ある日の玄関
「お、か、え、り」
背中から声がした。振り返るとムスッとした表情で腰に手を当てる女の小鳥遊さんがセーラーの胸元をパタパタさせて俺が靴を脱ぐより先に玄関を上がる。
「今日は早いな、いっつも七時は過ぎるのに。バスケ部、今日は早く終わったのか?」
「私が早退しただけ、悪い?」
なんで喧嘩腰なんだ、と突っ込みたかったが藪をつついて龍が出てきたら致命傷は免れない。悪くはないと返事して戸締まり、妹に続いて玄関を上がった。
廊下も半ば、突然振り返った妹は殺し屋のように俺の足を引っ掻けて肩を突き飛ばし生ぬるいフローリングに叩き付けたかと思うと、すかさず顔面に黒のサイハイソックスが押し付けて忌々しげに舌を打つ。
「クズ、カス、ゴミ、マヌケ、脳足らず、窓際で死んでるハエ」
きっと今日という日は人生における峠なんだろうなって。
「何? 宮本とはどういう関係? いくら払ったの?」
「払ってねえよ。関係とか言われても俺が訊きたい」
「最近は部活に顔出さなくなったし、出しても早退するし。私用がなんとかって言ってたけどアンタが絡んでるとは思わなかった。恋人同士なんだって?」
あいつバスケ部だったのか、という納得の前に。
「恋人じゃない、断ったぞ俺は」
「一緒にアイス食べながら帰ってたくせに。こんな可愛い妹より早く恋人が出来たからって頭に乗ってんじゃないわよ」
「そういう事じゃ……なんだ、気にしてるのか?」
「してない!」
ガスッと降り下ろされた足。割と顔面は危ない、っていうか軽くとはいえバスケ部に顔を出した後で足なんて押し付けないで欲しい。
「お前けっこう汗ばんでんだよ、足どけろ」
「そうね、だいぶ臭くなってると思うわ。けど文句を言うにしても汗ばんでるって遠回しに表現してくれるあたり、アンタってちょっとした気遣いはできてるのよね。その袋、私のアイスでしょ? 丁度食べたかったのよ。本当は言いたくないけど、アンタがいると結構助かるところはあるの」
……なんだ、こいつが素直に感謝するなんて珍しい。槍でも降ってくるんじゃないか?
「アンタがそんなんだから私に彼氏ができないのよ。死ね」
バリスタが飛んできた。