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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章半
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異話 鎖1

「ああぁぁ、ほんと奇跡だ。もう絶対無理だと思ってたのに!

 レイ様のおかげだねぇ。ほんと良い子だねぇ。あと一年乗り切れば、晴れて卒業だやっふうぅ〜!」


 棒切れのような体でくるくると舞い踊るマルを無視して、俺は苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 夜。卒業する面々が揃う寮の、最後の一日。


 やっぱ、一年くらい留年すりゃよかった……。本当に大丈夫か?レイは俺なしで、残り一年過ごせるのか?


 座学も武術も心配はしていない。レイは常に座学は高成績を維持しているし、武術だって、不自由になった手で、できる限りのことを頑張っている。

 剣を振るう回数に限界があるから、数少ない手数で一勝を勝ち取る為、駆け引きに長けたレイは、出会った頃とは見違えるほどだ。……見た目は美少女のままだが。


「ギル。せっかく卒業なのにそんな顔しないでよ。一度も留年しないで卒業って、誇っても良い成績じゃないか。

 アルバートさんも、褒めてくれてただろ?絶対辞めると思ってたのに、よく頑張ったって」


 苦笑を浮かべて、そんな風に言う。そのレイの背後には、人相の悪い男が一人。

 ハインだ。お前がいなくなってせいせいするわと言わんばかりの顔でこっちを見ている。


 くっそ……俺は卒業すんのに、こいつは残るのか……悔しい……。どうしてくれよう……。


「……お前は、いいのかよ……俺がいないで、ちゃんと……」


 ちゃんと笑ってられるのか……?

 そう口にしかけたけど、やめた。

 こいつは常に笑っている。

 人形みたいだった顔は、今は優しく微笑みを張り付かせている。

 顔の表情が変わっただけで、結局貼り付けているだけという事実に、こいつは自分で気付いていない。無表情であるより、笑顔である方が、人当たりが若干良くなった。それだけだ。

 けどまぁ……流石に九年過ごし、随分と人間らしくなった。普通にしてれば違和感もない。とても希少だが、自然な感情表現というのも、たまに覗く程になった。どこをどう見ても男に見えてこないが、そこはまあ、元々そうだし。


「寂しいよ、そりゃね。学舎に来て、一番初めにできた友達で、一番長く一緒に過ごしたんだ。けど……王都に居るだろ?店に行けば、会えるんだろ?」

「お前薄情だからな……もう縁が切れたと思って、来ないかもしれない」


 遠慮して、顔出さないだろ、絶対。


「長期休暇……絶対に来い。言い訳して逃げたら後が怖いからな……。ハイン、引きずってでも連れて来い」

「私は貴方の従者ではないのでお約束出来かねます」

「使えねぇ従者だな!」

「だからさぁ……もう、いい加減それやめようよ。なんでいちいち喧嘩腰……」


 溜息を吐いてレイがぼやく。

 しょうがねぇだろ。突っかかって来やがるんだよこいつが!ワドには従順なくせして俺にはいちいち噛み付いて来やがって……。ほんと腹の立つ……!

 けど、レイをここに一人にしないことは救いだった。

 口でああ言っていても、ハインは俺に連絡を寄越すだろう。何かあれば必ず知らせるようにと念を押してある。一応、レイを守るという目的の上では同志なのだ。


「休みは全部うちに来て良い。あそこはお前の家も同然なんだからな」

「うん。分かってるから……ありがとう、ギル」


 絶対分かってない……。建前なんかじゃない。俺の家族は全員、そう思ってる。

 今他領の女学院に行ってる姪は、頼んでもないのに帰って来やがるのに……その爪の垢でも煎じて飲ませるべきかと本気で逡巡してしまう。


「やあギルバート、卒業おめでとう。

 君のでかい図体がなくなると、見晴らしが良くなるね」


 そんなことを無防備に考えていた俺は、背後から掛かった声に、ギクリと身を竦ませた。

 恐る恐る振り返ると、レイより濃い灰髪で、紅い瞳の小柄な人物が、俺を見て皮肉げな笑みを浮かべていた。


「クリスタ様……。でかくて悪かったな……俺の視界は常に良好だったから、気付かなかった」

「相変わらず可愛くない奴だな。レイシールのことは心配するな。僕もちゃんと気に掛けておくから」

「あああぁぁ、心配が増えた……」

「君、ほんと失礼だよな……。やあ、レイシール。今日も麗しいね」

「クリスタ様……それほんと、笑えません」

「麗しくないより麗しい方が断然良いじゃないか!」


 病弱な為、大きくなれなかったというクリスタ様は、子沢山なアギー家の十数番目だかのご子息だ。三十人以上いる子供の何番目が誰だかが全く覚えられない。しかも似たような名前の奴がずらずら沢山いやがるのだ。

 本来はもっと早く卒業している年なのだが、体質の為あまり授業に出られない。

 日中はほぼ外出もせず、寮の部屋にこもりきりという異色の貴族だった。

 アギーはセイバーンの隣の領地ということもあり、途中の学年から編入して来た当初から、レイに絡んでくるようになった。貴族の中では、一番レイを気にかけていると言える人なのだが……俺は苦手としていた。


「そういえばギルバート、妹の一人が礼服を新調したいと言っているんだ。近く伺うと思うから、よろしく頼む」

「承りました……」


 嫌だなぁ……この人は底が知れないと言うか……命令しなれてる感じが、ほんと苦手なんだよなぁ……。

 為政者の気質というか……好き嫌いで物事を判断しないというか……損すると思えば友人も切り捨てそうというか……ようは怖い感じなのだ。好みの広い俺だが、この人だけは御免被りたい。


「卒業か……。ギルバートは家で修行して、将来はどこかに暖簾分けするのだったな……。

 レイシールは、来年卒業はほぼ確定してると思うが、どうする予定だ?」


 苦手だけど気が利く人だ。俺が聞きあぐねてたことをさらりと聞いてくれた。

 レイを心配する人間は、揃って耳に意識を集中する。


「確定って……。落第だってあるんですよ?俺は特に、武術がからっきしですし……」

「レイシールの成績がからっきしと言うなら、マルクスの卒業は見込みが無いな」

「本当ですよねぇ」


 自分のことなのにウンウンと頷くマル。分かってんのか分かってねぇのか……こいつも頭は抜群に良い筈なのに……馬鹿だ。

 レイは、少し困った顔をしていた。そして、いやいやであるという風に口を開く。


「んー……。なんか嫌なんですよ……。言っちゃうと叶わなくなる気がして……」

「良いじゃないか。ここにいる面々にくらい教えてくれ。

 僕の目算では、レイシールにはお声が掛かることもありえると思っている。そうすれば、行くかい?」


 凄いことを言い出しやがった。

 お声が掛かる……というのは、王族に仕える様呼ばれるということ。つまり、出世だ。

 学舎にくるやつの大抵の目的は、それなのだ。毎年、一人か二人、多くても五人出た年は無い。それくらい狭き門だ。


「ないない。それこそ無いですって。剣も握れやしないのに嫌だなぁ」

「この平和なご時世に、剣の腕など大して求められていないさ。

 それよりも今は調停役と、先を見通せる目の持ち主が求められてると、僕は考えている。

 レイシール、君は、求められれば、行く?」

「……買い被って頂いててなんかあれなんですけど……。

 希望……望んで良いなら……俺はあと二年、学びたいです。農業を」


 …………………………。


「ちょっと待て、なんで農業……。学舎を高成績で卒業して農業⁉︎」

「あ、駄目?駄目なら土木関係でも……」

「待てレイシール、落ち着け。どっちも変だ。それは貴族のやることではない!」


 妙なことを言い出したレイに、俺もクリスタ様もわたわたと止めに入る。

 それはどっちも庶民の仕事だ。しかも学舎がほぼ関係ない。なんでまたそんなもんを⁉


「あれ?おかしいですか……。でもセイバーンの産業は農業が主です。折角学べるなら、帰って役に立つことを学びたいなと、思ったんですけど……」

「ま、待て!帰るのか⁈それも初耳だぞ‼」

「だって、卒業したらそうでしょ?」


 キョトンとした顔でそう答える。俺は言い知れぬ不安に襲われた。

 今までの九年、レイの実家からは、事務的な手紙以外何一つ届いた試しはない。訪ねて来た人もいない。レイは常に孤独だった。なのに帰るって……あんな、危険な場所に……自ら帰ろうとするなんて、正気の沙汰ではない。


「だからレイ、お声が掛かるかもしれないだろ。そうしたら残れ。悪いことは言わないから。実家はどうせ兄貴が継ぐんだろうが」

「うん、そうだよ。俺は、貴族を辞めるつもり。成人したらだけど」

「ちょっと待てー!だからなんでそんな飛躍するんだお前はあああぁぁ!」

「何考えてるんだ君はああぁぁ⁉︎」


 クリスタ様すら頭を抱えて絶叫した。この人でも動揺するのか……。というかこんな人すら動揺させるレイ……恐るべし……。


「んー……でも俺、元々は庶民です。

 自分で貴族になると決めた訳じゃない……。正直、向いているとも思っていません。

 それでも役割なら、それは責任として、果たすつもりでいます。

 けど…………もしもですよ?望んで良いなら……俺は、自分のことを自分で決めたいと……思うんですよね。

 セイバーンに戻るならば、農業をやりたい。もしくは、あのしょっちゅう氾濫する川をなんとかしたい。

 農家のみんなは気のいい人たちですよ。その人たちと、笑ってられたらと……。

 いや、忘れてください。戯言です」


 恥ずかしくなってきたのか、頭を掻いて話を切り上げるレイ。

 俺は、途中からレイを止めようとは、思わなくなっていた。

 考えたのだ……あのレイが。そして、自分の道を自分で決めたいと言ったのだ。

 手に入れては駄目だ。求めては駄目だと頑なだったレイが、自分で選ぼうと、手に入れようと足掻き出している。

 ちょっと想定外で、農業とか土木とか……想像だにしてなかった内容ではあったが。


「そう……そうだな、戯言……。

 まあ、うん。まだ時間はあるんだ、ゆっくり考えよう。

 少なくとも、君は若くここに来たから、来年を過ごし、卒業した上でも、あと二年在学しておくことができるのだものな……」


 クリスタ様は戯言の部分を強く強調している。この人は本当にレイを高く買ってるよな……。

 まあ色々秘密も多いし怖い人だが……その部分は本当に好印象だ。


「……で。万が一、レイが庶民に戻るなら、ハインはお役御免だな。どうすんだお前」


 ちょっとした意地悪のつもりで、顔色も変えずレイの後ろに佇むハインに振ってみる。

 すると奴は、つまらんこと聞くなとでも言いたげに、こちらを睨む。


「どうもこうも。私はこれまで通り、レイシール様に仕えますが?」

「……庶民なのに?農家でも?」

「何か問題が?私には何の問題もございません」


 ……聞くだけ無駄だった……。こいつもほんと、面倒臭い奴だよ。


「ああ、もう時間のようだ。すまない。僕は体調管理のため戻る。

 では健やかにな、ギルバート」


 どうやらユーズ様がしびれを切らしたらしい。ずんずんと怒った顔で向かってくる彼に気付いたクリスタ様が、げんなりとした顔ながら、帰り支度を始める。

 俺たちはそれを見送った。

 お互い、なんとなく会話を止めて、お茶を飲んだり、物思いにふけったりする。

 俺は、横に座るレイの顔を見た。相変わらず小さく、美少女めいたレイ。沈黙の時間も顔に笑みを張り付かせた、少し痛々しい、俺の親友。


「なあレイ。俺は……お前が決めたことなら、それでいい。

 農業でも、土木でも、庶民でも、なんでもいい。何になってもお前は俺の親友だって、忘れないでくれるなら、な」


 そう声を掛けると、弾かれたように顔を上げた。

 いいの?と、その瞳の中に戸惑いを浮かべ、言葉無しに問うてくる。


「お前が決めることに間違いはねぇよ。何になっても、お前は一生懸命だろ?

 重要なのは、そこんとこだけだ」


 目を見据えてそう言うと、レイの瞳が、しばらく揺れた。そして、薄っすらとだが、涙ぐむ。


「……そう……。ギルがそう言ってくれるなら……俺は、それだけで頑張れる。

 ありがとうギル。俺も来年、笑って卒業できるように頑張る。それで……そのあと二年。何になりたいか、しっかり考える」

「おう、そうしろ」


 少し恥ずかしくなって、俺はぶっきら棒にそう答えた。

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