99:精霊降臨準備
俺はジュの後を追いかけると、樹の裏側でピタリと歩みを止めた。
「それじゃ、いらっしゃいませ」
バンッと大地を蹴り飛ばし跳躍した音が響く。見上げると樹の枝に一つの小屋が建っている事に気が付く。
「あのー、まさか樹登りですか……」
俺は昔を思い出す、モロの家に行きたくても行けず、夜な夜な野宿を繰り返した日々を。
「懐かしいな、いっちょいきますか」
俺は久方ぶりに樹登りをするための操作をする。俺の両手、両足には吸盤の特性を持ち合わせた火の円盤が発生し、それをペタペタと吸い付かせは剥がしながら樹を登ってゆく。
初めて登った時は数メートル登って登る事も、降りる事も出来なくなって絶望したっけか……。
そんな事を思いながらペタペタと登り、俺はジュの家と思わしき小屋に辿り着く。
「ジュさん、入りますよー?」
ジュの姿が見えなかったので、俺はノックをコンコンコンとしてから扉をあける。
「いらっしゃい、好きな場所で寛いでいておくれ。私はお茶を入れてきてやろう」
この内装は過去にモロの家でみたものと似通っていた。机に椅子、カーテンに花瓶と。この精霊に関する家を作った人は皆同じなのだろうか? とそんな事を思いながら席につく。
「ほら、これでもお飲みなさい」
手渡されたのはお茶、なのだろうか。緑色の温かい液体が入った湯呑を受け取り、取り敢えずズズッと飲んでみる。
「わー、何も気にせず飲んじゃったよこの子。本当に人間なの貴方って子は」
はぁ、とため息をつくジュさん。あれ? 俺お茶がっついて呑み過ぎましたかね?
「ええっとその、ご、ご馳走様でした」
何て返したらいいのかわからず、とりあえずお礼を述べておく。
「いやいやそんな、良いわよ。私が勝手にやってる事だし」
それに、と笑みを浮かべて続ける。
「私の体液もいけるでしょ? 火と競合しちゃって人は飲むと変になっちゃうんだけどねー? 貴方はどうなのかしら」
俺は一瞬考え、ハッとする。これはトレントの液……いや、そこではない。
「た、体液っ!?」
声に出し、そして湯呑とジュさんと交互に見詰め、取り敢えず最後の一滴まで飲んでおこうと手のひらに湯呑をサササッと水滴が残ってないか確かめてみる。
「ふふふ、変な子。御代わりいるかしら?」
「あっ」
俺の思考は戻る、トレントの液といえば狂人化の原因である事実を思い出したのである。
「お、俺!?」
と、言いかけて自制する。
「いえ、美味しかったです。けど大丈夫ですよ」
「そう。普通なら少し含んだだけで自我を失っちゃうものなのにね? そうね、お粗末様でした」
そういうと、俺の隣の席へとジュさんが席かける。
「そうだわ、私も貴方の居る世界をみてみたいわ。最近私達はそちら側から干渉を受けて伐採されてるみたいなのよね」
ジュさんは最近樹が減り続けている事を嘆いている。だが、樹が失われても精霊世界に存在する人? までは消えないらしく、そう大きな痛手ではないそうだ。
「樹が無くなると、あの世界の事が見えなくなっちゃうのよね。精霊世界はとにかく暇なのよ、何もなく平穏すぎて」
刺激や、人との干渉用に火の世界にも存在を置いているだけらしい、がそれが唯一の娯楽といっていいのだろう。それが徐々に減っていて、こう俺に話しかけれるだけでも楽しいそうだ。
「それで、火の世界をどうせなら私も見てみたいわ。私を持っていく気はないかしら?」
「もし連れていけば、モロを、精霊降臨をしてくれますか……?」
俺は今だとばかりに、ジュさんにお願いをする。
「ふふ、既に準備は終わってるわよ? 後は貴方が……」
俺の唇に人差し指を当てるジュさん。そして紡がれる。
「私の体液で濡らしたその唇で口づけするだけでその子は元に戻るわ。ね、簡単でしょ」
お茶に含まれていたジュさんの体液を飲んだ俺は、どうやら口づけ一つで精霊降臨、つまりモロの精霊世界とのリンクを繋げる術を手に入れたようだ。
「って、えええ!」
驚きのあまり、俺は椅子から転げ落ちる。そして頭をぶち意識は再び暗転するのであった。
「おい、深浦?」
「お兄ちゃん? ヒヒヒ、可笑しい、ヒヒヒ」
「遊多さん、大丈夫ですか」
俺はハッと気が付き瞼を開く。どうやら目を閉じていたようだ。
「あ、ああ大丈夫だ。ジュさんは……」
俺は辺りを見回すも、ジュさんの姿は見当たらない。サーモもシゼルも、ミューズも誰といった感じで俺を茶化してくる。
「トレントと会話をしようとして眠る奴なんて、ヒヒヒ、初めてみたヒヒヒヒヒ」
「いや、それについては何というか……兎に角協力を得る事は出来ました」
「ん、という事はトレントとしっかり会話していたんだな。それで、もういいのか?」
「はい、後はモロの元に戻るだけです」
「遊多さん、流石です」
そうか、とシゼルは頷くと唐突にシゼルは火の操作を開始する。
「そうか、では必ずタナダタにいるクゥを回収してくれよ? 早急にな! 俺にはまだする事があるから、ここでお別れだ」
一方的に話を終え、シゼルさんは飛んで行ってしまった。
「ヒヒ、あの男は厄介者よのぅ」
そんなミューズの言葉がシゼルの見送りの言葉となった。
「うわっ」
シゼルが去った数秒もしない内に、今度はトレントの樹が輝きを放ち始める。驚いて思わず声をあげるが、サーモもミューズも驚いていない。
「どうしたんですか遊多さん?」
「お兄ちゃん、シゼルが居なくなって今頃寂しくなったの? ヒヒ」
どうやら二人にはこの輝きは見えてないらしい、そしてバキンッと音と共に輝きが俺を包み込みソレは落下する。
「いでっ」
俺は頭に衝撃を感じ、何が起こったとキョロキョロする。
「遊多さん、それは……」
サーモが指さす先には、一つの樹の枝が落ちていた。
「ヒヒヒヒヒ、樹の枝がお兄ちゃんの頭に直撃とか、ヒヒヒ」
樹の枝は長さ三十cm程で、直径も二cmくらいの本当に何の変哲もないただの樹の枝だった。軽く振ってみるとビュンとしなる音がなり、何故か俺の手に馴染んだような気がした。
この樹の枝はもしかして、持っていけという事なのだろうか? 俺は書物をセットしている付近に枝を備え付ける。
「遊多さん、樹の枝何て持っていくんですか?」
「お兄ちゃん、子供だなぁ、子供だなぁ! ヒヒ」
うるせ、とミューズの頭を小突いておく。
「兎に角急いで戻りますか。まずはタナダタの町へ、タマコに乗っていけばすぐ太陽の都に戻れるしな!」
そう二人に伝え、俺達は来た道を戻る。途中、王城に立ち寄るか悩んだが俺は俺の道を歩かせてもらう事にする。なので王城に立ち寄る事なく俺は密林地帯を南下する。
「やっぱりリーモの町には入れないのか」
気が付いたらチャ川まで到着しており、モロの故郷には又しても立ち寄る事が出来なかった。若干残念である。
「豪炎:水蜘蛛の術」
もう直に書物の情報が消えそうだった火具を扱い、再び水上へと立つ。背中にはミューズが、抱っこをする形でサーモが今度は俺にくっついている。
「遊多さん、お願いしますね」
俺の耳元でサーモが話すと、何だかムズムズしてしまう。そして背中のミューズと言えば。
「お兄ちゃん、凄いな! 面白い、実に面白い移動方法だよ、ヒヒ」
空を歩いて来い、とミューズには言いたいところだったが時間が惜しいのでこの際妥協した結果だった。
「そんじゃ、とばしていくからな! ウラ―――」
ミューズが乗っかって重くなった分、来た時よりも豪炎:ブーストにて火の渦を増やしたのは俺だけの秘密である。
体液って、どうやって絞るんですかね。