ある日の居間
「理不尽いうな。関係ないだろ」
「あるわよ。アンタがそんなんだから男のハードルが上がってんの、最近のはできないわよ? そういう気遣い。顔悪いくせにキモいのよ」
なんで今日はこんなにキモいキモいって言われなきゃならないんだろう。自殺したら遺書には二人の名前だけ太いマジックで強調しとくからな、覚えてろよバスケ部二人衆。
はあ、と息を吐いてアイスを回収した妹は踵を返してリビングに消えていく。完全にただの通り魔じゃねえか。
「暑い。クーラーくらいつけときなさいよ役立たず」
「無理いうな」
脚を組んで二人がけソファーを占領しながらアイスを頬張る生意気な小娘。暑さと弄りでストレスがマッハだろうと関係ないその姿勢には慣れたものだが、それでも思うところがない訳でもない。
「お前な、あんまり我儘ばっか言ってると俺のことお兄様って呼んで敬うように調教するぞ」
「なんで童貞ってすぐ調教したがるのかしら」
「ごめんなさい」
龍の吐息は人間を殺すには十分すぎた。噛み付いたらしっぺ返しをくらうのは分かってたはずなのに、俺もイライラしてたんです。
怒りの行き場を見失う俺は妹の対面に腰掛けて、気を紛らわせるためにテレビを点ける。が、この時間ではニュースや子供向けの番組ばかりであまり魅力はない。
「で、宮本のことはどうすんのよ」
「……どうするって言われてもな」
「言っとくけど、一ヶ月は見てないわ。もうバスケ部に居場所なんてないわよ、今さら来られてもなんで来たのオーラで往復ビンタね」
「あんまり気にしなさそうだけどな」
「分からなくはないけど」
テレビから上がる哄笑が酷く場違いな気がして、静かに電源を落とした。
「断るならハッキリしなさいよ。なんなら協力してあげようか、お兄ちゃんは妹を利用して友達を寝取ったクソ野郎だって言いふらせば自然消滅するでしょ」
「俺の人生も消滅するけどな」
「自分は関係ないけど好意を向けてくれてるから仕方なく相手にしてあげる、なんて考え方の甲斐性なしには的確な表現じゃない。気遣いできるやつの特徴よね、楽しんでくれるならそれでいっかみたいな短絡的思考回路」
利用されるだけ利用されて、傷付いて、捨てられる。友達としてそんな宮本の姿を見たくない。妹の言葉はどこまでも正しくて、そんな現実にきっと俺の表情は強張ってしまったと思う。
俺は断ったつもりだった、だが宮本は付き合ったつもりで隣を歩いていた。それに気付いても、諦めるつもりなんて更々ないようで、呑気にまた明日ーとか言っていた。
宮本が付きまとうだけなら適度に相手してやるかという気持ちがなかった訳じゃない。好きと言われたのは素直に嬉しかったし、無下にするのが――勿体無い。ああ、妹の言う通り、宮本が楽しいなら無理に引き離す必要はないなんてクソ野郎の考え方で宮本に接していた。
改めなければならない、革まらなければならない。背中を追ってくれるからどうでもいい、そうじゃなくて、向き合って答えを見付けなければ俺には宮本以外の誰かとも付き合う資格なんてないんだろうから。