●一章-13.仕事終了
そろそろ時間の流れを早くしたいかなと。
※前回のあらすじ
シノが思った以上に年上。
しかも記憶の閲覧可能。
ちょっと話し合おう
-fate アキヒト-
とりあえず俺の記憶を検索するのはナシという協定になりました。
……まぁ、こっそり閲覧されたらどうしようもないのですけどね。うん。
せっかく拾った命を投げ出したくなる事態にならないことを祈るばかりだよ。
なにやら微笑ましそうにこちらを見ていた館長に礼を言って辞去すると、予想以上に待たされたヴェルメに愚痴を聞かされつつエンジェルウィングス営業所へと帰還する。思ったのとは違う危機に見舞われたが無事に戻ってこられた。
「随分と時間が掛かりましたね」
書類の相手をしていたらしいトミナカさんが振り返って出迎えてくれる。
罪悪感がちょっとだけ胸を突く。
「すみません。色々ありまして、道草を食いました」
「まぁ、クロスロードですしね。無事で何よりです」
……これ、トラブルに遭遇したとか思われているのか?
この無駄に高機能な制服の時点で俺の想像以上に危険ではないかという予感はあったが、今日の方が例外なのだろうか。ヴェルメが居るから大丈夫、と信じたい。
「預かってきた手紙はどうすればいいですか?」
「それはこちらへ。PBもお願いしますね」
ポシェットから手紙を取り出し、外した仕事用PBと共にトミナカさんへ渡す。
トミナカさんは手紙の宛先を見て「異界宛ですか」と感慨深そうな呟きを漏らした。ちなみに異世界宛の場合、10桁からなる郵便番号のような数字が世界を示す。扉に割り振られた世界の番号だそうだ。
「はい、ご苦労様です。
何もなければ着替えて帰宅で構いません」
「ええ。あとは特には無いと思います」
「では、明日もお願いします。同じくらいの量で調整しておきましょう」
実際は2時間ほどさぼった感じなのだが、時給制というわけでもないし、黙っておこう。流石に説明するのは恥ずかしい。
ともあれ着替えて日給を受け取る。これにて本日の業務終了である。
トミナカさんに挨拶をし、裏口から出てヴェルメの確認を終えたミュスフェルさんにも挨拶をし、営業所の敷地を出る頃には日が傾きかけていた。
「……買い物とご飯、どうするかな」
「何か購入するのですか?」
「ちょっと欲しいものがあってな。
そういえばシノって好きな音楽あるのか?」
いきなり話題が飛んだせいか、シノがきょとんとした顔でこちらを見る。
「好きな音楽?
……それは『大いなる守り手ウェリグ・マトルニアへの賛歌』とか、『ヴォーヴァライ山脈の竜殺し』とかでしょうか」
「それ、吟遊詩人が歌うようなの?」
「はい。歌う者といえば吟遊詩人か聖歌隊くらいです」
シノの世界は随分ファンタジーしているようだ。……ってシノが物凄くファンタジーということが本日判明したばかりだった。
色々と分かった一日ではあるが、シノへの応対は朝と変わらず、何も言わないのでこのままで行こう。深く考えたら逆にややこしくなりそうだ。
「すると、曲のジャンルとか無いのか?」
「ジャンル、ですか?」
「ダンスパーティの曲とか、そういうのも無いの?」
「舞踊のための音楽はあります」
どうやら用途別の曲はあるが、ジャズやクラッシックといった分類は無いらしい。そもそも芸術なんて高尚な物に触れるのは上級神官か王侯貴族で、あとは旅の吟遊詩人が村や酒場に訪れては各地の伝承を口ずさむくらいなのだそうだ。
「無難にクラッシックのアルバムとかあればいいんだけど」
個人的には勢いのある曲が好みなんだけど、そういう文化のシノには耳に煩そうだし、部屋にかけておくつもりだからジャズとかそういう系統が妥当だろう。
そんなことを考えているうちに先日も訪ねたリザードマンの雑貨屋に到着。
「おや、随分と間を置かずに来たね」
店の奥に座っていた店主が俺たちに気付いてゆっくりと立ち上がる。
「収入源を確保できたので」
「そりゃいい事だ」
リザードマンフェイスから表情を読み取るのは難しいが、細められた目は笑っているように見えた。
「で、今日は何だい?」
「音楽機器ってありますか?」
「楽器かい?」
「自動で演奏する楽器、ですかね」
「ああ、あるよ。地球世界産になるけど、いいかね?」
「むしろ大歓迎です」
奥から取り出してきたのは四角い形のミニコンポだ。しかし……この四角い穴はなんだ? CDじゃないの?
「楽曲はこれだね」
店主が出したのは四角い透明ケースにCDが入ったものだった。
……開けるかと思ったけど、どうやらそのまま差し込むらしい。
「これ、何種類かあるんですか?」
「サンプルで数枚くらいだね。出入りの商人に依頼すれば新たに取り寄せられるけど」
値段を聞くと随分と安い。またサービスしてもらったのか思えば店主も持て余していたそうで、要は在庫処分価格と言うヤツであるらしい。
「そのカセットもまとめて引き取ってくれるなら値引きするよ?」
無駄遣いをすべきではないが、先日のサービスの件もあるし、貼られたラベルのアーティストに覚えがないので内容を判断するのも難しい。カセットだけ在庫になってもなおさら困るだろうし、総合的に考えると引き取るべきだろうと判断。
「わかりました。じゃあ一通り」
「おや、気前が良いね」
「先日サービスしてもらいましたし」
そこそこの値にはなるが、明日も収入がある事を踏まえればまだ許容範囲だ。
「はいよ。ありがとね」
「シノは何か買うものはあるか?」
「特に思いつきません」
……俺じゃ分からない事もありそうだし、相談役が欲しいなぁ。アラクネのお姉さんは……ちょっと危険な香りがするから、フィルさんかな。あとで話ができそうなら相談しよう。
「あ。あと、お茶って売ってますかね?」
「茶葉かい? ウチは扱ってないけど、純白の酒場が色々扱っているよ。
淹れる機材ならうちにもあるけど、モノによるから、先にあっちに行った方が良いかもね」
あのわけがわからないレベルのメニューを、つまり食材を取り揃えている店ならさもありなんということか。
「今から行くので、聞いてみますよ」
「そうしてみるといい。はい」
持ち手が付けられた箱を差し出され、受け取る。同時にPBで支払い完了。わずかに後悔が生じる残高になるが、うん。大丈夫大丈夫。これは心を守る金額だ。
「ありがとうございます。じゃ、行こうか」
「はい」
「まいどあり。またね」
店主に軽く会釈をして夕日に染まり、にわかに人通りが増えたニュートラルロードへと再び足を踏み出す。そろそろ純白の酒場前にテーブルが広がる頃合いのようだ。丸いテーブルを転がす姿がここからでも見えた。
さて、今日は何を食べようかな。




