●一章-16.鬼と鬼
ここ最近、自分の語彙力の無さにorz中です。
※前回のあらすじ
マッハバアア
妖怪種特区に潜入
そして特区の集会所へ
-fate アキヒト-
仁王像に礼を言うなりヴェルメが低速で発進する。
その先に広がっていたのは漫画とかでしか見た事のないようなお屋敷な光景だ。奥の母屋までまっすぐ続く石畳の道があり、左右の空間にはいくつかの平屋が建っている。一つとってみても結構な広さがあるように見える。
一分少々進んだところで母屋前の玄関に到着。ヴェルメが再び停車すると、計ったようなタイミングで玄関の戸が開いた。
「あら、いらっしゃい。
ああ、運送屋さんやね」
独特のイントネーションで出迎えてくれたのは長い艶やかな黒髪の和風美人だった。背は俺と同じ程度、多分175くらいはあるだろう。赤を基調にした華やかな柄の着物を纏っており、朗らかな笑みを湛えているが凛々しさと言うか、迫力というか、ねじ伏せるような美しさに良く合っている。
関西圏のイントネーションぽいが、どこか違う。口の動きを見る限り、言語の加護での変換は無いようなので、彼女の世界の関西圏方言なのだろうか。
「エンジェルウィングスのロウタウン営業所から来ました」
「はいはい。南側の方やね。
シュテンは裏の縁側におるから、そっち行ってもらっていい?」
裏の縁側、と言われて左右を見る。建物のどっちか側ということだろうか?
俺が挙動不審な動きをしている事に女性はこてんと小首を傾げ、ややあって「あぁ」と漏らす。
「そういえば、ロウタウンって言うてたねぇ。
トミナカさんところの子ならアンタ、ここ初めて?」
「はい」
「なら、付いておいで」
滑るような動きで女性が建物の左側へと歩いていく。砂利の敷かれた小道をヴェルメで行くわけにもいかない。慌てて降車し、シノが降りるのを補助すると、足を止めて待ってくれていた女性に小走りで追いつく。
屋敷を迂回するように歩くが、やはり大きい。軽く家3、4軒分くらい歩き、ようやく角を曲がるとそこには和風庭園が広がっていた。
「シュテン。お客さんよ?」
「ああ?」
お坊さんが雑巾がけレースしていそうな廊下から一望できる庭には砂が敷き詰められ、ご丁寧に模様まで描かれている。そしてその巨大さに合わせるかのように、あるいはその威容に縁側を合わせたか。ど真ん中に人よりも4、5周りは大きい体躯を持つ『鬼』が居た。
赤銅色の肌、浪人のような和服を引っ掛けており、中華料理屋で出てきそうな大皿サイズの盃片手に胡乱な視線を中空に向けている。
って、あの人……
「ドイルフーラさん?」
「ちげえよ」
あれ? そっくりなんだけど……いや、ドイルフーラさんも遠目に見ただけだから詳しい特徴までは覚えてはいない。失礼な言い方ではあるけど、同じ種類の犬の見分けがつかないようなものだろうか。
……雑貨屋のおばちゃんなんて、外見から年齢どころか性別すらわからないしなぁ。
「あはは。初めての人にはよう間違えられるねぇ」
「笑うなイバラギ。お前だって同じじゃねえか」
人違いならぬ鬼違いらしい。というか、ちょっと待った。
「シュテンに、イバラギ?」
「間違えた上に呼び捨てたぁ、随分と肝が据わってるじゃねえか。
良い味しそうだなオイ?」
「ガっ!?」
まだ十数メートルも離れていたはずだ。なのに、巨大な鬼の手が俺を掴み、絞りあげる。
あまりの圧迫感に息ができない。助けを求めようにも声が出ない。
縁側に座る鬼が……鬼は一歩も動いていない。目だ。視線がこちらに向けられている。黄金色の、揺らめく虹の色を内包する、目が、視線が、俺の体を、心臓を握り、縛り、圧迫する。
動けない。脂汗があふれ出す。膝が、全身ががくがくと震える。
逃げろ、と誰かが叫んだ。あれは、人間の捕食者だ。
無理だ、と誰かが叫んだ。ここは、すでに鬼の狩場。
蛇に睨まれた蛙。ただ脂汗を流すだけの、立つ力も無いのに倒れる事すらできない、ただの『餌』────
「あんたが呼んだ子よ。意地悪しなさんな。
同じ黒髪やし、日本語喋っとるようやから、あたしらの名前を知っとったんやろ」
呆れたような、苦笑するような声音が凛と響く。
その瞬間。全ての圧迫感は消え去り、俺は支えを失って前のめりに倒れ込んだ。
「ふん」
鬼が不快そうに鼻を鳴らす。圧迫感からは解放されたが、体は恐怖を覚えている。
魔法とかじゃない。
ただ見られた。
睨み付けられた。
それだけなのに俺が勝手に理解して諦めた。ここに踏み込んだ俺は終わりなのだと。
「もう。坊や、大丈夫?
生きとる?」
恐怖で動かない身に優しい声が降り注ぐ。なんとか視線を上げればイバラギさんが白くて綺麗な手をこちらに差し出していた。思わずそれに縋ろうとするが、その手が止まる。彼女もまた、鬼のはずだ。
確か、そう。断片的に覚えている。美女に化ける鬼。
「ふふ。畏れてくれるのは鬼の冥利に尽きるんやけどね。
シュテンもアンタらを害するつもりはないからね?」
イバラギさんから手を伸ばし、俺の腕を掴んで引き起こす。細い腕からは想像もできない膂力に肩が痛むが、悲鳴を上げる前にその勢いに抗いきれず、イバラギさんの胸に飛び込む。
「って……え?」
着物越しにもわかる豊満な胸の感触が頬にぶつかり、加えて包み込むような甘い香りに頭がくらくらする。いや、そんな場合じゃない。
「わっ!? す、すみません」
慌てて離れようとするが手に、足に力が伝わらない。言い訳じゃないよ。本当ですよ?
「ふふ。シュテンの鬼気に触れてそれだけ喋れれば十分やね。
男の子男の子」
頭をぽんと撫でられてゆっくり離される。
若干の名残惜しさが胸中に渦巻くが、一瞬前の恐怖はどこに行ったとセルフ突っ込み。あ、意外と余裕あるのか、俺?
二本の脚はなんとか俺を支えているが小さく震えていた。一瞬吹き飛びかけたものの「ここに居てはいけない」という恐怖感がじわり腹の底に広がっていく。悲鳴を上げて無様に逃げ出さないのは、多分死を経験したからか。呼吸すらも忘れそうになる恐怖からまだ数日と経っていない。ほんと、まだ一週間も経ってないとか、信じられない。
呼吸を整える。ふわりと彼女の香りが鼻を過るのは、服に香りが移ったからか。
「酒呑童子……さん? と茨木童子さんですか?」
「うふふ。そうよ?
ああ、人の肝なんてこっちに来てから食べてないから安心しぃな?」
「そんなものより美味い飯が多いからな」
つまらなそうに言い捨てる恐らく日本で一番有名な鬼。
……それにしても昨日の菅原道真さん続いての歴史上? の人物? とは出来すぎていないだろうか。
いや、もしかしてトミナカさん。意図して俺を派遣した?
「ったく。トミナカのやつが来ると思ったんだがな」
「あんたが来るたびに引き留めて飲ませるから、坊やを代わりにしたんやろ」
「小賢しい。酒が嫌いってわけでもねえだろうに」
トミナカさん、飲み会から逃げるために俺たちをお使いに出した説。
だとしても俺が日本人って知っているんだから、酒呑童子なんていう有名人……クロスロードで言語の加護を受けた来訪者は全部人扱いだから有名人でいいか。彼が居る事を事前情報として教えてくれてもいいと思う。
……俺がビビって断る事を危惧したのかもしれないけど。
「トミナカに伝えておけ。今度の飲み会は出て来いってな」
「……はい!」
シュテンさんに話しかけられると心臓がきゅっとなる。それでもなんとか返事はできたが、声は情けなく上ずっていた。
ゆっくり振り返ると大鬼、酒呑童子が再びこちらを見ている。しかし先ほどのような圧迫感はない。『鬼気』とイバラギさんが言っていたものが込められていないからだろうか。
「それが用件やないやろ?」
「ああ、そうだった。そこの箱、持っていけ」
シュテンさんが顎で指し示した縁側の隅に段ボール箱が一つ置かれていた。それが集配物らしい。……つまり、それを受け取るためにはシュテンさんに近づかねばならないということだ。
もう一度大きく深呼吸して、未だ震えの収まらない右足をなんとか前へ。一度動きだせば、ぎこちないが歩くことはできた。けれども一歩ごとに膨らむ恐怖。高いところから下を覗き込んだ時にヒュンとなるあの感覚に近い。
ようやく縁側の下からでも届く位置にあるダンボール箱まで辿り着き、抱える。5、6キロはありそうだが持てないほどではなかった。
「受領、しました。PB、いいですか?」
「イバラギ」
「はいはい。ご苦労様」
綺麗な黒髪を掻き上げて右耳を晒すとそこにイアリングが一つ。どうやらそれがイバラギさんのPBらしい。いろいろな形状があると言っていたが特殊なのは初めて見たな。
そんな事で頭を埋めながら、足はじりじりと帰り道へ。
業務用PBが受領完了を告げた。
「ではお預かりします」
「はい。気を付けてなぁ」
ぐ、と足に力を入れて前へ。泥の中を歩いているような錯覚を押し分け、ようやく黙って事の成り行きを見つめていたシノの元まで辿り着く。いや、少し前に動いている跡がある。助けようとしていたのかもしれない。
「シノ、戻るぞ?」
「はい」
こくりと頷くシノの脇を通り、やや早足になっている事を自覚しつつとにかくヴェルメのところへ。追随する足音に一瞬びびったが、軽い音はシノに違いない。
そうしてようやくヴェルメのところまで戻ってこれた。ダンボール箱を後部に措いて大きくため息。そのまま縋りたくなるが、背中がぞわぞわとする。ちらり振り返ればイバラギさんがこちらを見ていた。酒呑童子でないことにホッとし、軽く会釈する。
よし、後は逃げるだけだ。いや、帰るだけだ。
「アキヒト」
「なんだ?」
シノを乗せようと振り返ると、彼女がじっと俺を見上げていた。
「アキヒトは彼らの事を知っていたのですか?」
「直接は知らないよ。俺の世界の昔話の住人だ」
とはいえ有名な鬼ってくらいの知識しかないけど。
「そうですか……昨日の館長さんもですか?」
「ああ、そうだ」
シノを抱え上げて座席に座らせる。ダンボール箱が空間を圧迫してやや前側に座るしかなさそうだ。ダンボール箱の上ってわけにもいかないしな。預かりものだし。
「昔話……彼らの物語がある、ということですか?」
シノが興味を示すとはめずら……しくもないか。何かとシノは色々な物を観察している気がする。ただ、興味を言葉にしたのは初めてだったか。
しかし困った。確か平安京だか平城京だか、そんな時代のおとぎ話ってくらいしか知らない。なんとかって山に居座ったんだっけ。
あ、そうだ。多分館長なら詳しい話を知っているはずだ。同じくらいの年代の人のはずだし。
「よし、時間があったら大図書館に行こう」
「?」
「俺は名前くらいしか知らないんだけど、館長なら知ってると思うから」
「そうですか」
バイクに跨ると、俺にシノがいつもより体を押し付けてくる。ああ、後ろが狭いのか。俺も少し前寄りに乗ろう。
「不思議な香りがします」
「あー、うん。じゃ、行こうか」
流石にそれを説明するのは気恥ずかしい。というか、見てましたよね、シノさん?
ふと振り返ればイバラギさんが微笑みながら手を振っていたので改めて会釈をし、発進をお願いする。
ヴェルメに変な突っ込みをされないことを祈りつつ、俺たちはようやく帰路に付くのだった。




