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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章半
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異話 鎖3

 俺の言葉に、成り行きを見守っていたクリスタ様が、俺に視線を移す。


「父上にか。……私ではなく?」


 クリスタ様の言葉に、俺は口元を歪めた。

 獰猛な獣が背後に見える気がするのは、気のせいですかね、クリスタ様……。

 餌をちらつかせれば、俺が食いつくとでも?

 それが一番レイの為になるのだというならば、喜んで食いつこう。けど、貴女を俺は、全面的に信頼なんて、できないんでね……。

 レイを高く買ってくれてるのは知ってる。でも、それがレイの為になるかどうかは、また別だ。


「……アギー公爵様にお願いします。メバックに、バート商会を暖簾分けしようと思ってたんで、丁度良い」


 俺の言葉に、クリスタ様が目を煌めかす。


「アギー領内でなくて良いのか」

「だって土地が高いわ狭いわ……。メバックなら程々近くてセイバーン領です。土地の目星もついてます」


 商売だけを念頭に置くなら、アギーが良いのだろう。だが俺は、商売と同じくらいには、レイのことが大切なのだ。

 少しでもレイの側にと考えた結果、メバックが一番都合が良い。レイにも近いが、アギー領にもほど近いのだ。


「君は……何故そこまで、レイシールに肩入れするんだ?」


 面白そうに、そう聞いてくるクリスタ様に、肩をすくめて答える。


「男の友情ってのは、結構人生賭けるもんなんですよ」


 貴女には、ちょっと難しいでしょうかね。

 金で友情は買えねぇんだよ。十年をともにした親友を、不幸にしたくないと思って、何がおかしい?


 と、そこで……。


「ええと……僕はどうしたら良いかな?」


 気の抜けたような声で割り込んで来た。

 マルが、自分を指差して首を傾げている。


「お前……セイバーンには魔女がいるから関わりたくねぇって言ってたろ?」

「何年何ヶ月前の話⁉」

「ここに居りゃいいじゃん」

「今年卒業だよ⁉ちゃんと卒業するよ⁉」

「レイは卒業できねぇのにお前はすんのか……ほんと神の采配って……」

「摩訶不思議だよねぇ」


 緊張感がねぇ……。

 好きにすりゃいいだろと言い捨てる俺に、マルは何故か、食い下がってきた。


「ええぇ、でもさぁ、情報は大切だと思うよ。その魔女の実家もキナ臭いわけでさぁ。

 僕だって、レイ様に色々恩義があるから、それなりに頑張る気はあるんだけどなぁ」


 そうは言ってもお前だって信用できねぇんだよ。別の意味で。

 けどまぁ……クリスタ様よりはマシか……。マルの優先順位ははっきりしてるからな。


「じゃあなんとかしてセイバーンに来い」

「丸投げ⁈」

「あのな、暖簾分けって結構色々やること多いんだぞ。そもそも店を建てる必要あんだから。

 店持ってこないでいいから楽だろ。お前の体だけ持ってくりゃいいんだから」

「そんなこと言わないでよ!見捨てないで!お願いしますっ」

「……まあ、考えとく」


 結局、そんな感じでマルのことは保留となった。

 そのまま流していたのだが、セイバーンに戻った後、まさかのレイの采配で、マルはメバックに呼ばれることとなる。

 マルの幸運は計り知れない……こいつの運の半分を何故レイに授けてくれないのか……、いや、もしかしてこいつがレイの運を吸い取っているのか……?

 俺は警戒を強め、レイを守り抜こうと改めて誓った。


 案の定というか……レイは、俺に何の報告も寄越さなかった。学舎を辞めることも。王都を離れることも。

 想像していた通り、淡々と処理を済ませ、ハインには、王都に残るようにと言ったという。

 当然奴は拒否し、脅して強引に付き従った。

 俺には、ハインから逐一連絡が届いていた。

 荷物をまとめることもままならず、急ぎ戻ることになったという内容が今日も届く。

 俺は、荷物の手配を引き受けるので、レイの身だけは必ず守れと返事を書く。


 レイが、セイバーンに戻り、二週間ほどが経つと、またハインより手紙が届いた。

 レイの実家は、針のむしろだという。レイの立ち位置は思いの外脆く、危ういと書かれていた。

 しかし、多少の救いはあった。農民たちは、レイに親切だと書かれている。

 優しく、気さくで献身的なレイは、快く受け入れられているらしい。

 屋敷の中にいるより、畑の中にいる方がよほど快適だと書いてある。

 そして……もう一つ、気になる記述があった。

 レイが、あまり眠れていない様だ……。

 部屋から、呻き声のようなものが聞こえることがあると書かれていた。

 翌日問いただしてもはぐらかされる。かといって、下手に踏み込むと頑なになってしまうことがあるレイだから、踏み込みあぐねていると綴ってあった。

 眉間をつまんで唸る。

 眠れるわけがねぇ……。何とかしてやりたいが、俺に出来ることにも限界がある。

 だが、メバックに行けば……まだ何かしら、手が伸ばせる筈だ。

 横に置かれた荷物に目をやる。

 本日届いた。アギー公爵様の推薦状。

 バート商会の支店をメバックに希望するというものだ。セイバーンの魔女の背後に伯爵家があろうとも、更に上の公爵家からの推薦状だ。蹴飛ばせるもんなら蹴飛ばしてみやがれ。

 間もなく行けると手紙の最後に綴って、まとめられた出立荷物の上に置く。


「ギル、荷物はもう良いか」


 開けっ放しにしていた扉から、兄貴が顔を出して俺に問うた。

 荷物の上の手紙を見て、それを手に取る。


「出しといてやる。荷物は早く運んでしまえ。ギリギリになってバタついてたら蹴飛ばすぞ」


 そう言ってから立ち去ろうとして、また足を止める。


「何……まだなんかあんのか?」

「いや。今はいい。後でな」


 何だ?

 訝しく思ったが、とりあえず今はいい。使用人を呼んで、まとめた荷物を運んでもらいつつ、俺もそれを手伝った。

 間もなくだ。明日、王都を発つ。

 荷物が多いからな……セイバーンまで十日前後か。メバックでの当面の宿はマルに押さえてもらったから、もう王都に帰ることはない。そのまま残り、メバックに支店を建てる算段に入る。

 メバック商人への打診も済ませている。上々な出だしだ。大店の息子でほんと良かった。今ほど自分が恵まれていると感じた事はない。皮肉な話だが。


 夜、荷物が無くなって閑散とした部屋に、兄貴が来た。

 ほぼ寝台しか無い部屋を見渡し、息を吐く。


「暖簾分けはもっと先だと思ってたんだがな……。ワドがいるから問題は無いと思うが……不安だ。お前、結構先走るし、案外大雑把だし、女に甘いし……」

「出立前に小言言いに来るな。気が滅入る」


 二十近くも年上の兄貴は当然俺より人生経験が長い。そりゃ、兄貴に比べりゃペーペーの俺には不安しかないだろうさ。

 背は追い抜いたが、商人としての腕はまだまだ全然及ばないのも分かっている。


「小言を言いに来たんじゃない。お前に話しておこうかと思うことがあったんだ。けどどうするかな……やっぱ止めとくか……」

「言っとけよ!気になるだろうが⁉もう当面こっち帰らないんだしややこしくするな!」


 こっちが焦れるの分かってて嫌がらせすんじゃねぇよ本当に!大人気ねぇにも程がある!

 イラつく俺に、兄貴はふっと笑った。そして口を開く。


「俺の親友の話だ。お前は知らない……二十年以上前に亡くなったんだけどな。

 腕のいい、細工物の職人だった。絡繰好きで、ちょっとした仕掛けのあるものを作ることができた。指輪の中に、何かを仕込むみたいな……な」


 何の話を始めたのか分からなかった。

 いつも、肌身離さず身につけていた年代物の指輪を外し、上部の飾りの部分を捻る。すると飾りの部分が横にずれ、飾りの下に隠れたものが出て来る。


 愛しのノーラ


 ……嫁さんの名前じゃん。惚気か?


「ノーラは俺の名が彫られたものを身につけてる。その親友が、俺たちのために作ってくれたんだよ。お互いが常に一緒にいられるだろう?って。

 ……ちょっと夢見がちだったけど……良い奴だった。まさか、川に浮かんで帰って来るとは思ってなかったよ……。

 寒い冬に、泥酔して、川に落ちたんだ。……酒なんて飲めなかったのに……な。

 俺は、何も言えなかった。知ってることを言えば、俺だけじゃなく、ノーラにも、この店にも、良くないことが必ず起こると確信してたから……。あいつの死を、受け入れるしかできなかったんだ」


 きな臭い話を始めやがったなと思った。

 王都を離れる弟への手向けにする話にしては、重すぎるだろ。

 だけどきっと、聞いておく方が良いのだろう。兄貴が俺だけに話すと決めたのだ。だからわざわざ夜、俺の部屋に来た。


「あいつ……貴族の仕事を、極秘で受けたと言ってたんだ。破格だったんだ……って。

 ちょっとした細工の指輪を作る依頼だったらしい。護身用にってことだった。

 誰にも言わない約束なんだけど、ちょっと不安になっちゃってと、こぼしていた。

 依頼の指輪は、捻ると愛する人の名前なんかじゃなく、細くて小さな針が飛び出す仕掛けだったらしい。なあこれって、護身用なのかな、本当に……。って、青い顔で俺に聞いた。

 うちは貴族と取引が多いから、相談したくなったと……。

 貴族様は、身の危険が多いから、こんな仕掛けのものを、女性でも身につけるのかなって」


 嫌な予感しかしない。針の飛び出す細工の指輪?そんなもの、護身用の筈がない。


「結果、あいつは川に浮かんだ。指輪の口封じだと思う。

 そして、その貴族にお前は喧嘩を売ろうとしている。

 ……どこか理解しているよな?」

「当然だろ。ジェスル家だ」


 ジェスル伯爵家。セイバーンの魔女の実家だ。


「バート商会を、巻き込むなって忠告なのか?それなら、店の名を変える。ここに迷惑をかける気はねぇよ。けど、オレはレイを見捨てる気もねぇから」


 あんな、何もかもを無くしていく奴から、数少ない親友まで奪ってなるものか。

 そもそも俺が、あいつの親友を降りる気はねぇんだ。


「誰がそんな話してる。もしそうなら、暖簾分けの時点で店の名を変えさせるぞ」


 兄貴が俺の頭を叩き、粋がってんじゃないと嗜める。

 だってお前、ご大層な話するから何かの念押しかと思うじゃねぇか。けどまあ、念押しであることは確かであったようだ。こほんと咳払いしてから、兄貴は続けた。


「あの頃よりバート商会は大きくなった。貴族との繋がりも増えた。お前が掴んできたアギー公爵家との縁もある」


 あれは掴んだというより罠にはまった感じだけどな……。

 内心そう思ったけど言わないでおく。縁であることは確かだ。掴んだか、はまったかは問題ではない。


「それに、レイは俺の弟の親友で、俺にとっても家族同然だ。兄弟揃って親友を亡くす気は毛頭無いだろう?だが、生半可な覚悟なら、挑むべきじゃない」

「生半可な気持ちであいつとつるんでたことはねぇよ。そんなこと確認すんな」

「なら、中途半端に遠慮するなよ。使えるものは何でも使え。出し惜しむな」


 商売の基本だ。と、兄貴は笑った。

 レイの為なら、バート商会は全力を出すと、そう言ってくれたのだ。

 そしてきっと、自分の親友の敵討ちも兼ねている。


「ああそれとな。お袋が、レイの寸法は定期的に連絡しろと言ってたぞ。

 体格が変わりやすい年頃だからな」

「…………お袋……レイの服作るの好きだよな……息子のよりよっぽど作ってる」

「でかくなりすぎた息子は可愛くないって言ってたしな……」


 男の平均値を大きく超えてしまった息子たちはお好みではなかったらしい。

 まあいいけど。お袋の服の趣味、俺とは合わないし。

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