ある日の早朝
降り頻る蝉時雨。身じろぐだけで汗の噴き出すこの季節に苛立ちを隠すつもりなど更々なく、夏などという馬鹿みたいな季節を生み出した神様へ当て付けるように深く眉根を寄せて駅から学校までの長くも短くもないが絶妙に時間のかかる道のりを進んでいた。
「センパイッ!」
平日の朝、人影は多いものの哀愁にも似た静けさで満ちる公道に響いた大声量。談笑するの学生、早足気味の社会人、そして俺もその近所迷惑甚だしい喧騒に立ち止まる。
ショートの黒髪、やせ形の体躯。だが夏服のセーラーから伸びる手脚を見るにただ単なる細身の少女という訳でも無いらしい。
閑静な住宅街で叫ぶ若干痛い少女の視線の先には、俺がいた。俺しかいなかった。エキストラというかエトセトラ共はゆっくりと距離を取り、しかし逃げる素振りもなく野次馬している。どっか行けと言いたい。
「あたし、四月からずっと小鳥遊センパイの後ろを歩いてる宮本って言います」
「なるほど、ストーカーか」
「センパイにストーキングするほどの価値は無いッス」
「お前失礼だな」
確かにストーキングされるほどの魅力が無かったとしても、そこはもうちょっとオブラートに包んでほしかった。
そんな俺の哀しみなど知ったこっちゃないと宮本は覚悟を決めた侍がごとく鬼気迫る表情で仁王立ち、鋭い眼光を振り抜いた。
「あたし、センパイの事めちゃくちゃキモいと思ってます」
泣きそう。
「いっつも先頭車両の隅っこで寝癖跳ねさせながらニヤニヤして携帯弄ってんです。欠伸するとき口隠さないし、目死んでるし、もう見た目からして頭悪そうだし、視界に入るだけで腹立つんス」
でも! と声を上げて拳を固める。
「今は違うんス! いや、そんなに違わないッスけど、今はセンパイにはそんなキモさよりももっと良いところがあると思ってるんス! 触ったら腐ると思ってたんスけどそんな事はないと思えたんス!」
肯定してくれているようで中身は誹謗中傷の先を行ってんぞ。訴えたら間違いなく勝てるぞこれ。
完全に引きつった笑顔で溢れそうな涙を堪える俺の前で、夏の日差しに汗を煌めかせて力説する宮本。周囲からの小さな笑い声が俺の心を更に傷付けている事もきっと気付いてはないんだろう。
「あたし……あたし! センパイに背中見せたら胸揉まれると思ってずっと警戒してて、じゃあ気付いたらずっとセンパイのこと見てて……良いところ、いっぱい見付けて、センパイのこと好きになっちゃったッス! どうせ恋人なんていないと思うッス、だから、あたしと付き合ってください! お願いします!!」
「死ね」
当然の結末だった。