象徴派
案の定だ……。サヤが、遠い……。
昼食を終え、部屋に戻ると、体力と精神力の限界だった。
寝室に直行して、寝台に倒れ込む。
「誤解なんだよ……囲われたいわけないじゃないか……。ここを離れようだなんて、かけらも思ってない。サヤと、共に在りたいって、それしか、望んでない……」
枕に顔を埋めて、息を吐くような小声で言ってみた。勿論、誰の何の反応も無い。
うううぅ、どうしてこんな、要領が悪いんだ、俺……。
今、サヤは食堂で昼食中だ。リカルド様は学舎出身ではないから、従者と食事を共にする習慣は無いだろうと、まずは我々三人だけ、配下の方々の介添えで昼食となった。俺もサヤに世話されていたのだけれど、サヤは終始無言。お二人の視線もあるから、サヤを気にしておくわけにもいかず……。
美味しいはずの食事に味なんて無かった。砂を噛んでいる心地だった。
その間に、手の空いていた従者方は、執務室の応接用の部屋で食事を取って頂いていたので、今はそれぞれ、食事の終わった者が、傍についている筈だ。
「レイシール様、寝ないで下さい。
マルが、情報共有の時間を持ちたいと言ってましたが、如何致しますか」
「ん……良いよ、呼んでくれて。……サヤは……まだ食事中だよな……」
「急ぐとは言っておりました。終わり次第、執務室に顔を出す様、伝えてあります」
昼食後は、業務があると言い訳して、3時間程の時間を作っている。
だから、執務室で作戦会議を開くつもりだ。
ああ、因みに……リカルド様方のお部屋だが、ギルバート商会用の部屋と、客間をお貸しすることで落ち着いた。
流石に寝台一つの小部屋を四人で利用してもらうわけにはいかない。これもハインが気を回し、準備してくれていたのだ。寝台と長椅子で、なんとか四人休める。
ギルとルーシーは、サヤの部屋を利用する。サヤは現在夜番もある為、身支度くらいにしか部屋を使っていない。
化粧道具と少量の衣服を、夜番用の寝室に持ち込むだけで準備が出来た。何かあれば、荷物を取りに戻れば良いし。
あぁ、別館に、これだけ人が来るなんて想定外すぎる……。
今回の話、ギルとルーシーは関わらない方が無難だろうということで、二人には席を外してもらうこととなった。ギルはともかく、ルーシーが不安だったのだ。こんなぐちゃぐちゃした問題にからまれると、またどこかで箝口令を敷かれかねない。人生において、口外禁止事項は少ないに越したことはない。
ルーシーが、執務室が片付いたと知らせて来たので、私室での短い休憩を終えて、執務室に移動することとなった。
部屋の前で、ルーシーとは別れる。遅れて食事をする方々の後片付けがある。それが終われば、部屋で針仕事をしてもらう予定だ。
「レイ殿は、随分と疲弊した様子だな。
まあ、疲れもするか。こんな意味不明の修羅場に放り込まれればなぁ」
食事を堪能し、機嫌の良いディート殿が言う。
もう間もなく、護衛終了の時間帯だ。この方にも色々世話になってしまった。あの修羅場から一度引き離してくれたのは、本当に助かった。きっとあのままだったら、今、こうなってない。
「ディート殿……ありがとうございます。
貴方が冷静に対応して下さったから、まだなんとか、頭が働く……」
「気にするな。あの状況を巻き返せたのは、レイ殿が動いたからであって、俺の働きではない。
まあ、まだ渦中か。気を抜けぬな」
「そう、ですね……。でもまぁ、粘りますよ」
「そうだな。とりあえずやれることがあるうちは、動くが肝要だ」
にかりと笑う顔が男前だ。
うん……落ち込んでたって仕方がない。やれることをやって、時間ができた時にサヤとすぐ話せる様、準備しておくか。
さしあたって、今確認しておけることは確認しておこう。
「……ディート殿。
ルオード様ですが……、彼の方は、当然、姫様を姫様と分かって、従者をしてこられていますよね」
「当然だな。ルオード様は、姫様の乳母の身内だから、幼き頃からの縁だ」
幼い頃から、姫様の運命も、努力も、苦悩も、姉弟との死別も……全て分かち合ってきているのか……。
そう考えると、ルオード様のあの態度の意味が、なんとなく分かった気がする。
「……姫様の、姉上様は……おいくつで身罷られたか、お聞きしても良いのだろうか……」
「十五を間近に控えていたと聞いた覚えがある。
姫様が、十三の頃であった筈だ」
あまり、歳の離れていないご姉妹だったのだな……。
かつて見た、姫様の絵姿を思い出す。
あれは確か、十五歳を迎えた祝いにと、描かれたものだ。
俺が初めて目にしたのは、学舎入った、しばらく後……? もう記憶が曖昧だな。逆算すると、八歳以降となる。
多分、学舎の中で目にしたのだとは思うが、あの頃の記憶は結構曖昧だ。
そんな風に考えていたら、マルがやって来た。
先程はお疲れ様でしたと、にこやかに笑う。
マルも、ずっと黙っていたから、きっと目を光らせて情報収集していたことだろう。
「やぁ、お疲れ様です。なかなかに楽しげな駆け引きしてらっしゃいましたね」
ニコニコと上機嫌だ……。これは……何か思惑を含んでいるな。マルが面白いってことは、結構な難事であると思うが……。問題は、それを俺に言う気があるのかどうかって部分だ。
自分の目論見は除外されたと言ったけれど、それは「理想としていた状況を生み出す可能性が、一番高い」と考えていた事柄のみの話だろうし……。
「もうしたくない……俺には向いてない……」
サヤにも誤解されるし、良いことない……。
「そうですか? レイ様って、人の表情を読むのは存外、得意でしょう?
学舎でも討議の時とか、結構上手く拾ってらっしゃったじゃないですか。
相手の表情や雰囲気だけで、あそこまで読めれば凄いと思いますよ。僕なんて、事前情報が揃ってないと、役に立ちません」
よく言う……。
自身の手足の扱う様に相手の心理を操るって恐れられていたくせに……。まあ、鬼の様な事前情報の賜物なのかな。まずそれを用意されることが凄い怖いんですけど。
ていうか、この状況や俺の事前情報も山盛り用意されているのだろうか……嫌だなぁ。
「……マル……リカルド様について、聞きたいのだけど……。
彼の方の人となり、あと、マルの印象を聞きたい」
「リカルド様ですか?」
気持ちの切り替えと、情報整理のつもりでマルにリカルド様の情報開示をお願いした。
マルはこてんと首を傾げ少し考えてから口を開く。
「見たまんまですよ。少々短気で苛烈。常に怒ってるって噂があります。頭は悪くないと思いますよ。軍の指揮は的確な方の様です。武特化型なんでしょうねぇ。
学舎には通われていませんが、嫡子とはそんなものでしょうし。
あ、エレスティーナ様が御健勝の頃は、理知的な方という印象もあった様です。ただ、ものがよく壊れるって噂があったから、どうなんでしょう? ものに八つ当たりされてたんですかね?
騎士団に所属されてからは、なんか一気に開花されたというか……凶暴化した? 粗暴が具現化した感じですねぇ。水が合ったんでしょうか?」
エレスティーナ様? 姫様の、姉上様の名前かな。
十五歳を迎えずに他界された王家の方は、名前も公にはされないから、男爵家みたいな下っ端貴族には情報が入らない。でもマルは知ってる……流石だな。
それを聞きながらも、マルの観察は続ける。
誤魔化してきたりとかはしてない様に思う……なら……。
「……リカルド様、周到に、演技されている感じだけど。
彼の方は……結構、冷静な方だよな。粗暴に見せているのは、意図してやっているのだろう?
あれはどういった目論見があって、そうされているんだ?」
そう言うと、マルの表情が輝いた。
え……物凄く面白そうだ。俺、何か変なこと言ったか?
「どう?
何故そんな印象を持たれたのか、伺っても良いですか?」
なんか、食いつき方が想像していたのと違う……。
疑問に思いながらも、先程のリカルド様の様子と、出会い、過去の記憶からの印象などを話すことにした。
「俺の一番古い記憶では、多分……十四……? 姫様の替え玉をさせられていた頃だから……」
「その頃から、多少の違和感があったということですか?」
「記憶は美化されるから、あまり信用は出来ないな。あの頃は、挨拶をする程度しか、口をきかなかったし。
だけど、苛烈な方という印象はない……。
今日、お会いしてからも、二度、印象の違う瞬間がある」
「えええぇぇ?それ、僕も見てました? ……見てましたか……。うーん……」
「? 姫様が亡くなられた後、俺が孤立するぞって話をしていた辺りだ。
今こうして説明していても、はっきり違うと、認識出来るけど……。
より、はっきりしているのは、玄関広間で俺の胸倉を掴んでいた時かな」
苛烈な方であるなら、勢いに任せ、怒鳴り散らしたりすると思うのだが、あの時のリカルド様は、怒りをギリギリまで体内で、小さく押し固めた様な雰囲気だった。
憤りを抑えられないけれど、冷静であろうとしていた様に思う。
ただ、演技として、怒りのままに動いている様に、演じて見せていたというか……表現が難しいな……。
説明し辛く言葉を探していると、
「……よくまあ、観察してましたね……あの怖い顔が、眼前にある状態で」
と、呆れた風に言われた。
人のこと言えるのかな……肩を斬られても観察続行してた奴が。
けれど、マルにはリカルド様の違いが認識出来ない様子だ。首を捻っている。
その辺りでやっと見当がついた。
マルに無い情報なんだ……。マルの知る中では、リカルド様は、苛烈で粗暴な方なんだ。
途端に、自分が感じた印象が間違っていないか不安になる。
けど、思い返しても……やっぱり、違う。彼の方は、冷静な方だよな、やっぱり。
マルは、しばらくブツブツと何か呟いていたと思ったら、納得したのか。視線をこちらに戻し、言った。
「分かりました。レイ様の感覚を信じます。
そうなると、思っていた状況がかなり、変動しますね。
リカルド様が冷静沈着な策士だとすると、相当数が騙されていることになるんですが……うわぁ、怖い」
怖いと言いながら、楽しそうなマル。
何が怖いんだろうな……? 騙されている相当数って、何の話だろう……?
そう思いながら待っていると、何から話そうかなぁ? と、楽しそうに検討した後、
「えっと、まずレイシール様、象徴派ってご存知です?別名傀儡派とも言われてますね」
と、問うてきた。
え?聞いたことない……けど、また傀儡?
「ああ、王家の衰退の後釜に座ろうとしている派閥だな」
ディート殿がそう言い、若干嫌そうに、眉を寄せる。
「ええ。要はね、短命で繊細な王家の白い方々は象徴となって頂いて、国の運営は長寿で頑強な我々が牛耳を取ろうって感じに、調子に乗ってる方々です」
ち、調子に乗ってる……。い、いやまぁ……分かりやすい表現だと思うけど……緊迫感は薄れる。もうちょっと、言い方を選んでほしい。
「あの思想、ヴァーリン公爵家から派生したって説がありましてね。現在、その派閥の長に担がれているのが、どうもリカルド様っぽいんですよね」
……え?
「派閥自体は、結構前から長々と存在してます。ただ、白い方々は賢王とされている。
庶民からしたら、その治世は歓迎されるものなんですよ。
けれど、付き合わされる貴族は大変です。
下手したら数年で、中枢が解体される。折角役職について出世した! と、思っても、あっさり交代、異動となるわけです」
地方貴族でしかない俺たちにはあまり縁のない話だ。王が崩御しようが、領主の交代は無い。
ただ、中央や……子爵位や官僚の方々はまあ、振り回されるだろう。歴史の中でも、短い治世だと一年保たなかった場合もあるのだ。
「とはいえ、利点もある。
政治の腐敗は、案外防ぐことが出来る。不正の温床にはならんな、いつ終わるかヒヤヒヤしている様な日常では。
交代も頻発すれば慣れる。我が国は王が変わっても混乱が少ないことで定評がある。引き継ぎやすい様、常に逐一が選別、整理されているらしいからな」
顎をさすりながらディート殿が言う。
それにあははと笑ったマルが「白い方が賢王と呼ばれる理由の一つではありそうですね」と言った。
「まあ、生まれた時から、短い人生を約束されているのが白い方です。
責任感が強くなるのは当然でしょうねぇ。王となれるのは十五歳以上。その時点で既に人生はほぼ折り返し地点です。残り十五年……下手をしたらもっと短い中で、自分に何が出来るか、何を成すべきか、常に先を考えた選択を迫られる。
壮絶ですよ……本当に」
マルの言葉に、胸がギュッと、苦しくなる。
先程の、リカルド様の言葉を思い出す。
重責の半分は、担う。
居丈高に見える様に演技されていた。けれど、その言葉が本心からであるならば、象徴派と呼ばれる人たちも、あながち、間違ってはいないのじゃ、ないかと……。
「有難迷惑な話だな。
姫は、自身で責任を担いたいとお考えだというのに、横からしゃしゃり出て来られても困る。
そもそも、傀儡になるにしろ、自ら命を削るにしろ、自身が選ぶべきであろうが。選択肢を寄越せという話だ」
フンと鼻で笑ってディート殿。
うわぁ、強い。彼や、姫様みたいな性格の方ならそう考えるよなぁ。と、苦笑するしかない。
けれど……命を削ることを選んだのが本人であるとしても、俺は、喜んでそれに従えるだろうか……と、思った。
「そうだな、選べない人生は、苦しい……けど……どうなんだろうな……。俺は……身を削ってまで、駆けてほしくないかな……。
王にしか出来ない仕事は、仕方がない。けど……代われるものなら代わりたいし、御身を大切にして頂きたい……。短命だなんて、割り切ってほしくはないな……例えそうであろうと、一度きりの人生だ……」
選べない人生は、苦しい。俺は、それをよく知っている。
だから、自分で選んで、決めて、進んでほしいと思う。でも……たった一人で、突き進んではほしくない。孤独もやはり苦しい。それも、よく、知っている。
「まあ、白い方がどう思ってらっしゃるかはこの際置いておきますね」
感傷に浸っていたのだが、マルにスパッと切り捨てられた。
ちょっと傷付く、その対応……そう思ったのだが、ここからが肝心なんですよと、マルが言う。
「現在のリカルド様は、僕が見るに、担がれている状態です。
そりゃね、象徴派からしたら、絶好の機会なんですよ。王が、姫ではなく、婿に王位を譲る気でいる様子なんですよ?
もう悲願が半分叶ったようなもんです。
しかも、その担いでる人物が猪で、自分たちで思うように操れそうな人間だ。
なら、この人を王に据えて、そこから事実上の傀儡政治を始めて、姫様と違って長生きするだろうから、姫様が子を産み、死去して、子が育つまでの間に、積み上げた実績から傀儡政治を法律上も通す!……みたいな計画を、実行出来そうなんですよ」
楽しそうに語る。そうなったらどうなってしまうかの推測までうきうきと口にし出すので、ちょっと待ってと、止めた。
や、やばいなんてもんじゃないよぞ、それ……。
もう国の乗っ取りそのものじゃないか⁉︎
「おっと、いけない。もう一つ。レイ様が言う様に、リカルド様が猪の皮を被った狐であった場合です」
うきうきの語りを阻害されたにも関わらず、マルは上機嫌だ。こっちも早く口にしたいといった雰囲気。これは、こちら側も相当やばい可能性が高いな……。
「まずひとつ、利用されているふりをして、不穏分子を洗い出そうとしている可能性。
王政を掠め取ろうって魂胆ですからね、色々いけないことも考えているでしょうから、あえて中枢に潜り込んで、中心から潰そうと思ってらっしゃる。
……勇者ですね、そんなこと考えてたら。
この場合、一人で行動しているとは考え難い。協力者なり、別派閥なり、絡むでしょうね。その相手がまともな思考回路の持ち主であることを願います。
とはいえ、僕の情報網に引っかかってないので、期待薄です。
もうひとつ、利用されているふりをして、利用しようとしている可能性。
象徴にするとか綺麗事言ってますが、国を乗っ取ろうと思ってるわけですからねぇ。一人じゃどうしようもありません、協力者が必要です。政治をまわすには人が入り用ですからねぇ。
利用されているふりして王座についたら掌を翻す。もしくは、利権をチラつかせて手綱を取る。まあ、馬鹿だと思わせて担がせて、後から掌握しようという、漁夫の利を狙ってる感じですね。
あと一つ、我々が想像も仮説も立てられない様な、全く別の意図でもって本性を隠している可能性。
国の長となることが目的ではなく、別の何かを目論んでいる場合ですね。王になることを利用してその他のことを狙うって、すごい本末転倒な感じですけど」
「……どう転んでも一波乱では済まんな、これは」
ふむ。と、ディート殿が考え込む。
俺は、リカルド様の実家、ヴァーリン公爵家のことを記憶から引っ張り出すことを試みた。
ヴァーリン公爵家は、文官を多く輩出する家系だ。代々、政務ごとに強い。
ただ変わっているのが、男子として生まれたら、一通りの武器の扱いと、馬術は叩き込まれるらしいということだ。剣にこだわる貴族であるが、この家系は、貴族としてはちょっと異色だ。戦を想定しているのか、最低二つの武器は免許皆伝しなければならないと聞いた覚えがある。まあ、そのうち一つは必ず剣となるわけだが。
だから文官であるのに、やたらと肉体強化された者が多い。体格が良いなと思う文官は、大抵ヴァーリン関係だ。
リカルド様は、その家の二子。ただし、第一夫人の子である。一子の兄は、第三夫人の子だったかな……? 数ヶ月違いの年の差でしかなかった筈だ。
通常なら家督争いとかでギスギスしそうであるのだけれど、この世代においては、確執が浮き彫りとなる前に、問題が解決された。王家に婿入りする予定が立っていただろうからだ。
公爵家は、王家との交流が少なからずある。
エレスティーナ様とも年が近いから、必ず交流していたろう。
その中で、一子は家督を継ぎ、二子は王家に婿入りすると決まったのだろう。
だが、十五歳を前にして、エレスティーナ様は身罷られ……その結果、そのまま繰り上げでクリスティーナ様との婚約が決まった。ということだと思う。
……本人の意思なんて、関係なしに、結婚が決められる立場……。その上で、子を成すことを、強要される……。
そこまで考えて、ふと、思い至った。
姫様は……どこまでを知っている?
俺に夫になれなんて言い出した理由が、リカルド様への牽制だとしたら?
「……マル、ちょっと、仮の話だが……」
口を開きかけたら、サヤがやって来た。
ディート殿の交代時間ということで近衛の方が到着したと知らせて来たのだ。
「明日だ。明日ちゃんと俺にも教えてくれ。ここまで聞いて生殺しは嫌だ」
「分かりましたから……。今日はありがとうございました。明日また、宜しくお願いします」
交代を渋るディート殿をとりあえずなだめて帰す。
そうしておいてから、ちらりとサヤを見たのだけれど……視線を足元に落としたままで、こちらを見てくれない。
血の気が引く思いであったけれど、とりあえず、近衛の方は、執務室の外側にて、入口の守りをお願いした。重要書類の整理があるからと、言い訳して。
そうして、執務室は俺とサヤ、ハインとマルの、四人だけとなった。
「サヤ……先ほどの会話、全部、聞いてるよな?」
「はい、承知しております」
他人行儀な返答……。そしてなんだか冷え込んだように感じる空気……。
怯みそうになったけれど、なんとか必死で勇気を振り絞った。
「あの会話、駆け引き込みだからね?
リカルド様が、見た目と内情が違う人であるようだったから、揺さぶりをかける為にちょっとアレな言葉を使ったけど……ほ、本心からじゃ、ないんだよ?」
そう言うと、ちらりと、サヤの視線がこちらを見た。何か言いたげに逡巡する素振りを見せたが、気持ちを切り替えるかのように瞳を伏せ、息を吐く。
「……分かりました」
……あんまり、分かってる感じじゃないんですけど……。
とにかく、今は納得したということにしておく。みたいな雰囲気に気が滅入る。これは、ちゃんと時間を取って、お互いの思っていることを擦り合わせした方が良さそうだ。
「ん。じゃぁ、とりあえず続きを話し合おう」
苦い気持ちを飲み込んで、先程マルと話していたことを続けることにした。
「姫様が、リカルド様が実は冷静な方であると知らない可能性って、あるのかな」
「いや、現状、この場でリカルド様を冷静な方だって思ってるのは、レイ様だけだと思いますよ。
彼の方の情報、行動、どれを取っても徹底されています。レイ様がそう言うんじゃなければ、気の所為で済ませるところですよ」
俺の気の迷いだったらどうしようかな……。
ちょっと不安になったけれど、まずはリカルド様を、もっと知ってからだと、思い直す。
サヤが、不思議そうに首を傾げるから、リカルド様が粗暴に見せかけて、実は冷静な人であるという可能性が浮上していること、象徴派という派閥が絡んでいる可能性が高いことを話しておく。
「うん、じゃあ知らないとしよう。
なら、姫様があんなことを言い出す理由も分かった。リカルド様の牽制だ。
象徴派の長であることを知っていて、それを王政の中枢に入れることを、警戒しての行動じゃないかな」
「あー……策略の為にレイ様を夫にすると宣言してみせたと?」
「象徴派が焦って、何か行動すると思っているのじゃないかな」
冷静になれば、姫様がそんな突拍子もないことを言い出すなんかおかしい。
彼の方は立場も分かってらっしゃる。俺が姫様の夫となるわけがないのに、それをあえて口にしたのは、隙を作る為ではないかと推測できる。姫様がリカルド様と結婚したくないが為に、無理をごり押ししてきている。と、見せる為に。
猪だと思わせているリカルド様は、直上っぽく状況に反応せざるを得ないだろう。
さらに、姫様の発言に慌てて、象徴派が何か行動に出れば、その尻尾を掴む気でいるのかも。
そう考えると、納得がいくのだ。
マルは若干納得不良な顔をしつつ、まあ良いと、懸案事項は保留とした様子だ。
「……でもそうなると、レイ様、狙われませんか……」
「狙われるだろうな。男爵家で爪弾き者の二子くらい、サクッと始末しようと思うかもしれない。けどまぁ、分かりやすい的だ。有効な手段じゃないかな」
俺という標的が定まれば、行動しやすい。
象徴派は俺をなんとかしなければ、自分の理想が遠退いてしまうことになるから、俺を処理しようとする可能性は高いな。
王様の容態的に、結婚は待った無しだ。俺が無理となれば、もうリカルド様としか選択肢が無い。
俺と交渉し、自ら引く様、促すなら、穏便だ。力技に出てくることも、あり得ると思う。
「それ……レイに危険を、押し付けてるいうこと⁉︎」
それまで黙って話を聞いていたサヤが、慌ててそう口を挟む。
けど、姫様は俺をただ、危険に晒そうとは、思ってらっしゃらないだろう。
「だから、近衛を派遣した。土嚢壁なんて未知なものに、近衛の一部隊を差し向けたのは、出来過ぎだと思ってたんだ。
土嚢壁の有用性の検証と、経過観察という名目でこんな場所まで来た。姫様も土嚢壁の有用性を熱弁していたから、近衛部隊が象徴派対策であることは、ある程度伏せようとしているのじゃないかな」
まあ、リカルド様が、言い分を納得してるかどうかは別として。
姫様も、もしかしたら、どこかの段階で、俺に事情を打ち明けようと思っていたのかもしれない。
ただ、それよりリカルド様が先に来てしまった。だから俺に事情を説明する暇もなく、作戦を実行した。みたいな感じだろうか。
神の采配だと言っていたのは、俺が都合良く、象徴派を釣りやすい状況を提供したからではないだろうか。
そこまで考え、ふと、思い至る。
……マル、まさか……。
「いやいやいや、そこまで考えてないです。
象徴派の存在は知ってましたけど、僕は単に、姫様がレイ様と接触する接点を切望されているのをお膳立てするついでに、警備要員と支援金を提供して貰おうとしただけですよ?」
全部マルの思惑かと疑いの目を向けると、違うと否定された。
……いや、その言葉が本当かどうかはともかく、まだなんか隠してるな……別の思惑はあったのかもしれない。
いまいちマルの挙動に信用が置けない……。だって目が凄く、楽しそうだ。
「そもそも姫様は僕にそんなに情報、おろしてくれませんよ?
彼の方の心のうちなんて、本当に少数の人間しか知らないんじゃないですかね」
「……じゃあマル、姫様は何を狙っているのだと思う?
ただリカルド様と婚儀を挙げたくない。……だけで行動する方じゃないよな」
俺がそう問うと、マルは、まぁねぇ、姫様の性格ですからと、相槌を打つ。
「普通に考えれば、リカルド様が傀儡派の首魁であることと、王政の乗っ取りを企てている証拠を確保して、リカルド様との婚儀自体を潰すこと。で、夫は居ないが王は危篤。ということで自身が王位に就くしかない土壌を築き上げる……辺りですか?
けどまぁ、まだ沢山狙ってると思いますよぅ。
土嚢壁や河川敷、交易路についてだって、真面目に国の利益になると思ってらっしゃるでしょうし。王になった暁にはもっと大々的にとか思ってたりしそうです」
まあ、そこは副産物だろう。
そうだよな……やっぱり、リカルド様の正体を突き詰めるべきか。
巻き込まれた以上、力になれることはなって差し上げたいと思うしな……。姫様が王となれば、俺も解放されるのだろうし。
「……サヤ、姫様の肉体時な頑強さと寿命は、色を作れないこと以外は、我々と変わらない……だったよな」
「はい。
病の特徴を聞く限りは、特別な疾患は無いように感じました。そうであれば、寿命も、肉体的な頑強さも、変わらないはずです。
根拠は示せませんが、少なくとも、寿命が短いと証明する根拠も無い。と言った方が、正しい表現かもしれません」
つまり、白い方は、必ず全員が短命ではないのだ。
だが、王家の方は代々短命だ……それは、激務故となるのかな……。
そこでふと、気になった。
サヤの世界では、二万人に一人の特殊な病なのだよな?
「王家の方は、何故、代々白く生まれる方が、多いのだろうな……」
「病の巣が、血脈にあるのではないですか?」
「あの、それなんですけど……」
俺のふとした疑問。
明確な答えなど求めたわけではなかったが、サヤがおずおずと挙手をしたものだから、視線がサヤに集まる。
「あの……王家について、もう少し、詳しく教えて頂けないでしょうか……。
個人的に思うことがあり……、その……あまり、確証のある話ではなく……それでも良いなら、ちょっと、ご相談したいことが、あります」
その言葉に、俺とマルが身を乗り出す。
だがそれを、遮る手があった。
「では、まず席を改めましょう。隣の応接室へ移動して下さい」
ハインが、茶器の乗った盆を片手に、半眼で俺たちを見ている。
「延々と扉の近くで立ち話を続けないで下さい。
サヤの耳を頼り過ぎです。私が茶を用意しに退室しても気付かない程に没頭してしまう状態では、サヤだって上の空ですよ」
居なかったんですか、ハイン……。それ、ややこしい話から逃げただけだったりしませんか……。
「では、応接室をご利用下さい。私はここで、外を警戒しておきます」
茶器一式を押し付けられ、さっさと応接室に三人揃って押し込まれた。
そしてパタンと扉が閉まる。
「…………ややこしい話が嫌だったのかな……」
「……十中八九、逃げましたよね、あれ……」
まあ、ハインは難しい話、興味無いよな。うん。報告だけ後でしておこう。
とりあえず今回は二話いけました。今後が不安……まとまるのかと。
いや、自分の中で筋道作っててもそうならないのが不思議でなりませぬ。
来週からも頑張っていきたい所存です。
では、次の更新も金曜日を予定しております。
拙い文章を見て下さりありがとうございます。良ければまた来週お会いできたら嬉しい限り。




