白化
部屋に戻ると、サヤとルーシーは手を取り合って何かを話し込んでいた。
まだ早かったか? と、引き返そうとしたのだが。
「あ、レイ様。もう済みましたから」
カラッとした笑顔でルーシーが言い、サヤも少し、重荷の取れたような表情で、うっすらと微笑む。
この短い間に、彼女と話したことで、なにやらサヤの雰囲気が変わっていた。
「ねっ。また何かあったら、いつでも相談してくださいな!」
「……はい。ありがとう、ルーシーさん」
ルーシーが、にこりと微笑んで、叔父様、荷物を運びましょう。と、声をかけ、立ち上がる。
「手伝います!」
と、サヤが二つ重ねた木箱をひょいと持ち上げ、扉の外へ駆けていく。残りの一つはギルが手を伸ばした。
駆け抜けて行ったサヤを見送っていると、ルーシーに、
「レイ様。サヤさんと、約束をしたんです。
雨季が終わったら、またうちに遊びに来て下さいって。
雨季を乗り切ったお祝いを、うちでしましょう! 是非‼︎」
拳を握って詰め寄られた……。
「ああ、そりゃいいな。
雨季が終わればひと段落すんだろ。ならこっちに来い」
「サヤさんを、メバックの可愛いお店や美味しい甘味の店に、ご案内したいです。今まで凄く忙しかったんですから、少しくらい羽目を外したって、良いですよね⁉︎」
二人掛かりで言い寄られ、たじたじと後退するしかない……。しかもその向こうで、木箱を運び終えたサヤが、ちらりと期待した視線を寄越すものだから……っ。や、吝かでは、ない……。
「わ、分かった……雨季が過ぎて……姫様方の方も、ひと段落したら、な」
「絶対ですよ⁉︎」
「はい……」
その返事でやっとご満足頂けた様子だ。
にしても、ルーシーのあっけらかんとした感じからして、昨日のことを相談されたわけではないように思える……のに……?
サヤの表情が、思いつめた感じではなくなっていた。
そのことに少なからずホッとする。
ルーシーは凄いな。俺は何も言ってやれなかった……。彼女がここに居てくれて、本当に良かったと思う。
「ありがとうルーシー。
こちらが上手く片付いたら、君もまた、遊びにおいで」
「はい!」
サヤと二人並んで、馬車を見送った。
ギルは最後に「何かあったらすぐ連絡しろ。ていうか、決める前に相談しろ! 分かったな⁉︎」と、しつこく念を押してから馬車に乗り込んだ。
いやでも、あれはあの場でそうするのが最善だと思ったのだから、相談のしようもないんだけどなぁ……。
そう思うものの、ギルが俺のことを心配し、そう言ってくれていることは痛いほど分かるわけで、善処します。と、伝えるのが、俺の精一杯だった。
サヤを伴って、執務室に戻ると、ディート殿の食事は終わり、食後のお茶を楽しんでいた。
執務室で食べた意味が、ほぼ無くなったな……。遅くなって申し訳ないと謝って、先程ディート殿が届けてくれた観察記録をサヤに渡す。
「状況説明を先にするから、サヤはこれをまとめておいてくれるか?」
「畏まりました」
ディート殿が俺の横に立つ。護衛開始であるらしい。その彼に、昨日どこまで話してましたか? と、聞くと、象徴派の存在が出てきた辺りだ。という返答。
「えっと、リカルド様が今の性格を演じてらっしゃるのではないか。
って推測に、行き着いた辺りでしたか?」
「そこだな。それで、ルオード様より貴殿に開示して良いという情報を言付かってきた」
……言えること、言えないことがあるってことか。
まあ、姫様の情報を、ホイホイと俺に与えるとは思ってなかったけれど。
つまり、それを話し合っていて、遅くなったんだろうな。
「話を進めてくれ。そこに追加する情報があれば、口を挟む」
◆
ディート殿に促され、昨日、姫様に伝えたことも含め、ディート殿に話をした。
王家の白化という病は、血によってもたらされた病で、血が濃くなり過ぎたことが原因である可能性が高いことや、リカルド様との結婚では、将来的に王家が滅びる可能性があること等をだ。
あまり物事に動じたりする様子を見せないディート殿が、珍しく困惑や驚愕の表情を見せる程の内容であった様子だ。
「つまり、公爵家との婚姻を繰り返し続けると、白化は進む。最終的に、子が出来なくなる可能性があるわけか」
「そうですね。既にその兆候が、現れている可能性も拭えません。
今、王家の系譜を取りに行かせているので、その者が戻り次第、年代ごとの違いを、このグラフで表してみようと思ってまして、それによって結果が目に見える形となるかと」
「十日程度で用意できるかは甚だ疑わしいのだが……本当に?」
「そのはずです」
「……まあ、貴殿がそう言うなら。……ここは何かと、不思議なものが多いからな」
顎に手を当てて、ディート殿が呟く。
そうしてから、続きを促される。
「まあそれで、昨日は風呂をご一緒させて頂いたんですが……。
感触からして、リカルド様は王への拘りは薄いと思います。
王になりたくて、ああしているわけではないと感じました……別に何か、目的があるのだと思います。
なんていうか……全くその話題に興味はない風なんですよね……。
俺と話をしていて、姫様の指名を辞退しろとか、命が惜しくばこちらに付けとか、そういった話は全く無かったんですよ。
象徴派の長であることは事実であるのでしょうが……姫様が警戒される様な理由では無いと思います……」
「俄かには信じ難いがなぁ。
……冷静沈着な方だとは到底思えん。剣を交えてみろ、烈火の如くだぞ?
昨日の様子を見ていても、レイ殿の言う様な様子は、全く、感じなかったのだがなぁ」
「けれど、将としてはどうです?」
「……まぁ……確かに将としては……少し様子が変わってくるな」
そう呟いてから、ちらりと視線をこちらに寄越す。
一つ咳払いをしてから、おもむろに口を開いた。
「ルオード様は……彼の方のかつてをご存知だ。
つまり、エレスティーナ様の婚約者であった頃だな。
彼の方は、存外物静かな方であったそうだぞ。
一族の責任……嫡子として、剣の腕を磨くことには、とても真剣に挑まれていたそうだが、普段は、エレスティーナ様と、ハロルド様との三人で、書物を楽しんでいる姿をよく見かけたそうだ。
どちらかというと、ハロルド様とエレスティーナ様が盛り上がるのを、横で静かに眺めている様な感じだったと聞いたぞ。
エレスティーナ様が早逝されてから、リカルド様は荒れて、粗暴になっていったという。ご兄弟の仲も、その辺りから険悪になっていったらしい。
もしそれが、演技であったなら……レイ殿が言う様に、その当時の印象が、本来のリカルド様なら、色々と、違ってくるな」
エレスティーナ様とハロルド様。そしてリカルド様は、三人でよく過ごされていたらしい。
リカルド様とハロルド様は、エレスティーナ様の他愛ない悪戯に振り回されつつ、良好な関係を築けていたということか。
うーん……マルが篭ってしまったから、ハロルド様についての情報が聞き出せないな……。
「ディート殿は、ハロルド様をご存知ですか?」
「ああ、存じ上げている。社交的で、穏健な方だぞ。まるでリカルド様と対である様にな。
ご兄弟の仲は悪いと言われているが、リカルド様が一方的に喧嘩を吹っかけている風だな。
いちいち人目のある場所でやりあっているから……うーむ……人目のある場所をあえて選んでいたのか……?
あああぁぁ、疑いだしたらきりがない、訳が分からん!」
ガシガシと頭を掻き毟るディート殿。
まあ、彼の方を苛烈な方だという印象を持っている状態で、その逆を想像するのは難しいよな。
けれど、ディート殿が仰っていた様に、人目を意識して演技をしていた可能性は高いと思う。
「午後から、リカルド様を土嚢壁の見学にお連れすることになっているので、またあの方と交流を重ねてみます。
配下の方と引き離せれば、もっと腹を割って話せるのですけどね……。
どうも、お連れの方は皆が皆、信用できる方ではない様です」
「ほう、そういうのも分かるのか?
ならば、土嚢壁見学の時、引き剥がしてみるか?」
近衛の方々の協力が得られるなら、やれることが増えるな。
ディート殿と午後からの動きについて、ざっくりと予定を決めておく。
そして、その後にもう一つ、セイバーンへ向かう街道の途中に、商団に偽装された謎の武道集団があることを報告する。
「……レイ殿は……思いの外、良い耳を持っているな……」
部下が二人って嘘だろう。みたいな顔でディート殿。
まあ、一応マルも部下に数えて良いなら、三人なんだよな。俺の印を身につけているところを見たことがないから、まだ数えない様にしているのだけれど。
「俺じゃないですよ。マルクスです。
あれは学舎に居た頃から、鷹の目と兎の耳を持っていましたからね。
彼によると、その集団の中核と思しき年配の男が、象徴派の元の長である、長老ではないかと」
「…………リカルド殿が、率いて来たのではないのか?」
「彼の方は知らなかった様ですよ」
そう伝えたが、ディート殿は疑わしげに腕を組む。口ではなんとでも言える。と、考えているのだ。
まあ、嘘か誠かの判断は、俺の勘を頼ってる状態だからな。
「……リカルド様ではないと、思います。
彼の方から隠れる為に、商団に扮しているにも関わらず、街道を逸れてまで身を隠しているのではないでしょうか。
こういった行為に不慣れな方の集団だと感じます。街に滞在せず、森に隠れているのは、それだけ人目に触れたくないのでしょう。
リカルド様が引き連れて来たのならば、人の目に触れることを、そんなに恐れる必要はありませんよ。あの方なら、堂々と商人のふりをさせて、街に滞在させるでしょうし」
根拠があれば、理解してもらえるかもしれないと思ったので、述べてみる。
あんな場所で、この天候の中で、慣れてもいない野営だ。士気、体力は下がる。優秀だと言われる将が取る手段だとは、到底思えない。
人の記憶にすら、残りたくないのだ。だからあそこまでしている。
だが逆に、隠れようと躍起になる所為で、見える者には悪目立ちするほどに見えてしまっているのだが。
「して、その目的はなんだと思う?」
「そこはまだ、俺にも見当がつきませんね……。
そもそも、王族の方に武力を持ち出そうとするその軽挙さが、気にかかります」
リカルド様より、むしろそちらの方が、違和感が強い。
実際リカルド様は、自身が暴走する様に見せることで、他の象徴派が行動することを阻害している様に感じるのだ。
わざと際どい言動に出て、象徴派の鬱憤晴らしをしつつ、注意を引きつけているように。
……そうだ。
もし、リカルド様が……象徴派を抑える為に、長になったのだとしたら……? 例えばその、長老の力を削ぐ為に、そうなる様、演技して来たのだとしたら?
「……マルはその可能性を、考えてるのかな……」
「ん?」
「あ、いえ……なんでもないです」
確証もなく、思いつきだけを口にするのは混乱の元だろう。
マルが出て来てからだなと、この推測については伏せておくことにする。
「昼からか……訓練ともかち合うから、巻き込んでしまおう」
「……あまり喧嘩を売るような真似はしないで下さいよ」
「騎士団の将たるもの、軍事に有用となれば食いつくさ。問題無い」
無い……かなぁ……? まあ、風呂も訓練の一環に組み込もうとされるくらいだから、土嚢の積み方も訓練として覚えてもらうべきだとは思う。簡易風呂を作る際に使うわけだし。
「だがまぁ問題は、系譜を手に入れ、それを分析してグラフを作るまで、どうやって時間を稼ぐかということだな。
リカルド様は直ぐにでも姫を連れ帰るつもりであるのだろう?今日一日は土嚢壁で釣るにしても、明日からはどうなる」
「それなんですよねぇ。とりあえず、風呂に興味を持って下さった様子なので、そちらの設計図を製作するって名目で、暫く時間を稼げればと思っているのですが……」
水の確保が問題なのだよなぁ。頭が痛い。
正直、これに関しては、どうしようもないと思うのだ。
「水車に取り付けた受台。あれは効率を上げるのに一役買いますよね。湯船まで桶を運ばずとも良いのですから。
けれど、井戸水を汲み上げる回数が、どう考えても二百回以上ですよ?そんなもの、日々やってられますか?」
「ううむぅ……訓練だと言われればやるが……苦行には違いないな……」
「とりあえずはですね、縄の両端に桶を吊るせば、引き上げる度に水が入っているという形にできます。これで少しはましかと……」
「そう考えると貴殿のあの風呂は、本当に凄まじいな。
水汲み不要というのは、本当に素晴らしい。正直、あれは我々も欲しい。訓練後に毎日利用できればと声が上がっている程だ。
だが毎日桶で往復三昧と思うと、萎える……」
そ、そうですよねぇ……。
風呂の設計自体は、大工のアーロンと、土建組合の設計師の協力を得られれば可能だ。だが水汲みに関しては……如何ともし難い。
二人して何か良い案はないかと頭を捻るものの、その様な手段が簡単に思いつけるわけもなく、ああでもない、こうでもないと堂々巡りだ。
そうしていると、暫くして。
「あの、一度休憩に致しませんか?お茶を入れますから」
サヤから声が掛かった。
渡した記録の処理も終わったということなので、休憩を挟むことにする。
「ああ、良いな。もう頭が茹ってたまらん」
ディート殿がそう言って、長椅子にどかりと腰を下ろした。
ハインがお茶の準備を始め、サヤが俺に出来上がった資料を持って来て、差し出した。
「ありがと……んむ?」
みずをくみあげるほうほうについて
あんがひとつありますので、のちほどごほうこくいたします
とくしゅなものとなりますので、ごそうだんしたいです
資料の上に、紙切れが一枚置いてあり、そんな一言が添えられていた。
ディート殿が居るから、伏せたのか……。
「ありがとう。ちょっと確認させてもらう」
資料を見るついでに、紙切れを取り、引き出しの中に放り込んだ。
時間が取れるとしたら、リカルド様方を土嚢壁にご案内した後かな。
凄く気になるが、後回しにするしかない様だ。
「話は変わるが……王家の病について、少し聞いても良いか」
ディート殿が、そう言い、俺の思考は中断された。
なんでしょう?と、聞き返す。
「俺は、サヤの国の考え方……というのが、どうにも理解に苦しむのだが……。
この、王家の白化という病は、その病気の元となる、小さき生物が原因ではないのだよな?
なら、一体何が、原因なのかというのが……どう考えても分からん」
「……原因……ですか」
サヤが、小首を傾げて少し考える素振りをみせてから。
「病……という言い方は、ちょっと違うのかもしれません。
これは、そういった人として作られた。ということなのです」
と、言う。
俺とディート殿の眉間にシワが寄った。意味が分からないからだ。
因みに、ハインはきっと聞いていない。素知らぬ顔をしている。
「人も動物も、日々進化をし続けています。
その進化の中で、たまたまそう生まれただけであるかもしれません。
例えば……南の方に住む人は、肌も髪も色の濃い方が多く、北に住む方は、肌も髪も色の薄い方が多い傾向があるのですが……」
そう言われて、俺も少し考えた。
「そうだな……学舎の共に、シザーという者がいたが、彼は肌が褐色だった。
ここよりずっと南の、樹海や山脈を越えた先にあるといわれる、異国の血を引いているという話だった」
「褐色肌の者は、確かにたまに見かけるな。
だが髪の色が濃いかと言われると……あまり意識したことが無いな……」
「シザーは葡萄色の髪をしてたけど……うーん……」
「ん……では、生息する動物で考えてみましょうか。
寒い地方には、大型動物が多く、暑い地方では、小型の動物が多くなります。
例えば熊や鹿。極寒の地の動物は、とても大きく、南の地では、猿や鳥など、小さなものが多かったりしませんか」
「それはまぁ……北の灰色熊は有名だな。毎年熊狩りで相当数死人が出るという話だ。
南は……熊の被害というのは、あまり聞かぬな……居ないわけではないのだが……小型のものしか、いない……? 確かに小ぶりだな……」
「北の地では鳥も猿も、種自体が少ない気がする」
俺たちの返答に、サヤは一つ頷いて、言葉を続けた。
「寒い地方では、動物は体温を保つ為に、大型化すると言われています。
逆に南の地方は、生命維持に大きさを求めず済みますから、小ぶりなものが多いと。
同じ熊という名で、先祖を同じくしていても、住む場所によって生きることに必要とされる機能が違います。
だから、そこで暮らしていくうちに、だんだんその土地に馴染んで、その土地に適した形に変わっていく。それが進化です。
いなかったり、少なかったりする種は、その土地に行ったことがないか、適応出来ずに滅んだ可能性があります」
南で熊の被害を聞かないのは、人を襲わなくても、食べ物に困らないからでもあるだろうとサヤは言った。
「むぅ、余計分からん……
つまり白化は、この土地で生き残る為に必要であったかもしれないということか?」
「はい。そうである可能性もあります。ですが、たんに複写ミスであった可能性も、高いです」
「フ、フクシャミス?」
「父と母から受け継ぐ設計図の中に、写し間違ってしまった箇所があったということです。
大量の設計図を、たった一度きりの機会に全部映しとらなければなりません。
そのすごい分量をこなすうちに、多かれ少なかれ、誰にだって写し間違いは起こっています。
その中でたまたま、選ばれた中にあり、それがたまたま、表面に出てしまっただけ。
そして、血の近いものの結婚を繰り返す中で、表面に出て来やすくなっただけ。
つまり……偶然です」
「……神の采配でも、なんでもなく……偶然……」
「はい。
例えば、王家が他国と血の交流を深める手段を選んでいれば、きっと白化は広がっていませんし、たまたま白い方が生まれた時に、その方が子を成さぬまま亡くなっていれば、白化は続いてません。
……ああ、そうでした。
私の国の天皇家……王族にも、白く生まれた方は存在するんです」
その言葉に、ガタリとディート殿が立ち上がる。
俺もびっくりしてしまい、つい、腰が浮いた。
「神話だと言われているほど昔です。
千年以上前で……。その方は子を残さなかったと記憶しています。ですから、白化は続いていません。
ただやはり、とても珍しかったのでしょうね……幼い頃は白髪皇子と呼ばれていましたし、いくつか残っている異名に、何度も白髪という文字が使われています」
「ほ、ほかにも、王族に……?」
「王族に拘らないならば、この……国にも、白く生まれる方は存在している筈です。ただ……陽の光を害とする点など、問題も多いですから……あまり育たないのではないかと」
サヤの言葉に、二人して唸るしかなかった。
サヤの世界の、サヤの国の王族にも、白い方が生まれていた……。
だがその方は、子を残さなかった……。
確かに、我々の王家が、そちらの道を進んでいた可能性もあるのだと思わせる話だ。
「俄かには……信じ、難い…………。
……サヤは本当に、凄いのだな……。
それ程の…………まさか、王族とか、言わぬよな?」
ディート殿が恐る恐ると言った風に問う。
王族の系譜を一部とはいえ知っているのだ。そう考えるよな。
俺も石鹸が日常使いだって聞いた時はそう思ったよなぁと、懐かしく思い出す。
「違います。一般人です」
サヤはそう答えた。
けれど、ここまでの知識を持ち、あれ程の強さを身につけるほどの鍛錬を積める立場にあったのだ。到底、そこいらの一庶民だとは思えない。
しかも父が学舎の師であり、母が医療に携わっていたという。それは相当な学歴の両親を持つということだ。
幼い子を誘拐するということも、貴族にはまま起こる。金目当てだけでなく、出世する者を追い落とす手段としてであったりだ。
だから、サヤが高貴な生まれであると言えば、皆はむしろ、納得出来るだろう。
しかし……あの子は本当に、自分を一庶民であると思っている。
言葉や態度に、気負いも警戒も無いからだ。
そしてそれが本当であったとしたら……サヤの国の国力は、計り知れない。
そこいらの適当な子供を拾えば、皆がサヤほどの知識を有しているということは、それだけの人材に、それだけの費用を掛けるゆとりがあるということなのだ。
「まぁ、王族がここで平気な顔して従者をしてるというのもなぁ……無いか」
いやまぁ、本人が王族であることを嫌がっていた場合は、別じゃないかな。
「あと、王族でここまで強くなられると……守り甲斐がないですね」
「全くだ。騎士が職にあぶれてしまう」
真剣な話がどうでも良い話になった頃、ハインが俺たちの前に、お茶を配る。
それを頂きつつ、そのまま他愛ない雑談を暫く楽しんだ。




