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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
132/515

系譜

 雨の量というのは、日々の変動が激しいものである様子だ。

 不規則に上がり下がりするばかりで、何かの法則性は見出せなかった。

 ただ、これが何百枚もあれば違う法則が見えてくるらしい。

 同じ月の、百年を見比べていくと、表面からは見えなかった奥行きに、法則性が見つかったりするのだそうだ。


 そしてきっとこれにも、同じことが言えるのだろう。

 同じ……なのだろうな……王家二千年の系譜……その結果は、なんとも恐ろしいものだった。


 王家の情報は過去のものであっても秘匿情報分類だ。

 なのでこの作業は、姫様とルオード様、リカルド様……。そして俺とマル、サヤの六人のみで行われることとなった。

 本来なら俺たちだって見てはならないものなのだろうが、折れ線グラフなどという特殊な用法の図などこの国には無い。さらに作業員も必要だろうということで、姫様がこの面々での作業を押し切ったのだ。


「……これは、顕著だな……」

「ええ、本当に……。こんな、違ってくるもの……なのです、ね」


 まず数字を表に書き出した。それを、折れ線グラフに起こしていったのだけれど、数字として出した時点で、それなりに衝撃は受けたのだ。

 だが、図にしてみると……慄くほどに、結果が現れていた。

 例えば今より五百年ほど前なら、王家の出産率は王妃様お一人につき十人前後だ。

 この頃は後宮もあり、複数の妻を娶られていた様子。

 公家との婚姻が繰り返されだした頃になると、複数の方を妻に娶るということ自体がなくなり、王妃様お一人となった。

 しかし、それでも十人前後出産されている。数人は幼く亡くなっていたりするものの、同じく数人は成人され、公爵家や伯爵家に降嫁されたり、王位継承権を破棄して騎士となり、公爵家に婿入りしたりされていた様子だ。

 それが………近年では、明らかに少なかった。


「……綱渡りで、繋がってきた様なものだ……」


 唸るルオード様に同意であるものの、言葉にするのも怖くて、頷くしかできない。

 五人、産んだ方は、ここ百三十年にはいらっしゃらない……。

 その上で、乳児期に亡くなる方が、ほぼ半数。十五歳を迎えるまでに、残った方も半数になる。更に、早逝されている国王も、多かった。


「母上も、数度流されておるぞ……。

 本来であるなら、私は七人兄弟だ。

 つまり、半数は腹の中で育たなかったわけだな」


 流産された場合は、数に上ってすらいない。


「……こうして見ると、本当に、呪いだな。

 こんな状況にも、気付かずおったのだな……」


 出産率の低下、更に乳児期の死亡率の増加。よくもまあ、二千年近く保ってきたものだという結果だ。各年代が、各々のことで必死だったのだろう。なんとか、ギリギリ、繋ぎ続けてきていた。

 明らかな結果に、サヤも蒼白で、肩を震わせている。

 その可能性がある。とは言ったものの、ここまで分かりやすく出ているとは思っていなかったのだと思う。

 サヤが、恐怖に竦んでいるように見えたから、俺はサヤの肩を抱いて、腕をさすりつつ、ゆっくりと言い聞かせた。


「サヤ、怖がらなくて良いんだ。君の知識は、我々を救ってくれるんだよ。

 もう本当に、ギリギリだったんだ。感謝しかない。怖がる必要は無いんだよ」

「で、でも……もし、間違って、たら……」


 ここでもし間違った知識を与えていたら。そんな風に考えて、怖くなっていた様子だ。

 そんなサヤに、姫様はあっけらかんと答える。


「その時は単に、我々の気付くのが遅すぎたというだけだ。

 何も知らぬ間に破滅に進むのではなく、ああそうかと思って進むだけのこと。

 だが、少なくとも我々は、この状況を見て途方に暮れずとも良い。打つ手が一つ、明確に分かっている。サヤのおかげでな。

 それは、我々にとって救いの糸だ。

 だから其方は胸を張れ」


 現実を受け止め、前を見据える。

 ただ、この結果を見ただけなら、絶望するしかなかったろう。

 けれど、血が原因である可能性が高く、対処する方法もはっきり分かっている。

 そして結果は、何代にも渡って血を薄める努力をしていかねば、手に入らない。

 ならば、踏み出し進み続けるしかないのだと、姫様は理解されている様子だった。


「リカルドよ、公爵家にも系譜はあろう? 調べてみるのも一興だな」

「……恐ろしくて見たくもないが……やるべきなのだろうな……。

 王家と違い、公爵家は複数人妻を娶る。ハロルドの場合の様に、多少は血の混ざりがある」

「ああ、その差を見比べれば、血の因果が正しいかどうか、立証できるというもの。

 アギーで調べても良いのだが、アギーは妻を娶る数がな……複雑すぎて追いにくそうだ」

「さもありなん。

 よくも代々、その様に兄弟が多くて、争いにならないものだと感心する」


 わだかまりの無くなった姫様とリカルド様が、そんな風に話をしつつ、お互いの今後を話し合っている。

 その様子を、ルオード様が一歩下がって、微笑ましく眺めていらっしゃる。


「良かったですね」


 お三方の様子をずっと目で追っていたからだろう。サヤがそんな風に、俺の耳元で囁くから、俺は声の方に顔を向けた。


「っ⁉︎」

「あ、ご、ごめん」


 思っていたより随分と近くに唇があった。

 慌てて飛び退く。

 サヤも赤らめた顔を伏せて、二歩ほど俺から離れた。

 失敗した。声がだいぶん近かったこと、あまり意識してなかった……。


 場を取り繕おうと、視線を泳がすと、黙々と作業を続けているマルに視線がいった。

 グラフを作る作業はひと段落した。その結果を皆で見比べていたのだけれど、彼の作業はまだ続いているらしい……。何を見ているのだろう? 手元を覗き込むと、王家の系譜の、本当に初期の方である様子だった。

 暫く様子を伺って、彼がふと、体勢を変えた瞬間を見計らい、声を掛けた。


「マル、なにか、あったのか?」


 彼は無駄なことに時間を費やしたりしない。

 こんな風に集中してるってことは、何かあるのだと思う。


 俺の問いに、マルは頭の図書館から出てきた様子で、パチパチと瞬きを繰り返す。

 それから一度、頭を振って「ああ、はい。ちょっとありました」と、答えた。


「多分なんですけどね、ここ。王家が側室を迎えなくなった辺り、ここが転機だったんだと思うんですよ」


 トン。と、グラフに指を落とし、視線を伏せる。


「この頃って、他国のちょっかいが増えてた時期で、国境を脅かされることが多かったんです。

 天候不良による食糧難が起こり、その結果国内が少々荒れまして。

 まあ要するに、その飢饉が原因で、どこの国もそれなりに荒れており、手っ取り早く他国から奪ってしまえな発想に走った国があったわけなんですけどねぇ」


 どこの国。とは言わなかったものの、察しはつく。十中八九、スヴェトランなのだろう。

 俺はマルの言葉に小さく頷きを返す。それでマルは、話を続けた。


「当然我が国も、治安悪化によって王家への求心力が低下していたんです。

 そこでこの方、賢王の誉れ高いジョスナーレン様の代です。つまり、白い方ですよ。

 即位と同時に、側室を持たない政策を取られた。経費削減が主な理由なんでしょうけど、その政策により、民心の求心力低下を食い止め、税の免除や低所得層への配給で国内の安定を取り戻した。

 その息子のバルトロメウス様も白い方です。

 先王で国庫金をかなり減らしましたからねぇ。本来なら増税なんですけど、国内の安定を優先して、五年据え置き、その後増税を行わずして財政回復を成し遂げられました。

 まあ、幸運も重なっての結果なのですけど、ここで白い方は賢王であるという印象が強まったのだなと、思いましてねぇ」


 そしてそれと同時に。と、言葉が続く。


「多分、内政ではそれなりに荒れが続いていたのでしょうねぇ。

 側室を持たないことで、貴族との繋がりは当然薄れます。

 だから、貴族と王族の繋がりを強める為に、公爵家との婚姻を繰り返す政策を取った。上位との繋がりを強くすることで、下位の管理を公爵家に委ねた。と、いうことでしょう。

 それで、ここからは、推測の話となっていくのですが……。

 四代、公爵家から王妃を迎えた後、一度それが途絶えてます。

 つまり、各公爵家から一人ずつ嫁がれたので、体裁は取り繕ったということです。

 が、三代ほど先でまた、公爵家との婚姻を繰り返し始めます。これが昨今まで続いていたということですね。

 ……ここが、公爵家との婚姻により、白い方が生まれる率が増えた部分なのだと、思うんですよねぇ」


 いつの間にか、マルの話に皆が聞き入っている。


「二人の白き賢王の影響が強い時代でしょうし、公爵家との婚姻で、白い方が生まれる比率が、なんとなく高いと気付いた人が居たんじゃないですかね?

 それを意識し、婚姻を繰り返すうちに、常態化した。ということではないかと」

「ふむ……其方、王家の白き王を諳んじておるのか?」

「史実として上がっている方は全員記憶しておりますよぅ。白い方以外もですけど」

「マルクスは、学舎の座学で、十八年間首席でしたからね」

「武術の方は常に末席でしたけどねぇ」


 感心するリカルド様に、マルはにへらと笑う。

 ルオード様の十八年座学首席という言葉に、びっくりした顔をするが、武術が末席と聞いて「それでか」と納得の様子だ。

 まあ……首席を貫く学力があるのに十八年在籍しているというのは相当謎だものな。

 しかも現在は、この片田舎で俺の補佐なんてしてる。

 本来なら、武術の成績が振るわずとも、王都で引く手数多であったっておかしくないのだけれど、彼は趣味で引き篭もるし、食事を抜きすぎて急にぶっ倒れたりする。扱いが難しい為、なかなか職に就けなかったのだ。

 現在、マルの所属する、本来の職場である商業会館は、マルの自由度をかなり高めに設定するという荒業で、案外彼を上手く使いこなしているのだけれど、影の功労者として、ギルが定期的に、マルの世話を焼いていた。

 しかしここ最近は、食事に興味のなかったマルが、比較的まともに食べるようになり、体調も崩しにくくなっている。身体に多少の肉も付き、前程病的な感じはしなくなった。……まあ、それでも枯れ枝の様に細いのだが。


「ま、なんにしろ、だ。

 この白き病を周知する。これは病なのだと、はっきり知らしめるぞ。

 でなければ、長く続けた公爵家との婚姻。これを行わない政策を取ることの説明も付かぬし、また妙な野望を抱く輩が、出てくるやもしれぬでな。

 アギーとヴァーリンは良しとして、他の公爵二家にも、前もって手を回す。

 公爵家で足並みを揃えて、進まねばならん。

 スヴェトランに足元を掬われぬ為にもな」


 そう言ってから、姫様は視線をサヤに寄越した。

 鋭い眼光。しかし、サヤを警戒してのことではない。サヤの今後を、懸念しての表情だ。


「問題は、神殿がなんぞ、言うてくるやもしれぬことだ。……病故にな。

 本来は悪魔の所業だ。それを、血が原因であると言うのだから……な」


 一度視線を伏せ、決意を固めた様に、拳を握る。


「だから、獣人と同じく、種だと主張する手で、行こうと思う。

 王家と上位貴族は、血に、病の種が仕込まれておるのだとな。

 系譜を吟味した結果、その可能性が高いのだと押し切るぞ。

 ……サヤのことは出すな。それは、ここの者のみの、秘め事とする。

 リカルド、悪いが暫く、ハロルドにも伏せる。良いな?」

「はっ」


 リカルド様は、躊躇なく是と言ってくれた。そのことに、少なからずホッとする。

 あんな交渉の仕方をしたものだから、知識の出所がサヤだと知った時は、かなり驚かれてしまった。

 だが、サヤの国では、病は悪魔の所業ではないと教えられているのだといった話は、思いの外柔軟に受け入れてもらえた。

 今回の血の話により、リカルド様も何かしら、思うことがあったのかもしれない。


「二年はサヤを隠す。レイシールの成人までだ。

 今はこやつの立場が弱すぎるでな。

 レイシール、其方はそれまでの間に、名声を稼げ。

 ……なんだその顔は、これは命令だぞ。其方の足場を極力固めよ。

 なぁに、其方ならすぐであろ?

 後ろ盾など無く、成人すらしておらぬのに、ここまでやりおったのだからな」


 最後は茶化すようにそう言われ、俺は苦笑しつつ、首肯するしかなかった。

 正直才覚も何も無いのだってことは、俺自身が嫌ってほどに自覚している。

 なのになんでそう、実力を妙に底上げして解釈されるのだろう……。

 サヤの知識を、マルが駆使しただけなのだ。建前上、代表者名が俺になっていた。というだけのことなのに。

 今回の河川敷立案についてだって、俺の役割がどれほど些細なものであったかも知っただろうに、姫様は相変わらず俺を買い被っている。

 けれど、サヤを守る為だとルオード様にも言われた。だから俺は自身の実力など関係なく、成さねばならないのだ。


 あとは、細かい詰めへと話題が移り、マルはまた、静かな熟考に戻った様子だった。

 ……もう、見ていない。

 だが、忘れず心に留めておこうと思う。


 マルが先程話したのは、今より五百年程前となる時代の話だった。

 しかし、彼が凝視し、何か考えている様子であったのは、系譜の初期……。

 二千年前の、王家始まりの頃の部分だ。


 それにしても……双子が、多い……。


 不思議だった。

 同じ年、同じ月に、同じ女性が産み落とした、姫や王子。双子以外の解釈は出来ない。

 それが、思いの外多かったのだ。生涯で、双子を二度産んだ方すらいる。

 まあ、神話ほども昔であるから、もしかしたら作られた部分なのかもしれない。

 どちらにしろ、人が、滅ぶ一歩手前であった時代だ。

 双子は、とても歓迎されたことだろう。

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