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●序章-2.ドクター・マッチョメン

※前回のあらすじ

 目が覚めたが、マッチョメンのドアップに耐えられなかった。

-fate 青年(???)-




「起きんか」


 暗転は1秒程度しか許されなかった。

 ばんと、先ほどよりも強めに叩かれた背中。先ほどから酷使している肺が再度の全排出を強いられ、喘ぐように酸素を求める。

 四苦八苦すること十数秒。目尻に浮かんだ涙も拭う余裕なく顔を上げた。


「な、何をするんだよ?!」

「ようやく目を覚ましたというのにまた寝るからだ」


 俺の真っ当な文句は巌のような顔に当たって砕けた。

 巌と言うより岩だ。岩から削り出したかのような、叩けばゴツゴツという効果音が鳴りそうな顔がそこにある。見ただけで気絶に追い込んだ威圧感は不意打ちによる追加ダメージを加味しての事だったのだろう、怯みはしたが意識は保てた。

 あんたの顔にビビって気絶したんだよ!と言ってやりたいが、流石にそれを音声にすると命に関わると言葉を呑み込む。


 小さく深呼吸。

 で、これは何者か。


 少し視線を落とせば白い壁があった。はち切れそうなワイシャツの上に、羽織られた白衣がかろうじて医者らしさを醸し出そうとしているが、それでも強烈に己を誇示する『筋肉』が何もかもを圧殺している。

 その逞しすぎるボディに鎮座するのは岩から削り出したかのようなゴツ面。そして頂には蛍光灯の光をきらり乱反射させるスキンヘッド。

 どっかのプロレス技を使う市長と同類の、人類の枠を超えた体躯がそこにあった。


「意識はハッキリしているか?」

「……残念ながら」

「なに?」

「何でもありません。と言うか、あんた、医者か?」

「口の悪いな。

 ふむ。それだけ喋れるなら何よりだ。退院して良いぞ」

「待って!? 状況がつかめてないの!」


 とんとん拍子に退院が決まってしまったが、ここで放り出されても困る。混乱で口調までおかしくなった。


「え、ええと、すみません。

 状況が掴めていないので、説明をしていただきたいのですが」

「なんだ、それなりの言葉遣いができるのではないか」


 マッチョメンは肩を竦めると、一歩後ろの位置にあった椅子にどかりと腰を下ろす。よく壊れないな椅子。筋肉は重いと言うし、多分二百キロくらいあるんじゃないのかこの人。


「……ん?」


 少し離れた位置にある椅子に座った事で距離が開いた。白い壁に塞がれていた視野が広がり、その結果、妙なものが視界に入ってくる。


「……なんだそれ?」

「なんだとは何だ。……ああ、翼か」


 ……

 ………


「俺、死んだんですか?」

「医者に向けるには皮肉が利き過ぎた言葉だな。

 ……なるほど、地球世界では翼を持つ人型は死の象徴の一つだったか」


 マッチョ、白衣、医者、翼。これが連想ゲームだったら出題者の正気を疑う事から始めた方が良いと思う。だが、それらのワードは全て目の前に何故か揃っていた。余りにもカオスな取り合わせが俺の正気をガリガリと削る音が聞こえる。


「……今日、ハロウィンとかですか?」

「そっちの世界の祭りだったか? 違うぞ」


 ───また出た。

 彼は実は役者で、俺は何かのドッキリに巻き込まれているのではないか。

 そんな夢想に逃げても何一つ解決の兆しは見えてこない。なによりも、不意に脳裏を走るあの一瞬が否定し続けている。

 この岩系フェイスに一マイクログラムの冗談も含まれていない事は疑いようも無かった。覚悟を決めて、問いを口にする。


「『そっちの世界』って、どういう意味ですか?」

「ここは君の生まれ育った世界ではない、ということだよ」


 事も無げにマッチョメンが言い放つ。

 最近やけに流行っている事は知っている。ああ、知っているとも。


「……異世界、ですか?」

「呑み込みが早いな。

 察するに、君は死にかけた状態で『扉』を潜り、この世界に来た。

 そこで運良く救助が間に合い、私の病院に運ばれてきた」


 死にかけた、という言葉に何度目かのフラッシュバック。強く認識したためか、より明瞭に蘇った映像に喉の奥が引きつり、全身が震えた。


「とはいえ、彼女が居なければとても持たなかっただろう。

 彼女には感謝することだ」

「……かの、じょ?」


 マッチョメンが自分の脇腹の方を見る。釣られて視線を移せば、巨体を盾にするように覗き込んでいる第三者の存在にようやく気付く。

 何と言う遮蔽率だ。存在感が他への注目を完璧なまでに許さない。


「彼女が転がっている君を見つけて、応急処置のような事をしたそうだ」


 別の事に慄いているうちに、刺激的な言葉が耳に刺さった。

 俺はまだ混乱している。このままだとまた良く無い事を口走りそうだ。深呼吸をする。


「死んでもおかしくない大怪我だったって事ですよね……?」

「全身の打撲、骨折、擦過傷、一部内臓破裂。数える余裕も無かったが無事な所を探す方が難しいくらいの血だるまだったぞ。

 頭に大きな損傷は無かったし、片肺がつぶれた程度。即死は免れただけという有様だった。枝が何本も突き刺さっていた所を鑑みるに、山で動物に突撃されて滑落でもしたか?」


 流石は自称医師。見事な推察だ。

 彼の言葉に誘引され、何度目かのフラッシュバックを頭を振って振り払う。

 一旦自分の記憶を整理しよう。俺の身に何が起きたのか。どうして異世界なんて場所に転がりついたのか。

 あれはそう、大学からの帰り道だった。

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