●二章-5.その世界の酒呑童子
気が付いたら6千文字越えてた。
字数は拘った方が良いのかしら?
※前回のあらすじ。
・不思議パワー便利ですね。
-fate アキヒト-
「……今日大図書館に行けばよかったかな……」
昇ったお日様を窓越しに見上げてぽつりと呟く。
現在時刻は朝八時頃。一週間前は一限目の授業の有り無しで一喜一憂していた時間だ。そういえば大学どうなるんだろうか。どうしようもないけど少なくないお金が絡む話でもあるので気が重い。
「おはようございます。どうしたのですか?」
「あー、いや、なんでもない。
おはよう」
「今日はお仕事無いのですよね?」
そう、本日休暇です。
クロスロード内の郵便は取扱数がまだまだ少なく、元々週に三日も出てもらえばと言われていたのだ。昨日も数が少なかったので早めに切り上げて大図書館に向かったという状況だった。
基本給も貰っているため、仕事が少ない日は敬遠されるかと思いきや、アヤカさんの捜索を抜きにしてもヴェルメの稼働記録も必要とされているそうで、時間があるのなら毎日でも構わないと言われている。事務所に居ればヴェルメは動くので事務仕事のお手伝いというケースもあるそうだ。
さて、お祭りのお陰で当面の資金に余裕ができており、焦る必要もなくなった。ワーカーホリックでもない俺は休む方を選択した、というわけでお休みなのだが……
「さて、どうしようか」
「どう、と言いますと?」
「何しよう」
お互い指定位置が決まったダイニングテーブルを挟み問いかけると、シノは思考停止したかのように動かなくなった。
「えっと、シノさん?」
「はい?」
「何かしたいことある?」
「……何か、ですか」
「何も無いなら大図書館でも良いかなと思うけど」
漫画があると分かった以上、長時間居てもそれほど苦ではない。
それ以前にこの街の休日の過ごし方が分からない。
聞いたことがあるのはケイオスタウンにコロッセオがあることくらいか? 以前ほどケイオスタウンに忌避感は無いが、好き好んで行きたいとはまだ思えない。ヴェルメの防護があるならまだしも、オフの装備じゃ何かあった時に逃げる事すらできない。
「……他の住民とか、自衛策どうしているんだろうな?」
「アキヒトは戦いたいのですか?」
「戦いたいとは思わないけど、何かあった時を考えるとな……」
俺が武器を持ったところでたかが知れている。仮に銃器を手にしたところで、走行中の路面電車の上に飛び乗って喧嘩するような連中に当たる気がしない。
エンジェルウィングスの制服のような防護手段が理想かもしれないけど、説明を聞く限り効果は使い捨てっぽい。そもそもいくらくらい掛かるか分からない。
「防御のアイテムとかに詳しいのはアルカさんか?
あの人、マジックアイテム屋らしいし」
「クゥイラさんでも良いのではないでしょうか」
え? 誰? という顔をしたであろう俺にPBさんが『雑貨屋の店主です』と教えてくれる。できる子だ。
「まだ雑貨屋は開いていない時間だよな……
朝食もあるし、先に純白の酒場に行ってみるか?」
「わかりました」
支度を始めるために立ち上がるシノ。ちなみに着替えは部屋で済ませてからリビングに現れるので安心だ。今も外出用の鞄を取りに行っているだけだしな。
俺の方も大体は手ぶらでの外出になる。財布も鍵もPBさんにお任せなので荷物らしい荷物が無い。
五分と掛からずお互い準備完了し、家を出る。数分歩けばニュートラルロードに出られる立地は本当にありがたい。大図書館に行く用の自転車でも購入するかな……今から暑くなるから歩きで一時間はちょっと辛い。スクーターくらいがベターなんだけど、ガソリンスタンドなんて無いし、ヴェルメに搭載されているエンジンは手が届く価格とは思えない。
そんなことを考えつつ南の門へ向かう探索者の皆様方とすれ違う。何人か辛そうにしているのは自業自得と思うべきか、今日もご苦労様ですとエールを送るべきか。
「ああ、やはりこの間の小僧か」
と、俺たちの前を塞ぐ一人の男。Tシャツに短パン、そしてサンダルという夏のだらけた親父ファッションの男を凝視し、考える事数秒。
「……え? 金太郎さん?」
「俺以外の誰に見えるというのだ!
あと、金太郎はやめろ。金時で良い」
3度見くらいする。というのも確かに暑苦しい筋肉と顔面だが針金のような髪は撫でつけられているし、無精ひげも綺麗になっている。この時点で判別しろっていうのは難易度が高い。その上先ほど論じた衣装とあっては分からなくても仕方ないと主張したい。
「いや、その……二日くらいの間に随分と馴染みましたね」
「ああ、この衣服か。いや、いいな、軽いし肌触りが良い!」
自分の手柄のようにTシャツを誇る金太郎。もとい金時さん。
「そ、それは良かったですね……えっと、それでシュテンさんとは逢えたのですか?」
金時さんの綻んだような笑顔がきゅっと引き締まる。
「小僧、時間を貰えないか?」
「え? 時間と言うと?」
「お前にちょいと話を聞いてもらいたい。半刻も要らんさ」
真剣な表情で見つめられると逃げるに逃げられない。それほどの眼力が、それ以上にこちらまで息苦しさを覚えるほどの真摯さがそこにあった。『有無を言わさぬ』とはこういうことだというお手本に俺は頷くしかできない。
「悪いな。同じ国の出身者と話がしたくてな」
「……俺たち、今から朝飯を食いに行くところだったんですが」
「なら同行しよう。俺も朝餉はまだだしな。
そういえば名を聞いていなかったか」
身を拘束するような眼力から離され、よろけるように歩き出した俺に、金時さんが追随する。
「……アキヒトです。こっちはシノ」
「アキヒトにシノか。娘の方は鬼のような風貌だが」
「鬼?」
シノを見るが、シュテンさんのような鬼には見えないよな。イバラギさんみたいな大和撫子チックでもない。
「酒呑童子のような鬼ではなく、海の向こうからやってくる鬼だ」
「……それって外国人じゃ?」
「唐の者は風貌が全く違うだろ?
ああ、いや、確かに唐の遥か西に鬼の国があるとは聞いたか」
シルクロードの向こうって事だからヨーロッパとか西アジアの事だろう。
「おぬしの時代には鬼の国との交流があるのか?」
「シノは違う世界の出身ですよ。あと、鬼じゃなくて外国人です。って、こういう知識を持ち帰っても大丈夫なんですか?」
「未来を知るのが良いか悪いかか? それが悪いなら星詠みを殺さねばならんな」
そういえば占いとかで政治が決まる時代だっけか。その衣服を彼が持ち帰ったところで再現もできないだろうし、仮に何か物証として残っても、歴史学者が頭を悩ませるだけになるのだろうか。
「唐のずーっと西にヨーロッパ諸国があってその辺りの人は肌が白くて金の髪だったりするんですよ」
「なんと、鬼はそんな遠くから来ていたのか」
平安時代。つまり900年頃で俺の時代から千年以上前の世界でヨーロッパは世界の果ての向こうのような場所だろう。海外旅行と縁のない俺としても同じようなものだ。なるほど、館長の言っていた言葉の意味がなんとなく染みた気がする。同じ地平の上にあってもヨーロッパなんて俺にとっても異界だ。
「俺の世界では、ですけどね。恐らく世界が違うから同じとは限りませんよ?」
「そうだったな。奇怪な話だ。同じような世界がいくつもあるとは」
「それについては同意します」
館長も俺と近い時代からこちらに来たらしいのでまた違う世界なのだろう。一概に『地球世界』と呼ばれる世界群は大よその地理地形、歴史や文化は似通っているが、ある一点に措いて大きな変化があり、そこから分岐しているのが特徴なのだそうだ。館長の世界で言えば「現代まで生きて人間社会に紛れる妖怪の存在」が俺の知る世界との差だろうか。
まぁ、俺が館長の世界出身者でも、「妖怪に気付いていない一般人」枠確定なので、そこが違いとは限らないのだが。
やがて純白の酒場に到着すると、外に広がっていたテーブルはすっかり片づけられている。店内に入るとすえたアルコールの匂いも無く、ぽつりぽつりと座る客が朝の穏やかな時間を過ごしている。
「いらっしゃいませ」
「朝食のセットをお願いします。金時さんもそれで良いですか?」
「おう」
カウンターにはアルさんだけの姿が見える。店長のフィルさんは明け方まで対応し、朝食の時間からお昼くらいまでは休憩するそうだ。そのためアルさんは日が変わる頃には上がってしまうシフトになっているとの事。アルカさんはヘルプなので朝やお昼にひょこり居る事もある。残念ながら今日は居ない日らしい。
開いているボックス席に座る。俺の隣にシノが座り、金時さんは正面に。こうして対峙すると体格が一回り大きいというか、競走馬と道産子のような感じだ。俺がシャープというわけではないのだが。
「それで、話と言うと?」
「酒呑童子討伐の話はお前の時代ではどう伝わっている?」
館長から聞いた話が脳裏を過る。同じとは限らないが、自分の世界でのその知識が無い以上、その話をするしかない。
「お酒を飲ませたところで不意打ちをして勝った、と」
「……そうか」
怒る事も無く、表情を曇らせて瞑目する。彼の世界の酒呑童子はこのクロスロードで生きている。経過はどうであれ、倒すことはできなかったのは間違いない。
「大体その流れで合っている。
だが、あの毒酒を飲ませた酒呑童子に俺たちは勝つことができなかった。それどころか頼光様は返り討ちに合い重傷。綱と俺が防戦に回り、這う這うの体で逃げ出したというのが真相だ」
綱、渡辺綱という日本最強の鬼斬刀を有する武士という説明だったはず。毒を飲んでなおそんな人が勝てないだなんて、シュテンさんはどんな強さなのだろうか。
「しかしその後、鬼たちは大江山から消えた。貴族どもは俺たちが敗北したと知れれば騒ぎになるとし、追っ手の鬼の頭を酒呑童子のものと主張して終わりにしたんだ」
「……そのシュテンさんから手紙が届いた、と」
「ああ。しかも『先の宴の返盃だ』ときたものだ」
「毒酒の返盃なんてどう考えても宣戦布告ですね」
金時さんは作る表情を決めかね、最後にはむつりと怒ったような、拗ねたような顔をした。
「一応言っておくが、毒酒は帝の提案で、頼光様とてそれに異を唱えるなどできなかったのだ。それに……」
言いかけた言葉を飲み込んだところで焼いたパンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
パンとスープ、スクランブルエッグとソーセージという洋食の取り合わせ。なお、何の卵か何のソーセージかは考えない方が良いと思っている。食べられない物を出してくるお店ではない。
恐らくPBとやり取りをしているのだろう。並んだ皿に視線を彷徨わせて、パンを手に取り、一口で半分以上を齧り取る。
「……ここの飯はどれをとっても美味い。これだけでも忠義を損ねて帰りたくなくなる」
「そんなものですか」
「お前の時代ではこれが当たり前なのか?」
「……そうですね」
並んでいるのはファミレスのモーニングセットと言ってもそれほどおかしくないラインナップだ。どれもこれも妙に美味いのは料理人の腕前として、聞かれているのは水準だから「YES」で構わないだろう。頷きを返すと金時さんは残ったパンを放り込み咀嚼する。
「豊かなのだな」
「世界でも有数のはずです」
「そうか。喜ばしい事だ」
しばらく会話も無く料理を口にしていく。その速度は掻き込んでいると言っても過言でないのだが、彼にとっては子供用に見えるのかもしれない。
「もう一つ同じのを頼む」
スープに口を付けて飲み干すとアルさんにそう声を掛けて向き直る。
まだ、俺、一口くらいしか齧ってないです。
「食いながらで構わん。
お前に相談したいことは、酒呑童子が生きている事を頼光様に伝えるべきかどうか、だ」
手が止まる。
「それ、凄く重要な事では?」
「ああ。酒呑童子はこの世界から帰る気は無いと言った。やりあいたいなら扉が開いているうちに乗り込んで来い、とな」
「開いているうちにってことは、定期開放型なんですか?」
「そういう分類らしいな。どうやら年に一度、一定期間開くようだ。
まだ二度目とあって今日、今、閉じてしまうかもしれんが」
そんな悠長な、とも思ったが『帰りたくない』と言った心情はそこにも表れているのだろう。扉が閉まってしまえば戻れずに報告もできない。
「大江山に鬼はもう居ない。酒呑童子もあれは嘘を吐いているとは思えなかった。
ならば都の安寧と頼光様の威光は保たれる」
淡々と語られる言葉には明らかに足りない物がある。
それをただ偶然知り合った俺が指摘しても良いのだろうか。
思わずシノを見るとシノは聞いてはいるのだろうけど、黙々と食事を続けていた。こういう時はマイペースですよね。
沈黙。その時間に耐えられずにパンを齧ると妙にパサつきを感じて心が重くなる。口の中が乾いたのは緊張かパンのせいか。
最初に浮かぶのは『何故?』という疑問。この人は一般人Aである俺に、どうしてこんな問いかけをしたのか。
同じ日本人だから?
地球世界との繋がりは最も多く、日本人らしき人は結構目にする。
偶然知り合ったのが俺だから?
この人の性格だ。他にも知り合いの一人二人作っていそうなものだし、どっちかというと探索者と気が合うに違いない。
酒呑童子を知っているから?
知っているというほど見ていない。あの人への印象は……
耐えきれず手が彷徨い、ミルクのカップに触れて喉に流し込む。
吐息一つ。それから俺はこちらをじっと見る金時さんの顔を見上げた。
「質問を質問で返して悪いんですけど、あなたたちが酒呑童子を倒す事で都への影響はあるのですか?」
その問いかけに、金時さんは一瞬眉間にしわを寄せ、それから目を丸くして
「くっ……ぶ……があーはぁっはっはぁあ!」
いきなり大笑いを始めた。
マイペースシノさんもこれには目を丸くして俺と金時さんを交互に見るし、周りの客も何事かとこちらを見ている。
「ああ、すまんすまん。騒いだ」
周囲に軽く声を掛け、彼は俺に向き直るとミルクをぐいと飲み干す。
「牛の乳一つとってもこうも違うのだな。
さて、小僧。いや、アキヒト。お前でよかったよ」
笑顔のまま妙な事を言われた。
「その問いの答えは『何も影響はない』。
仮に返り討ちにあって露と消えたところで、酒呑童子の居ない今、妖退治は陰陽寮の連中で十分すぎる。
倒した所で嘘が事実になっただけだ。そう、都には何一つ影響はない」
お代わりが届いたのにも目もくれず、金時さんは男臭い笑顔で二度頷き言い放つ。
「そう、これは俺たちが満足するかどうか、だ」
俺が語れるとするならば「一般市民の視点」だけだ。
テレビの向こうの事件に心を痛めても、究極的にはどうでも良い。終わった事件に居続けるのは当事者たちだけ。それが隣の家と言うなら気にもなるが、世界を隔てた彼方先ともなれば口出しするなんて考えすら起きない。やるべき人は他に居る。
都の人間にとって、あるいは帝にとってもすでに酒呑童子はそういう存在だと、金時さんが自分の口で最初に語っている。彼はきっとわかっている上で確認したかったのだ。外からの視点を。
「よし、俺はこれから戻る事にする。
頼光様達とどうするか考えるとしよう」
「……戦いを促すような事言ってしまいましたかね?」
「なに、早いか遅いかの問題だ。
これで扉が閉まれば一年悶々とした気持ちを抱えねばならんかったのだから、感謝する」
ぐと、綺麗な動きで頭を下げる。その行動には計り知れない風格があり、俺の方が恐縮してしまう。
「できれば殺し殺されは無しでお願いしたいですけどね」
「それは約束できん。が、正直殺し合いをする気持ちでない。
その点も正直に伝えるさ。なに、今度は帝の余計な口出しは入らないからな」
気持ちよさそうにお代わりに手を付け始めたのを見て、俺も追従する。
脳裏に浮かぶのはもちろん「これで良かったのか」だ。
この結果、彼やシュテンさんが死ぬようなことがあれば、俺は後悔するに違いない。今なら止められるのだろうか?
でも、止める事が正しいとはどうしても思えない。
『一年、悶々とした気持ちを抱えねばならんかった』
遅かれ早かれなのは間違い無いだろう。シュテンさんもそれを望んで手紙を出したのだし。
……一応妖怪種のことだし、後で館長に話はしておこう。
本当はシュテンさんとは言わないまでもイバラギさんあたりに話をしておくべきとは思うけど、今からケイオスタウンに直行する勇気はない。
ともあれ、こうして金時さんはクロスロードを去る事になった。
「すぐにもう一度来る事になるだろう。礼はその時にでもな」と、言い残して。




