強権
用意した部屋は、クリスタ様のお気に召した様だった。
サヤの助言に従い、窓の帳は、薄い布と分厚い暗色の布を二重に用意し、明るさの調節が出来るように配慮してあり、部屋の明かりは少々少なくしてある。窓際にはあまり家具を配置しないようにし、寝室も、あえて窓のない方の部屋にした。
「セイバーンの雨は、本当に止まぬのだなあ」
長椅子に寝そべった体勢で、窓の方に視線をやったクリスタ様が、そんな風に呟くものだから、
「アギーも、似たようなものでしょう?」
と、返事を返す。
クリスタ様のおられる、アギーの都、プローホルとて、同じ気候である筈だ。なにせ、領地は隣接しているのだから。
しかし。
「あまり外に出ぬから、意識したことがない」
という返事が返った。
陽の光が毒となる方だ。こうして雨季に、わざわざここにお越しになったくらいだし、陽の照っていないこの時期は、クリスタ様にとって、活動しやすい時期だと思っていたのだが……。
俺の疑問が、顔に出ていたのかもしれない。クリスタ様は、ぷい。と、顔を背け「僕の周りは過保護だらけだからな」と、愚痴を溢す。
「クリスタ様がご自愛くださらないからです」
リーカ様が口を挟み、ちろりとクリスタ様に視線をやると、クリスタ様はその視線を避けて別の方向を向いてしまった。
ユーズ様とやっていたようなやり取りを、今はリーカ様とやってらっしゃるのか。
変わっていないなぁ。
そう思ってついくすりと笑ってしまったのだが、ギッと睨まれ、今度は俺が視線を逸らす羽目になった。怒られる前に一度退散した方が良いかもしれない。
そう思った矢先、訪を告げる音がした。
入室を促すと、サヤが盆に、軽食を乗せて立っていて、あれ?と、首を傾げる。
「軽食をお持ち致しました。
護衛の方にお伺いしたところ、クリスタ様も、昼食はまだ取られておられぬということでしたので、簡単なものですが、如何でしょうか」
そう言って差し出されたのは、先程の牛乳茶。そしてサンドイッチだった。
ケチャップ炒めを挟んだものだけでなく、卵と萵苣(レタス)、炙った燻製肉を挟んだものも用意してある。
上品に、小さく切り分けられていて、一口二口で食べ切れてしまえる大きさだ。
ただ、サンドイッチを初めて見るクリスタ様やその従者方は、訝しげな顔をする。
「これは、手で摘める軽食なのです。
サヤの国では、これを持って外出して、出かけ先で食したりするのですよ」
「元々は、遊戯や談話を邪魔しないで食せるものとして考案されたものなのです。
もし、宜しければ……」
へぇ、サンドイッチって、そんな目的で作られたものなのか。その話は初めて聞いた。
きっとサヤは、俺がクリスタ様の部屋から戻らないから、気を利かせてこれを用意してくれたのだろうな。
毒味がてら、俺がつまんで口にしてみせる。
御付きの方の分もご用意いたしましたが、どちらに運びましょう?と、サヤが聞いて来たので、どうしますかとクリスタ様に問うと、控えの間に運べとの指示。
さて、説明しよう。
本来、貴族の部屋はそれが正しい造りだ。
俺の部屋は、現在俺の寝室に、夜番用の寝室、そして主室があるが、本来は寝室、控室、主室が正しい。部屋数が増えればまた違うが、最低限の備えとしてはそうなる。
クリスタ様用の客間はその通りに準備してあるので、サヤは隣の小部屋へ、軽食を持ってくることとなるわけだ。
指示を受けて、一礼したサヤが、一旦退室して、台車を押して入ってくる。
それを控室に運び込み、準備を始めたのを見届けてから、クリスタ様の視線が、サヤから皿の上のサンドイッチに戻った。
リーカ様が、先に手を伸ばす。
念には念を入れての毒味ですか……。俺、まだ警戒されているのかな。背が伸びたことが、弊害になるとは思わなかった。
そんな風に地味に傷つきつつも、ニコニコと笑っておく。
タマゴサンドの方を食したリーカ殿は、食んだ次の瞬間、びくりと背筋を正した。
「どうされましたか?」
「こ、これは……⁉︎」
「タマゴサンドと呼んでおります。もう一つの赤い方は、ケチャップ炒めサンドとなるのかな?どちらも人気が高かった品なので、お口に合うと良いのですが……」
俺の返事に、リーカ殿が頬に手をやる。
そして、目を潤ませつつ、クリスタ様を見て「お、驚くほどに、美味です……」と、震える声で答えた。牛乳茶にも手を伸ばし、コクリと一口。こちらの方も、問題無い様子だ。
「軽食といい、この、白濁したお茶といい……珍しいものが多いのですね」
「そうですね。ですが、どれも美味ですよ。牛乳茶は、香茶を牛乳で煮出してあるだけですから、そんなに特殊な味はしません。蜂蜜が使ってあるので、少し甘いですが」
「ああ、それでこんなに甘いのですね。甘いお茶は初めてですが、とても美味しゅうございます」
「……二年前、父上がこちらに寄らせてもらった折は、食したものについては特に何も、仰ってなかったが……」
「っ、あの時は、お見苦しいものを……。
申し訳ありません。私が、粗相をしてしまいましたから……」
食べ物どころではなかったと思う。
あんな身内の諍いに、アギー公爵様を巻き込んでしまったから。そう思って謝罪の言葉を口にしたのだが、クリスタ様がムッと顔を不機嫌そうにして、タン!と、机を叩いた。
「其方は! まだそうやって、何もかもを自分の粗相にしているのか?
それは止めよと、前も言ったはずだが?」
お叱りを受けて、言葉に詰まる。
そんな俺をもうひと睨みしたクリスタ様が、長椅子に身を起こした。
「学舎を去った時のこととて、そうだ。
僕であったとしても、あの様に唐突に、何もかもを決められたら……頭がついていかない。
まあ僕であったなら、突っぱねて帰らないくらいの選択はするがな!
だが其方は、そういったことが出来る性分ではなかった……。
……安心しろ。あれを不敬だと思うておる者は、おらぬ」
その温かい言葉に、じんわりと胸の奥で、氷が溶ける。
俺の表情を見たクリスタ様は、仕方ない奴だとでも言いたげに息を吐き、牛乳茶に手を伸ばしつつ、俺から視線を逸らし、言葉を続けた。
「そんな性分の其方から、あの様な書簡が送られてきて……驚いたが、嬉しかったのだぞ。
其方が、僕に助けて欲しいと言ってきたならば、必ず手を貸そうと決めていたのに、この二年間、其方は全く頼ってくれなかったのに……やっと来た、報せだったからな。
引っ込み思案な其方が、自ら動くと決めるだなんて……ん?……美味だなこれは。香りも良い……」
最後の一言は、牛乳茶に気を取られたらしい。
言葉も忘れて、お茶をもう一度口に運ぶ姿は、なんだか幼く見える。
「サンドイッチもどうぞ」
「そうだな。リーカが驚くほどと言うのだから……うん?……。……? なんの味だこれは……食したことが、無い……⁉︎」
「クリスタ様でもそうなのですか⁉︎ わ、私も……言葉に表現できませんでした……ただ美味で……っ!」
「こっちもなのか⁉︎ 何故だ。大抵の味は、経験済みと思うておったのに…………」
「ああはい、異国の料理だからですね。これは、サヤの国の、料理なので……」
名前を呼ばれたサヤが、ひょこりと控室から顔を覗かせた。何か御用でしたか?と、俺を見るので、違うよと手を振っておく。
準備が出来ましたので、お手隙の方はどうぞと促され、従者と女中が一名ずつ隣室に消えた。
「護衛の方は、お二人だけ残られまして、今身支度を整えに行っておられます。残りの方は、帰路に着かれました」と、報告をし、俺の背後に立つ、ハインの横に戻ってきたサヤを、クリスタ様はまじまじと見つめた。
「……其の者、従者ではなかったか……? 料理人を雇うたのか?」
「従者ですよ。ですが私の部下は、ハインとサヤの二人だけですし……ここのこと全てをその二人が回しますので、料理もするのです」
「二人で⁉︎ 隣の館はどうした! 使用人などたくさん……」
「……お察し下さい……俺と関わることは、あまり、させたくないもので……」
そう言ったことに、クリスタ様の眉が、跳ね上がる。
机を叩きそうになる手を咄嗟に掴んで止めて、待ったをかけた。
「それが、最良なのです!
もう、アギー公爵様がいらっしゃった時の様なことには、したくないのです」
机を叩くと、クリスタ様の手が、赤くなる。白磁の肌では、それがとても痛々しく見えるのだ。だから、止めてほしい。
「其方とて、正式に認められた、セイバーンの者であろうが‼︎ 正妻が何を言おうと、其方は……!」
「良いのです。俺は、これで納得しているんです。ですから、どうか……そのことは、もう……」
触れられたくない。
この話が続けば、必ず引っ張り出されるのだ。父上のことが。
だが、俺は……。
「……セイバーン殿は、何も、仰らないのか……」
「…………」
答えられない。
父上が、何をお考えなのか、分からない。分かれないから。
「一進一退を、繰り返していると……聞いております……」
「父親の容態すら人伝だと? 其方は、何もかもを遠慮しすぎだ!」
結局、俺の手を振りほどいたクリスタ様が、タン! と、また机を叩く。
だが俺は、苦笑するしかない。
仕方がないのだ。誓約を交わしているのだから。
誓約は、貴族にとって絶対だ。命を賭して守るべき約束なのだ。
俺は、俺から父上に接することを、許されていない。それしか、父上の傍に居る術は、無かったから、それしか選べなかったから、仕方がない。
「良いのです。そんなものです……。それに、不自由は感じておりませんよ? 気ままにしてられますし、こうして、気兼ねなく来客だって迎えられる。役職にもだいぶ慣れましたから、余裕も出て来ましたし……案外、楽しく、やっているんですよ」
笑ってそう言ったのだが、クリスタ様は膨れてしまった……。
膨れっ面のまま、ちまちまとサンドイッチを摘み、口に運び、牛乳茶に手を伸ばす。
やけ食いの様なその姿が愛らしく、つい、顔を綻ばせてしまったのだが。
「笑い事ではないわ!
其方は本当にっ、何故そんな悠長な……人が良すぎるにも程があるわ!
ああ、腹立たしい。こんなことなら、其方をここに帰すのではなかった。
……いや、今からでも遅くはないな……」
ブツブツと、そんな風に呟いたかと思うと、もう決定事項だとでもいう様に、言い放った。
「レイシール。僕が推薦してやる。其方、近衛になれ」
…………は?
「元々、お声が掛かる予定であったのに、あと十日程で辞令が出たというのに! 其方がさっさと戻るから、こんなややこしいことになってしまったのだ!
良い。其方を引き戻すことにする。僕が帰る時、其方も一緒に来い」
「……え? ちょ、ちょっと、待ってください……何の話ですか?」
「聞いておったろうが⁉︎其方を僕が連れ帰る。もう、煩わしい身内に拘わなくて良いと言っておるのだ。
僕が守ってやる。初めからこうすれば良かったのだ。柄にもなく遠慮など、するものではないな」
え、ちょっと……ほんと、何の話?
頭がついていかない。近衛って言った? 俺、剣すらまともに、扱えないって、忘れてらっしゃる?
話は終わったとばかりに、サンドイッチを摘むことに集中しているクリスタ様。
けれど、言われた言葉を頭の中で繰り返すうちに、意味が、じわじわと理解出来てくる。
近衛……ディート殿と、同じ? でも俺、まだ成人すら……剣も扱えず、成人すらしておらず、領主代行という役職についている俺が、近衛なんて……無理だろ⁉︎
「む、無理ですクリスタ様! 俺は、ここに役職が……」
「其方は成人前だ。本来は、役職に就く立場にはないし、成人した兄が居ろう。そちらに引き継げば良い」
「良くないです! あ、兄上は……こういったことにあまり、興味が……」
「後継だ。出来なくてどうする。
だがな、そんなことはもう、考えずとも良い。其方はセイバーンを離れるのだから、ここのことは捨て置け」
「そんなこと出来るわけがないでしょう⁉︎
河川敷の工事だってある、これからやらなきゃならないことが、沢山待ってるんですよ!」
「其方は、もっと自分のことを考えろ‼︎
其方の都合も、気持ちも、何も配慮などしない身内の為に働くなど、馬鹿げていると気付け‼︎」
「馬鹿げていようとも、俺には、責任がある‼︎
俺は、認められておらずとも、セイバーンの者です! 職務を全うする、責務がある!
それを投げ打って王都に戻るなど、嫌だ‼︎」
感情のまま、言葉を叩きつける様に吐き出し、自分がしてしまったことに血の気が引いた。
く、クリスタ様を怒鳴りつけるだなんて……な、なんて不敬を⁉︎
慌てて謝罪をしようとしたのだが、その俺の肩を誰かの手が掴んだ。
反射で振り返ると、ディート殿が、俺の肩を掴み、視線をクリスタ様に据えて、立っている。
そして、おもむろに口を開いた。
「クリスタ様。レイ殿が正しい。
この者は、もう行動を起こした。なのにそれを投げて去るなど、領民のことを考えぬ愚行だ。
そもそも貴方は、ここの後継殿と、正妻殿が、どの様な人物かはご承知なのだろう? なら、捨て置かれた事業が、どうなるかなど……目に見えているな? レイ殿がその様なことに、頷ける筈がないではないか」
「……総指揮はマルクスなのだろう? ならば、あの愚兄が責任者であっても問題なかろう」
「我々がここへ到着した時、正妻殿は、土嚢壁を取り壊せと、宣っていた。
しかもマルクスという者は、そのいざこざの為に、斬られたのだぞ?」
「…………なに?」
ディート殿の言葉に、クリスタ様の視線が、初めて彼に向いた。
「サヤがおらねば、命は無かった。
レイ殿が直ぐに駆けつけねば、死人が出ていたろう。
あんな身内に、大切な領民を、預けられると思うか。思う様なら、貴方に為政者の資格は無い」
身分差も、不敬もかなぐり捨てて、スパッと言ってはならない言葉を口にする。
アギー家のご子息様に対し、何の躊躇もなくそんな口を利くだなんて⁉︎
しかも俺を庇ってそんな口をきくだなんて、何を考えてるんだこの人は⁉︎
「ディート殿っ」
「止めるな。俺がこの場で、一番レイ殿の立場に近い。そして俺は近衛だ。
クリスティーナ様に、レイ殿の人となりを見定めてくる様にと命を受け、事業の経過観察中だ。つまり、クリスティーナ様は、土嚢壁の維持と、河川敷への移行を、ご希望なのだ。
なのに。このアギー家ご子息殿は、クリスティーナ様支持の事業を妨害しておられる。
姫の意思を遂行する我々近衛には、物言いをつける権利があると思うのだが?」
王家支持の事業を妨害するな。ディート殿は、暗にそう言ったのだ。
いや、だからって貴方、恐れげもなく、よくそれやりましたよね⁉︎
剣呑な顔でクリスタ様がディート殿を睨め付けているのが怖い。クリスタ様は、その王女様とも懇意なのだし、そんな気安く物言いをつけてしまったら、後々困ったことになるのでは⁉︎
「ディート殿、クリスタ様は、事業の妨害など、考えていらっしゃらない!
俺が、不甲斐ないから、つい勢いで……俺を庇ってしまわれただけだから……」
「そうですわ。クリスタ様とて、レイシール様の事業を支持されております。
幼き頃から目をかけてきたレイシール様が、不憫で、手を差し伸べずには、おられなかったのですわ」
俺とリーカ様で、その場の状況をなんとか取り繕おうと、必死で庇った。
クリスタ様は王家に楯突いてないし、妨害もしていない。それが肝心なのだ。
だってアギー家は、公爵家の中でも抜きん出ている特別な貴族。貴族全ての、筆頭に立つ者なのだ。王家に背くなんて、あってはならない。
俺たちの必死に懇願に、先に折れてくれたのは、クリスタ様だった。
「……ふん。
もう良いわ。今回は見逃してやる。
次は、クリスティーナ様にも話を通してから迎えに来ることにしよう。
レイシール、僕は、其方を高く評価しているんだ。今回の事業を無事成功させ、僕の見る目は確かだったと証明してもらう。
それと、アギーの社交界には必ず出席せよ。そこで事業の報告をしてもらうことにするからな」
むくれた顔でそう言い捨てたクリスタ様が、牛乳茶を全て煽って「おかわり」と、リーカ殿に湯呑を突き出す。
そして、俺の方を横目で睨み「もう良い、下がれ」と、仰った。
「では、ルオード様が到着されましたら、マルを伴って、また伺います」
「ハイン、其方もだぞ」
「……仰せのままに」
一礼して、部屋を後にする。ハインとサヤ、そしてディート殿が、俺に従い退室し、一階の執務室前に戻って来てから、その場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか」
「あああぁぁ、もう、生きた心地が、しなかった……。
いつもの様に、押し切られたら、どうしようかと……、あの人絶対、俺が剣を扱えないの、忘れてるよな。近衛って、無茶にも程がある……」
ディート殿を見れば、分かるだろうに。
同じ男爵家出身とは思えぬほどに堂々としてて、教養があって、剣の達人で……こういった人が近衛になるのであって、俺みたいなのは……はっ、そうだ。ディート殿!
「ディート殿も! 貴方は何故あんな口を挟んだんです⁉︎ 不敬を咎められでもしたら……っ!」
「間違ったことを口にしていたのはクリスタ様だ。
レイ殿の都合も考えず藪から棒に。あの様な輩にはガツンと言わねば伝わらんだろうが」
「や、輩って……他領のことでそんな熱くなって目くじら立てなくても良いですから!」
「馬鹿者、下の者の言葉を拾えぬ様な暗愚はこちらから願い下げだと、教えてやったまでだ。感謝されて然るべきだぞ」
ディート殿の思わぬ一面を垣間見た。気さくで垣根の低い人じゃなかった……。他人の垣根を踏み越えちゃう人だ! この人、ルカ系だ‼︎
衝撃の方が勝り、ディート殿の言葉にあった違和感にも気付けなかった。
「それに、彼の方は、レイ殿が剣を扱えないことを、忘れてああ言われていたわけではないだろうな」
「そうですね。元々、レイシール様への執着は強い方です」
ディート殿の呟きに、ハインが同意する。
執着って……お前……。
「ハイン、そんな言い方をするな。あの方は、ちょっと過保護だから……あぁ……きっとまた、俺が不甲斐ないから、過剰に手を貸そうとされたんだな……。図体ばかり大きくなっても、やっぱり駄目か……」
情けない……。二年ぶりにお会いするのだから、一人前とはいかずとも、もう少し、認めてもらえるかと思っていたのにな……。やっぱり俺は、まだまだ頼りないのだろう。
認めてもらいたいと思うなら、もっとちゃんとしなければならなかった。懐かしい彼の方に、弱音を吐いている場合じゃなかったよな……。こんなだから、サヤにだって守られるばかりなんだ。
俺が自己嫌悪に陥っているのを察したのだと思う。今度はハインが眉間にしわを寄せ、こいつまた始めやがったとばかりに顔を歪める。
「貴方がそう何でもかんでも良い方に解釈なさるから、いつもあの方の思う壺なのです」
「っハイン……お前、ほんともうちょっと、言葉を選んで口にしよう⁉︎」
いい加減、怒っておこうとハインに視線をやると、サヤが、足元に視線を落とし、沈黙している姿に目が釘付けになった。
クリスタ様のお部屋を辞してから、サヤが一度も口を開いていないことにも、今更気付いた。
思考に捕らわれ、周りの状況が見えていない様な……こんな、上の空な状況のサヤを、今まで見たことが無い。
「……サヤ?」
声を掛けても、反応が無い。
もう一度名を呼び、肩に触れると、凄く驚いた様子で、びくりと跳ねた。
「どうした……? 何か、あったか?」
「い、いいえ……なん、でもありません……」
視線を泳がせて、俺から逸らす。
……何かあるんだな。だが、ここで聞いたって、どうせ答えてはくれないだろう。そんな雰囲気だ。
「そう……。なら、良いんだけど……。
ところで、ルーシーは今どうしてる? 姿が見えないけど……」
「あっ、調理場で、お茶会用の、お菓子の準備を手伝って下さってます。
いけない。手伝いに行って来ます!」
調理場の方に走り去るサヤを見送って、辺りを見渡す。
護衛の騎士らも帰り、玄関広間はいつも通りに、閑散とした状況を取り戻していた。
護衛の方々は、また、クリスタ様がお帰りになる日に合わせて、こちらにいらっしゃるはず。
クリスタ様の護衛は、残った武官二人と、滞在中の近衛からも数人つけて頂けるように、ルオード様とも話がついていた。
「とりあえず、ルオード様がいらっしゃるまで待機だな。執務室に戻るか……」
「そうですね。ディート様も、もうそろそろ交代のお時間です。お帰りの準備を済ませてしまわれては如何ですか」
「む。そうさせてもらう。ああ、レイ殿」
雨除けの外套に手を伸ばしていたディート殿が、不意におれを呼ぶので、何か? と、そちらに足を向ける。
「俺はレイ殿に敬意を表する。
近衛にしてやると言われて断る者は珍しい。ましてや、男爵家の二子、後継でないなら尚更、飛びつくものと思っていた」
うええぇ⁉︎
「ぶ、分不相応です! 剣が握れない近衛など、なんの冗談だって話でしょう⁉︎」
「そうは思わん。レイ殿は剣が握れないだけであろうが。
そんなもの、他に出来る者があぶれるほどにいるのだから、任せておけば良い。俺は、レイ殿が同僚となるなら嬉しいが、ここに責任があると言い、微塵も迷いの無かったその心意気を、素晴らしいと思う。
間違ってない。正しい領主の在り方だ」
「……お、俺は、ただの代行です……」
「ふん、同じ責任を負うているのだから、俺からすれば、同じことだ」
凄いざっくりだな⁉︎
大雑把な括り方に呆れるしかないが、間違ってない、正しいと、そう言ってくれたことが、妙にくすぐったくて、言葉に詰まった。
固まってしまった俺に、ディート殿が、少し困ったように笑う。
「レイ殿が後継であればと思っているのは、きっと、俺だけではないのだろうなぁ」
その言葉に、グサリと胸を抉られた。
「言ったところで詮無いことか……。誰も生まれを、選べはせんのだからな」
えらべるのはこれだけだ。
「レイ殿?」
こわしてやる。おまえだってそうならなきゃ、おかしいものな。
「おい、どうした?」
こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。こわしてやる。おまえだっておなじなんだ、きざみこんでやる。そう、なってしまえば、きっとそのほうが、らくなんだ。
「レイ殿⁉︎」
「っ、え?」
「どうした。顔色が、優れないように見受けられるが……」
「……ああ、いえ、なんでもないです」
何か、いま、引っかかった。
選べない。選べなかった。
俺たちは選べなかった。
誰だ。
そう言ったのは。誰だった?




