33:貴方って人は
2015/3/2:各タイトルにナンバリング記載。
2015/3/3:文章手直し
「やっと目を覚ましましたわ」
目の前には二時間三十分程没入を続けていた深浦 遊多が転がっている。モコン様もわざわざ私の部屋まで来ている。
「う、あ、あれ?」
パシンッと音を立て、とりあえず深浦の頭をドツク。私もまさか一度目から没入に成功するとは思わず、詳しい説明を予めしていなかった、という責任はある。だが、二時間で一度は戻ってくるように伝えたのだ、伝えたのに。
「遊多様、何故二時間が過ぎても戻ってこなかったのですかっ!?」
「いづづ、え、あれ? 三じか……」
パシンッと乾いた音が再び響く。とりあえずもう一度だけドツク事にしました。やはり、上の空な感じだったのは間違いなかったようです、もっと私がしっかりと予備知識を叩き込んでおくべきでした。
「私は二時間で戻るように、と伝えました。他のツリィム用の書物を使えば再没入はいくらでも可能なのです。それ以上に、一度没入したら精神が普通はもつものではありません」
「す、すいません」
『それにしても』
そう、初めての没入だと五分もしないうちに火の制御が乱れ、精神的疲労に頭がぐるぐるしてぶっ倒れてしまうものである。それがこの男ときたら。
「とりあえず喋れるという事は平気、という事でしょうか。それで、『水の書Ⅲ』はみつかりましたか? ページが開かないので持ち帰ってはいないようですが」
遊多様は頭にハテナマークを浮かべながら答える。
「えっと、確か本棚にしまいました。後、書庫の整理も終わりました。そういえば」
パシンパシンパシンッと立て続けに音が響く。三回目なので三回ドツイておきました。目的の書物の事も聞き流していたようです、貴方って人は本当に規格外におバカさんです。
「いだだ、ご、ごめんなさいメイさん。そういえば書庫整理が終わったら持って帰る必要があったんですよね」
「もういいです、モコン様が書物を読んできたので不要との事なので」
「す、すいません」
まぁ、こういうおバカさんも成長すればきっといい男になるでしょう。私はそう思うと育成って本当に素晴らしい、気持ちいと思ってしまうのである。
「さて、書庫の整理も終わらせたようですし、今日は残りの時間を自由にしてもいいですわ」
「あ、ちょっと質問いいでしょうか」
「はい、何でしょうか」
「あの書庫から出た先にあった空間って何なんでしょうか? それに変な人もいたし」
「……はて?」
「えっと、白い部屋? 扉が二つ、入ってきたところあわせて三つある場所ですよ」
「……モコン様、知ってますか?」
ずっと私の横で腕組みをして遊多様を観察していたモコン様に尋ねてみる。
「いいや、あの扉はオブジェクトであって、外にでる為の物ではない。それにあの異常なまでのツリィムでの動作。深浦君、君は本当に人かい?」
鋭い眼差しで遊多様に尋ねるモコン様、確かにツリィムの操作力に関しては規格外ではある。
「えっと、人、ですよ? モロがいなかったら今頃のたれ死んでるくらいには」
「……まぁいい、今日は疲れてるだろう? ゆっくり休むといい」
「あ、あのもう一度だけ没入したいんですが」
「遊多様、落ち着いてください。私も次の仕事がございますので、今はゆっくりしてください」
「あ、はい」
遊多様も、私が付きっきりで見守っていた事に思い至ったのだろう。それ以上は何も言わず失礼しました、と部屋を去った。
「では、メイ。深浦の証言と内容について再検証といこうか」
「はい、モコン様」
私の椅子にモコン様は座り、問いただしてくる。
「ではメイ。深浦にツリィム内での操作を説明する前に、没入したというのは間違いない、な?」
「はい、私の落ち度でした。没入方法を説明して、書物に手を合わせたらそのまま一気に没入してしまいました。本来ならば繊細な操作が必要なので、失敗するものと思って順序を誤りました」
「わかった。そして深浦は自力で私へとアクションをしかけ、ツリィム内で一言アドバイスをしただけで操作のカスタムをしてしまったわけだ。十分程で私はツリィムから情報を得て戻ってきたが、途中から深浦の動きは劇的に変化していたよ」
モコン様は難しい顔をしたまま続ける。
「あの動きは、私達には真似できるようなものでは決してない。現実以上に動きがいいのだから驚きが隠せないよ」
そう、モコン様はツリィムから戻ってきたら即私の部屋へとやってきたのだ。深浦はいるか! と。それ程、これは異常な事であった。
「火の操作が上手いか下手か、でわけますと正直下手なのです。そのくせツリィムの世界での操作が異常に上手い、謎ですわね」
「それに、扉の外に出られるとはにわかには信じがたい。他の人物がいたとも深浦は言っていたが、あの書庫の座標は私達しか知りえない位置だ、どうなっているのだろうか」
「さっぱりですわ。ただ、遊多様のいうモロという人物がカギを握っているかもしれませんわね」
私は思う、この深浦 遊多という男が本当に何者なのか、ツリィムの世界に没入を始めてしたのに、私達の知りえぬ情報を持ち帰ったあの人の事をもっと知りたいと。そしていつも、モロという人物の名前がでてくるのだ、もっと詳しく事情を聴きだせるかもしれない。
「とりあえず、明日もう一度私も付き合ってツリィムに入ってみるとしよう」
「わかりました、忙しい中ありがとうございます」
モコン様はニッと笑って手を振って椅子を立ち、そのまま部屋から出ていった。