第 一 話
厳しい冬を越した頃、父が再婚の話を私にした。
5年前、昔から体が弱かった母は余命を1年半年と伸ばした後、この世を去った。父は静かに涙を流し、また静かに感謝の言葉を口にした。中学3年だった私。母の死と向き合うには時間がかかった。母を亡くした悲しみは無くならない。けど、今はもう前を向けていると思う。
きっと母の命と引き換えに、神様は何かを与えてくれる、そう私は漠然と考えていた。
でも、神様が与えてくれたのは、これから私を深く悩ませる種だという事を知るのはまだまだ先の話だった。
駅近くにあるレストランのバイトが慣れ始めた頃、店仕舞いの作業を手伝ってから帰ることが多くなり、帰宅する頃には日付が変わっていた。この日もいつも通り日付を跨いで帰宅。
早く横たわりたくて気持ち急ぎで階段を駆け上がっている途中、「おかえり」と声をかけられる。振り返れば優しい笑顔を私に向けてくれる新しいお母さんの、沙織さん。父には勿体無いくらいの美人で、歳は父の7歳下。父との出会いの話はまた後で。とりあえず、とても優しくて、良い人で、私は拒絶する事なく、すぐに仲良くなった。だから、呼び方も最初は抵抗があったけど、今じゃ、
「ただいま、お母さん、起きてたの?」
「そうよ〜、やっぱり心配だからね、お疲れ様」
的な感じで、親子の会話をする事ができてる。本当にこの人が新しいお母さんで良かったなって思う。再婚の話をされた時は賛成することはできなかったけど、実際会ってみたら気が変わったのだ。この人なら仲良く暮らせるかなって、直感に近い気持ちで出した答えだったけど、正解だったのかもしれない。
沙織さんもといお母さんは労いの言葉を言って寝室に向かっていった。その背中に「ありがと、おやすみー」と声をかけて階段を再び登る。部屋のドアを開けてベッドに倒れこむ。するとすぐに睡魔が襲ってきて、明日は休みだし、お風呂は朝入ろうと、考えているうちに眠りについた。
翌朝、重たい体を起こしてリビングに行くと、「おはよ、空、昨日お風呂入ってないでしょ?」と聞いてくるお母さんがいて、「うん、怠くてすぐ寝ちゃった」と返事をすれば、リビングの奥から、
「不潔、はやく入ってきてよ、臭いし」
と不機嫌MAXな声で私にきつーい言葉を投げつけてくるのはお母さんの連れ子の、春ちゃん。高校一年生の美少女。きっと学校でモテモテなんだろう。だが見たところ恋人はいない様子。でも言い寄られてるんだろうな、なんて思いながら春ちゃんを見つめてると
「…何?なんか用?」
…何故にこの子は不機嫌なのか。しかも私にだけめちゃくちゃきつい。最近は怖さまで感じる。そのせいか、あまり仲良くなれていない。
「いや、何もないです、お風呂入ってきます」
思わず敬語になる私。情けない。
「もう、春、空にそんなにきつく当たんないの、お姉ちゃんなんだよ?」
お母さんが言うも春ちゃんは見事スルーしてコップに牛乳を注ぐ。そんな春ちゃんの態度を見て溜息をついたお母さん。でもきっと春ちゃんは思春期ってやつなのか、それとも…
「春ちゃん、寝癖ついてるよ」
お風呂に行こうとした時、振り返って春ちゃんの長い髪を見れば跳ねている所を発見し、そう言うと、春ちゃんは顔を真っ赤にして、さらに不機嫌な顔で「ほっといて!早く入ってきてよ!」と結構大きな声で言い放つ。でも恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら言う春ちゃんは、可愛いかった。あ、でもこれ言ったら私殺されるかも…
「ん、入ってくる」
そう返して、この態度が思春期と、ツンデレだったらな、なんて馬鹿なことを考えながら未だに真っ赤な顔の春ちゃんを背にお風呂に向う私だった。
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