第 九 話
家に着くと、リビングから美味しい匂いがした。
「あら、お帰り、空、奈緒ちゃん」
リビングからパタパタとスリッパの音が聞こえて、靴を脱ぐため下を向いていた顔を上げたら、お母さんがいた。
「ただいま」
「夜分遅くにお邪魔します!」
奈緒は元気よく挨拶をした。
お母さんの後ろからひょこっと春ちゃんが覗いていた。それを発見した私は声をかけようと思ったが、すぐに二階へと上がってしまった。奈緒に緊張したのか、と私は思った。
「あ、そうだ、これ、お土産」
そう言ってシンさんから貰ったチョコプリンが入った紙袋をお母さんに渡した。
「あら、チョコプリン?どうしたの、これ」
「知り合いの店員さんから貰ったの、売れ残り引き取ってって」
「美味しそうね、食後に食べましょう」
お母さんは嬉しそうに紙袋を持って奈緒を招き入れ、リビングへ向かった。
「うわー美味しそう。空のお母さん、料理上手ですね!」
奈緒と私で遅めの夕飯。お母さんと春ちゃんはすでに済ませたようだ。奈緒は、目の前のご馳走にテンションが上がったようだった。
「ありがとう、奈緒ちゃん。でも、こう見えて結構簡単なのよ、この料理」
「えー嘘!すごいですね。今度良かったら教えてもらえませんか?」
「全然いいわよ、教えてあげる。夏休みなんかどうかな?」
「あ!いいですね!お世話になりますー」
「いいの、いいの、気軽に泊まったりしてもかまわないからね?空のベッド使って?」
「え、…私どこで寝るの?」
どんどん進む、お母さんと奈緒の話に急に私の名前が出て、思わず間に入った。
「一緒にベッドで寝れるでしょ?あのベッド、セミダブルだし」
「えー…」
「なによ、あたしと寝るの嫌なの?」
奈緒が軽く睨んできたので、一応訂正をしておいた。だが、やはり一緒に寝るには窮屈だろうなぁと思う。
そんな話を、ご飯を食べながらしていたら、春ちゃんがマグカップ片手にリビングにやってきた。自室で勉強をしていたようで、ちょっと顔は疲れているように見える。賑やかに奈緒と喋っていたら、キッチンカウンターの向こうから春ちゃんが私を睨んできた。
「(え、なんで私春ちゃんに睨まれてるの…)えっと…な、奈緒、春ちゃんに自己紹介したの?」
慌てて奈緒に話題を振る。
「あ!忘れてた!…申し遅れました!空の友達で、山中 奈緒といいます!よろしくね、春ちゃん!」
「…よろしくお願いします」
ぶっきらぼうに答える春ちゃんは幼かった。だが、それでも奈緒は満足そうにニコニコ春ちゃんに微笑みかけていた。
「あ、そうだ、春ちゃんにお土産あるんだ〜…はい、これ、つまらぬ物ですが」
そう言って奈緒が渡したのはフルーツタルトだった。
「まあまあ、奈緒ちゃん、わざわざありがとう!お土産なんてよかったのに、今日はデザートが沢山ね!ほら春、お礼」
お母さんに催促されて、春ちゃんは奈緒を見つめて、
「ありがとうございます…奈緒さん」
と言った。奈緒は名前を呼ばれたことに悶えているようだ。
「ちょ、奈緒、きもいって、その反応。ごめんね、春ちゃん、変なやつで。でもこれ多分嬉しがってるだけだから気にしないで」
どうしたのだろうと奈緒を見つめる春ちゃんにそう言って奈緒の背中を叩いた。




