●一章-8.お昼休みにて
※前回のあらすじ
初出勤。
制服凄いですね。
ヴェルメさん凄いですね。凄すぎてちょっと感覚がついていかない。
-fate アキヒト-
さて、気が付けば昼を少し回ったところ。
そして今日の配達件数はなんとあと3件です。
「なぁ、ヴェルメ」
「なんだい?」
「そろそろ休憩したいんだけど」
「仕方ないね。何処で休憩するんだい?」
風や慣性を感じないせいでどれくらいの速度が出ているかの実感が無いのだが、メーターを見る限り時速80キロくらいで飛ばし続けているらしい。多分、俺が運転していたら事故ってます。しかしそこは本職、もとい本体バイクのヴェルメ。危なげなく走行を続けている。
正直危険運転で悲鳴を上げることになるのかもしれないという不安もあったのだが、意外と安全には気を付けているようだ。通行人が居たら距離を取るようにしているし、無理なら速度を落としている。
そんなこんなで危なげなく半日を終えていた。言葉遣いは姐さん的なんだけど性根はとっても真面目のようだ。
「ちょっと停めてもらえるか? PBで検索するから」
「ニュートラルロードに出ればすぐに見つかるさね」
面倒見もかなり良く、最初の数時間はこちらの調子を伺うような素振りもあった。
「助かるよ」
「ふん。早く済ませるんだね」
路地、と言うには軽く四車線くらい取れそうな道を抜け、ニュートラルロードへ。
昼時だが人のまばらさは出勤時とそんなに変わらない。この街は朝夕、探索者たちの往来がある時間が一番混むらしい。道の真ん中を堂々と歩く者も居るが、ヴェルメならこの速度を維持していても危なげは無い。
と、すぐにカフェテリアのようなものが見えたのでそこを指示するとヴェルメは速度を落とし、店の前で停車した。
「あ、鍵とかそういうのは必要?」
「店の中の距離なら起きてられるから自衛くらいできるさ」
路駐を指摘されることは無いとはいえ、盗みを罰する法もない、しかし彼女に至っては盗む方が難しそうだ。
「じゃあ、手早く済ませてくるよ。シノ、大丈夫か?」
何が? と問うように俺を見るつぶらな瞳。苦笑と共にトミナカさんと同じようにわきの下あたりを持ち上げ、バイクから下す。
「ありがとう」
「どういたしまして。ずっと同じ体勢だけど辛くないか?」
「大丈夫です。座っているだけですから。馬よりも随分楽です」
馬での移動は腰へのダイレクトアタックと痔の恐怖があると何かで聞いた覚えがあるが真実なのだろうか。体験したいとは思わないけど……
あれ? なんかあっちに馬が走っているな。八本足の。
……まぁ、うん。この街だし、気にしないでおこう。
店に入るとシックで落ち着いた内装の穏やかな空間がそこにあった。閑散としているが、外の様子も踏まえれば単に客の総人口が少ないだけだろう。
純白の酒場と違って純粋に喫茶店のようだ。コーヒーの匂いが店内に染み付いているのが分かる。
「すみません。二人、いいですか?」
「ええ。お好きな席にどうぞ」
マスターは柔和な感じの男性だ。ただし左手がどう見てもメカだし、左目も赤いレンズが収まっている。サイボーグというやつだろうか。
ボックス席のような場所もあるが、カウンターに座る事にする。
「メニューはそちらに」
「ええ。
シノ、お腹は空いているか?」
少し考えて小さく首を横に振る。何もしていない、と言うと聞こえが悪いが仕方ない。動いていないし、昼食を食べる習慣が無いからそんな腹具合ではないのだろう。
「サンドイッチとコーヒー。それから……」
「これが良いです」
シノがメニューを指さす。ドリンクの項目だが
「ピリオルス・ティ? ……桃みたいなのなのか。じゃあそれを」
PBの解説を聞きながら注文をする。随分とこれの扱いにも慣れたものだ。
「サンドイッチは一人前ですか?」
「この子はあまり食べないので」
「なるほど。少々お待ちを」
かちゃかちゃと食器の音が静かな店内に響く。
耳をすませばかすかに音楽が流れている事に気付いた。
「……あ、そうだ。
関係ない話で悪いんだけど、音楽の機器ってどこかで買えるんですかね?」
「雑貨屋にたまに入荷していますね。ただ、いろんな店を回るのは止しておいた方が良いですよ?」
俺の質問に手を止めることなく応じ、コーヒーとアイスティがカウンターに置かれた。
「どうしてです?」
「世界によって再生用の機材が違うんですよ」
「ああ……」
確かに。同じ形でも再生できないとか普通にありそうだ。
「同じ店には同じ世界からの商人が納品しているはずですからね」
「なるほど。しっかし、そういうの不便ですね」
「こればっかりは仕方ありませんよ。
ケイオスタウンの方には最近音楽専門の店ができたと聞きましたがね。
そこなら何かしら良いものがあるかもしれませんが」
ケイオスタウンかぁ……なるべく行くなと言われている以上、ちょっと行きづらい。
「まずは雑貨屋を見てみます」
「そうしてみてください。はい、サンドイッチ」
小さなサイズのサンドイッチが皿に盛られている。シノに差し出すと、おずおずと一つ手に取った。
俺も一つ手にして口に放る。野菜と燻製肉のベーシックな物だ。コーヒーも美味しい。
そう言えばインスタントってあるのかな。今朝も朝は水を飲むしかなかったし……何か欲しい。豆から淹れるのはちょっと難易度が高いからインスタントがあればありがたいのだけど。
「そういえばその服、エンジェルウィングスの方ですか?」
欲しいものが増えるなと苦笑を殺しながらサンドイッチをパクつく俺に、一仕事終えたマスターがこちらの服装に気付いたらしく問いかけてくる。
「ん? ああ、はい。今日からです。」
「そりゃあ、がんばってください。
で、ついでで申し訳ないが、一つ預かってもらえませんか?」
仕事らしい。右手のPBを差し出し、案内を送る。
そういえば受け取りは初めてだな。
「ふむ。なるほど。噂通りなんですね」
「噂?」
「ええ……。
扉の中には定期型というタイプがある事はご存知ですか?」
「定期的に、あるいは条件がそろったときにしか開かない扉、ですよね?」
「はい。実は私の故郷への扉はそれでしてね」
彼は苦笑を浮かべつつ、紙とペンを取り出す。
「次、いつ開くかもわからないんですよ」
「それは……」
俺のように事故で望まずにこちらに来たのだろうか?
流石にそれを問うのはどうかと思い、質問は飲み込んでおく。
「エンジェルウィングスの配達サービスの中にはそのような世界にも届ける、というものがあると伺っていましたが、なかなか営業所に確認に行く気にもならなかったのですよ」
扉が開かないのならば届かないのでは? そもそも世界を跨いで郵便物を届けるのだろうか?
……って自分のPBに聞けばいいのか。
『エンジェルウィングスは配送先を制限していません。ただし、世界を跨ぐ場合においては配送時間を無期限とさせていただいています』
いつ届くか分からない手紙、ということか。需要は……今、目の前にあるな。
でも、扉が開かないのにどうやって届けるのだろうか。
開くまで預かっておくとか?
「これも何かの巡り合わせでしょう。お食事が終わる前には用意しておきますよ」
マスターの、どこか寂しげな笑みに気付かないふりして、俺は次のサンドイッチに手を伸ばした。




