種火2
都内で連続発生していた不審火。
重なるように都内で四体の焼死体が発見される。
現場を訪れた雨谷蓬らは…
「それで、現場に行ってどうするんだよ?」
火災現場に向かう公用車の中、俺は、ハンドルを切りながら、助手席に乗る蓬に話しかける。
「そうだなぁ、まずは鑑識のおじちゃんに話を聞くとするかね。」
「それって、ノープランってことだろう?」
「うむ、そうとも言う。」
……って、あっさり認めちゃったよ。
「……前も聞いたと思うが、君は超能力や心霊現象の存在を信じるか?」
不意に蓬が俺に問いかける。
「いや、前も答えたが、そんな物は存在していないと思ってる。……つっても、誰もが小さい頃に幽霊とかに恐怖を覚えるだろう?」
「まぁそうだね。今やテレビ、雑誌といった各種媒体で心霊現象を取り上げているからなぁ」
「だろう?つまりだな、刷り込みみたいなもんで、原因が分からないと、この間みたいに頭では否定しつつも、恐怖は覚える訳だ。」
「なるほどねぇ〜安心したよ。」
「ん?」
予想だにしない回答に思わず聞き返した。
「いや、もし、信じてるって言われたらどうしよかと思ってね。」
「はい?だって、よも……雨谷班長はそっち系っていうか、信じてるんじゃ?」
確か……どっかの大学で博士号がどうたらって話だったはずだが天…。
「いや、信じてる訳じゃない。私は超能力や心霊現象といったものが、一体どういう過程で発生したのかを知りたいだけだ。この世で起こった現象の99%は、科学で立証できると言われている……が」
「が?」
蓬に続きを促す。
「残りの1%は、現代の科学では説明できないのも確かだ。ワクワクしないか?」
「へ?」
「何で?どうして?は、恐怖を誘う一方で、知的欲求心を刺激する最ッ高のスパイスなんだよ!」
蓬の話し方に熱が入り始める。
「だってそうだろう?まだ誰も解き明かしていない怪に見て、触れて、カンジルことが出来るんだ。想像しただけで堪らんよ!」
そこまで言うと、蓬は身震いを始め、惚けた表情で明後日の方向を見ていた。
こいつ……変態だなぁ。
そんな感想が出る頃、ナビゲーションシステムは、現場付近へ到着した事を知らせた。
「雨谷さ〜ん、着きましたよ〜」
俺は隣で未だに惚けている蓬に話しかける。
「おっと、少し取り乱してしまったようだ。」
蓬は、そう言いながら、眼鏡の位置を人差し指で戻した。
「では、逢いに行こうか…まだ見ぬ怪奇へ」
…イラッ
ガチャガチャ
「鍵を…」
蓬が言うが、俺は無視する。
ガチャガチャ
蓬が再度ドアノブをいじるが、ロックがかかっておりドアは開かない。
蓬は潤んだ瞳でこちらを一瞥しーー
「開けてよ〜!」
そう抗議の声をあげた。
「スマンスマン、何か格好つけられてムカついたからさ」
そう言って俺はドアのロックを開ける。
うーん、今までの借りを返した気分になれて爽快だ。
「これに懲りたらーー」
って、もういねぇし!?
見ると、助手席に蓬の姿は無く、既に現場の黄色い規制線前で制服警官と押し問答していた。
「何やってんだよ…」
呆れながら、俺も車両から降りて、蓬のもとへ向かう。
車外に出ると、焦げ臭いにおいが充満していた。
「だ〜か〜ら〜!一般人は入れないの!」
制服を着た二十代の警察官が、蓬のバックパックを両手で掴みながら、規制線の向こうへ行こうとする彼女を必死に抑えていた。
「何をするぅ!離したまえ、私は警部だぞ〜!」
「そんな白衣を着た警察官がいるわけないだろう!」
「あー、スマンスマン、俺たち専門捜査官でさ」
そう言って俺は制服警官に近づき、警察手帳を見せながら【特捜】と表示された左腕の腕章を見せつける。
「えっ?あっ!?失礼いたしました!」
「それも白衣着てるけど特別捜査官だから、離してもらえるか?」
「はっはい!」
制服警官は、慌てた様子で蓬から両手を放し、敬礼をする。
この様子だと新人だろうか?
解放された蓬が現場へ小走りする。
「君はここの管轄交番の警察官?」
「は、はい!昨日から勤務しております!松井です!」
「そっか、御苦労さん。そのカメラは?」
「あ、はい。これは昨日現場に来た際に撮影したものです!」
「お、素晴らしいねぇ。」
おだてると、松井と名乗った制服警官は、嬉しそうな顔をした。
俺への警戒を完全に解除したようだった。
それを見逃さず、俺は一つ注文をつける。
「そのデータ、今観れるか?」
「はい、今出します。」
松井がカメラのスイッチを入れ、再生モードを選択すると、こちらにカメラをよこしてくる。
交番の備品である旧式のデジタル一眼レフだった。
撮影された画像をスクロールして確認する。
燃え盛る現場、
群がる野次馬、
これらが基本通り丁寧に撮影され、記録されていた。
特に不審な奴はいないか?
愉快犯であれば、野次馬として現場に残っている可能性もある。
「ちなみに、現場に来た時に不審な奴はいたか?」
念のため、松井に聞いてみる。
「いえ、特にこれだっという奴は……。あ、そういえば一人だけ病院に運ばれた奴がいましたね。」
「へぇ?住人かな?」
「だとは思うんですが、すぐに救急車で運ばれたんで名前も住所も……」
「何処の病院に?」
「ここから近くにある東都病院ですね。」
「東都病院ね、臨場時はどんな状況だった?」
「私が臨場した時は、既に二階全体に延焼していて、アパートの住民は既に自主避難していたので、付近住民の避難広報を実施しました。」
「その時に写真を?」
「ええ。」
「出火元は見たの?」
「いえ、先程ようやく鎮火しまして、この有様ですから現場の見分は午後に消防と一緒にやると一課の方々が……」
「あれ?遺体が見つかったって聞いてたが?」
「ええ、遺体だけは先に運びまして、今頃検視してると思います。」
「どんな感じだった?」
「もう表面はほとんど真っ黒で、見事にボクサースタイルでしたよ。あーあと……気の所為かもしれませんが、にんにく臭かったような気がします。」
「にんにくぅ?……松井君昨日何食ったの?」
「あっ!ニラレバ炒め弁当っすね」
たははと松井が苦笑い。
「なるほどね。了解、助かった。」
「は、はい!」
松井に軽く手を挙げ、俺も現場へ向かう。
充満する焼け焦げた臭い。
空気中を舞うススが両目を刺激して、目頭が滲む。
玉ねぎをみじん切りにした時に近い感じだ。
「マスクでも持ってくりゃ良かったな。」
俺はハンカチを取り出して、口元を覆う。
ある程度進むと、蓬の後ろ姿が見えた。
蓬は青い作業着を着た鑑識の警官と話をしているようだった。
「お疲れ様です。」
その鑑識に声をかける。
「ん?あんたは…」
「コレの連れです。迷惑かけてすいません」
俺は蓬の背中を指差しながら軽く会釈する。
年齢は50代だろうか?
帽子から少しはみ出た頭髪には白髪が混じっていた。
「ああ、この娘の。おもしろい娘だね〜」
意外や意外、まさか理解者が現れるとは……
「お邪魔しても大丈夫でしたか?」
「ああ、もう大体終わったしな、聞いてるよ超心理現象犯罪だっけ?変な部署が出来るって噂になってたからな。」
「ええ、自分も来たばっかりでイマイチよくわからないんですが、そういうのに詳しいのは彼女の方ですね」
「パイロ何たらだっけ?さっき嬢ちゃんが言ってたが……ま、今回の火災にそういうのが関係してるとは思えんが、ちと奇妙な点があるのも確かだ。」
「奇妙な点?」
「遺体がな……全部同じ部屋から見つかってるんだ。」
「同じ部屋から……火元は?そこですか?」
「おそらくそうだ、一番燃え方が酷い。だがそこが部屋の中心部で、火の気が無いのがどうにも腑に落ちない。」
「……一家心中とかですかね?」
「いや、俺もそうかなと思ったんだが、大家に聞いたら、そこに住んでんのが大学生一人だけってんだなぁ」
「あれ、遺体は四体ですよね?」
「ああ、ちなみに病院に運ばれた奴ってのがその部屋に住んでた大学生の知り合いらしい。」
「え?じゃあ他の四人は一体?」
「さぁな、集団自殺か、お遊びでやらかしちまったか……まぁ病院に運ばれた本人に聞けば、分かるだろうよ。あとは、仏さんを開いてみてだな。」
「そうですね。」
焼け跡に目を向け、鑑識の捜査員の言葉に頷く。
「鑑識のおじさんや、その解剖結果……後で送ってもらっても?コシュー」
何時の間にか、蓬が俺の隣に来ていた。
顔に……顔に、酸素マスクをつけていた。
どっから出したんだ!?
「ん?ああ……捜査資料だしな〜。」
「いやいや、資料までは結構です。結果だけメールで送って貰えれば、それで。コシュー」
「ああ、それ位ならなんとかなるな。」
「うむ、助かる。よし、野守君、撤収するぞ!コシュー」
「えっ?もういいのか?」
「いや、東都病院に向かおう!コシュー」
「病院にか?一課連中と鉢合わせるんじゃないか?」
「いや、今なら大丈夫だろう。」
鑑識の捜査官が言う。
「解剖に人割かれてるからな。」
「という訳だ。では行こう!コシュー」
蓬はそう言うと、車に戻り始める。
「ったく、また勝手に……すいません、邪魔しました!」
俺も鑑識の捜査官に会釈し、蓬の後を追う。
「おーい!早くしろ!コシュー」
「今行くっての……てかコシュコシューうるさい!マスク外せよ!」
「わかっシューわかっシュー」
「絶対、ワザとだろう!今の!?」
「ぷはぁっ、ん?何か言ったかな?」
蓬がマスクを外す。
一瞬露わになった素顔に不覚にもドキッとしてしまった。
「ッ……何でもないわ!行くぞ。」
お前は中学生かよッ!
俺は、自分自身に突っ込みを入れ、公用車のエンジンを始動させた。
次回予告!
現場を訪れ、一人勝手に暴走する雨谷蓬は一つの仮説を立てる。
火災の要因は「パイロキネシス」によるものだと…。
雨谷蓬の判断を疑いつつも、独自に捜査を開始した野守影明達は、科学や理屈で説明できない事態に遭遇する。
社会のゴミは全て燃やせばいい。
俺の炎は、紅蓮の業火…
お前が犯した罪を、業を、その身に受けろッ!!
焼け跡に残る時期違いの一輪の彼岸花
夜露に濡れる花弁が一粒の雫を落とす…。
「何で…何で伝わらねぇんだろうなぁ?」
野守は静かに銃口を前に向けた。
悲しみに滲んだ顔で…。