●一章-18.参上! 悪の秘密結社
動画の方がひと段落つきましたので、お盆休みは絵と小説にパワーを向けたいなと思っています。
※前回のあらすじ
妖怪種主催のお祭りが開催されるそうです。
案内状を配達しましょう。
もうここに来て5日目かー
-fate アキヒト-
「アキヒト、大丈夫ですか?」
「お、おう……」
さて、次の日。時刻はそろそろ夕方です。そして俺の足はボロボロです。
「たかだか30キロ程度よ? ちょっとひ弱すぎやしない?」
横をトロトロスピードで行くヴェルメからの厳しいお言葉。しかし、陸上部でもなく、マラソンが趣味でもない日本人が30キロメートルを歩いたり走ったりすることなんてまずない。よく考えたらフルマラソンに近い距離だよ。
次の店の前に到着すると、ヴェルメに乗っているシノから手紙を受け取り、店主へと渡す。そして次の店へ。今日一日これの繰り返しである。
シュテンさんの依頼、ウォーカーズナイトの案内状配布の一日目はロウタウンのニュートラルロードに面した店舗への配達だった。町を練り歩くお祭りなのだからニュートラルロードを通らないはずもなく、むしろそここそがメインになる。そこで、道に面した店舗主にはあらかじめ告知する必要もあるし、可能ならば協賛してもらいたい。ということでニュートラルロードに面する全店舗への配達と相成ったわけだ。
で、隣接する店舗に配達するのにいちいちヴェルメに乗って降りてを繰り返すのは非効率だし、歩く以上に酷い事になる。バイクに乗ったまま渡せれば一番なのだが、大体の店は道まで商品を広げており、中々に難しい。
それらを踏まえヴェルメには段ボールとシノを乗せ、俺は今日一日歩き通すことになったのである。
ちなみに今日の給料については話し合いの結果、一件あたりの単価を若干減額するとなりました。それでも結構な収入になる見込みなのでありがたい。
現在はロウタウンの営業所から扉の塔前へ。そこで折り返して南の大門、ヘヴンズゲートに到着後、また折り返して営業所へ向かう際中である。
初めて見るヘヴンズゲートは高さ10メートル近い金属の大扉だった。その威容たるや、観光に値するシロモノなのだが……その頃にはすでに足がパンパンでよく覚えていない。余談だが北の門はヘルズゲートと言うらしい。皮肉なことに怪物はだいたい南方向からやってくるため、南の方が地獄に近いという話をヴェルメがしていた気がする。
「代わりますか?」
「いや、ここまで来たんだし、何とか頑張るよ」
文明レベルがそんなに高くない世界の住人であるシノの方が長距離を歩くのに慣れているのだろうが、シノを歩かせて俺はバイクの上という姿を見られたら何と言われるやら。
そんな男のプライドも加味したなけなしの根性を奮い、ようやく遠くに事務所が見えるところまでやってきたのだ。
「しかし、これから暑くなるみたいだし、帽子用意した方が良いかもな……
ヴェルメの防護は日差しを防いだりできないんだろ?」
「運動エネルギーだけよ」
光もある意味運動エネルギーではなかろうかとも思ったけど、当の本人がその能力について、良く分かっていないらしいからなぁ。
「もう少しなのは確かだし、頑張りなさい」
「ああ」
恐らくあと20枚も無いと思う。ラストスパートと一歩を踏み出そうとした瞬間───
「そこまでよ!」
天から声と足が降ってきた。
「はぁ!?」
「ぼさっとしない!」
一瞬ごとに大きくなっていく足の裏。つまり顔面直撃コース。それがヴェルメの叱咤の声と共に頬にめり込む寸前で停止する。見えない障壁に阻まれたのだ。
「ちぃっ!?」
忌々しげに口の端を歪めた少女が、障壁を足場にして再度跳躍。綺麗な後方宙がえりを見せて5メートルほど向こうに着地する。
「なんだよ一体!?」
「厄介なのに遭遇したわねぇ」
こちらはいきなり攻撃されたと言うのに、ヴェルメはため息交じりの面倒そうな声音を漏らす。
「私の攻撃を防ぐなんてやるじゃない!」
まさに威風堂々。
ばさりとマントを靡かせ、挑戦的な笑みを口元に浮かべ、少女が高らかに声を響かせる。
改めて少女を見ればヴェルメが「厄介」と称した理由がなんとなく察せられる。
ボディラインがはっきり分かる黒のレオタード。その各所には禍々しい雰囲気の金属装飾がいくつもあしらわれている。背には銀糸で装飾された黒マント。そして舞踏会とかで使われそうな目元だけを隠す仮面には赤をベースに黒と金の装飾がこれまた禍々しく刻まれていた。
つまり、バッタの改造人間ばりの飛び蹴りをしてきた少女だが、その恰好はビックリドッキリな機械兵器を出しそうな悪人風のデザインなのである。
「……知り合い?」
「……有名人というか、名物というか、迷惑よ」
きっとヴェルメが人なら頭を抱えるか、視線を逸らしていたことだろう。アレと「お友達?」と聞かれたら、返答に躊躇するに違いない。
なによりも煽情的ともいえるその装いを纏うのはシノよりも年下に見える少女だった。身長は140センチ程度。せっかくのレオタード風衣装も発展途上であることを露わにしているだけだ。
そんな俺の内心はお構いなしに、少女はびしりと俺を指さす。
「貴方が配っているその配達物。このダイアクトー三世様が全部奪ってあげるわ!」
「ダイアクトーって……」
大悪党? しかも三世? そして何故に配達物?
余りにも突っ込みどころが多すぎて言葉にできない。助けを求めてもう一度ヴェルメを見るが、返答はない。
仕方なく少女に視線を戻すと、目を話す前のポーズで止まっている。
……。
…………あ、腕がプルプルしてきた。
「ちょっと! 何か言いなさいよ!」
耐えられなくなったらしくキレて地団太を踏む少女。仮面の奥の真っ赤な瞳が炎を帯びたような怒りを込めて俺に向けられる。
「俺?」
「そうよ! あんたが配っている手紙が狙いなのよ!」
今日配っているのはウォーカーズナイトの案内だけだ。これが狙い?
「もう!! 少しはリアクション取りなさいよ!」
「リアクションって何だよ!?
だいたいもう、ほとんど配り終わってるよ!」
ヒステリックに叫ぶ少女が、俺の言葉に「えっ?」という表情を浮かべ硬直する。
「ホント?」
「もう夕方だぞ。今から配り始めるわけないだろ?」
「え? そうなの?」
そうなのって……悪の組織っぽい恰好だし、夜型なのだろうか。
でもあの手の悪の組織は昼間に活動するよな……いや、その括りで良いのかわからないけど。
「ダイアクトー様。残りを奪えばよろしいのです!」
どうしようと仮面の奥で瞳を彷徨わせる少女に忍び寄る影。全身黒タイツの上からビジネススーツの上着を羽織り、頭には山高帽、そしてサングラスを付けた意味不明な恰好の男が、少女の傍らで跪く。その言葉はダイアクトーなる少女に進言しているはずなのだが、まるでオペラか何かのように周囲へとバリトンボイスを響かせる。
「そう言おうとしたのよ! さぁ残りはいただくわ!」
まるで自分が思いついたかのようにダイアクトー三世が宣言。それに応えて周囲から全身黒タイツ軍団が現れて周囲を取り囲む。新たに現れた連中は上から下まで全身黒タイツで、どうやら進言した男は特別な戦闘員らしい。
「に、逃げた方が良いか?」
「あー、とりあえず為すがままにしておきなさい」
見捨てられた!?
予想外の回答に目を剥く俺の腕をいつの間にか忍び寄っていた山高帽付きの戦闘員が掴む。慌てて振り払おうとするがびくりともしない。そうしているうちに片方の男がずいと顔を耳元に近づけてきた。
「ご迷惑をお掛けしております。我々の事は御存じないようですね」
息のかかりそうな距離からのバリトンボイスにぞわりと背筋が泡立つ。
「初めまして。我々は『悪の秘密結社 ダイアクトー』と申します。
申し訳ありませんが、少々お時間をいただきます」
本当に悪の秘密結社だった!
って、普通自分から『悪の』『秘密』結社って名乗るのはどうなんだろうか。しかも言葉遣いがとても丁寧なので反応に困る事この上ない。
「ダイアクトー様! 捕まえました!」
「ふふ、成す術も無いようね!」
腕組みしたダイアクトー三世が満足そうに頷く。
「まったく! このダイアクトー三世を差し置いてお祭りですって!
許せないわ! 誰がこの街の支配者か、教えてあげないといけないわね!」
「その通りです!」
「ダイアクトー様ばんざーい!」
「この街の支配者は、ダイアクトー様だー!」
口々に賛美する戦闘員たち。その言葉に気を良くして高笑いをする少女。
って、この流れ……ヒーローショーじゃないか?
しかし肝心のヒーローの姿はどこにもなく、戦闘員を取り巻くのはどこか楽しそうなやじ馬ばかりだ。
「さぁ、あの箱を奪い取りなさい!」
ひとしきり笑い終えたダイアクトーに指示に戦闘員が一糸乱れぬ動きでヴェルメへと殺到する。一糸乱れないのだが、バク転や組体操のような無駄に洗練された無駄のない無駄な動きをする戦闘員が混ざっているのは何なのだろうか。
「どうするんだい?」
「できればこのままでお願いします。中身は抜いて渡しますので」
「は? どういうこと?」
山高帽とヴェルメの間で交わされる会話。疑問に対する回答が無いまま、彼女は防壁を張らないまま戦闘員の接近を許し、段ボール箱を奪われてしまう。
「フハハハハハ!
そうだわ! 全部ダイアクトー三世を賛美するお祭りに書き換えてしまいましょう!」
「素晴らしいお考えです!」
なにやらあっちは盛り上がっているんだが……本当に奪われていいのか?
「目的は果たしたわ! 撤収!」
「はっ!」
ダイアクトー三世が周囲に宣言。あっという間に向かい側の店舗前まで行くと、跳躍だけで店舗の屋上へと昇り、そのまま屋根伝いにどこかへと消えてしまう。戦闘員も波が引くようにいずこかへと消えてしまった。
「なぁ……どういうこと?」
そして解散するやじ馬。
俺、完全においてけぼりである。
腕を掴んでいた山高帽の姿もいつの間にかない。理解を求めて振り返れば、こんな騒ぎがあったのに、いつも通りのシノが箱を一つ抱えていた。
「……シノ、それは?」
「黒い服の人に渡されました。
手紙とツマラナイモノデスガだそうです」
ツマラナイモノデスガ? ……お詫びの品?
確かに持っていかれたはずの手紙はちゃんと箱の上に置かれていた。つまり中身を取り出して段ボール箱だけ持って行ったのか、あいつら。
「ダイアクトー三世って名乗っている子は置いといて、周りは彼女のシンパ兼事後処理役なのよ」
ようやく説明をしてくれたヴェルメ。しかし言葉が頭に入らない。
シンパ? 事後処理? ヒーローショーで無駄な動き。
「つまり、あのダイアクトー三世って子は本気で悪の首領をやっているつもりだけど、周りは彼女にいい気分にさせる為だけにいるってこと?」
「そんな感じね。周りの連中がきっちり後片付けをするから、町の人たちは大道芸みたいに扱っているわ。
アヤカは『アイドルと取り巻きね』って言ってたわね」
「ああ、そういう……」
俺たちは突然のドッキリに巻き込まれた一般人枠ということか……
どっと疲れが押し寄せてきて、ヴェルメに寄り掛かるが、察してくれてお小言は言われない。
あと二十軒ほど。シノの持つ箱と、その上の手紙を見ながら深く息を吐く。
……いろんなのが居るなぁ。この街。
「そういえばヒーローは居ないのか?」
「居るわよ?
あの子の相手をする人は稀だけど」
なんだろう。ちょっと優しくしてあげてもいいかもしれないと思ってしまった。
さぁ。配達、終わらせよう。




