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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
122/515

白化

 部屋に戻ると、サヤとルーシーは手を取り合って何かを話し込んでいた。

 まだ早かったか? と、引き返そうとしたのだが。


「あ、レイ様。もう済みましたから」


 カラッとした笑顔でルーシーが言い、サヤも少し、重荷の取れたような表情で、うっすらと微笑む。

 この短い間に、彼女と話したことで、なにやらサヤの雰囲気が変わっていた。


「ねっ。また何かあったら、いつでも相談してくださいな!」

「……はい。ありがとう、ルーシーさん」


 ルーシーが、にこりと微笑んで、叔父様、荷物を運びましょう。と、声をかけ、立ち上がる。


「手伝います!」


 と、サヤが二つ重ねた木箱をひょいと持ち上げ、扉の外へ駆けていく。残りの一つはギルが手を伸ばした。

 駆け抜けて行ったサヤを見送っていると、ルーシーに、


「レイ様。サヤさんと、約束をしたんです。

 雨季が終わったら、またうちに遊びに来て下さいって。

 雨季を乗り切ったお祝いを、うちでしましょう! 是非‼︎」


 拳を握って詰め寄られた……。


「ああ、そりゃいいな。

 雨季が終わればひと段落すんだろ。ならこっちに来い」

「サヤさんを、メバックの可愛いお店や美味しい甘味の店に、ご案内したいです。今まで凄く忙しかったんですから、少しくらい羽目を外したって、良いですよね⁉︎」


 二人掛かりで言い寄られ、たじたじと後退するしかない……。しかもその向こうで、木箱を運び終えたサヤが、ちらりと期待した視線を寄越すものだから……っ。や、(やぶさ)かでは、ない……。


「わ、分かった……雨季が過ぎて……姫様方の方も、ひと段落したら、な」

「絶対ですよ⁉︎」

「はい……」


 その返事でやっとご満足頂けた様子だ。

 にしても、ルーシーのあっけらかんとした感じからして、昨日のことを相談されたわけではないように思える……のに……?

 サヤの表情が、思いつめた感じではなくなっていた。

 そのことに少なからずホッとする。

 ルーシーは凄いな。俺は何も言ってやれなかった……。彼女がここに居てくれて、本当に良かったと思う。


「ありがとうルーシー。

 こちらが上手く片付いたら、君もまた、遊びにおいで」

「はい!」


 サヤと二人並んで、馬車を見送った。

 ギルは最後に「何かあったらすぐ連絡しろ。ていうか、決める前に相談しろ! 分かったな⁉︎」と、しつこく念を押してから馬車に乗り込んだ。

 いやでも、あれはあの場でそうするのが最善だと思ったのだから、相談のしようもないんだけどなぁ……。

 そう思うものの、ギルが俺のことを心配し、そう言ってくれていることは痛いほど分かるわけで、善処します。と、伝えるのが、俺の精一杯だった。


 サヤを伴って、執務室に戻ると、ディート殿の食事は終わり、食後のお茶を楽しんでいた。

 執務室で食べた意味が、ほぼ無くなったな……。遅くなって申し訳ないと謝って、先程ディート殿が届けてくれた観察記録をサヤに渡す。


「状況説明を先にするから、サヤはこれをまとめておいてくれるか?」

「畏まりました」


 ディート殿が俺の横に立つ。護衛開始であるらしい。その彼に、昨日どこまで話してましたか? と、聞くと、象徴派の存在が出てきた辺りだ。という返答。


「えっと、リカルド様が今の性格を演じてらっしゃるのではないか。

 って推測に、行き着いた辺りでしたか?」

「そこだな。それで、ルオード様より貴殿に開示して良いという情報を言付かってきた」


 ……言えること、言えないことがあるってことか。

 まあ、姫様の情報を、ホイホイと俺に与えるとは思ってなかったけれど。

 つまり、それを話し合っていて、遅くなったんだろうな。


「話を進めてくれ。そこに追加する情報があれば、口を挟む」



 ◆



 ディート殿に促され、昨日、姫様に伝えたことも含め、ディート殿に話をした。

 王家の白化という病は、血によってもたらされた病で、血が濃くなり過ぎたことが原因である可能性が高いことや、リカルド様との結婚では、将来的に王家が滅びる可能性があること等をだ。

 あまり物事に動じたりする様子を見せないディート殿が、珍しく困惑や驚愕の表情を見せる程の内容であった様子だ。

 

「つまり、公爵家との婚姻を繰り返し続けると、白化は進む。最終的に、子が出来なくなる可能性があるわけか」

「そうですね。既にその兆候が、現れている可能性も拭えません。

 今、王家の系譜を取りに行かせているので、その者が戻り次第、年代ごとの違いを、このグラフで表してみようと思ってまして、それによって結果が目に見える形となるかと」

「十日程度で用意できるかは甚だ疑わしいのだが……本当に?」

「そのはずです」

「……まあ、貴殿がそう言うなら。……ここは何かと、不思議なものが多いからな」


 顎に手を当てて、ディート殿が呟く。

 そうしてから、続きを促される。


「まあそれで、昨日は風呂をご一緒させて頂いたんですが……。

 感触からして、リカルド様は王への拘りは薄いと思います。

 王になりたくて、ああしているわけではないと感じました……別に何か、目的があるのだと思います。

 なんていうか……全くその話題に興味はない風なんですよね……。

 俺と話をしていて、姫様の指名を辞退しろとか、命が惜しくばこちらに付けとか、そういった話は全く無かったんですよ。

 象徴派の長であることは事実であるのでしょうが……姫様が警戒される様な理由では無いと思います……」

「俄かには信じ難いがなぁ。

 ……冷静沈着な方だとは到底思えん。剣を交えてみろ、烈火の如くだぞ?

 昨日の様子を見ていても、レイ殿の言う様な様子は、全く、感じなかったのだがなぁ」

「けれど、将としてはどうです?」

「……まぁ……確かに将としては……少し様子が変わってくるな」


 そう呟いてから、ちらりと視線をこちらに寄越す。

 一つ咳払いをしてから、おもむろに口を開いた。


「ルオード様は……彼の方のかつてをご存知だ。

 つまり、エレスティーナ様の婚約者であった頃だな。

 彼の方は、存外物静かな方であったそうだぞ。

 一族の責任……嫡子として、剣の腕を磨くことには、とても真剣に挑まれていたそうだが、普段は、エレスティーナ様と、ハロルド様との三人で、書物を楽しんでいる姿をよく見かけたそうだ。

 どちらかというと、ハロルド様とエレスティーナ様が盛り上がるのを、横で静かに眺めている様な感じだったと聞いたぞ。

 エレスティーナ様が早逝されてから、リカルド様は荒れて、粗暴になっていったという。ご兄弟の仲も、その辺りから険悪になっていったらしい。

 もしそれが、演技であったなら……レイ殿が言う様に、その当時の印象が、本来のリカルド様なら、色々と、違ってくるな」


 エレスティーナ様とハロルド様。そしてリカルド様は、三人でよく過ごされていたらしい。

 リカルド様とハロルド様は、エレスティーナ様の他愛ない悪戯に振り回されつつ、良好な関係を築けていたということか。

 うーん……マルが篭ってしまったから、ハロルド様についての情報が聞き出せないな……。


「ディート殿は、ハロルド様をご存知ですか?」

「ああ、存じ上げている。社交的で、穏健な方だぞ。まるでリカルド様と対である様にな。

 ご兄弟の仲は悪いと言われているが、リカルド様が一方的に喧嘩を吹っかけている風だな。

 いちいち人目のある場所でやりあっているから……うーむ……人目のある場所をあえて選んでいたのか……?

 あああぁぁ、疑いだしたらきりがない、訳が分からん!」


 ガシガシと頭を掻き毟るディート殿。

 まあ、彼の方を苛烈な方だという印象を持っている状態で、その逆を想像するのは難しいよな。

 けれど、ディート殿が仰っていた様に、人目を意識して演技をしていた可能性は高いと思う。


「午後から、リカルド様を土嚢壁の見学にお連れすることになっているので、またあの方と交流を重ねてみます。

 配下の方と引き離せれば、もっと腹を割って話せるのですけどね……。

 どうも、お連れの方は皆が皆、信用できる方ではない様です」

「ほう、そういうのも分かるのか?

 ならば、土嚢壁見学の時、引き剥がしてみるか?」


 近衛の方々の協力が得られるなら、やれることが増えるな。

 ディート殿と午後からの動きについて、ざっくりと予定を決めておく。

 そして、その後にもう一つ、セイバーンへ向かう街道の途中に、商団に偽装された謎の武道集団があることを報告する。


「……レイ殿は……思いの外、良い耳を持っているな……」


 部下が二人って嘘だろう。みたいな顔でディート殿。

 まあ、一応マルも部下に数えて良いなら、三人なんだよな。俺の印を身につけているところを見たことがないから、まだ数えない様にしているのだけれど。


「俺じゃないですよ。マルクスです。

 あれは学舎に居た頃から、鷹の目と兎の耳を持っていましたからね。

 彼によると、その集団の中核と思しき年配の男が、象徴派の元の長である、長老ではないかと」

「…………リカルド殿が、率いて来たのではないのか?」

「彼の方は知らなかった様ですよ」


 そう伝えたが、ディート殿は疑わしげに腕を組む。口ではなんとでも言える。と、考えているのだ。

 まあ、嘘か誠かの判断は、俺の勘を頼ってる状態だからな。


「……リカルド様ではないと、思います。

 彼の方から隠れる為に、商団に扮しているにも関わらず、街道を逸れてまで身を隠しているのではないでしょうか。

 こういった行為に不慣れな方の集団だと感じます。街に滞在せず、森に隠れているのは、それだけ人目に触れたくないのでしょう。

 リカルド様が引き連れて来たのならば、人の目に触れることを、そんなに恐れる必要はありませんよ。あの方なら、堂々と商人のふりをさせて、街に滞在させるでしょうし」


 根拠があれば、理解してもらえるかもしれないと思ったので、述べてみる。

 あんな場所で、この天候の中で、慣れてもいない野営だ。士気、体力は下がる。優秀だと言われる将が取る手段だとは、到底思えない。

 人の記憶にすら、残りたくないのだ。だからあそこまでしている。

 だが逆に、隠れようと躍起になる所為で、見える者には悪目立ちするほどに見えてしまっているのだが。


「して、その目的はなんだと思う?」

「そこはまだ、俺にも見当がつきませんね……。

 そもそも、王族の方に武力を持ち出そうとするその軽挙さが、気にかかります」


 リカルド様より、むしろそちらの方が、違和感が強い。

 実際リカルド様は、自身が暴走する様に見せることで、他の象徴派が行動することを阻害している様に感じるのだ。

 わざと際どい言動に出て、象徴派の鬱憤晴らしをしつつ、注意を引きつけているように。

 ……そうだ。

 もし、リカルド様が……象徴派を抑える為に、長になったのだとしたら……? 例えばその、長老の力を削ぐ為に、そうなる様、演技して来たのだとしたら?


「……マルはその可能性を、考えてるのかな……」

「ん?」

「あ、いえ……なんでもないです」


 確証もなく、思いつきだけを口にするのは混乱の元だろう。

 マルが出て来てからだなと、この推測については伏せておくことにする。


「昼からか……訓練ともかち合うから、巻き込んでしまおう」

「……あまり喧嘩を売るような真似はしないで下さいよ」

「騎士団の将たるもの、軍事に有用となれば食いつくさ。問題無い」


 無い……かなぁ……? まあ、風呂も訓練の一環に組み込もうとされるくらいだから、土嚢の積み方も訓練として覚えてもらうべきだとは思う。簡易風呂を作る際に使うわけだし。


「だがまぁ問題は、系譜を手に入れ、それを分析してグラフを作るまで、どうやって時間を稼ぐかということだな。

 リカルド様は直ぐにでも姫を連れ帰るつもりであるのだろう?今日一日は土嚢壁で釣るにしても、明日からはどうなる」

「それなんですよねぇ。とりあえず、風呂に興味を持って下さった様子なので、そちらの設計図を製作するって名目で、暫く時間を稼げればと思っているのですが……」


 水の確保が問題なのだよなぁ。頭が痛い。

 正直、これに関しては、どうしようもないと思うのだ。


「水車に取り付けた受台。あれは効率を上げるのに一役買いますよね。湯船まで桶を運ばずとも良いのですから。

 けれど、井戸水を汲み上げる回数が、どう考えても二百回以上ですよ?そんなもの、日々やってられますか?」

「ううむぅ……訓練だと言われればやるが……苦行には違いないな……」

「とりあえずはですね、縄の両端に桶を吊るせば、引き上げる度に水が入っているという形にできます。これで少しはましかと……」

「そう考えると貴殿のあの風呂は、本当に凄まじいな。

 水汲み不要というのは、本当に素晴らしい。正直、あれは我々も欲しい。訓練後に毎日利用できればと声が上がっている程だ。

 だが毎日桶で往復三昧と思うと、萎える……」


 そ、そうですよねぇ……。

 風呂の設計自体は、大工のアーロンと、土建組合の設計師の協力を得られれば可能だ。だが水汲みに関しては……如何ともし難い。

 二人して何か良い案はないかと頭を捻るものの、その様な手段が簡単に思いつけるわけもなく、ああでもない、こうでもないと堂々巡りだ。

 そうしていると、暫くして。


「あの、一度休憩に致しませんか?お茶を入れますから」


 サヤから声が掛かった。

 渡した記録の処理も終わったということなので、休憩を挟むことにする。


「ああ、良いな。もう頭が茹ってたまらん」


 ディート殿がそう言って、長椅子にどかりと腰を下ろした。

 ハインがお茶の準備を始め、サヤが俺に出来上がった資料を持って来て、差し出した。


「ありがと……んむ?」


 みずをくみあげるほうほうについて

 あんがひとつありますので、のちほどごほうこくいたします

 とくしゅなものとなりますので、ごそうだんしたいです


 資料の上に、紙切れが一枚置いてあり、そんな一言が添えられていた。

 ディート殿が居るから、伏せたのか……。


「ありがとう。ちょっと確認させてもらう」


 資料を見るついでに、紙切れを取り、引き出しの中に放り込んだ。

 時間が取れるとしたら、リカルド様方を土嚢壁にご案内した後かな。

 凄く気になるが、後回しにするしかない様だ。


「話は変わるが……王家の病について、少し聞いても良いか」


 ディート殿が、そう言い、俺の思考は中断された。

 なんでしょう?と、聞き返す。


「俺は、サヤの国の考え方……というのが、どうにも理解に苦しむのだが……。

 この、王家の白化という病は、その病気の元となる、小さき生物が原因ではないのだよな?

 なら、一体何が、原因なのかというのが……どう考えても分からん」

「……原因……ですか」


 サヤが、小首を傾げて少し考える素振りをみせてから。


「病……という言い方は、ちょっと違うのかもしれません。

 これは、そういった人として作られた。ということなのです」


 と、言う。

 俺とディート殿の眉間にシワが寄った。意味が分からないからだ。

 因みに、ハインはきっと聞いていない。素知らぬ顔をしている。


「人も動物も、日々進化をし続けています。

 その進化の中で、たまたまそう生まれただけであるかもしれません。

 例えば……南の方に住む人は、肌も髪も色の濃い方が多く、北に住む方は、肌も髪も色の薄い方が多い傾向があるのですが……」


 そう言われて、俺も少し考えた。


「そうだな……学舎の共に、シザーという者がいたが、彼は肌が褐色だった。

 ここよりずっと南の、樹海や山脈を越えた先にあるといわれる、異国の血を引いているという話だった」

「褐色肌の者は、確かにたまに見かけるな。

 だが髪の色が濃いかと言われると……あまり意識したことが無いな……」

「シザーは葡萄色の髪をしてたけど……うーん……」

「ん……では、生息する動物で考えてみましょうか。

 寒い地方には、大型動物が多く、暑い地方では、小型の動物が多くなります。

 例えば熊や鹿。極寒の地の動物は、とても大きく、南の地では、猿や鳥など、小さなものが多かったりしませんか」

「それはまぁ……北の灰色熊は有名だな。毎年熊狩りで相当数死人が出るという話だ。

 南は……熊の被害というのは、あまり聞かぬな……居ないわけではないのだが……小型のものしか、いない……? 確かに小ぶりだな……」

「北の地では鳥も猿も、種自体が少ない気がする」


 俺たちの返答に、サヤは一つ頷いて、言葉を続けた。


「寒い地方では、動物は体温を保つ為に、大型化すると言われています。

 逆に南の地方は、生命維持に大きさを求めず済みますから、小ぶりなものが多いと。

 同じ熊という名で、先祖を同じくしていても、住む場所によって生きることに必要とされる機能が違います。

 だから、そこで暮らしていくうちに、だんだんその土地に馴染んで、その土地に適した形に変わっていく。それが進化です。

 いなかったり、少なかったりする種は、その土地に行ったことがないか、適応出来ずに滅んだ可能性があります」


 南で熊の被害を聞かないのは、人を襲わなくても、食べ物に困らないからでもあるだろうとサヤは言った。


「むぅ、余計分からん……

 つまり白化は、この土地で生き残る為に必要であったかもしれないということか?」

「はい。そうである可能性もあります。ですが、たんに複写ミスであった可能性も、高いです」

「フ、フクシャミス?」

「父と母から受け継ぐ設計図の中に、写し間違ってしまった箇所があったということです。

 大量の設計図を、たった一度きりの機会に全部映しとらなければなりません。

 そのすごい分量をこなすうちに、多かれ少なかれ、誰にだって写し間違いは起こっています。

 その中でたまたま、選ばれた中にあり、それがたまたま、表面に出てしまっただけ。

 そして、血の近いものの結婚を繰り返す中で、表面に出て来やすくなっただけ。

 つまり……偶然です」

「……神の采配でも、なんでもなく……偶然……」

「はい。

 例えば、王家が他国と血の交流を深める手段を選んでいれば、きっと白化は広がっていませんし、たまたま白い方が生まれた時に、その方が子を成さぬまま亡くなっていれば、白化は続いてません。

 ……ああ、そうでした。

 私の国の天皇家……王族にも、白く生まれた方は存在するんです」


 その言葉に、ガタリとディート殿が立ち上がる。

 俺もびっくりしてしまい、つい、腰が浮いた。


「神話だと言われているほど昔です。

 千年以上前で……。その方は子を残さなかったと記憶しています。ですから、白化は続いていません。

 ただやはり、とても珍しかったのでしょうね……幼い頃は白髪皇子と呼ばれていましたし、いくつか残っている異名に、何度も白髪という文字が使われています」

「ほ、ほかにも、王族に……?」

「王族に拘らないならば、この……国にも、白く生まれる方は存在している筈です。ただ……陽の光を害とする点など、問題も多いですから……あまり育たないのではないかと」


 サヤの言葉に、二人して唸るしかなかった。

 サヤの世界の、サヤの国の王族にも、白い方が生まれていた……。

 だがその方は、子を残さなかった……。

 確かに、我々の王家が、そちらの道を進んでいた可能性もあるのだと思わせる話だ。


「俄かには……信じ、難い…………。

 ……サヤは本当に、凄いのだな……。

 それ程の…………まさか、王族とか、言わぬよな?」


 ディート殿が恐る恐ると言った風に問う。

 王族の系譜を一部とはいえ知っているのだ。そう考えるよな。

 俺も石鹸が日常使いだって聞いた時はそう思ったよなぁと、懐かしく思い出す。


「違います。一般人です」


 サヤはそう答えた。

 けれど、ここまでの知識を持ち、あれ程の強さを身につけるほどの鍛錬を積める立場にあったのだ。到底、そこいらの一庶民だとは思えない。

 しかも父が学舎の師であり、母が医療に携わっていたという。それは相当な学歴の両親を持つということだ。

 幼い子を誘拐するということも、貴族にはまま起こる。金目当てだけでなく、出世する者を追い落とす手段としてであったりだ。

 だから、サヤが高貴な生まれであると言えば、皆はむしろ、納得出来るだろう。


 しかし……あの子は本当に、自分を一庶民であると思っている。

 言葉や態度に、気負いも警戒も無いからだ。

 そしてそれが本当であったとしたら……サヤの国の国力は、計り知れない。

 そこいらの適当な子供を拾えば、皆がサヤほどの知識を有しているということは、それだけの人材に、それだけの費用を掛けるゆとりがあるということなのだ。


「まぁ、王族がここで平気な顔して従者をしてるというのもなぁ……無いか」


 いやまぁ、本人が王族であることを嫌がっていた場合は、別じゃないかな。


「あと、王族でここまで強くなられると……守り甲斐がないですね」

「全くだ。騎士が職にあぶれてしまう」


 真剣な話がどうでも良い話になった頃、ハインが俺たちの前に、お茶を配る。

 それを頂きつつ、そのまま他愛ない雑談を暫く楽しんだ。

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