種火1
ようやっと本編突入!
火が好きだ。
紅く燃える炎が好きだ。
確か…最初に魅せられたのは、小学校の時のキャンプファイヤーだったと思う。
揺ら揺らと奔放に、
轟轟と恐れるものなく、
紅く大きく燃えるその姿が、自分とは正反対で、その様子を見ていると、嫌な事を忘れることができた。
火は、その熱で俺を熱くする。
火は、その光で俺を照らしてくれる。
火は、その力で全てを燃やしてくれる。
そうだ…
火は、俺の願いを叶えてくれるんだ。
なぁ、燃やしてくれないか?
いっその事、全て…
何もかも燃えて無くなってしまえばいいのに…
そしたら、
そしたらさぁ、もう苦しまなくて済むんじゃないか?
もう嫌な事も無くなるんじゃないか?
そうだ、そうだよ…
全部燃やしてしまえばいいんだ!
面倒くさい学校も、
理不尽な社会も、
俺を蔑む奴も、
哀れみの目で見る奴も、
全部、全部だ!
目の前の…
此奴らもッ!!
燃えろ…
燃えろ…燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろ燃えろぉッ!
「…燃えてしまえ。」
*****
Prrr Prrr…ガチャ
「はぃ〜、こちら超心理現象犯罪特別捜査班でぇす。」
卓上に設置された飾り気のない単色の電話が、久し振りの仕事にやる気を出し、電子音をけたたましく発する。
だが、それとは対照的にムスッとしたやる気の無い顔の二十代の男が受話器を手に取ると、部屋に響いていた電子音が止んだ。
「あっ野守さん?お疲れ様です〜。窓口の梅木です。あの〜加入でですね…」
野守と呼ばれた受話器を取った男、それが警視庁超心理現象犯罪特別捜査班に所属する主任、つまり…俺の事だ。
「あーはいはい、回してください。」
隣接する月島警察署の窓口担当職員である梅木恵子が、一般加入回線から入電した電話を回してくる。
初日に警務課の窓口で応対してくれた女性だ。
戸惑ったような声色。
おそらくーー
「ちょっといつまで待たせるつもりなのっ!?」
案の定、甲高いキーキー声が、受話器から響いていた。
「あーはいはい、お待たせしました。本日はどのようなご用件で?」
「どのようなじゃないわよ!私見たんだから!」
「何を見たんですか〜?」
「火の玉よ!火の玉!」
「んー気のせいじゃないかなー?」
言いながら、俺は卓上にあるメモ用紙を受話器を持つ反対の手で引き寄せ、
火の玉
と意味もなくボールペンでメモする。
ついでに、自分の中の火の玉のイメージをイラストしてみるが…出来上がったそれはただの水滴のようであった。
「気のせいなんかじゃないわよっ!あれは…そう、私が自宅にーー」
はぁ〜、またか…
そんな言葉が、頭の中に生まれてくる。
あれから…この部署に来てから、はや二週間が経過した。
んで、何があったのかというと…
特に何も無かった。
ドラマや漫画みたいにしょっちゅう大きな事件が発生するなんて事が、ある訳もなく。
俺の仕事といえば…
「ーーだからあれは火の玉に間違い無いんだから!それでーー」
こういう常習通報者、特にオカルトというか、幻覚・幻聴である事に疑いのない事を、事件だと信じて疑わない連中の電話受けだった。
「飯田さん。毎回言ってますけど、火の玉なんてある訳ないでしょう?何かと見間違えたんじゃないんですか?」
「何でそんな事を言うの!?私がおかしいと思ってるんでしょう!!あなた名前は!?これは問題よ!重大な問題だわ!この電話はね録音してるんだから!もしマスコミにーー」
「ぅわー、始まったよ。」
俺は一層音量が大きくなった受話器を耳から遠ざけながら呟いた。
こういう輩には、何を言ったところで無駄だというのは、これまでの経緯上、疑う余地のない事である。
大体、俺が反応を示そうと示さなかろうと、この飯田という中年女性は一方的に会話を続けるのだ。
「あーなるほどねー。」
うんざりしつつも、適当に相槌を打つ。
いつの間にか、手元のメモに記された火の玉のイラストには手足と顔が追加されていた。
前から薄々気づいてはいたが、どうやら俺は、興味のない電話を続けると、適当な文字とか図形を書く癖があるようだ。
「とにかくね!あんたら警察がどうにかしないと、大変なことになっちゃうんだから、分かった!?」
「…」
「分かったの!?」
「あーはいはい、わかりましたわかりました!」
ガチャンッ!
PuーPuー
「って架けてきといて、自分で切ってるよ、あのおばさん…。」
受話器を元に戻し、椅子の背もたれに体重を預ける。
ふと、壁掛けの時計を確認すると、時計の針は午前10時を指していた。
ついでに…
見てはいけないっ!
見てはいけないぞ!野守!!
と自分で言い聞かせ、今朝出勤した時から警戒していた人物の姿が、視界の右側にチラリと映ってしまった。
しまったっ!
一度気になると、もう気になって、気になって仕方が無くなる。
これも奴の思惑なんだと思うと、無性に悔しくなるなと改めて認識させられる。
ガサゴソ、ガサゴソ
何かを探す音
ビーピリリッ
ん?ビニール袋か何かか?
くぅっ!一体何をしているんだこいつは!?
全神経を身体の右側に集中させる。
出来れば、見ないで何をしているか把握したい。
そうすれば、奴を出し抜くことができる。
そう思ってより一層耳を澄ませた。
「チュッぽ、チュッぽ、レロレロレロレロロヌポッヌポッ」
およそ行政機関には馴染まない謎のチュパ音が室内に響き渡る。
って、うおーいっ!!
あんた一体何してんだよ!?
心の中でツッコミを入れる。
「あっ!?」
ところが、心の中のツッコミが身体に伝搬したようで、気付くと思いっきり奴に対してツッコミを入れていた。
当人と目が合う。
「ニヤリッ」
そいつがニヤリと口元を歪ませる。
ちなみに、「ニヤリッ」は本人がただ口で発した言葉であって、効果音ではない。
その本人の口には、細長い棒が咥えられていた。
「あの〜雨谷班長殿?一体、何をなさってるんでしょうか?」
俺の目の前にいる二十代前半の女性。
髪はボサボサ、黒縁眼鏡、服装は相変わらず白衣ですっぽり全身が隠れている。
どうやら、これがデフォルメらしい。
そして、こいつが俺の上司…
雨谷蓬だ。
だから、一応敬語で話しかける。
「らにって…」
そう言うと、蓬は口に咥えられた棒をゆっくりと、ゆっくりと引っ張りだす。
ぬぽぉっ
そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、
厭らしく、
艶めかしく、
蓬が細長い棒を抜き出すと、先端にはピンク色にテラテラと光る丸い玉が付いていた。
蓬の濡れた唇がプルプルと美味そうに震えていて、思わず魅せられる。
「あーまずい、まずい。」
蓬につられ、俺の頭の言葉まで桃色に染まってしまったのか、一つ間違えれば卑猥なシーンになりかねない言葉が頭を巡っていた。
言い直そう。
蓬が咥えていたのは、アレだ…
チュッ○チャ○スだ。
「何って、飴玉を舐めていただけだが?」
「そのようですね?」
俺は、何とか平静を保ち返答する。
「ふむ…」
すると、何か思いついたのか、蓬が額に右手の人差し指を当て考え込む。
「ああ!」
そして、額から人差し指を離し、その指の腹を上にして、俺に向けて言い放つ。
「勃った?」
「…勃っとらんわ!」
「ふ〜ん。」
「でもチョット勃ったでしょ?」
「だから、勃ってないっつうの!大体だなーー」
俺が文句を言おうとして、蓬に近寄ると、蓬は既に俺への興味を失ったのか、俺の右後方にある壁掛けの液晶モニターに注目していた。
…
放置プレイ…だと!?
一度湧き上がった怒りが、放置プレイという単語を選択した自分自身への失望で急速に沈下する。
俺も、蓬が見ているモニターに視線を移す。そのモニターではニュースが流れていた。
「お昼のニュースです。」
綺麗めの女性キャスターがニュース原稿を読む。
『本日未明、東京都内の木造2階建てアパートが全焼する火事があり、焼け跡から4人の遺体が見つかりました。』
現場の様子が映される。
木造アパートは見事に焼け落ち、元の形が推察できないほどに燃え尽きていた。
「最近多いな…不審火」
「うむ…」
何か思う事があるのか、蓬は先程同様に考え込む。
『ーー警察によりますと、本日午前2時、現場付近のアパートに住む住人から「2階が燃えている」との119番通報があり、近くの消防署からポンプ車などが出動、火はおよそ4時間後に消し止められましたが、木造2階建てのアパート、約120平方メートルが全焼しました。』
「いやー、これは一課の連中大変だな。」
「うむむむ。」
まだ考えてるな…
『この火事で、アパート2階の一室から4人の遺体が発見されました。
現在、警察と消防が身元と出火原因を詳しく調べていますが、このアパートに住むーー」
「これだ!」
突如、蓬が叫び、立ち上がる。
「な、何だよ?唐突に。」
「よし!時間は有限だ。今すぐ出るぞ!」
そう言うと、デスクの下からバックパックを取り出し、訳のわからない道具を詰め込み始める。
「おいおい、まさか、火災現場に行くのか!?どう考えても一課の連中のヤマだろう?」
「野守君、何を言ってるんだ?さっき自分で言ってたじゃないか?」
「は?…何を」
「これだよ。これ。」
そう言うと、蓬はオレの卓上にあったメモを掴み、示す。
「…火の玉?」
「そう!火の玉だ。」
「そんなアホな…どうせ失火か、放火だろうよ。」
「pyrokinesis」
「何?」
「パイロキネシスだ」
「何じゃそりゃ?」
「ま、簡単に言えば…火を操る超能力の一つだね。詳しくはwikiって見てくれぃ。とにかく現場に急行するぞ!」
蓬は白衣を翻し、出口に向かう。
「あっ、おいっ!」
バタンッ
蓬が、部屋から出て行き、急に静かになる部屋、テレビの音だけが響いていた。
「くそっ、何なんだよ。」
俺は、未だに蓬の行動が理解できなかったが、仕方なく出口の脇にかけられた公用車の鍵を掴むと蓬の後を追った。
次回予告!
現場に向かう公用車の中、
響くチュパ音、
俺は、未だ蓬のチュッ○チャ○ス攻撃に晒されていた…
乾く喉、
疼く下半身、
理性を失った野守はついに…
「って雨谷さん!何勝手に変なナレーション入れてんだよ!?」
「おや?違かったか?」
「違うわ!」
こんな感じで現場に向かう凸凹コンビは、火災現場で何を視るのか?
乞うご期待!