●一章-11.我思う故に我あり
なんかいきなり核心に触れようとしておりますが、
彼らの仕事はクロスロードを巡る事ですので、問題はさっさと解消していただきたいなと。
※前回のあらすじ
最後の配達先は大図書館
司書長サンドラさんと館長の菅原道真さん登場
シノがなんで罪悪感を得ているのかわかりませんかね?
-fate アキヒト-
「それに答える前にいくつか質問したいが良いかね?」
菅原さん、でいいのかな。とりあえず。
彼が口にしたのは答えでなく、問いかけだった。
「え? あ、はい。どうぞ?」
「君に信仰はあるかね?」
信仰と言われてマッチョメンとの会話を思い出す。
つまり魂についてどう考えているか、という質問だろう。
「いえ。家には神棚と仏壇がありましたけど……って、神棚って神道でしたっけ? なんで二つもあるんだろう?」
「別に両方に対し信仰をすることを禁じていない場合が多いからのぅ。
次に……そうじゃな。仮に君を足の先から細切れにしていくとしよう」
「ちょっ!?」
いきなり話が物騒な方向に飛んだぞ。
「まぁ、例え話じゃ。最後まで聞きなさい。
どこまで切り刻んだら君でなくなると思うかね?」
「どこまでって……」
「では質問を変えよう。君の首を飛ばしたとして、頭と体、両方を生かした場合、君はどちらかね?」
答えを言ったら、「そうか」とか言いながら刃物出しませんよね?
「……頭、ですかね」
「ふむ。
つまり君は脳と思考、つまり自我に自分があると感じているのじゃな」
そう言われると、そうなんだろうか。脳だけ培養槽に浮かんでいるようなイメージのせいかもしれない。
「よろしい。ならば話そうか。
まず、魂の観点から、元のおぬしはもうどこにも存在しておらん」
「……え?」
ずばりと言い放たれた衝撃的な一言に驚きの声が漏れるが……
うん。『そんな事言われても』というのが続いて浮かんだ感想だ。
「おぬしの体に別の何かを詰め込んだモノ。それがいまのおぬしじゃよ。
おそらくじゃが、おぬしは『自分の本質』を失っておるじゃろ?」
「……名前のことですか?」
「そういう形で表れておるのじゃな。
然様。ソフトとハードが揃って初めて真とするならば、今のおぬしは他人と定義することになる」
自分が自分じゃない、か。
知らずのうちに自分の二の腕を掴んだのは流石に不安を感じたからだろうか。
右腕が左の二の腕を掴む感覚も、捕まれる感覚も確かにある。物心ついた頃からの記憶も思い返せる。自分の名前に対する違和感に心臓がずぐりと痛むが、逆にその痛みと不安が『俺』である証のようにも思えた。
「ただし、どうやら全くの別人ということでもない。
そうさな、例えを引き継ぐなら、前作を引用して作り上げられた新しいソフトというところか」
そんな例えを聞いて、ふと、あの時の声を思い出す。
─────私が、紡ぎ留めます。
「繋ぎ止める、じゃなくて、紡ぎ留める……だっけか」
ほとんど声になっていない呟きを聞き留めて、菅原さんが目を細める。
「なるほどのぅ。おぬしの残骸を核に紡ぎあげ、体に留めたのか。
この世界では死者蘇生は不可能とされておるのじゃが、ちょっとした裏技じゃな」
菅原さんがちょっと気になる事を言っているが、新しい要素を追加するのは待ってほしい。今は自分の事で手一杯だ。ぐるんぐるんといろんな言葉と記憶が頭の中を回り、結局纏まりきらずに一回ポイする。
そうしたらちょっとすっきりした。
「俺の記憶が俺にあるなら、俺は俺、ですか」
「ほぅ、思ったよりも物分かりが良いな。
そういうことじゃ。悩んだところで変わるものでもない。正月に神社に行き、クリスマスを祝う日本人なら、思い悩むレベルの話ではあるまいよ」
元々魂なんてものを意識したことすらほとんどない。
……死んでいる事に気付いていない地縛霊的な意味じゃないですよね? と余計な疑問が浮かんだが、大丈夫、足もあるし透けても居ない。
「我思う、故に我あり、ってヤツですかね」
「方法序説じゃな。それで良い。
どちらかというと、気になるのはお嬢さんのほうじゃ」
菅原さんがシノを見据える。見れば彼女は俺をぽかんとした顔で見つめているんだが……俺の魂感? 魂論? を理解できない。と言った感じだろうか。
しかしすぐに老人の視線に気付き、緊張を表情に張り付けた。
「この術、本来は物言わぬ操り人形……恐らくは自身の守護者を作るものでないかのぅ?」
「……それは……」
「こやつはこの調子じゃし、おぬしを恩人と扱っておる。その点はもう考えるだけ無駄じゃ。
が、おぬしは相当に無理をしておらんか?」
「……」
そっと、逃げるように視線を逸らすシノ。
無理をしているってどういうことだろう? と、口を出すには重い沈黙が一分ほど続き、口を出すべきかと迷い始めたタイミングでサンドラさんが言葉を挟む。
「館長」
その声に菅原さんは眼光を緩めると髭をひと撫でしてから俺に向き直る。
「……ふむ。
おぬし、そういえば名を聞いておらなんだ」
「アタゴです。アタゴ アキヒト」
「アタゴ君。最初の問いだがね。
彼女の気後れの理由。その半分は君が死んだに等しい状態であったことを隠していたためだろう。
しかしそれは宗教感の、魂に対する感覚の薄い君にとっては些細な問題だった」
些細で良いのだろうかと思わないでもないが、魂が架空のオカルトの分野であるという世界で育った身としては「あなたの前世は犬でした!」と同レベルの話だと思う。
……俺の感覚っておかしいのだろうか。
「もう半分。それは儂の知識で答えは出せぬ話に思えるのぅ。
シノ君の過去の経験……というより、トラウマが理由ではないか?」
過去……か。一つ思い当たるのはマッチョメンが「自殺」という手段を口にしたときに、シノが酷く動揺したことだ。俺が死ぬ事を恐れているのだろうか? でも、この世界で会ったばかりだよな? 実は遠い昔に知り合っていました! って……流石にシノみたいな白髪赤目という特徴の少女を見忘れる気がしない。
「ふぅむ。ヴェルメ」
「……なんだい?」
「配達時間は余裕あるのかね?」
「今日はここが最後だよ」
「なら、ちとこやつらを借りるぞ」
「……はいよ」
ヴェルメが自ら動き、壁際に移動。沈黙する。何が始まるんですかね……?
「ここじゃ邪魔になる。こっちに来なさい。
サンドラ、その子を」
「はい」
道真さんが歩き出し、サンドラさんがシノの手を取ってその後ろに続く。最初はつんのめったシノだが、抵抗らしい抵抗もせずに従った。
結果的に置いて行かれた形になり、慌てて追いかけると、彼らはすぐ近くにあったそんなに大きくない建物へと入ってしまう。入口にはメニューの書かれたボード。どうやら付属の飲食店らしい。
……ここでケリを付けなさいということかな。
この空気のまま二人でバイクに乗るというのも気まずさが半端ないし、その後には沈黙の夜に突入するに違いない。
できれば、それは勘弁願いたいし、シノが思いつめたままというのもやはり解消しておきたい。
俺は二人の厚意と受け取って店の中へと続くのだった。




