●二章-18.妖狐
長くなりました
※前回のあらすじ
・アキヒトはシノと感情とその方向の共有ができるらしいです。
・でもシノさん基本感情を発露しないので一方的のようです。
-fate アキヒト-
ちょっとしたトラブルはあったものの、二日目はあっという間に過ぎていった。
しかし日が暮れても町中を駆け回る者たちは後を絶たず、今も作戦会議兼夜食といった様子の人々が見受けられる。
いつもこの時間、満席の純白の酒場はやや客足が乏しい。屋台で食い歩きもできるのでいつも通りに夕食をという人が少ないのだろう。俺たちも菓子とか買い食いしたこともあって、夕食は軽めだ。
「金メダルは4枚か」
「銅は7枚ですね」
キッズ用と言うと嫌そうな顔をするので普通の報酬を金メダル、キッズ用を銅メダルと呼んでいる。一度クリアすると再チャレンジできないという条件は金、銅問わずということで、体力勝負的なゲームは回避し、それでも銅メダルがいけそうなら俺もそちらに挑戦している。ゲームの種類は30くらいあるらしいが、金メダルの方は取れてあと2つくらいだろうか。探索者が大多数を占めるこの街では体力系のゲームはハードルがかなり高く設定されていて、逆立ちしても無理そうなものが多かった。
狙ったのは繰り返せば何とかなりそうなもの。水風船釣り連続5個とかはわりとあっさりクリアできた。
ちなみに型抜きに没頭するドワーフ集団は今日一番印象に残った光景である。
「楽しんでいるようね」
フィルさんがカウンター越しにこちらを眺めていた。
「ええ。もう百鬼夜行の事をみんな忘れていないか心配なくらいです」
「それだと本末転倒だけど、管理組合としても三日に引き伸ばした以上、最終日まで熱気が続かない方が問題なんでしょうね」
「でも、百鬼夜行って『熱気』とは真逆と思うんですけど」
「見たことが無いから分からないけど、彼らは最初から祭りをするつもりだと思うわよ?
でなきゃ管理組合の提案に乗らないと思うのだけど」
確かにそうか。ただお祭りをしたいわけでなく、妖怪種の存在維持のために企画された物だ。その点を疎かにする提案を受け入れるわけにはいかない。
「しかし、妖怪種の姿を見ません」
「あれ……? そういえばそうだっけ?」
「そうなの?」
「はい。魔族種や鬼の中でも鬼人種と妖怪種の鬼との見分けは付きませんが、妖怪種らしい妖怪種を見ていません」
種族のごった煮であるこの街では特殊が特殊でなくなるため、いちいち種族を確認することが無くなる傾向にあるが、それでも特殊な見た目が多い彼らを祭りの中で見た覚えがない。
余談ではあるが、見た目が似ているならば細かく区別しても面倒なだけという理由から、エルフはダークエルフでも森エルフでも、宇宙人みたいな見た目でも一通り『エルフ』と称する。しかし鬼に関してはそもそもの在り方が異なるため巨人種系はオーガ種、あるいは鬼人種と呼び、シュテンさんは妖怪種の中の鬼と分けられている。ドイルフーラさんはオーガ種でシュテンさんが妖怪種の鬼だ。
世界が変われば呼び名も変わり、間違い探しのような些細な差で全く違う種族も居る事から、種族名に関しては間違われても気にしないというのが暗黙の了解になりつつあるそうだ。
「確か昨日トミナカさんが飲みに行くって言ってたけど、あれ、シュテンさんの所だよな?」
「そうなのですか?」
「若干苦笑いしていたから多分」
「……最終日以外は何もしないつもりなのかしら?」
「むりー……」
不意に、聞き覚えのない幼い声が会話に割り込んできた。
驚いてそちらに視線を向ければいつの間にか隣の席で狐耳の少女が撃沈していた。衣装は巫女服。耳はペタンと伏せられ、物凄く毛並みの良い尻尾が二本、力なく垂れている。
「あら、ツクモ?」
「フィル、助けておくれー」
小学生低学年にも見える少女が砂漠で水を求めるようにふるふると小さな手を伸ばす。
「助けてって、何を?」
「シュテンが無茶振りをするのじゃ! あと、ダイアクトーの連中、手際が良すぎるのじゃ!!」
答えになっていない答えを返しながらべしべしと尻尾が地団太を踏む。なんて器用な。
「説明になっていないわよ?」
「流石にダイアクトーの連中が祭りの主導権を持っていきすぎなので取り返してくる必要が出てきたのじゃ」
先ほど話していた話題だ。そして彼らにとって予想外の事態ってことらしい。
「妾とて状況は分かるのじゃ。
しかし、その全部を妾にぶん投げおったのじゃ!」
ピンと耳と尻尾を立てて怒りを表現する。
「そりゃ、妾は大企業を一代で築き上げて、まーけてぃんぐとかそういうのも得意じゃよ?
でもの? 100めーとるの壁のせいで、妾の知っておる手法は全部使えんのじゃ!」
「一代って貴方何歳よ?」
「それはそれ、これはこれじゃ」
やたら古臭い喋りをするなぁと思ったらやはり見た目通りの年齢ではないらしい。
妾って、どこのお姫様だって感じだし。
「というわけで、なにか あいであ をおくれ?」
「門外漢よ。他を当たりなさい」
フィルさんは無慈悲にばっさりと切り捨てる。ぱたりと倒れて動かなくなる狐の少女。
「そうじゃ、アルカはどこじゃ! あやつはこういうの得意じゃろ!」
数秒の間を開けてカッと目を見開くと、勢い良く身を起こして周囲を見渡す。いちいちリアクションが大げさな狐である。
「ここ数日見てないわ」
「ええい、どいつもこいつも役に立たぬ!」
またべしべしと尻尾が地団太を踏む。
「どうせあなたの事だから、煽られたかして、大見得切って飛び出してきたんでしょ?」
「うぐっ。し、仕方なかろう。妾がそういうのが得意なのは事実なのじゃし、いつも自慢しておるし……
せめて人海戦術が使えれば何とかなるのじゃが、他の妖怪連中は使えんし……」
「使えない?」
さきほど「見かけなかった」という話題が出たばかりでつい聞き返してしまう。
しかし彼女は質問には答えず、それよりも今更俺の存在に気づいたように目を瞬かせた。
「うむ? 見ない顔じゃな」
「エンジェルウィングスの新人よ」
「ほぅ。ああ、シュテンとイバラギが気に入ったとか言う。
しかし二人の気配がないぞ? 印を付けられたのではないか?」
印、と言われて頬に触れる。それからふと思い出して銃とは反対側に下げている小刀を手に取った。持っておくようにと言われて銃のホルダー用ベルトに下げられるようにしたのだ。
……防御用の道具を探していたはずなのに銃に剣って、何か間違っているよな……
「これのお陰ですかね」
ことりとカウンターに置いたそれを見て何故か狐の少女は少し身を引き、目を細める。
「これは……道術、いや神道の祓いに近い方じゃな。
随分と腕の良い術者の作じゃ。シュテンとイバラギの鬼気を隠すとはどういう事と思ったが……なるほどこれなら」
少しずつ近づきながら小刀を見る仕草は小動物のそれと同じだ。うしろで警戒を示すように踊る尻尾と相まって撫でたいという欲求が湧くが、耳と尻尾を除けば幼女。事案であるので自重する。
「どうしたの、それ? アルカの作品でもないわよね?」
「ええと……以前一緒に来た大柄の男性、覚えていますかね?
あの人を案内した礼にって貰いました」
流石に一日に百人以上の客が訪れる店なので一度来た程度では覚えていられないらしい。
フィルさんがそれでも思い出そうとしているうちに、狐娘が嫌そうに距離を取る。
「……ああ、頼光の作ったモノか。
それはそれは……鬼気を裂いて散らすのは天分よな」
彼女にとっても、いや妖怪種にとっての天敵なのだろうか。
そう考えていると後ろからフィルさんが身を乗り出してきた。いつの間にかカウンターから出てこちらに回ってきたらしい。美人の横顔が間近にあってドキリとするが、その表情は真剣かつ険しい。ぽんと貰ったそれはそこまでの危険物なのだろうか。
「……取り扱いには注意しなさいね。
それ、鬼には特に、そうじゃなくても妖怪種や精霊種、アンデッド種なんかには致命的なものよ?」
「清め祓い禊祓う。この土地でどれだけの効果があるかわからんが、奮えば素養のない小僧でも、その場をそれなりに清められような」
「え? これ、危険なシロモノですか?」
「ちゃんと調べないと詳しい事は言えないけど、神殿とかが神器として欲しがるレベルよ。
それだけでなく鞘も良くできているわ。あなたの印から漏れる気配を散らしている。
無暗に抜かずに携帯していなさい」
こちらを見る瞳に冗談の色は無い。
妖怪種やアンデッド種であっても住民であるこの街では雑に扱っていいものではないようだ。
「これほどの物をぽんとくれてやるとは……自身の獲物は如何ほどじゃろうか」
「……ちょっと管理組合に一報入れた方が良いかもしれないわね。
ケイオスタウンでこれの強化版みたいなのを抜かれると、100メートルの壁があっても被害が分からないわ」
「ううむ。確認はしておきたいのじゃ。
よし、周囲に影響を受けそうなのは妾くらいじゃな。ちと抜いて見せよ」
「良いんですか?」
「ふふん。こう見えても妾は妖怪種の幹部、大妖怪の一角よ。
それごときで消し飛ぶほど柔ではないのじゃ。
フィル! いざというときは何とかしてたもれ」
「最後までカッコつけなさいよ。
いいわ。抜いてみて」
手りゅう弾か何かみたいな言い方をされては抜くのに躊躇いを覚えるが、二人が良いと言っているのなら何とかなるのだろう。
一度深く息を吐いて、一拍。ほんの少しだけ引き抜く。
「……」
「……」
三センチほど姿を見せた刃が照明の光できらりと輝く。曇りなきという言葉にふさわしい美しい鋼の姿がそこにある。
しかし、
「……ええと?」
何かが起きたわけでもなく、狐娘が苦しみ始めるわけでもない。緊張したのに何も起きないのでリアクションに困る。
肩透かしかと顔をあげればその刀身を見る二人の表情は険しさを増していた。
「結論から言うと、鞘から抜いただけでは影響は無いのじゃ」
「そうみたいね。でも刃に、いえ『斬る』という意味、概念に力の全てが宿っているようね。
ツクモでもこれで傷を付けられたら危ないんじゃないの?」
「妾は妖から一歩外れておるが、それでも否定できんのじゃ。
神秘殺しめが、このような危険物をぽんぽん造りおって……」
相当な危険物、なのだろうか。となると本当に俺が携帯して良いのかと言う不安が膨らむ。
誰かに奪われたら大事件が起きそうだ。それでもフィルさんは携帯しておくようにと言う言葉を撤回するつもりはないらしい。
「ええと、取扱いには注意します」
「ええ。くれぐれも」
完全に鞘に戻して腰のホルダーに下げ戻す。なんだか分不相応なものが増えていっているような気がしてならない。
「……はっ!? フィル! 何一つ解決しておらんのじゃ!」
小刀が視界から無くなったことで盛大に話題がそれていたことに気づいた狐娘が三度尻尾でべんべんと床を叩く。そういえば違う話題だったっけか。
……いや、別の事聞こうとして話題をそらされたんだっけ? 小刀のインパクトが強くてもう思い出せない。
「そこな小僧でもよい! なにかあいであを出すのじゃ!」
「え? 何かって言われても……」
文化祭でも雑用係をしていた程度の一般人に無茶振りが過ぎる。テレビで放送されるような有名な祭りなんてものにも縁がない。せいぜい近くの神社の、何を祀っているかすら分からないお祭りか初詣に行った程度の経験しかなかった。
「ああ、でも何のお祭りかわからなくなっている、とは思っていましたけど」
「だからあぴーるする方法を考えておるのじゃ!」
「デスヨネ。
……飾りつけとか今更ですしね」
「いるみねーしょんは価値観の共有が無いと効果が薄いから準備の時も見送りになったのじゃ」
門松とかお盆の茄子牛とか、知らないと奇怪なオブジェだものなぁ。
「百鬼夜行だっけ。それらしい飾りつけってあるのかしら?」
「そもそも俺の世界では妖怪は半信半疑のオカルトですけど……
お化け屋敷のイメージからすれば……薄暗くて靄がかかっていて、お化け提灯がぶら下がっててって感じですかね。あとお墓?」
「む?」
ぴこんと尻尾が立った。
「お化け屋敷の雰囲気!
なるほどなるほど! それならわしだけでもなんとかなるのじゃ。
うむうむ。しんぼる でなく、雰囲気か! 小僧、良い事を言うでないか!」
何か思いついたらしい。少女は椅子から飛び降りると巫女服の袖をごそごそと漁り始める。ややあって引っ張り出したのは竹の筒だろうか。それが手品の万国旗のように鈴なりに出てきた。
「化かすのは狐の本分!
百鬼夜行が如何なものか、知らしめる でもんすとれーしょんをするのじゃ」
その筒からにゅと何かが出てきた。細い……人魂?
それらは大気中を泳ぐように彼女の周りを漂い始めた。よく見ると目と耳と髭があるクレーンゲームの商品にありそうなデフォルメした狐だった。
「難しく考えすぎておった。うむ。妾にできることを派手にやればよいのじゃ。
小僧、礼はいずれな!」
「え? いや、何かの役に立ったのなら良いんだけど」
俺、何か特別なことを言っただろうか?
そう首をかしげている間に足元に靄が広がってくる。
まさか火事かとカウンターの向こうを見てもその気配はない。そんな俺の目の前を細い狐が戦闘機のように雲を引いて飛ぶ。それが靄の発生源のようだ。
「フィル! 明日はこっちを見に来るのじゃぞ!」
「こっちが暇になるくらいに人を集めたら考えるわ」
「ふふん! 見ておれ!」
一歩、外に向かって狐娘が歩き出す。宙を舞うデフォルメ狐が続くように集まり、彼女の姿が一瞬ブレた。
また一歩。眉根を寄せる。何かおかしい。目が霞んだ? いや、違う。
さらに一歩。明らかに狐娘の背が伸びている。体つきにメリハリが生まれ、シンプルな巫女服に鮮やかな文様と飾りが増えていく。尻尾の数が三つ四つと別れて膨らむ。最後には八か九かの尻尾となり後ろから見れば複雑な毛玉のようにも見えた。
店の入り口に着くころにはさっきまで隣にいた幼女の姿はどこにもなく、二十歳前後の妖艶な美女になっていた。紫を基調とした着物を纏い、唇には赤い紅がひかれている。
デフォルメ狐の姿は消え、周囲には付き従うように跪く狐頭の従者が居た。
美女が小さく顎を動かすと、二匹が扉を開き、まずお化け提灯を手にしている二匹が出ていく。その後ろを美女が悠々とした足取りで続く。
突如店からあふれた出た靄。外のテーブルに居た客が驚きの声を漏らす。それが伝播し、その中心となった美女と狐の行列へ注目が集まる。
数多の視線を受けながら狐耳の美女はキセルから煙を吸い、丁度通りかかった路面電車へ向けて吹きかける。
到底届く距離ではないはずだが、それは瞬く間に煙の濁流となって路面電車へと襲い掛かった。姿が隠れたのは一瞬。それを突き抜け這い出してきた巨大な蜘蛛に驚きと悲鳴の声が広がる。突然の異様な光景に探索者たちが臨戦態勢を取るが、その上にふわりと着地した和服の美女を見て動きを止めた。
辺り一片の注目を獲得した女性は着物を舞わせる様にくるりと身を翻し、蜘蛛の上で周囲を睥睨する。
『良き夜を楽しんでおるか、皆の衆。
されど今宵は前座にすぎぬ。忘るるなや。全ては明日じゃ』
叫んでいるわけでもないのに、先ほどまでの幼さを感じさせる響きの消えた艶めかしい声が歌うように、朗々と辺りに響き渡った。
誰もが動きを止めて蜘蛛の上の妖狐を見上げている。
ニィと挑戦的な笑みに歪んだ口の端。周囲に舞う鬼火が、彼女を昏く、妖しく照らしている。そこはすでに彼女の舞台だ。
『この世とあの世、境の綾辻、誰そ彼と問う道之、百鬼夜行。
隠れて見よ、畏れて伺え。妨げるならば連れ行こう、何処かへ。
げえむに浮かれて忘れたもうな。こは我らが祭りじゃぞ?
分からぬようならここに示そう。その一端をここに見せよう!
外つ国よりも遥かに遠いこの地でも、稀と見られぬ夢路を作り出すぞ。
明日はこの程度ではすまぬと知れ!』
ぽ、ぽ、と弾ける音と共に新たな炎、狐火というヤツが現れ蜘蛛の先を示す。狐頭の従者たちが棒で釣ったお化け提灯を振りながら、蜘蛛を囲んで進んでいく。
「……あれ、さっきの狐が一人でやっているんですか?」
歩いているはずなのにみるみる塔へ向かって離れていく大蜘蛛と狐たち。その姿が遠くなっても呆然としたまま、言葉を零す。
「周りの狐は彼女の従者のようね。
国を亡ぼした大妖怪と自称していたけど、まぁ、見事な物ね」
国を亡ぼす狐の妖怪と言えば浮かぶ名前があるが……酒呑童子も居るのだから、居てもおかしくないのかな……
「路面電車はどうなったのですか?」
シノの疑問に線路を見ると、確かに煙に飲まれた電車はそこにない。
「路面電車を蜘蛛の化物に変身させたのか?」
「あれは蜘蛛の化物の幻覚を被せているのよ。あの子はその上に乗ってただけ。
でも中のお客さん、大丈夫かしら?」
狐に化かされた、ってヤツらしい。お客さんはともかく運転手のセンタ君は冷静に対処しそうだから、なんとかなるんじゃないかなぁと
「ああいうのを全部消し飛ばしかねないから、明日の百鬼夜行を見に行くなら、絶対に抜いちゃだめよ?」
「フラグみたいなこと言わないで下さいよ。シュテンさんたちに恨まれたくないです」
かといって持ち歩かないわけにもいかない。
呪縛が解かれたようにざわめきが広がる中、
遠くに去ってしまった幻想の後ろ姿から視線を外すと、どうしたものかと月を見上げるのだった。
ちなみに狐のフルネームは『八尾 九十九』
元々の種族はフォックステイルです。




