●四章-8.事は終わらず
※前回のあらすじ
・勇者を殺さないと次に魔王が出てきたときに困るらしい。
-fate アキヒト-
「エンジェルウィングスのアキヒト氏でしょうか?」
あの騒動から一週間が経過した。
特に続報も無く、そんな騒ぎは日常茶飯事だと訴えるような日常は勇者に纏わる一件をすっかり過去にしてしまっていた。
どこかで賞金稼ぎが派手に暴れる音が届く中、昼休みを取っていた俺たちのテーブルに一人の壮年の男性が現れた。
「ええ、そうですけど。郵便預かりですか?」
「いえ、お仕事中申し訳ありませんが少々お時間を頂けないでしょうか。ほんの十分程度です」
「……休みの間であれば」
柔和な笑みを浮かべる男性。その後ろには厳つい顔と射殺しそうな目力を湛えた男二人が控えている。どう見ても護衛だ。
「ありがとうございます」
威圧感に気圧されている俺に気付かないのか、無視しているのか。壮年の男はゆっくりと空いた席に着き、後ろの二人に近くの席に付く様に指示する。一瞬迷うそぶりを見せたが二人は従い、近い席へと腰を下ろした。
「早速ですが、七日ほど前の事をお聞かせ願いたいのです」
記憶を失ったわけではないので七日前と言われればもちろん例の一件が思い浮かぶ。
「それ、あの勇者絡みですか?」
「その節はご迷惑をおかけしたようで。こちらの流儀が分かっていなかったとは言い訳にもなりません。大変申し訳ありませんでした」
とはいえ決めつけて話をするのもどうかと思ったので問えば男が恭しく頭を下げる。その瞬間護衛の男がガタっと椅子を鳴らし、焦ったように立ち上がろうとするが、テーブルの下で手が動き、苦々しい表情のまま座り直す。この人、相当に立場の高い人のようだ。護衛の目には怒気でなく殺意が滲んでいる気がする。俺、悪くないよな?
「めっちゃ睨んでんだけど?」
見ない振りをすると決めた俺の思いも空しく、物怖じという言葉を学習し忘れた鳥が男二人をガン見しながら壮年の男に言うと、彼はやれやれと溜息を吐き、居住まいを正した。
「私はライアイザイアルク。ローアイタス教にて教主の座を任じられている者です」
「……はぁ」
教主。『主』という言葉が付いている以上、宗教関係者の偉い人ということだろうか。とはいえ、宗教的フリーダム国家日本の出身者としては十字教の一番偉い人が居ても同じ反応しかできそうにない。
しかし護衛二人には許しがたい事だったようで、思わず身を引くくらいの殺気に再び椅子が揺れた。が、それが一瞬で消え去った。教主を名乗った男の岩をも切れそうな鋭い視線に護衛二人は冷や汗を頬に流し身を固くする。
「ここは国、土地どころか世界の違う場所。
自ら権威を貶めよとは言いませんが君たちの感情は傲慢に過ぎます。改めるつもりが無いなら去りなさい」
穏やかな口調だが、護衛二人の顔はみるみる青ざめ、椅子から転げ落ちるようにしながら膝をつき、礼を取る。
「申し訳ありません!」
「私に謝るのですか?」
男二人は重い鎖を引きちぎるような動きで俺を見上げ、「すまない、いや、すみませんでした」と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。どういう立場の方かいまいちわからず」
顔を上げた男には苦悩があり、それを奥歯ごと噛み砕いたような葛藤が見える。恐らく超が付くエリートなんだろう。それが特徴も無い通行人Aに頭を下げる事態に感情が追い付いていないようだ。
喉がひりつくくらい渇いたがこの人の前で飲食をするのも怖いと我慢する。
「道中で遭った老人程度でよろしい。君は我らが神の子でもなければ神より与えられた王権の庇護下にあるわけでもありませんからね」
とりあえず滅茶苦茶権威のある人っぽい事は察せられた。礼儀作法なんて家と学校で習った程度だから丁寧を心がけることにしよう。
「我々は宝玉を探してここまで来ました。心当たりが無いでしょうか?」
宝玉、つまり宝石の玉。思い浮かぶのは水晶玉とかだけど、記憶には無い。
「確かあの女騎士さんが勇者の剣と鎧が重要な物のよう言っていたのは覚えています。
勇者の彼もそれらしいものを身に着けていました。ですが宝玉とやらには心当たりはありません」
「疑うわけではありませんが、君からは我らが神の聖気を感じます。いかに聖具を纏う勇者に接触したとしても七日を経て残った強さではありません。
本当に心当たりはないでしょうか?」
そう言われてもなぁとシノを見るが、彼女も小さく首を横に振る。
「……勇者の彼が持っているのでは?」
「彼は持っていませんでした」
少しだけ眉根が寄る。あの一件の後彼がどこに行ったのかは知らないが、この人はその後の彼とどこかで遭ったということか。
「彼に会ったのなら聞き出した方が早かったのでは?」
「知らないの一点張りでしてね。どこかで落としたとか」
「だとすれば町を清掃しているセンタ君が拾っていそうですけど」
問題は俺にあるという聖気とやらだろう。しかしやはり心当たりが無い。
……それにしても彼は勇者をやっていた世界に戻ったのだろうか。それともクロスロードで面会したのか。気になるけど詮索すると藪蛇になりそうなので心当たりがありそうな人に話題を振る。
「ヴェルメに隠したとか無いか?」
「無いね。仮にあたしが気付かなくてもメンテナンス時に気付くだろうし」
応じたヴェルメを珍しそうに見やりつつ、教主は「ふむ」と呻く。その目はこちらの心の内を読もうとするように深く静かだ。
「何かの力を探知して話しているなら、ここにあるかどうかは分かるんじゃないかい?」
「ええ。ここには無いと思います」
つまり俺たちが良く行く場所ってことか?
そうなると候補は限られるが真っ先に上がるのは一つだ。
「……だとするとウチの近くとかに転がったままか?」
「センタ君は庭まで掃除しないから庭にでも転がっているのかねえ」
飛んできたセンタ君の腕を思い出す。あの時でなくても勇者が争った時にウチに転がり込んだのかもしれない。
「……なるほど可能性はありますね。
あなた方は聖気を感知できない様子。何かの陰に転がり隠れていれば分かりませんか」
「仕事の後で良いなら案内しますけど」
「いや、ニーナに案内させればいいんじゃないの? この子のPB、あなたの家の鍵は登録しているでしょ?」
ああ、そうかと視線を向ければ何故かニーナはそっぽを向いた。
「……」
「……」
共に暮らし始めて一月程度。計算は早いが直情的で態度に出るニーナは嘘が下手だ。場合によっては「語るに落ちる」を狙ったかのようにやる。
「おい、鳥。心当たりあるんじゃないのか?」
「アッキーって私に対して言葉遣い悪くない?」
露骨に話をそらした鳥の首を掴む。「ぎゃー。虐待!」と騒ぎ立てるが暴れるだけで逃げないので男の前に突き出す。
「正直に言いなさい」
「いいの?」
やれやれといった気分で告げれば、返ってきたのはどこか不思議そうな、そんな問いだった。
「いいのって……」
「だって、全部揃ったらこの人、勇者君殺すよ?」
ニーナの口調は軽いまま、しかし俺の腹の奥にズンと重い物を感じる。
あの記事が正しいならばその指摘はきっと正しい。彼があの女騎士と同じ目的を有しているのであれば、勇者を殺す者でもあるはずだ。
「わたしはどうでもいいけどさ。アッキーは気にするんじゃないの?」
暴れるのをやめたニーナをテーブルに置く。鳥は振り返ることなく壮年の男を見上げた。
「お嬢さん、で良いのかな?
あれは世界の命全てが懸かった神器だ。君たちの感傷でどうこうされては困るのだよ」
「知ってる」
ニーナのあっけらかんとした回答に護衛二人が身構える。
しかし対峙する男は少しだけ驚いて、しかし興味深そうにニーナを見据えた。
「それでもなお、君の理性が正しいと思う事でなく、彼の判断を伺うのかい?」
「私は『どうでもいい』だよ? 失敗した世界の延命に興味はないもん」
それは聖職者にはとんでもない暴言だろう。現に飛び掛からんと動き出した男二人だが、教主は手を振って制した。
「私もこちらでいくらか調べ、我が神の担う世界の事情については概ね察した。
だが、それでも命は続いている。
ならば代弁者にして代行者たる我々が諦めることは許されない」
「だって?」
鳥特有の動きで首だけがぐりんと180度回ってこちらを見る。
「その判断を俺に振るのって、荷が勝ちすぎてると思うんだけど」
教主と護衛と、騒いだせいでこちらに興味を持った他の客の視線に圧し潰されそうに感じながら、よくある『定員オーバーの救命ボート』の話を思い出していた。もちろんこの話に正解は無い事はわかっている。誰を主観にするかで答えは全く意味を違える。
シノを見ると彼女もまた俺を見ているだけ。この場で意見を出せるのは俺だけらしい。
ならば、と。数秒の覚悟を経て俺は渇いた唇を開いた。
「ニーナ。宝玉に心当たりがあるなら渡してほしい。俺たちがどうこう言える立場じゃないよ」
「そ」
本当に興味無さそうに、小さく応じて首を元に戻す。
「じゃあこの人たち案内してくるよ」
「助かります」
立ち上がろうとして、彼は一旦動きを止め、ややあって彼はまっすぐな視線を俺に向けた。
「ニーナ殿の言う事は正しい。そしてこのような事になるまで、妄信的に過去の『解釈』を謳い、『代弁者』にすら成れていなかった我々の怠慢も知りました。
……貴方の判断に敬意を」
勇者を導く宗教の長。つまり世界の頂点の一人だと察して有り余る威厳と存在感に俺は瞬きすら忘れた。
「我々は盲目なる旅人。先の確約はできません。
けれども私は貴方の判断が間違いでなかったと言えるように努力すると約束しましょう」
決意を込めた眼差しと安心を与えるような柔和な笑み。
情けなくも俺にできたのは小さく頷く事だけ。しかしそれを見届けた教主さんは席を立ち、「それでは」と会釈をして去って行った。
「……なぁ、シノ」
「はい」
「シノはどうしたらよかったと思う?」
「わかりません」
いつも通りのにべもない言葉にようやく緊張が緩み、苦笑じみた笑みを零す。
「ですが、アキヒトが間違ったとは思いません」
「そっか」
ならこれでよかったかなと、すっかり氷の溶けたアイスコーヒーを手に取り唇と喉を潤す。
所詮俺は偶然イベントを割り振られただけの通行人A。イベントが終わったのなら日々を全うすべく午後の配達へと頭を切り替えようと、心の中で踏ん切りを付け、残ったポテトを口に放り込んだ。




