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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第一章
1/515

結び

 歩く。

 歩く。

 ひたすら歩く。

 手を引かれて。

 母は何を言っても上の空で、強く握られた手が、悲鳴をあげていた。

 嫌だ……ここから先は駄目だ。

 それ以上は進みたくない。だから足掻け、これは夢なのだから。


 いやだ、いきたくない。


 何度も、何度も、訴えた。

 だけど、母には届かない。

 いつも、いつも、どう抗っても、届かない。


 こわい、いきたくない。


 閉ざされる視界が。

 口や鼻から押し入る闇が。

 俺の意思なんて関係なしに、ただ迫ってきた終焉が。

 引き摺り込み、押さえつけ、沈めようとしてくる、優しかったはずの手が。


 やめて!

 ぼくはもう…………っ。



 ◆



 空が東雲(しののめ)色に染まる早朝。

 木々と、羊歯やらなんやらが好き勝手に伸びて、半分以上埋まってしまったほぼ山肌を、俺は惰性で登っていた。

 土地勘がなければ道だと思わないような斜面。一応人は通るので、なんとか保たれている細い筋。ここを登りきると少し開けた場所があり、そこには小さな泉がある。


 あー……身体と気持ちが重い。


 夢を見た後はいつもこうだ。気分が沈んで、なかなか浮上しない。

 初めのうちはほんと、何でもない夢なんだ。母に手を引かれて、ひたすら歩く夢。

 ただ、夢の終着点まで行き着きたくなくて、俺は必死で足掻いて飛び起きる。

 もうとっくに過ぎた過去で、いまさらどうこうできるでもない。

 それが分かりきっているのに、繰り返し夢に見る。

 

 そして考えたって仕方ないのに考えるという矛盾……。

 

 生産性の無さに何度目か分からない溜息を吐いた時、やっと視界が開けた。

 村の人間が『望郷の泉』と呼ぶ、小さな水場。

 俺が向かっていたのは、ここだった。

 昔からある願掛けの泉なのだけど、たまに不思議なことが起こると言われている。


 例えば、落としたはずのものが無くなっていたり。

 お供えしたものが消えていたり。

 何に使うのか全く分からない変なものが落ちていたり……。


 正直、気のせいとか、通りすがりの獣が美味しく頂いていたりとか、自分の知らないものって大抵意味不明の変なものじゃないかとか、思ったりするのだけど……誰が何を思おうと勝手なので、物言いを付けるつもりはない。

 

まあ、不思議な場所ではあるのだ。

 季節外れの草木が当然のように育ち、他には見ない謎の植物も当たり前の顔して蔓延(はびこ)っていたりする。

 例えば、冬の最中に真っ赤な花を咲かせる木とかが代表例だな。ここ以外で見かけたことがないし。


 まだ雪の深い時期に花を咲かせるだけでも不気味なのに、咲いたまま花がボトリ、ボトリと雪の上に落ちているさまが、何だか血飛沫を連想させられて、不吉極まりない。

 怖いし、水場からは離れているので、一応近付かないようにしているけれど、そんな怖い木のある場所に何故向かっているかというと、願掛けのためではなく、人目がなくて、一人で落ち込める貴重な場所だからだ。

 たとえ呪われた赤い花の木があったとしても、心を落ち着けることのできる数少ない場所だ。手放せない。


 泉に歩み寄り、岩の割れ目から湧き出す水をひとすくい飲んで、清水の溜まった小さな泉を覗き込むと、首の後ろで一括りにしてある灰色の髪が肩から垂れた。

 水面に写る藍色の瞳は、陰ってほぼ黒にしか見えない。

 母譲りの色と顔。 それが、水の中でゆらゆら崩れ、不安そうにこちらを見ている。


 ……誰がどう見ても元気そうには見えないよなぁ……。


 一応、領主代行という役職であるからして、人前で暗い顔をするのはよろしくない。

 ハインにも見られたくない。

 奴は大変優秀な従者だが、人を慰めるという能力だけは最低だ。

 気分の沈んだこの状態で、あまりお小言をいただくと死んでしまいたくなるので、とりあえず避けたい。


 だけど……朝食までの時間程度で復活できるかな、俺……。


 仕事をしてるうちは良かった。それに集中して、頭から追い出すことができるから。

 けれど、することがないと考えてしまうのだ。

 十五年も前の出来事を。そして、十年会わずにいるうちに、死んだ母のことを……。

 葬儀にも参列していない。だから未だ実感が伴っておらず、夢に見るのかもしれない……。


「あ〜……暇って良いことないよなぁ。

 考えないでいいこと考えるから余計頭の毒だ……」


 結局、いつも通り、思考の行き止まりに到達した。

 泉の中の自分を、手でかき混ぜて誤魔化して、濡れた手を適当に服で拭ってから、いつも腰掛ける木の根元に座り込み、幹に背を預けた。

 まだ冷たい風がそよりと吹く。


 母の死から二年経った。

 呼び戻されてからこの二年でやったことといえば、やれと言われた仕事をこなし、必死で居場所にしがみつくことだけ。

 剣の腕も最低で、乗馬もやっとこさで、勉強も途中辞めのダメダメ領主代行。

 従者の方が偉そうに見えるとか、領民にすら言われている。

 今はきっと趣味の料理を堪能すべく、調理場で鍋をかき回しているだろう、俺の一人だけの従者。

 領主代行がギリギリ成り立ってるのも、ハイン(かれ)あってのことだって俺は知っている。

 奴がいなかったら、俺は自分の仕事すらままならないわけだ。


「……〜〜ぁぁああ! ダメだ、抜け出せない……」


 結局思考は落ちていくばかり。自分に対するダメ出ししか出てこない……。

 いい加減、考えたくないのに。そろそろ戻ってハインと顔を合わせなきゃならないのに。

 このまま帰ったら、また溜息を吐かれて、心配されて、気を使わせて、いらないダメ出しされてもっと落ち込んで、機能不全の慰め受けて、さらに古傷を抉られて、マジで死にたくなるかもしれない。だから頑張れ俺。とりあえず笑顔。貼り付けとくだけでいい、ないよりマシだから!


「…………帰ろ」


 ただ歩いて山登って落ち込んで帰るという、無意味極まりない暇つぶしに区切りを付けて、俺は重い腰を上げた。

 愚痴はおしまい。今日も仕事を頑張ろう。それしかすることも、やれることも無いんだから。

 そうして泉に背を向けて、重たい一歩を踏み出そうとした瞬間。


    ぴちゃん……。


 と、音がした。

 視界の端で、何かが動く。

 泉の方だ。

 魚かなと、思ったけれど、望郷の泉では今まで生き物を見かけたことがないと思い至る。

 手を突っ込んだところで、肘までしか浸からないような浅い小さな泉だしな。

 帰りたくない気持ちと好奇心とで、何とはなしに振り返って……。

 手が、伸びてた。

 水面から、にゅっと、人の手だけが覗いていた。

 手首からカクっと折れ曲がって空中をかき回している。

 色白な、きめの細かい肌の、綺麗な手。細く華奢な指。女の子の手だと直感が働いた。

 そして、次に思ったのが、なんで? ということ。


 なんで泉から手?

 たまに落ちてる変なものってこれ?

 確かに……確かに変だけどね⁉︎


 あまりに非現実的な現象に、一瞬で頭が真っ白に。


 まさか……溺れてる⁉︎

 なんでこんな時間に⁉︎

 こんな場所で⁉︎


 慌てて近寄って、必死で掴んで引っ張り上げた瞬間、頭の端っこの方の冷静な俺が、むくりと起き上がった。

 こんな浅い泉で溺れる?

 むしろどうやって溺れてるんだ? 身体全部浸かるのすら無理だろ? って。

 引っ張るのを止めた方が良いんじゃないかと気付いた時には、もう引っ張り上げ切ったと言える状況で、羽根のように抵抗感もなかったくせに、急に重さを感じて、ぐらりと体が傾いた瞬間、目が、合った。

 びっくりしたように見開かれた、鳶色の瞳。

 艶のある漆黒の髪。

 そして俺の上にそのまま全体重で落下。


「ぐっふぇ」


 肺の中の空気が全部押し出されるほどの衝撃。しかも固いもので後頭部も打ち、俺はお約束通り、意識が飛ん……。

長い話になりそうです。お付き合いいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
読書配信へのご応募ありがとうございます! とっても浅い泉から人間が出てきたということで、これは絶対に異世界か異空間に繋がっている!!(; ゜Д゜) 泉のそばの植物で赤い花というのは椿のことだと思う…
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