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●三章-5.研究者

頭痛鼻水関節の痛みくしゃみが出ますが体温が36.5℃という奇妙な一週間。


※前回のあらすじ

・使徒ダティアマーカの回顧録

・お父さん僕、研究が大好きです!(何か違う

-fate アキヒト-




「さて、何か質問はあるかな?」


 割と壮絶な話だった気がするのだが、柔らかいイケメン笑顔で問いかけてくるダティアマーカさんに暗い影は見えない。割り切っているというより、覚悟完了しているという感じか。

 

「どうして、魂の研究が禁忌なのですか?」


 シノが問いを発する。彼の研究が果たされるならば、長い時間を掛けずに成長した魂を生み出す事が可能となる。それは神にとって悪い話ではないだろう。実際シノの能力を神種が欲しがるだろうと先生たちは言っていたはずだ。


「世界というのは創生神の体のようなものだ。その中に自在に癌細胞を作れる存在が発生したら、たまったものじゃないだろ?」


 言われて、否定の言葉は思いつかない。

 毒にも薬にもなるということか。彼にその気が無くても、『できる』というだけで恐怖だ。


「実際様々な世界でアンデッドが忌み嫌われ、積極的に排除されているのは神にとって病魔に等しいからだ。まぁ、『かえって免疫が付く』の精神で許容している神も居るようだけどね」

「どうして貴方は研究を続けるのですか?」


 続くシノの問いかけに彼は目を細める。質問の意図が伝わらなかったと考えたか彼女は言葉を重ねた。


「神に拒絶されてなお、どうして研究を続けるのですか?」

「どうしてだろうね?」


 答えになっていない言葉。はぐらかしたわけではない。自分の中の衝動を探り、まとめるような時間を経て、彼は言葉を紡ぎ出す。


「君が物語を求めてしまうのと同じかもしれない」


 シノが息を飲む。

 その様子に小さく頷いたのは理解を示したのだろうか。


「僕はね、嬉しかったんだよ。停滞していた事実。その怠惰を払拭できる可能性を掴めたことを。それが父なる神の望む所では無かった事は残念だけど……」


 己の掌に視線を落とし、それをゆっくりと握りしめて一瞬真剣になりそうな表情を笑みに戻す。


「この魂は成長を望んでいる。そう確信させてくれた己の探究心が嬉しかったんだ。

 だから研究者をやめられなかった。多分、それが理由じゃないかなって思うよ」


 恐らく森の中に佇んでいた時の彼ならば、唐突に神から死を告げられても疑問を口にせず受け入れたのではないかと想像できた。


「いずれ僕は研究成果を持って神の下に戻るだろう」


 その澄んだ瞳に震えが走った。同時に、どこかで見た事のあるような気もして……シノを横目に見る。

 シノの目に時々宿る色。それに似ていて、しかし決定的な違いがある。


「許しを請う気は無い。

 ただ、胸を張って自慢できる物ができあがったなら、父に見せたいね」

 

 信念。熱。狂信にも思える、揺ぎ無き方向性。

 それは共感できぬ者にとっては余りにも強すぎて、恐怖を覚える力を放つ。


 ……ああ、頼光さんだ。彼がこんな感じだった。


 町で出会った彼にはそこまでの物はなかった。しかし戦いの最中、ただ鬼を討つための刃であった彼の目には闇夜に光で軌跡を描くような輝きがあったと思い返す。

 だからこそ、湧いた疑問を形にする。


「あなたは、シノを調べたりしようとは思わないんですか?」


 彼の願いが父なる神に成長した魂を捧げる事であるのなら、その回答が目の前にある。

 それをとうに知っていた彼からのアプローチは無かった。


「先にそっちの質問が来ると思っていたんだけどね。

 今は、その気は無いよ」


 目の奥の光を隠し、穏やかな笑みに切り替えた男が「今は」とわざと強調し、言う。


「理由は簡単だ。それは僕の研究結果ではない。

 ついでに言えば一つの答えを知ってしまえば別の新しい方法を思いつく障害になりえる。

 そして……」


 不意に言葉を区切り、彼は俺を見て続く言葉を飲み込んだ。


「いや、これは言わないでおこう。君を歪めることになる」

「命に係わる事だったりしませんよね?」


 とても嫌な香りのする言い回しに思わず確認の言葉を差し込むと、ダティアマーカさんは驚いたような顔をして、すぐに笑い始めた。


「ああうん。そんな話じゃない。

 いやはや、見直した。いや、気付かされた」

「……アキヒトと会話をする人は、こんな反応をよくしますね」


 先ほどまで浮かべていた不安と困惑の垣間見える表情から、奇妙な物を見つけて驚いたような雰囲気が伺える表情に変えたシノがそんなことを言う。


「どうしてでしょうか?」

「俺に聞かれましても」


 心当たりはありますが、自称するのは空しいのです。


「お嬢の言う通り、少しは外を出歩くべきなのかもしれないね。

 来たばかりの頃は物珍しいだけだったが、見るべきものは生まれているようだ。

 人間種が主体であることには変わりないという事だね」

「お嬢?」


 何やら意味ありげなワードが出てきた。


「ああ、知らないのかい?

 司書院の裏ボスで地下研究所の他称『統括者』だ」


 え? 何その意味の分からない壮大な肩書は。しかも……


「自称じゃなく?」

「僕らが勝手に呼んでいるだけで本人は絶対に自称しないね。

 彼女の自称は『ありふれた一般人』だよ」

「肩書と自称の乖離が激しいですね」


 間違いなく「お前のような一般人が居るか!」って人だな。


「一般人、というと人間種なのですか?」

「恐らくね。早々隙を見せる人ではないけど、解明班が調べた限り彼女は人間種だ。

 ちなみに調べた連中は漏れなくお仕置きを受けた事もあり、追加調査は予定されていない」


 ついさっきまでこの部屋を支配していた神話的な空気が雲散霧消してしまった。

 というか、解明班って何だよ。それに自分の世界から逃げてなお研究を続けるような、一線を画したマッドな研究者から逃れられるって充分異常じゃないか?


「あれ? その人も騒ぎに乗っかっているんですか?」

「……彼女が居たならこんな騒ぎにならかっただろうね」

「不在なのですか?」

「急用でターミナルを離れているんだ。帰ってきたら大目玉だね」

「それが分かって、どうしてこんな騒ぎになるんだ?」

「知らないのかい?

 後で怒られるとしても、今やれるならやるのが研究者ってものだよ」


 不意に「それでも地球は動いている」というワードを思い出した。ガリレオだっけか、コペルニクスだっけか。確か宗教に脅されて地動説を否定するように証言させられた後に言ったとされる言葉で、なんとなく今の言葉に通じる物を感じた。


「碌な物じゃないですね」

「碌な連中はこんな場所に居ないさ」


 父なる神に背信するとしても研究を続ける事を選んでしまった使徒は、申し訳なさと楽しさを混ぜたような笑みを見せたのだった。

 ああ、参加して無いだけでこの人も同類なんだな。

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