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●一章-19.魂

今更最初から読み返して設定を書きだしました。

いや、設定を覚えていないわけでなく、どの設定を語ったかを覚えていなかったという。


※前回のあらすじ

 ダイアクトー三世

-fate アキヒト-




「ふむ。二人とも身体的な問題は一切見られない。

 自覚症状も無いな?」

「ええ。これと言って」

「ありません」


 俺とシノ、二人の回答をカルテらしいものに記載していく。


 いつもより少し遅めの朝。俺たちは数日ぶりに診療所を訪れていた。

 正面に聳えるのは以前と変わらず服に優しくない筋肉。マッチョメンこと……

 あれ?名前なんだっけ? 


『メルディグロス医師です』


 PBがとてもできる子で助かります。

 そう、メルディグロス医師。やばい。頭の文字すら出てこなかった。


「ん?」


 俺の心でも読んだのか、訝し気な視線が俺を打ち据える。

 岩から掘り出したかのような顔面から放たれる威圧感ときたら、診察ではなく審問を受けているような気になる。他の患者が居ないのはこれのせいではあるまいか。腕は間違いないのだし。


「握力や筋力、身体能力の向上などは無いのかね?」

「……思いつく限りではありません。

 というか、向上?」

「君はシノ君の使い魔であり、護衛のためのシステムになっているはずだ。

 護衛としての最適化が起きるのではないかと思ってな」

「そうなのか?」

「いいえ」


 生まれたちょっとした期待を彼女は首を振って否定する。


「本来死者に掛けるもので、死者であることが優位性になっていました」

「なるほど」


 マッチョメンが納得を示すが、俺にはさっぱりわからない。


「疲れない、痛みを感じない。恐怖を感じない戦士の恐ろしさが分からないかね?」

「あ、はい」


 大した戦闘能力のない俺でもちょっとした脅威になるな。その上戦闘能力があるならなおさら怖い。ゾンビ映画のアレだな。刃物で刺しても構わず噛みついてくるヤツ。


「記憶がそのまま残るのは戦闘技能を失わせないための仕様か。

 ふむ。どう思うかね?」


 他に患者の見当たらない病室。しかし今日は三人ではない。もう一人、マッチョメンの隣に今日初めて会う女性が座っていた。

 腰の下まである銀の髪、整った顔立ちとスタイル。『慈愛の女神』とタイトルが付きそうなほどの柔らかい表情の女性だが、今は俺たちを観察しているのか少しだけ顰められている。それですら美しさの一面と感じるほどだ。そんな彼女には二つの大きな特徴があった。一つは薄く輝く翼。マッチョメンの方はそのまんま『鳥の羽』といった感じだが、女性の翼は光がその形に凝縮したように見える。違う世界の出身だろうか?

 もう一つが左頬に刻まれた入れ墨だ。斜めに倒した「$」の上に「ノ」、下に「●」がくっついた感じのマークで、彼女が整いすぎたくらいに美人だからこそ、強い違和感を与えてくる。

 彼女はルティアさん。あー……


『アーティルフェイム・ルティアです』


 マッチョメンの名前といい、うちのPB、最近勝手に人の名前を憶えてくれるようになったんだけど、他のPBも同じなのだろうか。そういえば、どこかでサポートをお願いした気もするが、律儀に機能を追加してくれたのだろうか。有能すぎる。


「魂が混ざるのも仕様なのですか?」


 俺の視線を全く気にすることなく、真摯な眼差しでルティアさんが問いかけると、シノはぐっと唇を閉ざし、少しだけ俯く。


「本来は、私の魂で満たします」

「なるほど……。

 最早使徒ではなく最低でも亜神と言っていい権能ですね……」


 亜神?


『神の権能を有しながらも神と称するに足りぬ者を意味しますが、亜神と神の境界は明確ではありません。

 有力視されているのは「世界との繋がりの強さの差」によるもので、世界の法則と強く関わり、安易に離れられぬ者を神種。まだ世界との繋がりが弱く、自由が利く者を亜神種とする案が提唱されています。

 このターミナルにおいては「アバターを強制されないが、神威、権能を持つ個体」を亜神と定義する傾向にあります』


 PBからの回答。シノさんがどんどん不思議な人になっていく……


「道理でアルカさんが私の方が良いと言うわけですね」

「アルカさん? 純白の酒場の?」

「はい。私、普段は『とらいあんぐる・かーぺんたーず』で働いていますので」


 確かアルカさんの本業のお店の名前だ。そこの従業員ということか。


「結論を言いますと、二人の魂が癒えることはありません。

 なぜなら二人の魂は現状で最適化されているからです」


 真剣な面持ちで語られる言葉。しかし俺に動揺はない。俺の魂はすでにほとんど存在していない。それをシノが自分の魂の一部を使って修復した。館長の言葉の通りなのだろう。


「シノは大丈夫なんですか?」

「……驚いていない上にシノ君の心配かね?」


 マッチョメンが訝しげな声で問うてくる。


「実は大図書館の館長に俺の魂が殆ど無いような事を言われまして」

「道真殿か。そんな重要なことは先に言いたまえよ」

「すみません。何が重要なのか判断付かないです」


 魂なんてオカルトな世界なんです、ウチ。


「道真殿は他に何か?」

「シノが相当に無理をしている、と」

「それでその問いか」


 シノがこちらを見上げているのを肌で感じるが、俺の視線はマッチョメン……を凝視するのは辛いのでルティアさんへと向けられる。


「本来人間種相応の『魂』の創成は神種でも己の権能を削りかねない行為です。

 神種の手足として作られる使徒が自由意志を、つまり魂を持たないケースが多いのはこれに起因します」

「それじゃ、神様が人を作ったとか、そういうのは?」

「大体は親に値する世界から分け与えられるか、ごく小さな意思からの育成……地球世界で言えば進化ですね。

 積み重ねられた知識と本能が感情を生み、感情が魂を育みます。そうして育った魂を輪廻させ、さらなる高みを目指すというのが一般的な神々の創世と運営です」


 あるところから持ってくるか、稚魚から育てるか。いきなり成魚を無から生み出すのは難しい、って考えればいいのかな。


「あ、じゃあ、勇者を召喚したりするのって」

「己の世界よりも、より育成された魂を借用する、ということですね。

 借用であるならばまだ良いのですが、已むに已まれず誘拐するケースもあるそうです」


 本当にあるんだな、異世界召喚。本人の資質とは別に世界の、『魂』資質的に上回れば俺でもそれなりの事ができるということだろうか。

 ……平凡な人間が異世界に行くのって、『どうでも良い魂を貸し出している』って意味じゃないよな? あるいは攫っても気にされない程度の魂を……

 これ以上はやめておこう。


「シノはそういう積み重ねを無視して俺の魂を作ったから異常ってことですか?」

「はい。先に言っておきますが、この事は今後口外しないようにしてください」


 真摯な、余りにも真剣な言葉に背筋がぞわりとする。


「この世界の特殊なルールの一つに、『出身世界でも特異すぎる能力はこの世界では封印される』というものがあります。

 何を以って『特異』とするかは未だ分かっていませんが、行使できなくなったと報告されている事例からの推測されたものです」

「シノの能力はそれに当てはまるべきだと?」


 ルティアさんは頷きを返しつつも申し訳なさげに表情を曇らせる。


「私たちもこの世界の法則についてはまだ手探りの段階です。今提唱されている法則の大半は確証に至っておらず、また、いくつもの『仮説をすり抜けた事例』を確認しています。

 シノさんの力もその一つなのでしょう」

「余りにも異質すぎて、規制の外側にあったのかもしれんな」

「……あり得ますね。例外はだいたいそういう力ですから。

 限定的とはいえ、神種でも困難な魂の創成を使徒が行っています。

 言葉は悪いですが、もしもシノさんと同じ使徒を作れるとなれば、多くの神種が血眼になって知りたがるでしょう」


 当の本人であるはずのシノはすべての表情を失ったかのように、静かにその言葉を聞いている。


「神様でも簡単にできないことをやっているから、相応の何かを消費しているはずっていうのが、館長が心配したことって捉えて良いですか?」

「はい。これがシノさんの世界でならば、その世界の法則による補助も考えられます。

 シノさんの力でなく、神種の中継点として力を行使することもありえるでしょう。

 しかし、このターミナルには元の世界からの加護は届きません」

「シノ、理由に心当たりはあるか?」

「あります」


 一応聞いてみた俺も、ルティアさんもマッチョメンも、一拍の間をおいてシノを凝視する。

 三対六つの瞳を意ともしないシノが淡々と言葉を紡ぎ始める。


「アキヒトは館長さんに近しい存在です。

 だから館長さんも、シュテンさんもアキヒトに興味を持ったのだと思います」

「妖怪種と同じだと?」


 マッチョメンが困惑を噛みしめる声で唸る。

 どういうことだ? 俺、妖怪になったの?

 無い頭を捻っていると突如マッチョメンがくわっと目を見開く。ビビッた俺が逃げるように動いてしまったため、椅子の足が耳障りな音を立てた。


「……そうか、神話食らい……!

 シノ君、君は神の耳目だな?」

「はい」

「なるほど……そういう事か」


 マッチョメンがしみじみと頷くが、さっぱり訳がわからない。


「確かにこれはルールの外側かもしれん。シノ君だけではまったく意味が無い。魔力を通さない魔法陣はただの絵に過ぎないからな」

「……ああ、そういう事ですか。

 もしそうだとするなら、なおさら公にはできませんね」

「ああ」


 翼を持つ二人が分かり会ったかのように主語を飛ばして会話する。


「あの……どういうことですか?」


 そのまま黙考に突入した二人におずおずと声を掛けると、二人は少しだけ困ったように眉根を寄せる。

 しばし言葉を選んだのか沈黙の時間が続く。十数秒ほどしてマッチョメンが俺を見据えて口を開く。


「君は知らないままでいた方が良いと思う。

 知らなければ語る事もできないからな」

「しかし、今の情報だけでも答えに辿り着ける話です。

 事の重要性を理解してもらう方が良いのでは?」

「ううむ……」


 ルティアさんの言葉に迷いを見せるマッチョメン。

 信用無いっすね、俺。不思議パワー関係に知識が無いからつい、ぽろっと言いそうな事は否めないけど。


「先生の判断に任せます。何が重要か分からないってのは事実ですし。

 それよりも、シノは大丈夫なんですか?」

「ああ、恐らくは。

 ……いや、シノ君。君は勤めを果たす必要は無くなっているのかな?」

「……はい。

 でも、できれば……」

「やはりか。

 アタゴ君が死に掛けていたタイミングで使用可能だったのは幸運以外の何物でもなかったようだな。

 アタゴ君。休みの日に大図書館に連れて行ってあげなさい」

「え?」


 そんなお父さん、家族サービスしてあげなさい見たいなことを急に言われても?


「別に構いませんが……シノ、本が好きなのか?」

「好きかどうかはわかりませんが、物語を必要としている事は事実です」

「物語を?

 ……そういえば酒呑童子の話を聞きたがっていたっけ?」


 『神話食らい』

 シノが余り良しとしない名前だったから記憶の外に放っておいた言葉だが、字面の通りなら、確かに『神話を食べる存在』ということになる。それは物語でも良いと言う事か。


「で、……本を食べるのか?

 流石に図書館の本を食べるのはまずいと思うけど」

「違います」


 あ、少し冷たい視線になった。そんな種族も居そうじゃない?

 となると、物語を見聞きする事が必要ってことか。


「しかし、このままの方が良いのではないでしょうか?」

「一理あるが二人が離れられん状態はシノ君のストックが不十分だったから起きているのだろう。

 つまりシノ君が満たされる事で改善する可能性がある。

 私は医者として彼らの治療を請け負っている身だ。治療行為の一環として勧めたい」

「……わかりました。

 この件はこちらでも検討します」

「そうなるか」

「あの、さっきから主語が無いんでスゲえ不安なんですけど」


 おずおずと手を上げて口を挟むと、マッチョメンの眼光が突き刺さる。


「君はシノ君の使い魔として、力の供給を受けているため離れる事ができない。

 大よそ間違っていないから、それで通しなさい」

「……わかりました。

 それで、ルティアさんの言っている『私たち』とか『こちら』っていうのは、どちらでしょうか?」


 俺の問いにマッチョメンが今日一番の驚きの表情を見せる。

 ……いや、なんか失礼じゃないですかね? 散々失礼な事考えている俺も俺ですけど。


「良いですよ。告げるつもりでしたので」


 ルティアさんは優し気な笑みと共に居住まいを整えると、俺たちに改めて向き直った。


「改めて自己紹介をしますね。

 管理組合所属 アーティルフェイム・ルティアです。

 この件については管理組合でも調査と秘密管理をさせていただきます」

「管理組合……?」


 流石にこの街で紛らわしく『管理組合』の名前で別の組織を作るやつは居ないだろう。居ても排除されそうだし。

 つまりあの管理組合の人ということだ。


「はい。町の公正な運営のため、受付係以外の職員は所属を明らかにしていません。

 私の事も内密にお願いします」


 アルカさんにもですか? と口にし掛けたが、やめておく。

 むしろあの人の方が管理組合員っぽい。


「わかりました」


 ここは素直に応じておこう。悪いようにはされないっぽいし。むしろそうならないように動いてくれるように思える。


「ではアタゴ君。次はシノ君を大図書館へ連れて行った後に来なさい。

 それで変化を見よう」

「はい」


 今日の分かった事というと、暫くはシノとの共同生活が続くという事と、シノさんがどんどん俺の常識の外に全力疾走しているという事だ。

 最初の『おどおど少女』はどこに行ってしまったのか。姿形こそ何も変わらず隣に座っているのだけど、そう思わずにはいられない。


 さて、どうしたものか。

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