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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章半
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異話 人形6

 長期休暇最後の夜は、レイと一緒に寝ようということで、レイを俺の部屋に招いていた。

 寝台に枕を並べて横になり、明日からのことや、冬の長期休暇について話していると、


「ギル、ちょっと良いか」


 もう自宅に帰っているはずの兄貴が部屋に来て、びっくりした。

 なんだか深刻そうな顔してやがるし、とっさに隣のレイを見る。貴族絡みの良からぬことでもあったのかと思ったのだ。


「ああ、違う。明日からのことをちょっと確認したかっただけだ。

 親父の空き時間がここしかなかったから、ちょっとおいで」

「なんだよ、親父もいんの?」


 珍しい。

 親父は大抵忙しくしていて、店にいない。

 織り手や意匠師の元を行ったり来たりしてる日常なのだ。

 しかも家では結構寡黙だ。あえて話をしようと時間を取るなんて、なんだろう?


「いってらっしゃい」


 漠然とした不安にもやもやとしていたら、レイがそんな風に言い、何故かうっすらと微笑むものだからびっくりした。

 なかなかそんな顔、しないんだよこいつ。

 場の空気に敏感で、滅多なことでは微笑まないこいつがこんな顔をするんだから、多分怖いことではないんだろう。そんな風に思い直し、レイの頭をガシガシと撫でてから兄貴とともに部屋を出る。


 案内されたのは、親父の私室だった。

 色々貴重なものがあるから、普段は入るなと言われている部屋。だから、俺もあまり来たことがない。

 中に入ると、何故かお袋……ゴテゴテババアまで揃っていて、なんだか怖くなって腰が引けた。なんだよこれ……家族会議ってやつ?俺の素行の話とか、そういうこと⁉︎


「ギル、そこに座りなさい」

「な、なんでだよ……」

「立ってする話じゃないから、まず座って」


 兄貴にも背中をグイグイと押され、部屋に押し込まれた。

 パタンと扉が閉まった音に、観念して言われた席に座る。すると兄貴が俺の隣に。お袋と親父は、向かいの席に座った。

 そして、恐怖で手元に視線を落としていた俺に向かって、親父はおもむろに、口を開いたのだ。


「ギル、暖簾分けという言葉を知っているかい?」

「……知らない」


 今まで聞いたことがない……。何かを連想することもできない不思議な言葉だった。

 すると横で兄貴が溜息を吐くものだから、カチンとくる。


「なんだよっ、知らなくて悪かったな!こちとら家業に関わることなんか、ほとんど教えてもらってねぇんだから仕方ねぇだろうが⁉︎」


 勢いのままそう叫ぶと、兄貴が何故か慌てる。

 そして口を開きかけ、親父の方に視線をやってから、押し黙った。

 言い返してこないことにイライラとし、兄貴を睨み付けると、親父から「ギル」と、窘められ、仕方なしに前に向き直ると、何故か親父が困った顔をしていた。


「いや、すまん。まさかお前が、そんな風に考えていると思ってなくてな」

「は?何が?」

「家業のことだよ。

 お前はいつも反発してくるし、この仕事があまりお気に召さないのだと思っていたんだ。

 やりたいと言ってくることは、大抵関係ないことばかりだったし」

「……?だからなんの話?」


 要領を得ない。

 いつもいらんことまでぺちゃくちゃ喋りまくるお袋は何故か涙目で黙っているし、何?意味が分かんねぇ。

 首を傾げるしかない俺に、横からひとつ、咳払いをした兄貴が、口を開いた。


「暖簾分けというのはな、店を他の場所にも出す場合に使う言葉だ。

 例えば他国や他領にバート商会という名で店を出す場合だ。

 これはただ名乗れば済むものじゃない。ちゃんと手続きと、証明が必要で、まあ当然、金もかかる。だから、あまり手軽にすることではないな」

「……だから?」


 なんの話なんだよ……?

 眉間にしわを寄せる俺に、二人は苦笑する。そしてもう一度兄貴が口を開いた。


「だから、お前は別に、この家業を離れる必要はないということだ。

 店を持ちたいと言うなら、暖簾分けをすれば良い。

 俺が後を継いだ時に、親父から譲り受けたものはそのまま、お前に譲る用意が出来ているんだよ」


 言われたことに、やっぱり意味が分からず首を傾げる。


「ルーシーがいんのに、何言ってんだ?」

「いやだから、ルーシーにはこの店を残すよ。

 だけど、店以外のもの……金や権利は、お前が成人した時、必要なものはお前に譲れるように、準備してある。

 お前がこの仕事を嫌っていないなら、やれば良いんだよ。

 今まで親父やお袋がとやかく言ってなかったのは……あー……俺が、幼い頃、この家業を継ぎたがらなくてな……。

 好きなことを好きにさせてもらえない反発で、結構荒れたから……その反省を踏まえて、お前の好きにさせてやろうっていう、親心だったんだ」


 …………は⁉︎


 とっさに言われたことの意味が混乱した。一番初めに理解できたのは、一番衝撃だった言葉。


「兄貴が……荒れてた⁉︎」

「……そんな顔するだろうから言いたくなかったんだよ……。

 まあ、うん。それなりにな……」


 凄く居心地悪そうに言う。

 それから、兄貴が自分のことを「俺」と言っていることに、二度目の衝撃が来た。

 いつもスカして「私」っつってんのに!

 そしてやっと、それ以外の言葉の意味を理解するに至る。


「……俺、関わって良いってこと?」

「そうだ。そもそも、なんのためのワドだ。彼に聞けば、なんだって教えてくれるじゃないか」

「ワドは……俺の監視じゃねぇの?」

「はぁ?なんで監視しなきゃならない。どうせ学舎には入れないんだ。そうなるとほぼ学舎にいるお前は、野放しじゃないか」


 ……それもそうだ。

 言われたことが、ストンと腑に落ちる。

 呆然とする俺に、お袋が今まで気付かなくてごめんなさいねええぇぇと、グズグズ鼻を鳴らして泣き出す。

 親父も頭をかきかき、いやほんとすまんな。と、申し訳なさそうに謝ってきた。

 だが兄貴は、


「そもそもな、お前が悪いんだぞ。

 何か言う度にすぐ反発するし、逃げ出すし、こっちが誤解するような行動ばかり取っていたんだからな」


 と、お小言を垂れだした。

 はぁん?俺の所為だってのか⁉︎


「知るかよ⁉︎

 ちょっと店に立ち寄るとすぐに手を洗ってこいだ触るなだ、やいやい言いやがるから追っ払われてると思うだろうが⁉︎」

「大切な商品を汚すような格好で立ち寄るんじゃない!その辺はこの家業に携わる上での常識だろうが!」

「だから知らねぇんだよ!そんな説明なんざ無かったろうが!」


 最後は結局、いつもの喧嘩になってしまい、親父に貴重な物が壊れるといけないからと、二人揃って追い出された。

 もののついでだと、兄貴が俺を部屋まで送るというが、いらねぇよと突っぱねる。が、結局俺の後についてくる。……ああもぅ、鬱陶しいな!


「まだなんかあんのかよ⁉︎」

「いや、レイくんに、お礼を言っておこうと思っただけだ」


 レイに?

 俺の疑問を察した兄貴が、少し視線を彷徨わせる。


「……レイくんが、お前は服が好きだと、言ったんだよ。

 あの子の言葉じゃなかったら、信じられなかったかもしれない……。

 それに……あの子を世話するお前は、俺の前でのお前とは、随分違った。

 このひと月、それをずっと見てたから……納得出来たのだと思う。

 だから、あの子の、おかげかなと、思うんだ」


 視線を逸らしたまま、そんな風に言う。

 そして、少し呆れたような表情で、言葉を続けた。


「それとな、普通、見ただけで正確に、目測は出来ない」

「は?やってんだろ?」


兄貴だって親父だって、似たようなことをやっていたのを、俺は知ってる。

だがそれに兄貴は、否と言った。


「だいたいは分かるさ。だがお前ほど正確じゃない。

 服のシワで中のことまで察するとか、無理だからな?」

「え?嘘だろ?」

「嘘じゃない。お前、服着てても、相手の目測がほぼ正確だよな?

 あれはどうやってるんだ……正直ほんと、意味不明だぞ」

「いやだって……服のシワとか、よれとかで……。

 え?分かるもんだと思ってたから、なんでかって言われると……説明出来ねぇ……」


 首を傾げる俺に、兄貴は溜息を吐く。

 そして、笑った。


「お前のそれは、とても素晴らしい才能だよ。この家業にこれほど相応しい能力はない。

 自信を持って、伸ばせ」

アホや。アップに必死であとがき忘れてました!

今回ので人形は終わりです。次回は卒業間近の彼らをお送りします。

異話はその話が終わればひと段落となり、再来週は本編の続きや閑話となります。


来週の更新もいつも通り、金曜日8時からを予定しております。

ではまた来週、お会いできるのを楽しみにしています。

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