●序章-9.入市管理所
土曜日~火曜日は動画作ってるので中々に高負荷です
※前回のあらすじ
Q.なんで日本語?
A・わからん。でもみんな喋れるよ。
-fate アキヒト-
ここまでくると威圧感が半端ない。
直径3キロメートルの円柱は空に吸い込まれるように天へと延び、頂上を望むことはできない。そのあまりの重量感に見上げているとこちらに倒れ込んでくるような錯覚に捕らわれ、身震いする。
塔の壁面には同じ形状の、しかしサイズが違う『扉』が見て取れた。って、特殊な搬入口じゃあるまいし、あんな場所に出た瞬間、落下死確定だと思うのだがどういう事だろうか。
そう思っていると扉の一つが開き、フクロウと人間を合成した怪人のような人影が飛び出してきた。偶然なのか、それとも「飛行できる種族の多い世界」用の扉なのか。
目を凝らせば扉だけでなく、ただの窓枠のようなものもあり、どうやら内側にも空間がある事が伺えた。あちら側なら出た瞬間落ちる事はない、ということだろうか。
さて、首も痛くなってきたので視線を落とす。
目前に建物。あれが入市管理所だろう。
その建物の両端からは高さは3メートルくらいの壁が伸びており、どうやら扉の園という場所を囲んでいるように見える。
空を飛べば不法侵入し放題なんだが、良いのだろうか。さっき飛べる人?を見たばかりだけど。
「行かないのですか?」
「ああ、悪い。行くよ」
促されて正面へ。そこには数十人ほどの人……ひっくるめて人と言っておくが、人が並んでいる。俺たちの目的とは違い外へ、自分の世界に帰るため訪れた人、ということか。
とりあえず列の最後に並ぶ。すると弁慶あたりをこつこつと叩かれた。
「なんだ?」
視線を落とせば青いボールがあった。いや、先ほど路面電車の運転席に収まっていたボールと同じものだ。アンテナがぴょこぴょこ揺れている。
ちなみに文字で表現すると (|п|) な顔である。適当すぎるが、デザインからして適当なのでこれくらいが丁度良いのかもしれない。
「先日、救急搬送された方ですか?」
路面電車の運転ボールと同じ、流ちょうな、しかしロボットっぽい声音が問いかけてくる。
「多分そうだ。先生からここに行くように指示されて来たんだが……」
「確認しました。手続きが違いますのでこちらへどうぞ」
蛇腹パイプの手足でひょこひょこと歩いていく。ついてこいということらしい。
「……行くか」
「はい」
全自動洗濯機、だったか。それの後ろを追いかけるとすぐに別の窓口に到着する。
高速道路の入口のように、ゲートがあり、その横にスタッフが待機するスペースがある。海外旅行に行ったことは無いが、テレビか何かで見た入国審査の窓口がこんな感じだったかな。
ボールは両腕をカウンターまで伸ばすと、ただのボールにしか見えない手でそれを掴み、ぐっと体を持ち上げてカウンターを覗き込んだ。コミカルである。どこかの未来ロボットかよ。
「昨日の救急搬送された方です」
ボールの声に中に居た人が顔を出してこちらを見る。
美人だ。超が付く美人がそこに居る。
ウェーブの掛かったブロンドヘア、長いまつ毛にエメラルド色の目。王侯貴族かと思わせる整いながらも儚げな相貌。そして特徴的な、長い耳。
物語に出てくるような美人エルフがどこか公務員を思わせる制服を着て座っていた。
「……ああ、あの!
無事で何よりでしたね」
その涼やかな表情が驚きにを彩られる。
どうやら昨日の俺を見たらしい。
「流石に今回はダメかと思いましたけど、流石メルディグロスさんですね」
この言い様。きっと昨日の俺は死体とニアイコールな有様だったのだろう……。ホント、シノとマッチョメンに感謝である。
あと、……メルディなんちゃらというのは、マッチョメンの名前だろうか。
「おかげさまで。
先生からここに来るように言われまして。住民登録をしろと」
小さく会釈し、そう口にすると改めてエルフさんは笑みを見せてくれた。
「はい。受け付けます。
メルディグロスさんからいくらかお話は聞いていると思いますが一応の説明をしますね」
「はい、よろしくお願いします」
この笑顔の破壊力よ。
心拍数が上昇。とはいえ変に舞い上がっても悪印象を持たれるだけだ。自制自制。
「ようこそ多重交錯世界、ターミナルへ。
そしてこの世界唯一の町、クロスロードへ」
「唯一?」
自分を律している間に放たれた言葉が気になり、思わず問い返す。
「はい。確認されている限りと注釈は付きますが。
この町の全ての住人はこの世界から見て異世界人、ということになります。
振り返ると先ほど並ぼうとした行列が向こうに見えた。
様々な種族。その全てが別の世界の住人?
「そのあたりの詳しい内容は、これからお渡しするパーソナルブレスレット、通称『PB』でご確認ください」
エルフのお姉さんに視線を戻せば、カウンターに二つのシンプルな腕輪が置かれていた。
幅3センチメートルほど。飾り気の全くない、言われなければ用途に迷いそうなただの輪っか。
「後日申請されれば別の形状もご用意できますが、盗難、紛失防止のためにブレスレット型をお勧めしています。
これは情報端末兼、財布兼、これから支給する住居の鍵となります」
どう見ても翡翠系の光沢を持つ石で作られた輪っかで、多機能という言葉が見えない。
でも……昔の人がスマホを見たら同じ感想なのかも。
「付けたら外れないとか?」
「任意で外せます。ああ、そうだ。戦闘経験はおありですか?」
「は?」
銭湯経験……なわけないよな。いや、防水の説明か?
「戦った事があるか、って意味ですよね?」
「あら? ……ああ、貴方、地球世界の出身者ですか?
もしかしてセンタ君を『洗濯物を洗う洗濯機』と勘違いしたりしていますか?」
「ど、どうしてそれを?」
「地球世界の、日本語を元々話せる方から時々聞かれるんです。
『どうしてこのボールが洗濯機なのか』って
ちなみに、全自動で判断、選ぶという意味で選択機です。基本的に『センタ君』としか呼びませんが」
どう考えても、勘違いする事を狙ったネーミングですよねと思うが、彼女に突っ込んでも仕方ない。
「で、話を戻しますね。この町の住民登録には2種類あります。
『住民』と『探索者』。主に戦闘能力のある方は『探索者』を、それ以外の方は『住民』を選びます」
「戦闘能力が必要なんですか?」
確かに町中で遭遇した獣や悪魔、あとマッチョメンに襲われたら瞬コロされる自信があるが、襲い掛かってくるようなそぶりはなかった。
「町の中ではそれほど必要ではありませんが……
ああ、町の北半分、ケイオスタウン側へ行くことはお勧めしません。覚えておいてください」
言いながら彼女が窓を触るとそこに映像が映し出される。何これ凄い。
絵は簡略な地図なのだろう。大外の円……これは町の外周ってことかな。
それを左から右へぶった切る太いライン。その中央に二重の円。最後に上から下へ走る線は中央の円に当たるとそれに沿い、また合流して下まで走っている。
……縦線はさっきの大通りだよな。ってことは中央の円が扉の塔と扉の園ってことか。
じゃあこの横のバーは何だ?
「街を横断する川の名前をサンロードリバーと言います。
そしてこの川の北部がケイオスタウン。南部がロウタウンです。
先にお伝えしましたケイオスタウン側には夜の種族や魔に偏った属性の方が多いため、比較的荒事が多い状況ですので、戦闘経験のない人間種であるならあまり足を踏み入れないように案内しています。
ニュートラルロード周辺はそうでもありませんが」
なるほどと頷く。ちなみに円を縦に割る線がニュートラルロードであり、今しがた乗ってきた路面電車が走るだだっ広い道の事だそうだ。
左から右へ円を切る川は塔と同じサイズ。これが川と言うなら塔にせき止められているようにも見える。地下を通っているのか?
「戦闘能力は無いようなので、『住民』として登録しますね」
「登録が違うと何か差があるんですか?」
「立場としての大きな差はありません。どちらかと言えばこちらの管理上の問題です。
その辺りの詳細についてはすべてPBに情報がありますので、随時確認ください」
目が受け取れと促している。サイズはどちらも同じ。シノにはかなり大きいように見える。
俺が率先して手にし、手首まで通すと収縮してピタリとフィットした。びっくりして外そうとすると少し大きくなってあっさり外れる。
「え? なんでサイズ変わるの?」
「よくある装着系の付与術ですね」
良くあるの? とシノを見るが、小さく横に首を振る。なんでもアリだな、ここ。
もう一度手首に通すとやはりピタリとフィットする。
それを見てシノも腕輪を手に取り、左手首に装着した。
「その状態で質問事項を思い浮かべて下さい」
「思い浮かべる?」
じゃあ、住民と探索者の違いについて。
『主に従事する仕事の違いです。
戦闘能力に優れる方、戦闘報酬により身を立てる方は探索者として登録され、管理組合より町の防衛、並びに未探索地域の探索を依頼します。
一方町で商業、工業、研究、医療などに従事される事を選択される方は住民として登録され、希望に応じて店舗の賃借も行います』
こいつ、直接脳内に……!?
声、として認識したが耳に聞こえる音とは違う。なんとも不思議な感覚だ。
「使用方法はご理解いただけたでしょうか。
家の鍵、財布としての機能も後で確認してください。家の位置についても登録しています」
「あ……」
不意にシノが声を挙げ、いそいそと何かを取り出しエルフさんに差し出す。
「メルディグロスさんからです」
「はい? 拝見します」
手紙、らしい。
A4サイズくらいの紙に目を通すエルフさんは、しばらくして顔を上げると俺と、シノを交互に見た。
「……事情はわかりましたが、貴方はそれでよろしいのですか?」
「はい」
「わかりました。では少々修正します。お待ちください」
「えっと、シノ?」
一体その手紙には何が書かれているのでしょうか?




