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●四章-1.変化のある近況

四章プロローグです。

アキヒトの将棋能力は作者基準。

うちの爺様はアマ3段とか4段とかだったんで小学生の頃は歩のみで負かされたりしてました。

-fate アキヒト-




「ほい、ちぇっくー」


 猛禽の頭がポーンを器用に前へと押し出す。


「……」

「まだまだー」

「……」

「んで、これー」

「……」


 気の抜ける声とコトリという応じ手を指す音が交互に部屋に流れていく。

 互いに考える時間は5秒にも満たない。早打ちルールというわけでなく、そのテンポが二人の『普通』だ。


「む? 41手?」

「はい」


 不意に猛禽の動きが止まり、続く唸るような問いに抑揚のない肯定が返された。


「73手 前かなぁ?」

「そうです」


 室内に流れる緩やかな音楽の中、俺はとうの昔に理解を放り投げていた。

 目の前で行われているのはチェスだ。将棋なら祖父も親父もやっていたので普通に遊ぶくらいにはできるが、チェスは駒の動きを知っている程度だ。オンラインのフリーゲームでやってみたらイージーでもまともな対戦にならなかった覚えがある。


「次―」


 さっと並べなおされた駒が再びノータイムの応酬を始める。

 これに付いていくのは初日の時点で諦めた。いや、諦めさせられたと言うべきか。頭の性能が違い過ぎだ。初日にやった将棋では3回目の時点でパソコンゲームの『超ハードモードか!』と突っ込んだくらいに容赦がない打ち筋で完敗してしまった。プロがどの程度先まで読んでいるかは知らないけど、この二人に関しては少なくとも50手以上先まで予測しているらしいので、定石の一つも身に着けていない一般人の及ぶところではない。

 ちらり壁際を見ればいくつかの箱が積まれていた。以前の祭りの時の景品の一つ、謎の詰め合わせ。その店に行ってみるとそこは玩具屋と言うべき場所だった。将棋やチェス、トランプといったシンプルな物から説明書を読んでもなかなか理解できない、駒やカードのたくさん付属したゲームまで、さまざまなアナログゲームの詰め合わせがその景品の正体だ。

 相変わらず俺が何もしなければ沈黙を貫くシノと暇つぶしをするには丁度いいと最初は喜んだものだが……


「これでどーう?」

「……終わりですか」

「多分―。ってアッキーどうしたの?」

「いや、ニーナが来てくれてよかったなと」


 俺の言葉に首を傾げる猛禽。ダティアマーカさんから預けられた27号を俺たちはニーナと呼ぶことにした。安直だけど地味に「号」まで呼ぶのは長く感じるし、本人も妙に喜んでいたのでそのまま定着した。


「アッキーは私が居ないとだめなんだからー」

「ああ。シノの相手は務まらないからな。運ゲー系でも戦略で負けるし」


 何度目かのリセットを行いながら猛禽がどこから仕入れたか分からない台詞を吐くので軽くいなす。声音は女の子だが視線鋭い猛禽に言われても流石に動揺は無い。

 詰め合わせセットの中にはサイコロなどを用いたランダム要素の強いゲームもあったのだが、それでもやはり定石というものは存在しており、それを把握した二人に二度目以降完敗するというパターンが出来上がっていた。ついでに言えばこの鳥、20面体という特殊なサイコロでもくちばしで器用に好きな出目を出せることが分かっている。魂の性能が高くても肉体に支配されるという設定はどこに行ったのだろうか。

 ……まぁ、これ、使徒の眷属らしいのでただの獣とは違うのだろうけど。


「アッキーはワンテンポ置いた利益に飛びつきすぎるもん」

「……どういう事?」

「タダ取りできそうな盤面は警戒するけど、2手、3手使って取れる物は迷わず取るでしょ?」


 言われてみれば……そうかもしれない。それで気付けば得したどころか劣勢に立たされていた。つまりそれはこちらの努力で得られたと見せかける罠、ということか。


「って、シノもそう思ってる?」

「アキヒトが損をするパターンはあります」


 なんだろう。『シノに罠にはめられた』と思うとちょっとショックを受けた。もちろんゲーム上の話なんだし、悪意があるわけでもない。感情の起伏が薄い、我の主張があまり無い彼女を無欲な聖人君子のように勝手に思っているのかな、俺。


「駒が取れるなら陣形を崩しても取りに行きますので」

「心当たりあるわぁ……」


 現実の戦場なら戦功欲しさに勝手に突撃して壊滅するダメ指揮官の図だよな。やっている時には全く思いつかないのが不思議だ。こうやって無能は勝手に戦死するばかりか軍団を壊滅に追い込むんだな……


「あと使う予定無くても大きな駒と交換できるならやるし?」

「おーけぃ。俺の頭が足りなことはよく分かったよ」


 思い返せば将棋に限った事じゃない。他のボードゲームでも同じパターンでやられてるな。ホント。


「うわ、負けた。シノっち、会話してても強いねぇ」

「そうでしょうか?」


 俺へのイジりに集中し過ぎたらしくニーナが盤面を見て負けを宣言する。

 負けを決した手筋を話し合う二人を眺めながらとりあえず「朝、何もせずに椅子に座って俺を待つシノ」が無くなった事を良しとする俺だった。


 負け惜しみじゃないです。はい。


 窓の外を見る。まだ9時前なのに照り付ける日差しは今日の暑さを物語っていた。

 新暦1年8の月も中盤に差し掛かろうとしている。暦が大体同じの俺の世界でももうすぐお盆休みだろうか。

 ……俺、供養されていたりするんだろうか。本当の俺は死んでいるのだから間違いではないのだけど……

 なんとなく思いついてしまった複雑な気持ちを横に置き、そろそろ仕事に行こうと頭を切り替えるのだった。

ちなみにシノとニーナがチェスを好んでいるのは将棋程複雑でなく、リバーシーほど単純でないからということです。

なお、駒の種類や動きが皆さんの知る将棋やチェスと同じかはご想像にお任せします。

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