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●序章-4.恩人

序章はさくっと終わらせたい。

そう思っていたころが私にもありました。


※前回までのあらすじ

 事故に遭ったことを思い出した。

 マッチョメンが不思議パワーで治してくれた模様。

 あと美少女にいきなり謝られた。

-fate 青年(???)-




 悲鳴じみた謝罪の声。

 しばらくぽかんとしていた俺なのだが……


 ─────死にたく……ですか……?


 夢の音声が重なる。


「あ……夢、の?」


 ぼそりと漏らした言葉に少女はびくりとし、視線をしばらく彷徨わせてから小さく頷く。


「君は彼の命の恩人だ。図々しいくらいで丁度いい」

「ですが……」


 蚊の鳴くような声とはこのことか。先ほどの勢いはどこへやら、泣きそうな顔のまま、縋るように彼を見上げているが、白い虚壁に潰されそうになっているように錯覚してしまう。マッチョメンの圧が強すぎる。何とかしてほしい。


「これからの事を考えれば隔意は無くしておくべきだろう。

 君から説明しなさい。君たちの事だ」


 求めに応じない彼は腕を組んで瞑目。突き放された少女は動揺に踊る瞳を俺に向け、すぐまた視線を外し、床を経てまたちらりと俺を見た。

 正直居心地は悪い。命の恩人と紹介された相手にいきなり謝られて、現状は叱る教師と反省している生徒のようになっているのだ。どうしてこうなった。


「命の恩人……ってのは良く分からないが、なんで謝るんだ?」


 助け船のつもりの問いかけも、少女は追及されたかのように小さな体をびくりとさせる。目により一層の涙を浮かべて。


「……ごめんなさい」


 少女は二度目の謝罪を口にする。


「いや、だから、な?」

「私は貴方を支配しました」


 ……うん?


 数秒の間。それから俺も縋るようにマッチョメンを見た。

 どうしようもないと悟ったか、マッチョはため息一つ漏らすと分厚い唇を重々しく開く。


「君は彼女の支配下、使い魔のような状態にある。

 自分の名前を言えるかね?」

「名前って……あれ?」


 名前。当たり前のように答えようとして、その言葉が自分に無い事にぞっとする。

 記憶喪失? いや、そんなピンポイントな。両親の名前、通っている大学の名前、卒業した高校の名前は脳裏に浮かぶ。しかし両親の氏名に含まれる苗字がどうしても自分と結びつかない。


「アタゴ アキヒトさんです」


 聞いた瞬間、それだと分かった。愛宕……記憶にある両親とも同じ苗字だ。

 なのに続く『でも、それは俺の名前か?』という自問に「YES」という答えが浮かびながらも、不安が胸の奥から湧き出してくるのだ。本当に?と自問すれば自問するほど不安になっていく。


「名を掴む。使い魔契約系の基礎だ。新たな名を与えて配下とする。

 故に君に前の名前は必要なくなっているのだな」

「ちょっと待て! どういう事だよそれ!」

「ごめんなさい……っ」


 引き攣った喉から絞り出したかのような三度目の謝罪。叱責ではなく驚きと疑問からの言葉だったのだが、必死過ぎるその姿に罪悪感が膨らみ、口を噤む。


「落ち着きなさい。

 繰り返すがそのおかげで君の治療は間に合った。

 今の状態が不服なのは致し方あるまいが、死にたいならここから出て自殺でもなんでもするがいい。

 そのつもりが無いのならまずは説明を聞きなさい」


 『自殺でも何でも』という言葉に少女がびくりとしてマッチョメンを振り返る。


「……あー、悪い。自分を見失っているだけだ。……字面通りに。

 説明、聞かせてください」

「よろしい。経緯はこうだ。

 君の体はこの地に来た時点では生きてはいたものの、魂の保持ができないほどに破損していた。

 それを彼女が契約という形で繋ぎ止めた。

 その結果、私の治療が間に合った」


 三行に分かりやすくまとめていただいた結果、俺の罪悪感は激増しました。

 彼女のできる方法で助けてくれた。副次的な問題はあったが、そのおかげで俺は死なずにすんだ。そういうこと、だよな?


「あれ? 俺、最低じゃないですかね……」

「事情を知らなければ怒るのも無理はない。

 文化によっては事情を知っても怒るだろうがな」


 マッチョメンの冷静な言葉に少女が何度目かの、怯えたような震えを見せ、俺を伺い見た。


「彼女が居なければ君は確実に死んでいた。

 そして彼女は彼女ができる最善の手段で君を救った。それは保証しよう」

「怒ってないから! 怒れないから! 頭を上げてください! むしろありがとうございました!」


 これ以上少女に頭を下げさせておくわけにはいかないと必死に訴えると、恐る恐る少女が顔を上げる。それを再び撃墜させないように俺は言葉を重ねる。


「ありがとう。あんたのお陰で助かった」

「ですが……」

「覚えている。

 俺は、死にたくないって、確かにあんたに返した。そうだよな?」


 俺の言葉に少女は戸惑いながらも小さく頷きを返す。


「だから、俺は確かに承認している」

「よろしい。では次だ。

 死に至る傷を受けた君は魂も壊れ始めていた。彼女の契約はそれを補完する結果となっている。

 つまり、現状彼女との契約を切れば君は死ぬ可能性が高い」

「ちょっ!?」

「最後まで話を聞きなさい。

 魂とて癒える。体と同じと思って構わない。だが、それには時間が必要だ」


 魂の存在を当たり前のように語られる事に違和感はあるが、頭ごなしの否定をするには現状は俺の知っている世界とかけ離れ過ぎている。


「えっと、一日で体が治った不思議パワーでなんとかならないんですか?」

「専門外だ。

 そも魂の領分は特殊で、安易に触れられるものではない。」


 医師の断言に返す言葉も無い。

 しかし……今の話だと彼女の行為はアウトに近いグレーゾーンなのではなかろうか。

 『文化によっては』っていう注釈は、つまりそういう事なのだろうか。


「そしてここからが問題だ。

 まず、この世界には『100メートルの壁』という概念がある。

 これはいくつかの例外条件はあるが『100メートルを超えて非物理的な干渉できない』とでも考えてもらえばいい」

「すみません。意味が解りません」


 倫理観的な疑問に囚われかけていた俺は、いきなり話題のジャンルが飛んで慌てる。

 しかも意味が理解しづらい。概念ってなんだよ。ルールって事か?


「今は君と彼女が100メートル離れると死ぬ事を理解しておけばいい。100メートルの壁については後でいくらでも調べられるからその程度の認識で構わん」

「なるほど。……え?」


 命に係る事なので手で待ったをして黙考。


 死にかけていた俺の魂はボロボロで、今にも体から離れそうな所をこの子に助けてもらった。

 でも完全に治ってなくて、現在進行形で補完してもらっている。

 この世界には『100メートルの壁』なる変なルールがある。

 だから100メートル以上この子と離れると、俺のボロボロの魂は彼女の保護を離れ、壊れて死ぬ。


「離れるな、と」

「そうだ。次に、君は元に世界に戻らない方が良い」

「なるほど……、って、戻れるんですか?!」


 大抵こういうのって戻れないのがお約束なのではなかったのか。


「戻れるとも。君の世界と繋がる『扉』の場所は記録されている。

 常時開放型らしいから、扉をくぐれば元の場所に戻ることは可能だ」

「良く分からない単語が続出してますけど……俺の世界への扉は開きっぱなしってことですよね?

 戻らない方が良いってのはどうしてですか?

 彼女を連れていけないから?」


 こんな子連れて帰ったら、目立たないわけがない。身元の調査が入れば一発アウトだ。


「君の世界で彼女の力や契約が正しく機能しない可能性があるからだ。

 体の方は問題ない事を保証しよう。しかし魂はそうでない。

 解除どころか誤作動を起こしても魂が崩壊する可能性がある」


 俺の的外れな心配を他所にマッチョメンは淡々としかし恐怖を覚えるに十分な言葉を紡ぐ。


「他のテイマー系が特に契約の破棄も無く世界間を渡っている事例が多いため、契約が途切れる可能性は低いのだが、君の言う所の不思議パワーが一切働かず無効化される世界もあるのだ」

「……な、なるほど?」


 額を掴むようにしながら親指と小指でこめかみをグリグリしながら整理する。


 事故で死にかけた俺は運良くこの世界と繋がる『扉』とやらに転がりついた。

 こちらの世界に潜り抜けた俺を見つけた彼女が応急手当として魂が離れないようにしてくれた。

 その結果、マッチョメンの治療が間に合った。

 しかし、マッチョメンは体を治療できても傷付いた魂の治療はできず、現時点で彼女に保護されたまま。

 この世界には『100メートルの壁』というルールがあり、100メートル以上離れると彼女との繋がりが消えて俺は、俺の魂は死ぬ。

 俺の世界に帰る事は可能だが、彼女に同行してもらっても、この保護が正常に働くか分からないため、危険。


「……だから、魂の怪我が治るまで、この世界で、彼女の近くに居ろってことですか?」

「そうだ。君の現状について現時点で私から説明できることは以上だ」


 とりあえず常識は一旦横に置いておこう。死な安というやつだ。なぁにかえって度胸が付いた。何のフレーズだっけなこれ。以上、現実逃避でした。

 閑話休題。


「ええと、100メートル以内に居ろってことですけど、俺、退院したらどうすればいいんですか? 金も家も無いのですけど」


 悲しいかな、人間は衣食住が無ければ100メートルとか気にする前に野垂れ死にする。


「随分と前向きな質問だな。最初の蒼い顔が別人のようだ」

「死にかけた直後じゃ当然ですし……正直あまりにも話が常識からかけ離れすぎて逆に冷静になりました」


 あと、あんたのインパクトと、日本特有のサブカル知識のお陰です。口にしないが。


「なるほどな。

 ではこれからの話をすることにしよう」


 話すべき事を纏めるためか、マッチョメンは一旦言葉を区切り、顎に手をやるのだった。

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