がこれでもかと言うほど見開かれる。

 お、びっくりした?よしよし。そりゃ、俺も人生賭けてんだから、びっくりしてもらわなきゃ割に合わない。


「王都の店は兄貴がとっくに継いでる。独り立ちしようと思ったら暖簾分けしなきゃなんねぇじゃん。どうせだから、ついでだ。それにな……」


 こっちの我慢がきかなかった。レイの頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと撫で回す。

 頑張りすぎるな。そう言ってやりたい。

 だけどこいつはきっと、それを言ったって駄目なのだ。なら、頑張りすぎても支えてやれるように、傍にいとくしかねぇだろう。


「お前との縁を終わりにする気はねぇんだ。もう十年つるんだんだぞ。いい加減、分かれよ」


 人目がなきゃ抱きしめてやりたいところだが、農家のガキが頭を撫でるだけでぽかんとした顔してやがるしな……。畑の間からちらほらしてる奴らもなんかすげぇ見てるし……。

 そこはぐっと堪えておく。


「お前は何もしなくていい。それを正妻様の前で開いて、判断を仰ぐだけでいい。

 メバックでの準備は大半終わってる。あとは店の建設くらいだ。

 俺は今日からメバックに入る。お前んとこの領民になる。ワドもいる。お前の部屋も当然作る。なんせ、バート商会はお前の家も同然だから。

 今度は、不義理は許さねぇぞ。近いからな。来ないなら、こっちから顔出すからな」

「なんでだ……ギルも、ハインも……なんでそこまでする……。

 もしお前達まで俺の罰に巻き込んで、失くすなんてことになったら……そんなことになったら、俺は……」


 畑の真っ只中で泣きそうな顔をして、レイが奥歯を噛みしめる。

 どうやって俺を切り離すべきか……そんなことを考えてる顔だ。

 馬鹿にすんな、そんな覚悟でここに来てると思うなよ。もしお前の運命の歯車ってやつに巻き込まれたって、俺はただやられるつもりは無い。


「罰なんてねぇよ。お前はなんもしちゃいねぇだろ。

 俺もハインも、お前の持ちもんじゃない。

 しかもお前は押し付けられただけだ」


 お前の意思の外の話だ。

 だから怖がるな。お前の呪いは、いつか絶対に覆してやる。

 決意を固める俺に、ハインが横から要らない横槍を入れてくる。


「ギル、来るからには赤字は許しませんよ。税を払えないような使えない商人は不要です」

「お前な……見込みないのにメバックに来るか!その辺はちゃんと考えてんだぞ俺は!」

「考えと結果は別物ですから」


 学舎にいた頃のように口喧嘩を始めたら、ガキや農民達があんぐりと口を開けた。

 なんで喧嘩が始まったんだと言いたげな顔だ。

 泣きそうになってたレイが、それを見て慌てて止めに入る。


 そうそう、これだよな。

 俺たちは、こんな感じでなきゃ、俺たちじゃねぇよ。

今回はここまで。次週から本編、新章開始です。

新章って言いつつ逃げたサヤからっていう中途半端さなのですが……。そこはほら、あの盛大な告白の結果からってことで期待して頂けたら嬉しいなと……(笑)


では、来週の更新も金曜日8時からを予定しております。

またお会いできたら嬉しいです。

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