●序章-3.惨劇の記憶
序章はばーっと投稿してしまいたいです。
※前回のあらすじ
死にかけていたところを助けてもらったが、何故か俺は異世界に居る。
-fate 青年(???)-
ゆっくりと深呼吸をして、バラバラの記憶を整理する。
大丈夫、自分は生きている。助かっている。と、自分を宥めながら。
すでに常識外が目白押しだが、その一つに自分の奇跡の生還を加えても良いだろう。
言い訳の言葉を繰り返し、頼りない心構えで記憶を探る。
────衝撃。
────そして気付いた時には俺の体は宙にあった。
俺が通うことになった大学は何の冗談か小さな山の中腹に存在していた。
第一志望にも第二志望にも惨敗を喫した俺は、それでも首都圏に行きたいという学業と全く関係ない理由で滑り止めの大学を選んだ。
しかし滑り止めだったからこその見落とし。そこは本校こそ首都圏だが、俺が選択した学部キャンパスはかろうじて関東圏という僻地に存在していた。入学案内を見て唖然としたあの時の事は忘れない。忘れたいけど。
『登山』『下山』と揶揄される大学の行き来にも慣れて……諦めをつけたある日の帰り道。
傾斜のきつい坂道を蝉の爆音に晒されながら歩いていた俺は、迫る圧迫感に振り返った。
「……は?」
トラックだ。
この坂道をトラックが走る事は珍しくない。学校がある山を跨いで二つの高速道路が並走しており、輸送業者には当たり前の近道となっているのだとか。
だからトラックを見る事は珍しくない。珍しいのは
「ちょ、まっ!?」
その速度だ。下りを往くトラックが出して良い速度ではない。
夢か現か、焦りに目を見開いたドライバーの顔が見えたと思った瞬間────
音と衝撃が体を駆け抜けた。
ほんの少しだけ、体を逃がせたのは幸か不幸か。
トラックに引っかかったのは体の左半分。独楽のように回転しながらガードレールに下半身が激突し、殺しきれぬ勢いのまま先へと放り出された。
帰り道になんとなく見る光景がいつもより少し近くに見える。
ガードレールの向こう側は急こう配の崖だ。
その直下に道は無く、コンクリートで舗装された数十メートルの崖下に開発から逃れた木々の姿。
間延びした時間の中で体の中に強い熱を感じる。今思えば体の中で破れてはいけない何かが中身をぶちまけた結果なのかもしれない。
痛みとも熱さとも分からぬ感覚がじわりと侵食していく。ひっくり返ろうとする眼球。暗転しかけた視界の中でごぎゃりと、体の中心が砕ける音を聞いた。
背中を殴られた。違う。恐らく太い枝にぶつかったのだ。加速の全ては威力に置き換えられ、意識を一瞬で持っていこうとする。
それで気絶できたなら幸いだったかもしれない。或いはそこで終わっていたのかもしれない。
瞬く間にぼろ雑巾に変貌した体を物理現象が笑いながら嬲り始める。急こう配に落ちた体は位置エネルギーを存分に証明しながら俺の体を転がし始める。上も下も分からないまま、半ば意識を放り投げて全身をもみ砕くような衝撃を受け続けた。事実か既に気を失っていて見た悪夢かは、今となっては分からない。
鼻の奥、肺の奥、せりあがるような血の匂いに俺は────
気が付けば俺は自分の体を確かめるように抱きしめ、がたがたと震えていた。噴き出した脂汗が気持ち悪い。
「……って。傷、は?」
強く掴んだ腕は鈍く痛いが傷の痛みではない。あの『終わった』と強く感じた骨の砕ける音は背骨からではなかっただろうか?
慌てて体をまさぐるが、記憶の中では折れたのか砕けたのかもわからない腕が普通に動くし、些細な異常すら見つける事が出来なかった。俺の中にある痛みは咳き込んだ気管系と背中の物だけだ。そもそも起きた時にも確認したはずだ。マッチョメンの言う血だるま状態まで至った傷はかさぶたの一つも見つけることができなかった。
「全部治した」
「は?」
マッチョメンのシンプルな言葉を反射的に聞き返す。
いや、大怪我をしたのは間違いないだろう。彼も無事な所を探す方が大変と言っていた。そんな傷が治りきってしまうぐらい長い間、意識不明だったという事か。
「……俺は、何か月も寝ていたのか?」
「いや、運び込まれたのは昨日だが?」
完全否定だった。どちらかというと常識の。
「……ふむ。治療系の術や細胞レベルの修復技術は無い世界なのかね?」
「なのかねって……」
マッチョメンの顔にも声音にも相変わらず冗談の雰囲気は無い。
その背中にある真っ白な翼。『治療系の術』というワード。
つまりあれだ。
「凄いですね不思議パワー」
『治療系の術』。現実にはあり得ない、しかし漫画やゲームでおなじみの言葉。どんな攻撃からのどんな傷でも同じ手段で治せる薬草や回復魔法が脳裏を過ぎり、そういえば何故か銃弾を受けて倒れたのにAEDで治るってのもあったなと遠い目をする。
「ふむ。状況が認識できたようだから、本題に移ろう」
「できてないです」
不思議パワーという単語への突っ込みは無い。
あるのか? ここには。魔法とかそういう類の不思議パワーが。
……いや、納得して良いのか?
……このマッチョメンがすでに俺の常識から見てUMAですね。はい。
あの惨劇が妄想だった……わけではないと思う。つまり死ぬほどの大怪我をして、完治してしまった俺がここにいる。ならば次に問題になるのは……
「金ならないです。すみません」
死にかけの人間を傷もない状態に治すだなんて、顔に傷のある闇医者先生レベルの費用を請求されてもおかしくないのではないか。わざわざ口にしたのは墓穴というか藪蛇な気もする。
「治療費ついては管理組合から貰うので気にすることは無い。
君の特殊な状態についてだ」
管理組合というやけに聞き覚えのある、しかし今の状況にそぐわない単語に困惑を覚えながらも、不思議パワー使いの医者が言う「特殊な状態」に不安を刺激された。
「特殊、と言いますと?」
「君は死にかけていた。むしろ死んで無い方がおかしいレベルの怪我だった。これは良いね?」
「よくないですけど、異常なことは分かります」
「その状態から一命を取り留めさせたのが彼女だ。一応君と合意の下と言うことだったが、認識しているかね?」
マッチョメンを遮蔽物とする少女を見る。
白い髪、赤の瞳。アルビノの特徴。背の高さはいいところ中学生。それ以上はよくわからない。こちらを窺い見る目には怯え……というより、迷い、いや、後悔?のようなものが伺える。
現時点で解ることは、日本人とは思えない、アイドルが全力で逃げ出すような容姿の知り合いに心当たりがないということだけ。
「合意って言われましても……」
現状把握も中途半端、記憶を探れば気が遠くなる痛みと惨劇に気疲れを覚える。
そんな俺を少女はおずおずと見ていたのだが、やがて意を決したように一度ぎゅっと目を瞑ると勢いを付けて、しかし気後れの雰囲気を混ぜ込んだよろめきを見せて、俺の前に立った。
『お人形さんのような』という表現の実例を見た、というのが第一印象。余りにも整い過ぎた容姿に造り物ではないかと疑いすら覚える。
西洋人形が着ているようなひらひらのドレスが似合いそうだ。ちょっと着せてみたい。
なお、これは単なる好奇心であってそっちの趣味はないと明言しておく。予防線は大事。
そんな感想を抱いている事を知ってか知らずか、わなわなと震わせた唇が一旦きゅっと絞られると
「ごめんなさい!」
幼さの残る声を精一杯絞り出しながら、少女は俺に頭を下げたのだった。




