表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
檻《CAGE》〜警視庁超心理現象犯罪特別捜査班〜  作者: kinoe
FILE.0「警視庁超心理現象犯罪特別捜査班」
2/13

警視庁超心理現象犯罪特別捜査班《チョウシン》1

別作品「独立不覊の凱歌を」と同じ世界、時間軸です。

この作品はいかなる主義主張、民族、宗教その他組織を批判するものではなく、登場人物、団体は架空のものです。

ちなみに、凶悪な異能者達に変態オカルトマニアと一警察官が立ち向かうお話です。

『警視庁職員任用規程』

西暦20XX年9月27日

警視庁訓令甲第○号


警視庁警察職員任用規程の一部を次のように改正する。

警視庁職員任用規程

目次

第1章 総則(第1条―第3条)

第2章 採用

第1節 警察官の採用(第4条―第6条の2)……


(採用の方法)

第4条 

第1項

警察官(再任用職員及び任期付職員を除く。以下この節において同じ。)は、Ⅰ類採用試験、Ⅱ類採用試験及びⅢ類採用試験の区分による競争試験(以下「試験」という。)により、巡査の階級において採用するものとする。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合は、選考によるものとする。


第3項

特定の分野における犯罪捜査に必要な専門的な知識及び能力を有する者を、その者の経歴等に相当した階級の警察官として採用するとき。


(特別採用者の要件)

第6条 

第3項

第4条第3号の規定により採用する警察官(以下「特別捜査官」という。)の採用選考基準及び選考方法は、別表第1の2のとおりとし、同表の規定による審査の結果、警察官として支障のない者でなければならない。


(能力認定)

第6条

第2項

特別捜査官採用選考実施に伴う能力認定の選考基準及び選考方法は別表第1の2のとおりとし、合格者は合格した能力認定の区分に応じた特別捜査官として任用する。


別表第1の2

○財務捜査官……

○科学捜査官……

○コンピューター犯罪捜査官……

○国際犯罪捜査官……


これらに加え、次の選考基準を増設する事とする。

階級ー警部

採用区分ー1類

国籍ー日本の国籍を有する者

経歴・資格等ー超心理学に関する博士の学位を習得し、民間等において6年以上の有用な職歴を有する者、若しくは顕著な実績を有する者


この選考基準通過者を……


超心理現象犯罪特別捜査官


として採用する。


◆◇◆◇◆◇


Pirrr Pirrr

『至急、至急ーー』


ッ!?


昼飯を終え、胃に血液が集まり出したためだろうか。

走る捜査車両の助手席で、睡魔と格闘していた警視庁機動捜査隊に所属する目黒久良めぐろひさよし警部補は、覆面パトカーに備え付けられた車載無線機から突如流れた至急報で、その心地よい眠気を飛ばされた。

そして、反射的に目の前の無線のボリュームをあげる。


「おっ、事件――」

「シッ!」

運転席でハンドルを握る部下の滝口が声を出すが、目黒は右手の人差し指を口に当て、ジェスチャーで喋るなと伝える。


『警視庁から警戒中の各局へ一方的に送る。現在、渋谷109前において、無差別殺傷事案発生の110番通報入電中、詳細については続報とする。付近の移動局は直ちに現場へ臨場されたい!繰り返す――』


「近いな。」

「臨場しますか?」

「あたぼうよ!これで飯食ってんだ。クソ野郎の好き勝手にはさせねぇぜ。」

目黒は、そう言うと、年齢とともにやや出っ張ってきたお腹を叩き、車載無線機を手に取った。


『機捜7から、警視庁。』

『警視庁です。どうぞ。』

『こちら、指令番号509番、神山二丁目からどうぞ。』

『警視庁了解。なお、マル被の人着にあっては、中肉中背、年齢30歳代、頭髪黒色長髪、上衣黒色シャツ、下衣ジーンズ、ナイフ用の刃物を所持との情報あり、臨場に際しては、装備資機材を活用の上、受傷事故防止に留意されたい。』

『機捜7了解。』

警邏けいら12から警視庁――』


「よし、飛ばせ飛ばせ!」

目黒は、座席下に納められた赤色灯を左手で鷲掴み、覆面パトカーのルーフに乱暴に取り付けながら、空いた右手で吹鳴器のボタンを押下し、滝口に指示を飛ばす。

赤いランプが煌々とルーフで回り始めるとともに、吹鳴器からけたたましくサイレンが鳴り響いた。

滝口がアクセルペダルを踏み込み、車両が一気に加速したため、目黒の体が座席に押し付けられる。


「通魔的な犯行ですかね?」

ハンドルを切りながら滝口が尋ねた。

「かもしれん……だがーー」

「「俺たちは刑事だ。」」


重なった声に驚き、目黒が運転席の滝口を見やる。


「俺たちは刑事だ。」

滝口が続ける。

「推測や先入観に囚われることなく、己の目と耳で物事を捉え、この足で証拠を集め、その手で被疑者を確保し、無駄に回るベロを駆使して被疑者を泣かせ、真実を暴き出せ……ですよね?もう覚えちゃいましたよ。」

「はっ!若造がぁ」

それを聞いた目黒が右手拳で滝口のダークスーツ越しに左肩を小突いた。

「生意気言いやがる。」

やや嬉しそうな表情で。


「あたっ!危なッ」

「ほれ、もう着くぞ!しっかり前見とけ!」

二人が乗る黒のセダン車がタイヤの摩擦音を響かせながら交差点を曲がり、渋谷109付近へと向かう。

しかしーー


タイヤのブレーキが悲鳴をあげた。


「チッ!これ以上進めんか。」

逃げ惑う人々の群れが車両を取り囲むように逆流し、捜査車両の行く手を阻んでいた。

渋谷109の看板を目の前にしているのに、現場の状況が目黒にはまったくわからなかったのだ。


「滝口!すぐそこだ。降車して走るぞ!」

「了解!」

「拳銃の安全装置解除しとけ!」

「えっ、しかし……」

「一応だ。一応!」

言いながら目黒が助手席のドアを勢いよく開ける。


悲鳴


つんざくような無数の悲鳴が言葉の意味もなさずに、壁となって目黒を襲った。


「あっ……刑事さん!あ、あああっちに……」

年若い女性が逃げ惑う人垣の方を指さしながら、何とか言葉を発しようとする。

小さな手が、目黒が着込む長年愛用して色薄れた、元々は濃緑色の作業着の袖を力なく掴む。


「分かった!いいから逃げろ!早く!」

目黒は女性の目を見据え、大丈夫だと訴える。

左手で現場の反対側を指さしながら、右の手のひらで女性の背中を押してやった。

本来なら、目撃者として目撃状況等や最低でも人定事項は押さえておきたいところであったが、あの様子では名前を聞き出すのも一苦労しそうだ。

何よりも……


この現場、ただ事じゃねぇ


そう判断した目黒は、車載無延期を掴み現場到着の無線を入れる。


『機捜7から、警視庁』

『こちら警視庁、どうぞ』

『指令番号509番、現着、これより車両離れ2名で対応、どうぞ』

『警視庁了解。既に複数の警察官ピーエム臨場と思われますが、現場から一報ありません。見たまま報告を送られたい。』


報告がない?


「そんなアホな……」

「あっ目黒主任!道が開けます!」

人の波が捜査車両の前に立つ二人の刑事を避けるように二分する。


『現場はーー』

無線機のプレストークボタンを右親指で押下しながら、目黒は人の波が割れるその様子がまるでモーゼの十戒とやらだと、ふと思った。

そしてーー


”ヒュッ”


「は?」

「え?」

一瞬、何が何だか理解できなかった。

目黒達の方向に勢いよく”何か”が吹き飛んできたのだが、それが何かハッキリと認識する前に「ガシャンッ」という破裂音が隣で響き渡る。


音の発生源に目黒が視線を向けると、捜査車両のフロントガラスに人が背中から激突していた。

上下藍色の見慣れた制服……警官だ。


「なっ何だぁッ!?」

予想だにしない出来事に驚き、警官が飛んできた方向を反射的に見やる。


「カッハッ!弱ぇ~こんなモンなの~日本のお巡りって?」

目黒の約40メートル先、視界に飛び込んだのは、無線指令で流れた被疑者と人着が一致する人物。

だらりと垂れた男の右手には刃渡20センチ大のサバイバルナイフが握られていた。


「馬鹿な……」

目黒は思わず声を漏らす。


人が、人一人が、男の力だけで、こんなにも吹き飛ばされることがあるだろうか?

一体、どうやって?


目の前の光景は、それ程に信じ難い状況であったのだ。

横たわる複数の人、そして警官

地面に広がる黒いシミは、男の握るナイフから滴り落ちる赤い雫で大きくなり、それが人の血液なんだと嫌でも認識させられる。


「あぁ?獲物みぃ〜っけ!」

「ヒィッ……こ、こないでッ!だ、誰か…」


ッ!?


目黒の思考を掻き消すように、女性の悲鳴が響く。

目黒と犯人の間、左手に逸れた歩道脇に、腰を抜かしたのか、OLと思われる女性が座り込んでいた。

それを視界にとらえた男が、笑い声を漏らしながら、ゆっくりと女性に近づいていく。


「くそッ……滝口、援護頼んだ!」

目黒は、腰の自動式拳銃を抜き右腰に構え、滝口に告げながら、フロントガラスに激突した警官の状態を確認する。


こいつは大丈夫か?

少し待っててくれ……すぐ終わらせるッ!


「それと無線!あいつ……もしかしたら公安部の報告にあった”ヤツ”かも知れん。SATだか〜何だか新しく出来た部隊の応援頼んどけ!」

「はっはい!」


『至急、至急!機捜7から警視庁へ一方的に送る。』

『指令509番、マル被、先着の警官ピーエム4名を排除し、なおも市民へ危害を加える気配あり、なお、マル被ーー』

滝口の無線を背中越しに聞きながら、目黒が駆けだす。

右手に把持したP230を強く握りしめ、己の掌に拳銃が握られていることを再度確認した。


『ーー繰り返す!本件マル被【解放者リベレイター】の恐れあり!至急、対特異体即応部隊《A-IRU》の派遣を要請する!ーー』


ーー”Bang”


乾いた銃声がその場に轟く。

目黒が上空に向け威嚇射撃を行ったのだ。


「動くなッ!」

銃声の影響でキンッと耳鳴りが頭の中で響く中、P230を女性に近づく男に向けた。

流れるように撃鉄を下ろし、引鉄に人差し指の第二関節を掛ける。

約25メートル先、照星と照門がぼんやりと重なり、その延長線上に男を見据えていた。

一挙種一挙動を見逃さないように、焦点はあくまで男に合わせる。


「んん~?また警察ぅ?カカッ……狩の邪魔しないでくれるかなぁ?」


プチッ


目黒は、自身の毛細血管の切れる音を確かに聞いた。

その影響で、視界の焦点に集まるように星がチカチカと煌めき、微かな血の臭いが鼻腔を刺激する。


「狩り……だと。」

それでも、まだ冷静でいようと、言い聞かせるように低く言い放つ。


「そう……これは狩りだよ!狩り!分かるぅ?逃げ惑う獲物を追う楽しみ。絶望と苦痛に歪んだ表情、悲鳴。そして、ナイフを通して伝わる筋肉の痙攣。血の香り。タマンねぇなぁ……逝っちまいそうだぁハハァ。」

悦に浸った表情を浮かべ、男が嗤う。


「ふッざけるなぁッ!」

怒号がその場に響いた。


「あ?」

御前オメェ、何様のつもりだ!」

「何様?……ブフッ!俺は神様ァ!クハッ」

「チッ!頭完全に逝っちまってるようだな?この腐れ引き篭もり野郎が!」

「……何?」

男の様子が変わる。

薄ら笑いの表情が怒りに満ちた形相となり、目黒を睨む。


ビンゴか?

男の反応に目黒は好機を見出し、続けた。


「どうせ、親の脛かじってフラフラ生きてきたんだろ?やる事なす事全部中途半端でよぉ。挙句、全部他人のせいにして、今じゃ自分より弱い奴虐めて喜んでやがる。可哀想だなぁおい!」

挑発するように語り掛ける。


怒れ、もっと感情を剥き出しにしろ。

そしてその矛先を…俺に!


「……さい。」

「何?聞こえねぇよぉ!」


「うるさい……五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿アァァイィッ!!」

男が天を仰ぎ、叫んだ。

そして、ナイフを両手で握りしめ、目黒に向かって猛然と駆け出す。


そうだ!

そのまま、俺に向かって来い!


果たして、目黒の狙い通りとなった。

挑発に乗った男が目黒に向かってくる事で、女性への脅威は消え去り、銃口に向かってくる男はもはや移動標的ではなく固定標的と化す。

25メートルあった距離は、射撃しやすい距離へと見る見る縮まっていった。

後は……


目黒が狙いを定める。

男の大腿部。


「ナイフを捨てろ!捨てないと撃つ!」

当然、警告など聞く耳持たない男はそのまま突っ込んでくる。


フゥ……


短く息を吐き出し、呼吸を止めた。

引き絞るように、引き金を真っ直ぐ引く。

銃口からマズルフラッシュが噴き出し、それとともに目黒のP230が咆哮をあげた。

掌に伝わる反動を真っ直ぐに伸ばした腕を介して、上半身で受ける。


銃口から射出された.32ACP弾は、銃身内部に刻まれた螺旋溝の誘導を受け回転し、ジャイロ効果により真っ直ぐに飛翔していく。

男の右大腿部目掛けてーー


ッ!?


ーーが、弾が着弾する直前、いや目黒にとっては射撃とほぼ同時、男が突如左脚を軸にコマのように回転し、射線からはずれる。


「キヒヒッ!なんてね。」

「なッ!?」

目標へ着弾し損ねた銃弾は、アスファルトを削り明後日の方向へ跳弾した。


くそッ!ガク引き?

いや、違う!

まさか……避けられた!?


「くそッ!」

目の前の事態に驚愕しながらも、目黒は銃を構えなおし、2発、3発と続けざまに射撃。

しかしーー


「んん〜何処狙ってんの?」

あろう事か、男が銃弾を避けながら徐々に近づいていた。

まるで、目黒の狙う箇所、射撃するタイミングをあらかじめ把握しているかの如く。

そしてーー


「ハイ、到着〜。」

目黒の手前、一足跳びの間合いに男が迫った。


「くッ!?」

反射的に目黒が引き金を引く。

標的を外すことがまずありえない距離からの射撃。

しかし、一瞬のまばたきの間に、目の前の男の姿が視界から消える。


「な!?」

馬鹿なッ!?


「残念でした〜」

男の声が右側から聞こえたと同時に右腕に衝撃と熱を感じる。


熱ッ!?


目黒が体勢を崩し、地面に尻餅をついた。

右腕を見ると、上着が上腕部から肘にかけて切り裂かれており、一呼吸遅れてドッと血流が溢れ出す。

その時点で、ようやく目黒は切られたという事実を認識し、彼の右腕に激痛が走った。

男が、目黒を見下ろす。


「カカッ!見た?ねぇ見た?」

笑いながら、目黒に語り掛けた男が楽しそうに続ける。

「今の俺は銃弾すら避けられるんだぜ?最強だ!もう誰にも俺を馬鹿にさせねぇ!俺は生まれ変わったんだ!」

「何を言ってーーグッ!?」

男が目黒の右腕を蹴たぐる。


「はぁ?何勝手に喋ってんの?おっさん!あんたはもう俺の許可無しに喋る事も出来ないんだよ?」

「なっ…」

「ほら!また勝手に喋った!?駄目だよ!駄目だよ!」

何度も何度も目黒を蹴りあげ、苦痛に歪む目黒の表情を見て、男が嗤う。


「ハァハァ……ていうかさぁ……」

男が左腕で額の汗を拭った。


「何勝手に呼吸しちゃってんの?」

そして、ナイフを握った腕を振り上げる。


「う、動くな!撃つぞ!」

今まさにナイフが振り下ろされようというタイミングで、離れた場所から部下の滝口の声が響いた。


「あーん?」

男が滝口に視線を移す。


「ぶ、武器を捨てろッ!捨てないと撃つ!」

「……わかったよ。捨てればいいんだろ?」

両手を上げるしぐさをとり、男は滝口の指示に従う気配を見せた。

それに安堵したのか、一瞬、滝口の銃口がやや下に向く。


「カカッ……何てなッ!」

「なッ!?」

それを捉えた男が、振り上げた腕を目黒に振り下ろした。

そう、どうということの無い安い演技だ。

しかし、焦る滝口を油断させるには充分だったようで、滝口が再度照準を合わせようとするが、一度支配コントロールから解き放たれた銃は、無情にも彼の掌で自由に暴れ回る。


「やめッーー」

ーー”Bang”ーー


滝口の「やめろ」という叫びは、鈍い重低音……銃声に掻き消された。

そして、目黒の目の前でキンッと甲高い金属のぶつかり合う音と火花が発すると、男が振り下ろそうとしていたナイフがあらぬ方向へ吹き飛ぶ。


「は?」

「え?」

驚いた目黒と男がほぼ同時に滝口を見やるが、滝口自身も驚いており、自分の銃を確認する。


「えっ?俺……撃ってないっす。」

そんな滝口の声と同時に、彼の後方から黒のブルゾンを着込んだ男が、自動式拳銃を構え前に出る。


「諦めろ!お前はもうすぐ包囲される。これ以上罪を重ねるな!」

それは気迫の咆哮か。

犯人に向けて発せられたその警告に、何故か隣の滝口もビクッと身体を竦ませた。


「何があった?状況を簡潔に教えてくれ。」

その男が銃を構えたまま滝口に話しかける。

「あ、その……あの男がナイフで通行人を襲い、目黒主任が身柄を確保しようとしたんですが、射撃が全部、読まれたように避けられて……」

「読まれたように?」

「ええ。」

解放者リベレイターか?」

「恐らく……人間業じゃありませんよ。」

「何発残ってる?」

「えっ?」

「君の銃に玉何発残ってる?」

やや語気を強めて男が再度、滝口に尋ねる。


「まだ撃ってないんで、8発残ってます。」

「貸してくれ。」

「えっ?」

「だから……」

「あぁ!はい今すぐ!」

男の険しい表情と吊り目の鋭い視線に威迫された滝口は、男の言わんとしていることを瞬時に理解し、P230を男に手渡す。

その際、滝口は男の構える銃に視線を向けた。


角張った独特の形状、一部がプラスチック製と思われる光の反射……これはグロック19?

確か……特殊部隊に配分されるている銃だ。


「あんたが、対特異体即応部隊《A-IRU》?」

「……違う。だが、あいつは”俺たち”が抑える。君は、奴の注意が逸れた間に女性を!」

「えっ?……あっ」


男が滝口からP230を受け取ると、それを腰のベルトに差し込み、戸惑う滝口を余所に犯人に近づいていく。


「投降しろ!」

「嫌だと……言ったら?」

犯人が薄ら笑いを浮かべ、目黒を踏みつける。


「グウッ」

うめき声。


「……ブチのめすッ!」

男の怒りが込められた声とともに”ドドンッ”と連続した射撃音が鳴り、犯人の大腿部を目掛けて一発、その反動を利用して肩口にもう一発、的確な射撃が加えられる。

だが、犯人は右後方に飛び退き、それを容易に躱した。


「フゥッ!」

銃を構えた男は、息を吐くと、左手でP230を腰から引き抜き、近付きながら間髪入れずに犯人への射撃を開始する。

連続した響く銃声。

それを踊るように躱す犯人が徐々に後退し、目黒から離れていく。


カチンッ


金属音とともにP230のスライドがホールドオープンとなり、それを把持する男に弾切れを知らせた。

目黒の側まで近寄っていた男は、グロック19を構えたまま目黒を引き起こし、語り掛ける。


「大丈夫か?」

「すまん……助かった。あんたは?」

「それは後だ、その傷、直ぐに止血したほうがよさそうだ。」

「しかし……一人で抑えられるのか?」

「任せてくれ。それに……一人じゃない。」

「?」

「いいから、早く!」

「お、オウ」

男に言われ、目黒が腕を抑えながら立ち上がり、女性を救出した滝口の元へ向かった。


渋谷交差点上で、所属不明の男と犯人が対峙する。


「その力……解放者リベレイターか?」

男が確認するように低く言い放つ。


「正解!そう……俺は心を解放して生まれ変わったんだ!新しい存在に!」

「新しい存在?」

「そうだ!今までの俺じゃない。この手に入れた力で俺を馬鹿にしてきた奴らを見返してやる。先ずはリア充どもを駆逐する!そして、その後は……そうだなぁこの社会を俺の理想の世界に作り変えてーー」

「ーー阿呆が。」

「何ぃ?」

「新しい存在?生まれ変わった?何寝ぼけたこと言ってんだお前。何も変わってねぇよ……見てみろお前自身を、泣きそうな面して叫んでやがる。誰か僕を助けてくれってなぁ。」

男が犯人に語りかけながら、犯人の脇にあるガラス張りの店舗の出入り口を顎でしゃくる。


「何を言って……」

犯人はその店舗の出入り口を視界に捉える。

そこに映っていたのは、己の姿。


ボサボサの髪

痩せこけた頰

クマのできた目元


犯人の身体がカタカタと震え始める。


「違う……これは、俺じゃない……」

「どうだ?昨日までの自分と何ら変わらないだろう。お前が見ているのはただの幻想だ。力を手に入れた?ただ弾避けるだけの力で世界を造り変えるとは……ハッ笑わせる。」

「違う!」

「何が?」

「俺を……俺の力を馬鹿にするなぁ!俺には未来が見える!お前の”考えが読める”んだ!」

「へぇ〜じゃあ見せてみろよ?お前の力とやらを!」

「ぬあぁぁーーッ!」

男の挑発に乗った犯人が駆け出す。

それは、およそ人間が出せる速度ではなかった。

犯人の姿はまるで消えるように移動し、地面を蹴るその反動でアスファルトの路面がえぐれ、ひび割れる。

それが銃を構えた男に迫った。


連続した銃声。

えぐれる路面を頼りに男が引き金を絞る。

その射撃を避けるように犯人の軌跡は蛇行し、男に迫った。

それこそ、獲物を狙い地を這う蛇のように。


グロックの弾倉に残った最後の弾丸。

男は素早く左手に持ち替えると、今までの正確な射撃が嘘のように、出鱈目に射撃した。


一瞬、ほんのコンマ数秒とも言える僅かな時間、犯人の軌跡が止まると、男が構えるグロックの射線上に黒い布切れが舞った。

そして、己が放った球の行方など気にするそぶりも見せず、男は間髪入れずにグロックを投げ捨て、右手で腰の警棒を振り抜き正面に構える。

瞬きの狭間、目前まで迫っていた地面を這う軌跡が消えた。


「ッ!」

それとほぼ同時、男が警棒の両端を掴み、左側面に構え直す。


「ーーくたばれッ!!」

構えられた警棒の先、フッと犯人が”ソコ”に現れると、右回し蹴りを繰り出した。

その右脚は半弧を描き、まるで竜巻のように旋風を巻き起こしながら男が構えた警棒に吸い込まれる。


「グッ!」

その衝撃を受けた男の身体が、後方にいとも簡単に吹き飛び、乗り捨てられたタクシーに激突した。


”PiPiPi……”

ウィンドウガラスが割れ、盗難防止装置が悲鳴をあげる。


「ハハッ!言うだけ言ってこの程度か?誰も俺を止める事などーー」

「ーーフフッ」

タクシーに背を預け俯向く男が笑い声を漏らし、犯人の台詞の続きを止めた。


「……何が可笑しい?」

「何がって、ご機嫌だぜ。お前の力とやらが大したことないってわかったからなぁ。」

「お前ッ!まだーー」

「後は頼んだ……よもぎ。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ