第 七 話
お久しぶりです。書き溜めてます。頑張ります。
翌朝、朝食を食べながらテレビをぼーっと見ていると、春ちゃんが眠たそうに、リビングにやって来て、私の隣に座った。今日は一限からで、春ちゃんと家を出る時間が被る。
食パンにマーマレードジャムを塗りながら、せっせとお弁当を作ってくれているお母さんに、今日奈緒が泊まりに来ることを言うと「じゃあ今夜は、お料理張り切っちゃおうかな」と、献立を考え始めた。春ちゃんは一瞬こちらを見たかと思えば、再び黙々とパンを食べ続けた。
最後の授業が終わって、奈緒は急いでバイトへ向かった。私は奈緒のバイトが終わるまで、時間を潰そうと、行きつけのあのカフェへ足を向けた。
「El Cóndor pasa」《エルコンドルパサー》それがこのカフェの名前。ここら辺の学生の間では通称「El」と呼んでいる。なんでもオーナーはこの曲が好きなようで。店内はその曲のカバー曲が流れている時もある。
店内に入れば、お客さんがちらほら。
「いらっしゃい、空ちゃん」
店の奥から声をかけられた。
「シンさん、こんにちは」
「今日は奈緒ちゃんと一緒じゃないの?」
「はい」
「El」のオーナーのシンさん。ガッチリした体型に似合わないニッコリスマイル。愛犬家で、この人は見た目とのギャップが激しい。でも、そういう所がシンさんの魅力なんだろう。モテるんだろうなっと思っていたら、まさかのゲイだったし、彼女がいたことのある私にとっては、そういう面でも良き相談相手である。
「珍しいね、空ちゃん一人だなんて。何注文する?」
「んー今日はミルクティーにします」
「ちょっと待っててね」
シンさんが厨房へと消えていく。
ミルクティーが出てくるまで、私は今日出された課題をチェックすることにし、少し大きめの鞄からファイルを出す。私の通う大学はいわゆるマンモス大学で、様々な学部がある。そのため、いろんな人がいる。私が所属する文学部には真面目な人が大半だが、中には変人もいる。毎日が楽しいわけではないが、これといって大きな悩みは無く、順調にキャンパスライフを送っているつもりだ。奈緒の様に、レポートに追われることもしばしば。文学部のせいか、教授に何度か突き返されたこともあり、それが逆に、やる気に火をつけて、私は、この前のレポートに満点を頂いた。奈緒に自慢をしたら、ふくれっ面で睨んできた。あの顔は面白くて、今でも覚えている。
「何にやけてんの。はい、ミルクティー」
思い出していたら、どうやらにやけていた様で、シンさんに見られてしまった。
「にやけてなんか…あ、ありがとうございます」
「なんかいい事あったの?恋?」
「へ?いや、そんなんじゃないですよ、ただの思い出し笑いですよ」
「なんだ、つまんねー」
そう言って拗ねた顔からいつもの優しい顔に戻る。
「そうだ、シンさん、彼氏さんとは順調ですか?」
シンさんに新しい彼氏ができたのは先月。ここの常連さんだった人で、よく夜遅くまで二人で語り合っている様子をよく見ていたので、くっついたと教えてもらった時は、それほど驚かなかった。奈緒は驚いていたが。
「まあね、あの人忙しいから最近はここには来ないんだけど、結構マメで、毎日、連絡は欠かさずさてくれるんだ。意外だったよ」
幸せそうに話すシンさんが、なんだか可愛くて、ついついこちらまで微笑んでしまう。
「空ちゃんはどーなの?前の彼女と別れて結構経つんだろ?」
「はい、高校生の時ですから」
高校生の時、同級生の子に告白され、1年ほど付き合ったが、あまり上手くいかず別れた。それ以来、恋愛はしてこなかった。片想いもしてなかった。
「いい人いないの?」
カウンターに肘をついてシンさんは悪戯っぽく笑う。
「いないですよ、どこにも」
「でも、空ちゃんは両方いけるじゃん、範囲が広がるんだし、ラッキーだよ」
「…ラッキーってなんですか」
「選びたい放題、みたいな」
「選ぶほど好意を寄せてくれてる人なんかいません。気になる人すらいないのに」
そう言う私に、疑心の視線を向けるシンさん。「何ですか」と聞けば、手を顎に添えて話し出す。
「そのさ、奈緒ちゃんはそういう対象に入らないの?」
「えっ…考えたこと無いですよ、友だちだし…」
シンさんの質問に驚いて、思わず目を見開いた。
「でも、同性相手って、最初は友だちからってのが多いじゃん?だから、どうなのかなーって思ってさ」
「無いです、絶対。あっちだって、そんな気ないですよ」
「分かんないじゃん、そんな相手の気持ちなんて」
何故か焦っている心臓を落ち着かせようと、ミルクティーに手を伸ばす。
「でも、奈緒は無いです、あの子は私の良き友だちなんです、どちらかというと、お姉ちゃんみたいというか」
「なるほどね、頼りにしてるのか。残念だな、空ちゃんと奈緒ちゃんお似合いなのに」
含んだミルクティーを吹き出しそうになって、必死に耐えた私であった。
「そもそも、奈緒はノーマルですよ、シンさん」
「そんなの関係ないよ、恋に落ちちゃえば」
「シンさん今日はノリノリですね」
「空ちゃんを弄るの、面白いんだよ」
「そろそろ怒りますよ」
「てへ」
舌を出したシンさんは、当たり前だが、可愛くなかった。