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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
128/515

心理戦

「これは、どういうことだ」

「申し訳ありません、他に手段を選んでいられませんでしたので」


 深夜、警戒心を露わにそう問うリカルド様に、俺は決まり文句のような謝罪をした。

 休んでいたところを起こされ、配下のうち二人は薬で強制的に深い眠りへと誘われた状態だ。警戒しない方がおかしい。


 何故こうなったか。


 木に記されだ暗号をマルが読み解いたからだ。

 草の監視と照らし合わせて、あっさりと意味を探り当てた。


「これ、次の連絡時間でしょうねぇ。四時間後、これは十二時間後、ならこれのどっちかが八時間後……あ、こっちですね。もう一つが緊急です。

 印があれば異常なし。無ければ異常発生、緊急は接触待ちという感じですか。

 次の連絡が十二時間後……湯屋を使っていた時間帯なら、朝は動きませんねぇ。

 よし。ならば今晩のうちに、交渉終わらせちゃいましょう!」


 それで草は、再度別の眠り薬を取りに行く羽目になった。

 香の形状のそれを、眠る二人がいる部屋へ放り込むという仕事もこなしてくれた。

 そのおかげで現在、リカルド様をこうして、執務室へと誘う結果となったわけだ。

 唯一の配下の方もご一緒頂いている。

 その方は、俺と、部屋の隅に待機するサヤを酷く警戒していた。


「森の動きが近い様子だったのです。

 それで、ゆっくり時間を掛けてられないので、もう、こうさせて頂きました」


 俺の言葉に、リカルド様の眉間のしわが深くなる。

 半信半疑……まあそうだろうな。だけど確実に、邪魔のない形で話をしたかった。


「森は、見張りを立てております。

 何かあれば連絡があるので、今はとりあえず、ご安心下さい。

 ただ、明日には動く可能性が高い。

 ですから……もう、探り合いをしている場合ではないと思いまして」


 言外に、こちらは情報を得ているのだとちらつかせる。

 警戒を強めるリカルド様に、武器は帯びていませんよと示してから、俺は窓辺に立った。


「まずこちらの手の内を明かしますよ。それでどうされるか、判断して下さい。

 湯屋でお聞きしましたよね?王家の秘密を知りたくないですかと。

 今からそれをお話しします。

 ……はっきり申し上げますが、森の方々とも関係のある内容です」


 俺の一言に、リカルド様の瞳に剣呑な光が宿る。

 何をどこまで知っているのかを探る視線。ええどうぞ。と、俺はそれを受け入れる。はったりは慣れている。姫様の替え玉で、散々経験を積まされたから。

 自分の感覚と、マルの情報。それを信じて、言葉を発する。

 さあ、楔を打ち込むのだ、リカルド様に。


「リカルド様、何がエレスティーナ様を苦しめ、死に至らしめたかを、お知りになりたいのじゃないですか?

 貴方は、白化が王家に及ぼしている影響を、知ってらっしゃいますよね。

 では、貴方自身が、それに加担することになってしまっている仕組みは、ご存知でしたか?」


 時間は有限だ。

 俺の言葉に、唯一眠らされなかったリカルド様の配下が、疑惑の目を俺に向ける。

 リカルド様は、俺の言葉を一つ一つ、吟味している様子だ。俺が何を言おうとしているのか、聴き逃すまいと意識を集中させている。

 そんな彼に向かって、俺は、俺が知っていることを、一つ一つ刻みつけていく。


「白化はただ、白く生まれるということではない。

 あれは神の祝福などではない。貴方はそれを、ご存知の筈だ」

「王家は……王家の白き方は、尊き白。賢王の象徴だ。

 貴様はそれを愚弄するのか?」


 今までずっと我々は、王家がただ白く生まれ、賢王となられる方が多い、誉れ高き血筋として扱ってきた。

 白く生まれることを、選ばれた血筋の象徴として捉えていたのだ。

 俺たち下級貴族は、王家の本当の姿など、何も知りはしなかった。けれど……公爵家という、最も王家に近い彼らは、違う姿を垣間見る機会は、多くあったろう。


「愚弄など、致しませんよ。ただ事実を述べているだけです。

 そうですね……分かりやすく、例をあげましょうか。

 エレスティーナ様。

 彼の方について、俺は何も知りません。その存在すら、ついこの間知ったばかりです。

 ですから丁度良い。エレスティーナ様がどの様な方であったか、俺が知っていることをお話ししましょう」


 知らないと言い、知っていると述べる。その言葉遊びに、リカルド様は不審そうだ。

 その様子をじっくりと眺めてから、俺はゆっくり、口を開いた。


「エレスティーナ様は、姫様と同じく、白い方でした。

 ですから、きっとこうであったと思います。

 まず、陽の光で肌を火傷してしまいましたよね。

 東屋で本を読んで過ごすことが多かったとお聞きしましたが、それは陽の光が眩し過ぎる、エレスティーナ様の為ですね?

 悪戯が多かったというのも、室内で過ごすことの多かったエレスティーナ様が、退屈を紛らわす行為だったのでは?

 草を延々と括る悪戯は、きっと後で大目玉を食らったのでしょうね。

 陽の光の下に長時間身を晒したのなら、きっと後日、苦しまれたのでしょうから」


 ここまでは、さして特別でもないだろう。

 姫様を見ていれば、自ずと察することの出来る内容であるはずだ。

 リカルド様の表情にも変化はない。ただ冷静に俺を見ている。

 俺はゆっくりと息を吸った。ここからだ。


「白く生まれる方には、病が付随する場合も多い様です。

 例えば、瞳が小刻みに横揺れしていたり……。

 気道が弱いのか、呼吸が苦しくなる病に度々罹患したり。

 怪我をした際の出血過多……血が固まりにくく、傷がなかなか塞がらなかったり」


 ピクリと、指が反応した。

 先程、姫様に面会した際、姫様からもエレスティーナ様についてを伺っていた。

 王家の白い方は、基本的に、あまり時間を共有しないらしい。

 虚弱であるが故に、病が飛び火することが多いのだという。

 なので普段から、お互いが健康である時、それもほんの一時の接触しか許されなかったそうだ。

 そんな希薄な関係を穴埋めする様に、手紙のやり取りをしていたという。

 だから、ここまでなら、姫様も知っていた。そして、こう仰っていた。


「私は、姉上の今際の際に立ち会うことは許されなかった。

 姉上が天に召される一年ほど前から、薄絹越しにしか、お会いしたことがない。

 身内で面会が許されていた者はおらず、リカルドだけが、唯一、直接触れ合うことを許されていた」


 ……と。


「そして、もう一つ。これは発病するまで分からない病なのだそうですが、陽の光の毒を、体内に溜め込むことで起こる、皮膚の病があるのだそうですよ。

 まるで逆転だ。黒い斑が、身体に広がっていくのだそうです」


 リカルド様の表情が抜け落ちた。

 その反応を見て、マルの情報は正しかったのだと知る。

 エレスティーナ様は、雪の様に白い肌をしていらっしゃったけれど、いつ頃からか、ほくろを気にする様になられた……と。

 それを聞いたサヤが、ハッと息を飲み、教えてくれたのがこれだったのだ。


「クリスか、あれがお前に、それを教えたのか⁉︎」


「あれ」としか呼ばなかった姫様のことを、リカルド様がクリスと呼んだ。

 かつてはそう呼んでいたのだろう……。エレスティーナ様が、ご存命の時は。


「違います。

 知ってらっしゃるでしょう?エレスティーナ様は斑の病となってから、白き方との接触を、許されていなかった筈。

 斑の病が、他の方に飛び火してしまってはいけないと、隔離されていた。

 姫様には知らされていなかった……そうですよね?

 ……王家には、度々この病が発生していたと、俺は考えています。

 でなければ……家族を隔離させるなどという処置を、国王様が受け入れるとは、思えませんから」


 娘を愛し、苦しめたくないが為に、身を削って在位し続けていた方だ。

 エレスティーナ様も、同じく愛されていた筈だ。

 だが、きっと王家には、この斑の病が伝えられている。掛かってしまったら最後、もう、手遅れなのだということも。


「尊き白が黒に侵される……とても、象徴的な病だ。

 まるで、悪魔に穢された様ですよね……。そう、その様に考えられてきたのでしょう。

 白き方は尊き方、神に祝福された方。で、あるから……槍玉に挙げられる。悪魔に狙われるのだと。

 けれどね、王家の方々は、その斑の病が始まる前から、もうとっくに、病に侵されているのです。

 王家の白化……あれも病です」


 リカルド様の呼吸が乱れる。

 浅く、早い。血の気が引いた白い顔で、ただ俺を凝視する。


「白化の病は、不治です。持って生まれたが最後、一生付き合っていくしかない……。特効薬も無ければ、切り離すことも出来ない……。

 そしてそれは、血によって子孫に受け継がれていきます。病の種を持った者同士の婚姻により、病が実を結び、子に開花する」

「馬鹿な……そんな……白化は病だと⁉︎

 貴様は、何を根拠に……何故そのようなことを知っている……っ⁉︎」


 よろめいたリカルド様が、机に縋り付き、声を荒げる。

 病であるとなれば、色々なことが、変わる。

 例えば長老ブリアックの狙っていること、王家を苦しめている事柄、それらが色々、考えていたものではないことになる。

 神の祝福なんかではない。

 悪魔の呪いに成り下がるのだ。


 酷く狼狽した様子のリカルド様。その瞳に力は無い。

 ただ黙って見返す俺に、彼は痺れを切らした。

「言え、何故その様なことを……どこで知り得た⁉︎」と、俺を窓辺に追い込み、手を伸ばすが……その手はサヤによって遮られる。

 ずっと部屋の隅で待機していたサヤが、いつの間にか間合いを詰め、俺とリカルド様との間に身体を滑り込ませたのだ。


 それにより、リカルド様の配下の方も、間合いを詰めて剣に手を掛けた。

 柄を握る手に力を込める……が、動けない……。

 彼が抜刀し、俺に斬りかかるよりも、サヤの方が、圧倒的に、早い。


「俺がこれをどこで知ったかが、それほど重要でしょうか?

 それよりも、この病の原因を、知りたくはありませんか?

 俺は先程、言いましたよ。血が原因だと。

 リカルド様、貴方も加担しているんだ。この病を、王家に開花させることに。

 それをもたらしているのは、王家と、公爵家の血です。

 繰り返されすぎた、上位貴族との婚姻。それが病を引き起こしている。

 エレスティーナ様や、姫様を苦しめているものは、忠義と言う名の呪いだ」


 俺は一度言葉を切り、リカルド様を、真正面から見据える。


「だが……一番問題なのは、この病ではない」


 斑の病を呼ぶ、白い病。けれど、更にそれよりも厄介なものがある。

 俺の言葉に、リカルド様はもう聞きたくないとばかりに、後ずさるが、俺は容赦せず、それを口にした。


「このままにしておけば近い将来、王家は滅びます」


 リカルド様は、衝撃に耐えられなかったという風に、ふらりと体を揺らす。


「この病を引き起こす、血の濃縮こそが問題なんだ。

 王家の歪みはもっと先に進みますよ。

 未だ、賢王であることが不思議なくらいだ。精神にも病巣を宿します。

 そして最終的に、子が出来なくなる可能性がある。

 我々は、王家を滅ぼす為に、忠義を尽くしているのですよ」

「……嘘だ……その様な……妄言……そう、妄言だ!

 その様な知識を貴様如きが得ている理由が分からぬ!理由を言えぬ者が信用できると思うか⁉︎

 ……そうだ、貴様は、おかしい、妙なことを知りすぎている……。

 悪魔との取引でも行ったか?我々を翻弄し、滅ぼそうとしてるのは、貴様ではないのか⁉︎」


 縋りつく様に、リカルド様が呻いたかと思うと、急に瞳をギラつかせる。

 俺の胸ぐらに手を伸ばすが、それはやはり、途中で止められた。

 サヤの動く気配に、リカルド様は瞬時に気付き、後方に退避、間合いを開ける。


「そうだ、貴様は、色々おかしい! 異様なことを、知りすぎている!

 そもそもこの事業自体、成人すらしておらぬ小倅が……なんの後ろ盾も持たぬ者が、することではない!」


 ああ良かった。

 サヤではなく、俺に狙いを定めてくれた。

 そのことがとても心を落ち着かせてくれる。

 だから剣の柄に手を伸ばした姿を見ても、冷静でいられた。

 警戒を強めるサヤを、大丈夫だからと、手で制す。


 大丈夫、迷っている。

 リカルド様は理知的な方だ。不穏分子は斬って捨てる。その様な行動は取らない。

 何が本当か、本音はどこなのか、見定めなければ、動けない。


「俺の手の内、出しましたよ。

 で、次は俺の知っている、貴方の手の内……それの話をしましょうか。

 貴方がこの話を受け入れられない理由は、承知しております。

 長老の暴走……それが、ハロルド様を巻き込むことを懸念なさっているのですね?」


 俺の問いに、最早リカルド様は、抵抗出来なかった。

 何故知っている……と、囁くほどの小声で言い、まさか……と、続ける。


「ええ、多分、貴方が一番知られたくないと思うことも、知っています。

 ヴァーリンには、白い方が、いらっしゃるのでしょう?」


 落ちた。


 この方は、もう抵抗出来ない。

 絶望に染まった瞳を彷徨わせる彼を、俺は申し訳なく思いつつも、暫く見つめる。

 全てを知っているのだと思わせることが肝要だった。

 俺が全てを知っているということは、姫様も全て、承知しているということ。

 もう隠し立てする必要は無いのだと、理解して頂かなくてはならない。

 これからリカルド様は、姫様の臣となってもらわなければならないのだ。

 姫様に忠誠を誓い、支えていく存在となって頂く。


「白い方と、象徴派。

 それで長老が考えたことは、王家の挿げ替えですね?

 貴方は、それを阻止しようとしてらっしゃった。

 それと、血の近いハロルド様が、長老の暴走に巻き込まれることを、何とか食い止めようとなさっていた」


 リカルド様の顔が歪む。

 これが、俺とマルとで導き出した結論だった。


「長老様とヴァーリンの御領主様には、ご退場願う。そこら辺が落とし所だと思います。

 その為にリカルド様、姫様を王に推挙して頂けませんか?

 貴方が姫様と結ばれると、病の増長にしかならないのです。

 ならば、ハロルド様と、家名を守ることを条件に、婚儀を破棄、姫様を王に推挙して頂く。

 これが、最も良い取引だと思うのですよ。

 この条件なら姫様も、大体のことは飲み込んで下さる筈だ」


 リカルド様が、理解出来ないものに向ける、畏怖に染まった瞳で俺を見ている。

 けれど彼は、これを否とは言えないと、俺は考えていた。

 この方の目的は、十年も前からそこにある。十年、自分を押し殺してでも成そうとしていたことなのだ。


「…………………………分かった……」


 そう聞こえた時、この戦いは終わったのだと、思った。

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