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●一章-2.エンデ

※前回のあらすじ

 運送屋に即採用?

 こっちの事情で悪いが、このバイクに乗ってくれないか?

 私が試してやる! ⇒ 勘弁してください。

-fate アキヒト




「なるほど。それは……大変でしたね」


 説明の後、話を飲み込む数秒間を経てトミナカさんは俺たちを交互に見て、労わりの言葉を向ける。


「正直こういうタイプのバイクに乗ったことが無いですし、どちらかが振り落とされると危険ですから、試してやる、的な展開は遠慮したいんです」

「と、いうことですが、ヴェルメ。どうしますか?」


 バイクさんことヴェルメも俺の説明の途中から段々と怒気が弱まっていたように思える。今は完全沈黙だ。


「ええと……怒らせましたかね?」

「いえ、挙げた拳の行先に困っているんでしょう」

「れ、冷静に言うんじゃないよ!」


 恥ずかしさを誤魔化すような怒声が響く。目隠しすればとてもバイクが喋っているとは思えないほど感情は豊からしい。


「ヴェルメ。あなたの能力は彼らにとって有意義です。

 そしてあなたを起動できる彼らは、あなたにとって有意義のはずです。

 それではダメでしょうか?」

「……ああ、もう! わかったよ! 私だって好きで車庫の隅に居たわけじゃないさね!

 アキヒトとか言ったわね!」

「はい」

「アヤカが戻るまでの代理だよ! 良いね?!」

「ええと、結局俺、採用ってことで良いんですかね?」

「そこは答えなさい!!」


 足があれば地団太踏みそうなヴェルメを横目にトミナカさんは笑顔で頷く。


「君に関係のない問題に巻き込んでしまうが、こちらからお願いしたい。

 ヴェルメが走れるだけでも私としては嬉しいことですから」

「わかりました。……って、郵便配達ですよね?

 レーサーになれって話じゃないですよね?」

「もちろんですよ。配達についてはヴェルメも良く知っています。

 彼女は律儀な性格なので、アヤカ君捜索で仕事をおろそかにはしません」


 計器がいくつか妙な動きをした。歯噛みしている、という感じか。


「ヴェルメ、今日は説明だけに終わりますが、彼が居る間に不調箇所の確認をしておいてください。

 ミュスフェルさんも今日はヴェルメのメンテを優先でお願いします」

「わあってるよ。じゃ、明日からよろしくな」


 工具箱を取りに背を向けながらホビットのおっちゃんが軽く手を振る。


「ではアタゴさん、シノさん。事務所に戻りましょう。

 いろいろと順番がおかしくなりましたが、改めて説明をさせてください」

「はい。おねがいします」


 そういえばシノが静かだなと、見れば、俺の視線に気づいて何故か慌てる。


「どうした?」

「い、いえ! 何でもないです!」


 口を押えてぶんぶんと首を振る。まさか拾い食いしたわけじゃないよな?

 ……頬が膨らんでいるわけでもないし。


「何でもないなら良いけど……」


 見ればもうトミナカさんが裏口のところで待っているので小走りに追いかける。


「どうかされましたか?」

「いえ、特には」

「そうですか。ではソファーの方へ」


 先ほど向かい合っていたソファーに腰かけると、トミナカさんが俺とシノの前にカップを置いた。香りからしてコーヒーだろう。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「……これは?」


 シノがきょとんとして俺たちの顔を見る。確かにコーヒーは知らないと泥水にしか見えないよな。


「ああ、すみません。シノさんは御存じなかったですか。

 飲み物ですが……慣れないなら砂糖とミルクを足しておきましょう」


 取り出したのはスティックシュガーと1回分パッケージのミルクだ。手早く投入してシノに渡す。俺はブラックで問題ない。


「改めてどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 しかし見慣れた物があると、どうにも自分が今どこに居るのか分からなくなってくる。特にここは内装が内装だ。あと、そのスティックシュガーのメーカー、知ってるし。


「さて、労働条件を言わずに話を進めてしまっていましたね。改めて説明させてください。

 業務は配達業務。ヴェルメを使うことを前提としますので、あって小包程度のサイズまで。

 うちの営業所で扱う数は日に40通ほどですので、まぁ、掛かっても6時間あれば終わります」

「……40通で6時間ですか?」


 一度だけ年賀状配達のアルバイトをやったことがあるが、その時は元旦でなくても担当分だけで200を超える日もあった。


「町をご覧になったのならわかると思いますが、現状クロスロードの人口密度は非常に薄い状態です。したがって、現在エンジェルウィングスの営業所は中央の本部、ケイオスタウン、そしてこのロウタウンの3か所にしかありません」

「ロウタウン、町の南側全域が配達地域ってことですか」

「全域ではありません。その内側三分の二というところですね。それより先は、特区が点在するため、本部の特別課が対応することが多いので」


 また新しい単語だ。PBにお伺いを立てる。


『種族特性上の問題に対応するため、独自の法を有した地区です。

 主に通行の禁止時間や持ち込みの禁止の物、属性制限などがあります』


 エルフのお姉さんが話していたあれか。

 そういえば……


「あの、町に標識とかありませんでしたけどバイクってどのくらいの速度まで出していいんですか? あと、元の世界でも二輪の免許も持ってないんですけど」

「……。ああ、まだご存じなかったのですか?」


 不思議そうな顔を一瞬したトミナカさんは、ややあって俺の疑問を理解したのか、頷いた。

 いや、何か返事が変だ。


「ご存知、というと?」

「このクロスロードに法律はありません。例外は特区法くらいです」


 ……。

 ……。


「え?」

「わかります。私も初めて聞いた時は同じ反応をしましたよ」

「いや、法律が無いって……それで成立するんですか?」

「本来はしないでしょうね。法治国家に住んでいた我々は、その必要性を知っていますから特にそう感じるでしょう。

 しかし、このクロスロードで、万人に受け入れられる法律とはどのような物でしょうか?」


 問い返されて、言葉に詰まる。


「速度制限でしたね。

 この街には自前の足で時速200キロ以上出せる種族がいます。

 人にぶつからない高さでホバーリングする種族が居ます。

 そもそも物理的に衝突をしない霊体系の種族が居ます。

 さて、どういった法律が適切なのでしょうか」

「……法律が無い、というより、設定できない、ですか?」

「理解が早くて助かります。この街を管理する管理組合は『管理すれども統治せず』を掲げています。

 彼らからの布告は一つだけ。『なるべく仲良く暮らしましょう』」


 幼稚園児が斉唱しそうなワードだが、『なるべく』というところが色々と深い。


「だから、仮に私が今ここであなたを刺殺しても、罪になりません。罪と定める法が無いのです」

「……日本人である俺が喜ばれた理由はそこですか」


 滅茶苦茶ですね、という言葉は飲み込む。この人は大よそ俺の常識と変わらない『日本』の出身者で間違いないだろう。滅茶苦茶なことは承知の上で話してくれている。


「はい。法が無い以上、あるのは個人の利益と道徳です。

 日本人なら誰も彼も道徳的に振舞っているとは思っていませんが、道徳教育を一定に受けている事を私は知っています。

 特に、人様の荷物を預かり、渡す運送業としては無いより有る方が良いでしょう」


 町の光景を思い出す。

 一見平和な街並み。しかし俺の体なんて一瞬でぼろ雑巾に変えられそうな存在はいくつも見た。『なるべく仲良く』? いやいや、冗談で叩かれただけで命の危機に直面しそうなんですが


「そういう意味でもヴェルメを使える点に大きなメリットがあるのです。

 彼女には搭乗者を保護する機能が付いています。流れ弾の一発や二発なら問題なく防いでくれますから」

「流れ弾って……」


 例え話には聞こえなかったし、多分その積りはないのだろう。昨日の俺はシノに助けられた件を含めて運が良かったということか。

 ……運の残量、もう無いんじゃないですかね?


「それにエンジェルウィングスの制服にもいくつか防御の術式を仕込んでいますから、ある意味日本より安全かもしれませんよ」

「それは無いでしょ?」

「ふふ、お気持ちは分かります。さっきまでの町の風景が嘘のように感じましたか?」


 体験談なのだろう。どこか懐かしむような、面白がるような目が俺を見つめる。


「信じられないかもしれませんが、今まであなたが見てきたクロスロードの光景は、間違いなくこの町の日常です。

 それにはいくつもの理由があるのですが、何よりも、多くの住民はこの街を愛している」

「愛、とは大仰ですね」


 聞き慣れても使い慣れない単語を聞いて多少茶化す感じで応じると、彼は苦笑ともつかない表情を作った。


「この町の、ある意味別称ですので、PBにも登録されていない名前をお教えしましょう」


 喉を湿らすためにコーヒーを一口含み、嚥下すると吐息と共に言葉を漏らす。


「エンデ」


 放たれたのは3文字の言葉。


「楽園という意味の『エデン』と終わりの地という意味の『エンド』を掛け合わせた言葉です。

 アタゴさん。あなた、死にかけてこの世界に来たと言いましたね?」

「ええ」

「それが珍しくないことは聞きましたか?」


 マッチョメンが確かそんなことを言っていた気がする。

 頷きを返すとトミナカさんは言葉を続けた。


「私もね、実は病気で臨終間際だったんですよ」

「……それって……」

「手の施しようもなくなり、最期は家でと退院し、体を起こすのも苦痛で天井を見ていました。

 すると神棚に扉が繋がりましてね、そこからうちの社長が出てきたんですよ。

 いや、お迎えが来たのは分かるけど、うちは神道でそれは神棚なのにどうして別の宗教の使いが来るんだと、呆れましたね」


 懐かしそうに語るが……もしかしてとは思っていたが、エンジェルウィングスの社長ってマッチョメンと同郷なのだろうか。と、すると……そんなもの出てきた瞬間ショック死してもおかしくないと思うのだが。


「社長……に治してもらったと?」

「正確には社長の知り合いにですね。私が郵便局勤めだったと知ると興味を持たれまして」


 ……トミナカさんってエンジェルウィングスでもかなりの重要人物なのでは?

 過ぎった考えを知らないまま、彼は言葉を続ける。


「必ずそう、とは限らないことは分かっていますので、あくまで傾向です。

 この世界は『死にかけている者』や『何かを達成した者』といった『終わりを迎えた者』の傍に扉を繋ぐ性質があるという説があります。

 『物語の終わりの次の世界』、『終わった者の安息地』。

 故に誰かが『エンデ』と呼び、それはそれぞれの実体験のもとに広がっているようです」


 自分がそうだから言うのも何だが、死にかけている人が全員無事命を繋いでここで暮らしているというのは都合が良すぎる気もする。或いはそういう人が多いから準備がされているとか?

 ……恐らくだけど『何かを達成した者』の条件の方が多いんだろう。

 そんな事を考えているとシノが少し身動ぎした。膝の上の手をキュッと握り締めたためだ。トミナカさんの方を見ていながら見ていない。彼女もまた、思い当たる事があるのだろうか。


「つまり多くが自身の世界から、生活から隠居した身なんですよ。

 加えて一致団結しなければ抗えない災害がある事を知っている。

 それ故に維持しなければならず、維持したいと願う平和が君の見たものです」


 怪物。未だ目にしたことは無いし、したいと思わないが、この街を襲い、数千数万の命を飲み込んだ災害はこの街の始まりの記録だ。人種はおろか種族も出身世界も違う来訪者達が肩を並べて脅威に立ち向かった事実がこの街と、この街の今を作っていると彼は言う。

 『なるべく仲良く』というお願いはこの町に相応しい言葉なのだろう。


「なるほど」

「さて、じゃあ、賃金のお話に移りましょうか?」


 俺に拒否する感情が無くなったことを見て取ったか、トミナカさんは笑みを浮かべて再びコーヒーを手に取る。個人的な平和のためにも、俺は居住まいを正して続く言葉を待つのだった。

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