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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
117/515

四面楚歌

「ジェンティーローニがな、世代交代の様子だ」


 フェルドナレンには、隣接する国が三つある。東南東側にあるのがジェンティーローニ。東から北にかけてスヴェトラン。西にシエルストレームス。南側は、山脈と湖、樹海が広がっている。こちら側は未開の地だ。


 ジェンティーローニは海に面する国で、我が国との関係は比較的良好。交易等の取引もある。

 この国は確か……国王がかなりのご高齢であったと記憶している。本当かどうか、俄かには信じ難いことなのだが、御年八十三歳。いつの頃からか、ジェンティーローニ国王と呼ばれるより、竹林の聖人と呼ばれる方が多くなった。

 そろそろ世代交代かと言われて二十年かそこら経っている国だ。言うなれば、俺が生まれる前から言われ続けていることになるわけで。


「どうやら今回ばかりは本気の様でな。

 とはいえ、息子はもう結構な高齢だ。孫に譲るらしい」


 そうだよなぁと、頷くしかない。

 王が八十代なら、息子は六十代……孫でも四十代前後だ。我が国の王が、四十代……今まさに、王位から退こうとしているお年なのに、隣国では、これから王位に就くわけか……。


 ジェンティーローニ国王は、聖人と呼ばれるに相応しいお方だという。

 争いごとは好まれず、他国を刺激する様な政策は取ってこなかった。だから我が国も、静かな隣人として自然と受け入れてきた。

 それは、ある問題の国を、お互い隣国としていたからかもしれない。せめてもう一つの国とは、剣で突き合う関係でいたくないと、両者共に、思っていたのだろう。


「ジェンティーローニはな、スヴェトランと、我が国とを合わせた三国。その均衡を保ってくれていたのだよ。

 スヴェトランは好戦的に過ぎるからな。

 とはいえ、我が国は抑えに向かぬ。

 フェルドナレンは国王が変わり過ぎる故、一貫した政策を貫くには不向きなのだ。

 その為、こちらが揺らぐ時期は、あちらが国境の警戒を強化する等して、スヴェトランの注意を引いてくれていた。

 まあ、それでも尚、スヴェトランは、その世代交代の度にちょっかいをかけて来おるがな。

 お陰で、我が国も引き継ぎ自体は手慣れたわ」


 フンと、鼻で笑って姫様が言う。

 ジェンティーローニは争いごとを好まない。

 海と、フェルドナレンと、スヴェトラン。陸を二国に塞がれた様な形になるジェンティーローニは、二国間で争いが起こってしまえば孤島と変わらない。陸路を断たれてしまえば、国が危ういことになるのが、目に見えるのだろう。


 その問題のスヴェトラン。我が国の東から、北にかけて広がる大国……と言われてはいるが、国……と、表現するのは難しいかもしれない。いや、国は国なのだ。

 この国は遊牧民族の集まりで出来ていて、国民がほぼ定住していないという、不思議な国家だ。民族ごとの縄張りがある様子で、それを巡った争いが絶えない。ずっと内紛がどこかで勃発しているような、なんとも好戦的な国だ。

 話し合い。という概念が無いのか、とりあえず拳で解決する方向であるらしい。

 そんなわけだから、山脈の連なる北側はまだ良いものの、東側の国境はしょっちゅう脅かされる。隣接した領地は大変だ。

 ただ幸いにも、国としての纏まりは強くないので、攻めてきても一部族単位、少人数だ。大ごとにはならない。騎馬民族であるから逃げ足も速い。いつもちょっとした小競り合いで終わるらしい。


「父上はここ数年、病がちでな……。もうそろそろ限界だと、本人も思っている様子だった。

 だから、一応心の準備はしていた。

 今回、想定外であったのは、ジェンティーローニと、我が国の世代交代が、被ってしまったことだ。竹林のは八十を超えていると思えぬ様な、矍鑠(かくしゃく)とした方であったゆえな。

 どちらかが、ずらせるなら良いのだが、正直どちらもそこまで猶予はない状況だ。

 竹林のは老齢が過ぎる上に、此度、とうとう体調を崩されたらしい。待つ間にどちらかが天に召されるやもしれぬとあって、冗談にもならん事態だ。

 だから、私の……私の婚儀を急げと、言われる羽目になった。

 大抵が成人するとともに王政を担うフェルドナレン王家において、二十五まで自由にさせてもらえていた。

 私が、王に相応しくない身である故、致し方なかったのだとは思うが、な。その温情に、報いねばならぬ時が来たのだと、一度は、受け入れたのだ。

 オゼロ・ベイエル・アギー・ヴァーリン……。次の婚家はヴァーリンだと知っておったし、あの馬鹿が選ばれるのだろうと、分かっていた。

 だが…………雨季明けに、婚儀を進める手筈が整った故、油断したのか、あの馬鹿がボロを出した。

 象徴派の首魁は、ヴァーリン家の長老だと言われていたのだがな。

 あれが、収まっていたのだよ……」


 思い出しても腹わたが煮えくりかえる……っ‼︎

 といった感じに、姫様の表情が悪鬼の如く歪む。

 ああ、本気で怒ってる……。

 姫様は、一度は役割を受け入れようと覚悟をされたのだ。なのに、その覚悟が象徴派の思う壺でしかないこと、自らの夫となる者が、その中核を担う者だったことが、許せないのだ。

 それはそうだろう。

 姫様は、努力されていた。王となるために。

 学舎に居た頃には、既に王にはなれぬと言い渡されていたにもかかわらず、努力を続けてらっしゃったのだ。

 その全てを無駄にする。フェルドナレンという国自体を乗っ取られてしまう、そんな婚儀が、受け入れられるはずがない。


 これは、リカルド様はどうやら冷静な方のようですよ。なんて言ったら火に油を注ぐな……。


 姫様は、象徴派がどういったものかはご存知の様子。そして、リカルド様がその長に祭られていることを知っている。つまり、リカルド様が長であることは噂ではなく、真実か。

 だが、どうやらリカルド様は、姫様がそれを知っていることには、気付いていないのではないか?

 お互いの心の内をひた隠しにしたまま、この状況になっている。

 だから、ああいった牽制になったのだなと、納得出来た。


「……国王様は……ご存知なのですか?」

「伝えたさ。だが彼の方は……心まで、弱ってしまわれた……。

 血の呪いがある。元から、こうなる未来は見えていたと、仰った……。

 ふ、笑えるだろう?白く生まれることを、我々自身が呪いだと思っているのだよ。神の祝福などではないと」


 白く生まれる方は、良き王になると、民は思っている。だから、言祝ぐ。白い方の王政を喜び受け入れるが、貴族や、王族は、そんな風に思っていない。

 民と、国の乖離(かいり)だ。それが酷く、悲しかった。

 実際、我が国の王家は、聡明な方が多いと思っている。

 この世界には、酷い王政を敷いた国の滅びの物語や、今も尚歪んだ治世の国など、いくらだって存在する。

 けれどこの国は、平和だ。騎士が剣の腕を重要視されない程、安定している。他国の脅威があってなお。

 当然あまりよろしくない貴族も、腹黒い行いもあるが、王政自体は、歪んでいない。

 短い中でも、家臣に手綱を握られることなく、王族はきちんと役割を果たしている。二千年もの長きに渡ってだ。

 だから、姫様の言う国王様のお言葉は、にわかには信じ難かった。


「……本当に、そう、仰ったのですか?」

「言ったさ! リカルドは王に相応しくない。私がなると伝えても、許可されなかった……。

 だから妥協案を提示した。王に相応しい者を連れて来れば、リカルドを選ばずとも良いかと。

 そちらは何故か許可が出た。私が王になるのでないならば、良いらしい。

 それとも……王位に就けることを躊躇(ためら)うほどの出来でしかない私には、所詮無理だと思われたかな……」


 フンと、笑う姫様は、苦しそうだった。

 表情には出していない。だが、父親に認められない自分を、期待に応えられないと判断された自身を、不甲斐なく思っているのだ。

 その気持ちの動きが、痛いくらいに伝わってくる。

 胸が、苦しい。

 姫様が王に相応しくないだなんて、俺には到底、思えなかったから。あれ程の努力をされ、知識を磨き、それでも足りないと言われる姫様が、不憫(ふびん)でならなかった。


 学舎でのこの方は、好成績を維持されていた。

 講義には殆ど出られない。だから、俺や他の者が取った授業の写しを頼りに学ばれていたというのに、それでも、座学の成績は目覚しかった。

 武術ばかりはそうもいかない。

 どうしても昇級が難しく、留年が続いたが、こればかりは姫様に落ち度はないと思う。それでも試験は受けてらっしゃった。その後長く寝込むことが分かっているのに。

 今思えば、女性の身で、武術を身につけてらっしゃったというだけで、相当なことだ。陽の光を毒とするのに、それだけの時間を鍛錬に割いておられる。

 その血の滲む様な努力を、認めてもらえない……。


 姫様の感情に引きずられて、苦しくなっていた俺の耳に「だがな」と、柔らかい口調で、姫様の声が届く。

 慌てて顔を上げると、優しい表情の姫様が、俺を見ていた。


「其方の嘆願でな、光明が見えたと思ったのだぞ。

 其方は男爵家の二子という立場で、自由のきかぬ身だ。

 そんな其方が、一庶民の提案、その素晴らしさを理解し、形となるよう動いた。

 成人すらしておらぬくせに、家の力を一切借りず、起死回生の一手でもって、一石を投じた。

 何も持たぬはずの其方が、何も持たぬままにそれだけのことをしたのだ。

 しかもこの土嚢。これは素晴らしいな。スヴェトランを考えるなら、防衛力の強化は必須項目だ。

 だが、あからさまな軍事面の強化は、他の国も刺激してしまう。特にジェンティーローニだな。世代交代があるこの時期に、我々がそんな風に動けば、静かな隣人もこちらを訝しむやもしれぬ。

 あちらとは良好な関係を維持しておきたい。

 だから、軍事力強化と捉えられる様な政策は、取れぬ。

 土嚢ならば、軍事の強化には見えぬし、防衛力の強化であるしな。なにより、スヴェトラン側の国境防衛には、とても有効だと考えている。

 また、今回ここで提案された、交易路計画は良いな。

 高低差の少ない、交易の為の道か。攻め込まれた際のことは課題だが、道が整うということは、迅速に行動出来るということであろうから、防衛拠点を設置することで対処出来るだろう。

 何より、道があれば使いたくなるのが道理だ。攻め込む場合も同じであろう。なら、ある意味守る要所は絞り込みやすくなるということで……」


 目を輝かせて、怒涛の如く言葉を連ねる姫様。

 きっと姫様の前には、フェルドナレンの大地が広がっているのだと思った。

 この方には見えているのだ。国同士の関係も、必要な手段も。成すべきことを、きちんと分かってらしゃる。

 国という、やり直しのきかない大組織を運営する覚悟を持ってらっしゃる。この小さい肩に、白くて細い腕に、抱える覚悟を持ってらしゃるのだ。


「それに、ヴァーリンは、今回適当ではないと、リカルドのことを抜きにしても、考えていたのだ。

 あの家は文官を多く輩出しているとはいえ、武に偏り過ぎだ。特にリカルドは武将であるしな。

 血筋の私ではなく、武に偏った公爵家からの婿を王にすると言う時点で、刺激が強過ぎる。

 なのに……更に象徴派まで絡むとな……。他国に知られれば、厄介なことになる」


 付け入る隙を与えてしまいかねない。

 だから姫様は、何としてもリカルド様以外の夫をと、あんな行動に出たのだろう。


「王宮では……姫様を王へと推す声は、無いのですか?」

「それよりも子を成せの一点張りだ。

 ……まあ、私が悪いのだがな。

 今まで、諦め切れず、婚儀を拒んできた……。あれが選ばれるであろうことも納得いかなかったし、王になれぬという事実も受け入れ難くてな……。

 既に婚儀を済ませ、子を成していたならばあるいは王へと考えられますが……とぬかされたわ。

 そんなわけがない……二人目、三人目と要求され続けるだけよ。それは、母上を見ていれば分かる。婚儀を挙げた時点で、私の夢は潰えると分かっている……」


 三人産んでも、私しか残らなかったのだから、それも致し方ないのだがな……。

 そういう姫様に、王家の血の呪いの重みを知る。

 尊き白などと言っていられるのは、当事者でないからだろう。

 やはり、白化という劣性遺伝子とやらは、なんとかすべき問題だと思う。


「まあ、そんなわけでな。私という人間は白い者を産む、国家の部品と成り果てることを望まれておるのだ。

 末期だよ。フェルドナレンの元で王政を続けていくことは、もう無理やもしれぬと、重臣らすら、そう思っておる……」


 姫様の弱気な発言に、恐怖すら覚えた。慌てて口を開こうとしたのだが、次の瞬間、ギラリと姫様の瞳が熱を帯びた。


「馬鹿どもめ! ふざけるな。何が末期か。あえてそちらを選ぼうと画策しおって。私にそれが見えておらぬと、私にはその程度の判断も出来ぬと、そう思われておるのか?

 腹が立ったのでな、父上には、雨季の間の猶予を頂いた。あそこに居れば、このままの未来しか無いわ。どう足掻こうと潰されるのでな。

 それで、其方の嘆願に乗る形で、出てきてやった。

 足掻いてやるさ。最後の最後まで。私は、私の手で国を回す」


 踏ん反り返って足を組み、どうだと言わんばかりの姫様。

 折れてないその強い心に、俺自身、つい笑ってしまった。そうだ、これが姫様。

 姫様が諦めてらっしゃらないなら、俺はそれを手助けする。そう約束したのだ、なら、実行に移すまでだな。

 ふつふつと、感情が沸き立つのを感じる。この方の為に、俺は動かなければならない。


「そう聞けて、安心しました。

 なら……姫様を王とする為の画策を、ここで整えていきますか」


 自然と、そんな言葉が口をつく。

 出来ると思ったのだ。心の中で、何かがカチリと、上手く合わさったような気がしていた。

 姫様は折れていない。リカルド様は、多分、王となること自体には、拘ってはいない。

 彼の方の態度と、気持ち。もう少し確かめてみなければならないが、俺の考え自体は、あながち、外れていないと思う。


 俺の言葉に、姫様が虚を突かれたといった顔になる。

 なんですか。自分で言ったんでしょう?王となりたいと。


「俺は、姫様が王に相応しくないとは、思わないので。

 土嚢のことにしても、独自に調べたり、試したりされたのですよね?先ほどの手記、姫様の字でしたから。

 それなら、思いつきや勢いで行動されたのではないのでしょうし、俺が言うことはありませんよ。

 で、俺がこの二人を伴ってここに出向いたのは、姫様のお力になれると思ったからです。

 少々、耳に痛い話も含まれますが……姫様が連れて来られている方々は、皆、姫様のお味方であるのですよね?それならば、人払いも必要無いでしょうから、このまま話を始めさせて頂きますよ」


 何日もここで共に過ごしている配下の方々や近衛の方とは、もう充分面識もある。

 人となりも、だいたい把握した。姫様の害となる様な方は含まれていないと、認識している。


「其方……そういう妙な胆力は、相変わらずだな。踏ん切りが良すぎて、たまに困る」

「俺には俺の根拠があるのですけどね?」

「其方にしか分からぬ根拠だわ。まあ、良い。其方がそう言い切るならば、問題無いということだ」


 そう言った姫様が、花の綻ぶ様な笑顔を振りまくものだから、その美しさについ見とれてしまった。慌てて視線を逸らす。

 や、やっぱり慣れない……女性の表情をされるのだものな……。やっぱりクリスタ様とは、どこかが違う。


「……どうした、照れたのか?

 苦しゅうないぞ、たんと拝むが良かろう」

「い、良いです……充分です。……覗き込まないでくださいよ⁉︎」


 わざわざ小机を回ってきて、顔を覗き込もうとするので慌てて逃げた。

 女性は慣れないんですよ! お願いですから、揶揄わないで下さいよ⁉︎

 そんな俺の様子にリーカ様のほほほと笑う声。余計恥ずかしくなって顔の火照りがおさまらない……っ。


「其方……図体ばかり育ったくせに、肝の小ささは相変わらずよな。

 私が王族であったことより、女であったこと方が問題か」

「そうですよ! 悪かったですね⁉︎

 ほんと慣れてないんですよ、知ってるでしょう⁉︎」

「知ってる……思い出した、お主、身代わりの茶会でも、どこぞの姫君に話し掛けられる度に、逃げ惑っておったよな」

「思惑が透けて見えるんですよ⁉︎ 逃げますよそりゃあ!」


 話し掛けてきた姫自身や、同行する親族が、クリスタ様との関係から、家や身分での便宜を希望しているのが透けて見える場合があるのだ。

 俺がヘマをした所為で大ごとになったのではたまらないから、必死で逃げていた。

 あれは別に、女性からだけ逃げていたのではない。


「くくく……良い良い。其方が学舎の頃のまま、変わらぬ様でで安心したのだ。

 其方は、変わらぬと思ってはいたのだが……身分では、確かに変わらぬのだからなぁ」


 よく分からないことを呟きつつ、姫様が腹を抱えて笑う。

 そして小さな声で「やはり、其方だと思うがな」と、呟くのが聞こえたが、それを振り切る様に顔を上げた。


「さて、揶揄(からか)っておっても話が進まぬな。

 後ろの二人が居心地悪そうにしておることだし、本題に入るとしよう。

 私を王とする為の画策とな。大変興味深い。聞かせてもらおうではないか」


 やっと本題に戻った姫様に、胸をなで下ろす。

 ああもぅ……けれど、この状況に絶望されているよりは、良い。

 俺は、自分の中で組み立てられたある形を、現実に引き寄せる為、口を開く。


「まず、リカルド様との婚儀を執り行わないで済む様、王家の系譜を手に入れたいのです。

 公爵家との婚儀を繰り返していることが、白化の原因ではないかと、サヤが」


 そこからは、先程応接室で話し合った内容を、かいつまんで説明した。

 白化という病が、血筋に刻まれている可能性があること。

 血が濃くなりすぎることで、本来は表に出てこない特性が、顕在化すること。

 その血が濃くなるという現象は、近しい関係の婚姻により発生すること。

 それを証明する為に、系譜を吟味したいということ。

 日々の雨量を記していた表も持参した。縦軸に出産率、死亡率、白化率を。横軸に年代を記し、合計を点で刻み、線で繋げることで見えてくるものがあることを、説明する。


「サヤの国では、血が濃くなりすぎることを禁じております。

 実際、その血の濃さによって、フェルドナレン王家と似た状況を招き、滅んだ血族というのが存在したのだそうです。

 なので系譜を見返し、出産率や死亡率、分かるならば白化率を調べ、この表にします。

 血が濃くなるということ自体は証明のしようがありませんが、出産に対しての死亡率、白化率を年代ごとに追えば、サヤの言う、血の濃さが招く弊害が、数に現れてくる可能性があります」

「待て、その一族がたまたま、そんな風に見えただけであるかもしれぬとは、思わぬのか?

 三親等だったか?確かに我々はそういった結婚がたまにあるが、それによる弊害を感じておる者は、いない様に思えるぞ……」

「それは、一夫多妻制故に、あまり意識されないのではないでしょうか。

 複数の妻があり、合計で五人子がいる。と考えれば普通のことです。

 ですがもし、家柄の格が近い第一夫人の子だけ死亡率が高く、第二夫人以降や、妾の子は元気に育つ。となると、違ってきますよね」

「む……」

「一つの血筋だけで見れば、たまたま第一夫人のお子が虚弱であったと、考えれば済みますが、それが多数の血筋で、何代にも渡って続いていたら?」


 サヤの指摘に、姫様が顎に手を当て、考え込む。

 王族は十五歳まで育たなければ、存在を公表されない。もしかしたら貴族間でも、出産直後の死は伏せられているかもしれない。


「私が例に挙げたハプスブルグ家ですが、この家系だけに問題が起こったわけではないのです。沢山の高貴な身分の一族が、あの当時は似た様な状況であった様です。

 多く生まれた子のうち一年内に死亡する子がことのほか多く、十歳まで成長する間に、更に死亡、無事成人できた者は、一握り。またそうして成人した方も、精神や肉体的な疾患が多かったそうです。

 結局、そのハプスブルク家の最後の当主は、精神的に不安定な方であった上に、不能であった為、二度結婚するも子孫は残せず、家は滅びました。

 このまま、血の濃度を上げ続ける結婚を繰り返すと、同じ末路を辿る可能性は、低くないと思われます」


 子を成せなくなる可能性がある。というのは、恐ろしい話だろう。

 なくてはならない、王家を存続させる唯一つの手段なのだ。

 サヤはそこまで断じたくないといった表情だが、最悪の場合を強調する様にとマルに念押しされている為、頑張っている様子だ。

 サヤの言葉に、リーカ様を始め、配下の方々もざわめいている。

 だがそこで姫様は、ため息を一つ吐き、こう続けた。


「可能性。それが問題だ。そこまで行き着かねば、証明出来ぬのだからな」

「そこまで行き着けば最後です。ですから、このグラフを利用するんです」


 サヤが、雨量のグラフをパンと叩く。


「これは、未来予測にも使えます。

 例えば出産率が年々低下していたとします、そうなると、点と線が、どんどん下降していく。現在までのその下降線を未来まで繋げていけば、未来が予想できます。

 当然予測ですから、正確な数値ではありませんが、根拠が無いわけではありません。

 過去の比率を計算して、未来に反映させるのですから」

「系譜さえ手に入れられれば、その辺りの計算は僕が担当しますよ。

 時間があるのなら、系譜ごと持ち帰って検証し直して頂けば良いですし。

 なんにしても、ここで系譜無しにこのやり取りを続けていても実りはありません。

 まずは、表を作ってみるべきですよ。目の前の数値を見てから、信憑性を判断して下さい。

 それにね、このままを続けていくことは、象徴派の方々を含め、家臣の方々にとって得策ではないのです。象徴にするどころか、王家、滅んじゃいますからね。

 この表を国王様に理解して頂ければ、婚儀の先延ばしも可能かと思われますよ。

 なにせ、滅びの子を成しても意味ありませんから」


 ズバズバと言葉を選ばず喋るマルに、配下の方々一同が慄いているのが分かる。

 しかし、その中から一人の従者が意を決して、口を開いた。


「系譜を今から手に入れて、間に合うのか?

 姫様の猶予は雨季の間に限られている。もう、半ばを過ぎたというのに……」

「系譜ですが、ここから一番近場で手に入れられる場所となると、王家かと思うのですが、間違いありませんね?

 ならば、信頼できる方の手助けがあれば、最短八日で、持ち帰ることが可能ですよ。

 できれば十日程頂ければと思いますが」

「よ、八日⁉︎ 早馬を潰しながら飛ばすつもりか⁉︎」


 普通に考えて片道の時間だ。早馬を潰してと表現されたが、それでも八日で往復は無理だろう。馬の数が相当数必要となるし、潰れる度に都合良く調達は出来ない。


「そこは秘密です。蛇の道は蛇と申しますでしょう? レイ様に伝手がありますから、お任せ頂けませんか? 正直、姫様でなければ、お断りさせて頂きたいほどの、奥の手なので」

「いや、奥の手って、物理的に無……」


 無理だろうと言い募ろうとする従者の前に、姫様の手がすっと上がり、遮った。


「下がれ。マルクスが是と言うならば、それをするのだろう。

 レイシール……其方の伝手、使わせて貰う。目的が叶った暁には、それなりの報酬を約束しよう」


 そう言った姫様に、マルがにんまりと笑う。俺の特別な伝手を強調していたので、多分報酬を要求しているのだとは思っていた。だが、その姫様のお言葉だけでは不満であるらしい。


「姫様、口約束だけでは困っちゃいます。

 レイ様の伝手は、他のどんな貴族も持ち合わせておられない、特別なものなのですよ。

 レイ様にしか使えませんし、レイ様だっておいそれと使おうとはなさいません。それくらいのものなのです」

「…………何が望みだ」

「そうですね、レイ様の願いをひとつ、聞き届けて下さるというのでどうです?

 証文も用意させて頂きます」

「良かろう」

「姫様⁉︎」

「こやつは王にしてやるというのを、即座に断ってくる奴だからな」


 それ以上のものは要求されまい。

 姫様の呟きに、リーカ様がくすくすと笑う。

 俺のことを俺抜きで決めるなよとマルを睨むが、必要なことなんですよと微笑まれてしまった。


「……まあ良い。

 系譜を手に入れるなら、私が一筆(したた)めよう。ディルスという名の門番に、手渡せば良い。それを中の手の者に託してくれよう。持ち出す機会を探るのに、少し日数は掛かると思うが、女中に門外まで持ち出させる。それを指定の者に渡す様、指示しておく。

 系譜を手に入れ、そのグラフとやらを作り上げたとしても、父上が私を王とすることを受け入れるとは思えぬが……まさかこれだけが、其方の手であるとは、言わぬよな?」


 皮肉げに姫様が言う。

 その言葉に、サヤの心配そうな視線が、俺を見たのを肌で感じる。

 ええ勿論、それだけだとは言いませんとも。


「姫様を王へと推す、心強い味方をご用意致します」


 啖呵を切った。

 必ずそれを成すのだという、決意を込めて。

 勝算はあると思っている。後は情報と、俺次第であるはずだ。


「……その様な、大口を叩いて、良いのか?」


 困惑顔の姫様。小心者の俺が大言壮語を吐いたのだ。驚くだろう。

 その姫様に向かい、俺はできるだけ鮮やかに見える様、口角を上げて笑う。


「雨季の終わりと共に、憂いなく王都にご帰還頂けよう、全力で挑みます。

 どうぞ心安らかに、お待ち下さい」


 胸に手を当てて、臣下の礼をとる。

 懐かしいなと、心の奥で思っていた。

 学舎に居た頃を思い出す。模擬演習の対抗戦で、自軍の将に作戦立案をする際は、この様にしたのだ。

 お互い気心の知れた者同士、少々照れつつも、勝たねばならぬので真剣だった。

 任せたぞ。ヘマするなよと肩を叩き合い、少々無理な作戦にも、気合を入れて挑んでいたのを、懐かしく感じる。

 その時の高揚感を、思い出す。あの頃の俺は、ある意味一番、心が自由だった。

 自然と口角が、持ち上がる。表情を作るのではない、自然と笑みが浮かんだ。


「…………其方がその顔をするなら、任せるしか無いだろうな……」


 姫様がそう言い、自身の顔を手で覆う。

 その後ろの方で、リーカ様ともう一人の女中殿が、お互いの手を取り合って目を潤ませ、先ほど問いかけてきていた従者の方も、真っ赤になって固まっていたのだが、俺の意識はそちらには向いていなかった。


「其方……蕩心(とうしん)の微笑みには磨きが掛かったな……」


 顔を隠した姫様が、そう呟いたのだが、それも小声すぎて、俺には届いていなかった。

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