虹に魅入られた少年
・・・はあ、もう1時か。明日も大学あるから今日はもう寝るか。
この時俺は、平穏な日々に終わりが近づいていることをまだ知らなかった。いや、翌日からすごい過激な人生になった訳ではない。むしろ、実験とレポートの苦痛から逃れて楽になったといってもいい。ただ虹ができただけである。
「光大、いつまで寝てるの。そろそろ起きなさい。」
・・・ん、母さんか。朝起こしてくれるなんてどういう風の吹き回しだ?というか、仕事はいいのか?俺の時間に合わせていると遅刻するはずだが。
1年前、おれが大学院に進学したいと申し出ると、『わかった。』とただ一言で、足りない学費を稼ぐために仕事を始めた様な、息子から見ても惚れ惚れする様な人である。そのため、普段は、俺が研究室に行くより少し早く家を出ているはずなのだが。
・・・母さん今日は仕事休みなのか?
俺はそう思いながら時計を見ると、ん?どうした?まだ7時じゃないか。ということはこのポンコツ、止まりやがったか。母さんが休みで助かったぜ。
「えっと、今は何時なんだい、携帯、携帯っと。」
くそ、やっぱり7時じゃねえか。そうか、妹の学校に行く時間と間違えたんだな。きっと。でも、まあ、目も覚めたし起きるか。
「母さん、俺、今日学校10時からだよ。」
おいおい、どうした母さん。そのかわいそうなものを見るような目は。
「あんた、前から変だとは思ってたけど、変なうえにバカだったとは。お母さんは情けないです。」
どうしたどうした。俺は何か間違ったことを言ってしまったのか。昨日何か約束でもしたか?『明日は朝、早起きしてゴミ捨てをします』とか『朝ご飯はおれにまかせろ』とか言ったか?
「えっと、俺、何か忘れてる?」
「昨日散々言ったでしょう。今日は転入する学校に挨拶に行くからちょっと早めに学校行くよ。って。はい、これ新しい制服。」
ちょっと待て、転入ってなんだ?俺は大学を変えた覚えはないぞ。と言うか大学院一年目の夏で大学は変えないだろう。そもそも大学って制服あるのかよ。あれか、魔法使いが着てそうなあのローブか?
「えっと、転入って何て名前の学校だったっけ。」
「はあ、あんたやっぱりバカだったのねえ。中央神坂高校よ。顔に書いときなさい。」
中央神坂高校か・・・、聞いたことないな。って、え。
「高校!?」
「どうしたの急に大声出して。中学は一回卒業しちゃったらもう入れないのよ。」
おかしい。俺は確かに5年位前に卒業して、無事大学生になったはずである。しかも俺の卒業した高校は光星高校だ。どうなってるんだよ。夢か?昨日友達と高校生って若々しくていいよなあ。とかおっさんくさい話したせいで俺の脳が気を利かせたのか。
えーと、こういう時はとりあえず、
話を先に進めよう。そうだ。それがいい。なんかわからんが、つねったりしてもし夢が覚めてしまったら、せっかく女子高生と同じ教室にいれるチャンスを捨てることになる。そういうもったいないことはしないのだ。日本人だからな。
「じゃあ、ご飯食べるよ。」
と、その時、棚の上から辞書がっ、俺の足の小指にっ。
なんだよ。アニメかよ。現実世界じゃありえないよ。あ、夢か。なら重力に逆らえよ。と、俺は、一時の夢に別れを告げー、
「っぐ・・・。」
る間もなく悶絶していた。
「どんくせー。」
おい、妹よ、それが苦しんでる兄に対する言葉か。昨日もレポート手伝ってやったよねえ。お兄ちゃんはバイトだけど、家庭教師だから普通はお金発生するんだよ。てか、払えよ。
「お前なあ、」
あれ、痛い。超痛い。ということはこれは現実。どうなってる。これはいよいよヤバい。
ドッキリか?にしては、かなり手が込んでる。
制服まで用意するなんてテレビの企画じゃあるまいし。そもそも転校の設定が無駄すぎる。制服ならおれが着てた学ランで十分だろう。だとしたら俺は本当に高校生だということになる。タイムスリップか?今はいつだ?
「母さん、今日の日付わかる?」
「9月1日よ。今日から学校なんだからシャキッとしなさい。」
なるほど、日にちは変わってないな。だとしたら、
「いやいや、年だよ。なんか書類とか書かないといけないかもしれないでしょ。」
「えーとねえ、20××年。」
なるほど、年も同じ。っと。
「うそ!」
なぜだ。おかしい。高校生になったというのなら、それだけ年が戻っていないといけないはずだ。さすがに22のおっさんが高校生っていうのは何かの法に触れるだろう。俺はよく童顔だといわれるがさすがにきついだろう。というよりも、クラスでのあだ名が『おっさん』になってしまうではないか。
「ちょっと顔洗ってくる。」
どうなってやがる。とりあえず、髭だけは剃っとかないとな。俺は恐る恐る鏡を見ると、
「おお、若かりし頃に戻っているではないか。この感じだと『おっさん』は免れそだな。」
「光大、そろそろ行くわよ。」
仕方がない。とりあえず行くか。情報収集はそれからだ。
「今行く。」
さあ、新しい?世界への第一歩だ。
「じゃあ、父さん行ってきます。母さん、行くよ。」
て、え・・・、虹?なんで家から・・・。
虹が出ている。家から。いやいや、おかしいでしょう。虹の足っていうのは見えないんだよ。母よ、これはさすがにおかしい。と、思ってくれるだろう。
「母さん、虹すごいねえ。」
「何言ってんの。あんた目までおかしくなったの?ゲームのし過ぎよ。」
なるほど。母には見えないか。だとしたらこれは一体何なんだ。いや、今考えても解る訳が無いな。まずは学校だ。
「失礼します。」
すごい綺麗な建物だったな。校長室もかなり豪華ではないか。
「初めまして。光大の母の山梨です。いきなりの転校に応じて下さり、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ、来ていただいてむしろ感謝しているくらいですよ。先ほど受けていただいたテストであれ程の成績はなかなか出せませんよ。学年でも上位成績者の中に入りますね。」
当たり前だ。俺は家庭教師だぞ。5年前に修了してるんだよ。
「あ、はあ。」
「驕らないところが好ましいですね。この調子で勉学に励んでくださいね。ところで、お母さん、これが、手続きの書類となっております。ご確認願います。それでは光大君、聞きたいことはありませんか?」
色々あるよ。質問事項だけでレポート用紙埋まるよ。
「えっと、校長先生、僕のクラスはどこですか?」
「一年C組です。向かいの新館校舎の一階です。担任の久保先生が連れて行ってくれますよ。それと、私は理事長なんですよ。覚えておいて下さいね。」
なるほど、お洒落な学校はちがうぜ。理事長とはな。それで担任よ、いつの間に来ていたんだ。俺の背後をとるとはやりよるな!
「それでは、山梨光大君教室に行きましょうか。」
「はい。母さん、もう帰っていいよ。」
「はいはい。それではよろしくお願いします。」
どうやら俺は一年生らしい。だとするとまだ受験勉強とかはしなくていいわけだ。それだけでもホッとできる。
「山梨君は前の学校でクラブとかしていたの?」
「いえ、入ってなかったです。」
6年間帰宅部だよ。それよりも久保先生、何よりも真っ先に聞くことはクラブの事なのか。もうちょっと色々この学校について教えてくれよ。しかたがない、こちらから探りを入れるか。
「この学校って転入生がよく入ってくるとかありますか?」
「いやあ、それ程でも無いと思うけど、ごめんね。私、去年大学卒業して今年が先生初めてなんだ。だから詳しいことは分からないの。」
去年卒業、と、いう事は、タメか。俺は同い年のやつに先生って言わなきゃならんのか。
それにしても、この方は俺が研究室で呑気に顕微鏡覗いている間に、しっかり勤労していたんだな。俺も見習わないとなあ。就活面倒臭いとか言ってる場合じゃないよ。
「そうなんですか。僕が急に転校して来たのにも拘らず、快く受け入れて下さったのでてっきりそういう人が多いのかと。」
「そうだったんだ。でも今年は山梨君が初めての転校性ですよ。」
なるほど。この学校は、俺みたいな人を集める所かと、思ったがそうでも無いらしい。
いや、そもそも俺みたいなのが他にいないだけかもしれない。きっとそうだろう。
「ここが一年C組です。今日から半年ここが山梨君のクラスですよ。」
ここか。今から始まるのか。俺の第二の高校生活が。昨日までとは全く異なる、既に通ったはずの新しい道が。
「初めまして。神戸から来ました。山梨光大です。よろしくおねがいします。」
「はい。それでは、山梨君は窓際の一番後ろの席なので、わからない事があれば周りの人に聞いて下さいね。」
おお、ラッキー。一番後ろか。そしてこういう時は近くに可愛い子がいると相場が決まっているはずだ!ええと、前は男だから今は置いといて、右隣りは・・・、っよし。最高。高校生になってよかった。超美人じゃないか。黒髪ロングとは分かっているな。素質があるならやっぱりそうじゃないと、素材は有効に使わないとな。
「高野めぐみです。これからよろしくね。」
「あ、よろしく。えっと、山梨です。」
うわ、なんだよ俺。もっと気の利いたセリフ言えよ。関西人だろ。・・・関西人?そうだ。俺は昔、というか一回目の高校は神戸の高校で、今は神戸に住んでいて、なんで神戸の高校に転校したんだ?どおりで学校までの道順が馴染みの道だったわけだ。
「なあなあ、さっきの自己紹介はネタか?皆神戸から来てるぞ。」
お前は前向けよ。
「え、あ、まあ。やっぱりインパクトが大事かなあって。」
うわあ、マジでミスった。周りも周りだよ。笑うなら大爆笑しろよ。くすくす笑うなよ。いや、高野さんはいいんだよ。好きなように笑ってくれ。
「それでは、ホームルームはこれで終わります。みんな始業式に遅れないようにね。」
ああ、始業式のシステムってまだあったんだ。大学には無いから久しぶりだな。
「なあなあ、俺は前野明彦。よろしく。」
前の席だから前野か?それにしてもなかなかのイケメンだな。バスケ部とかに居そうな感じの。
「よろしく。あのさあ、話しかけたからには俺を助けてくれよ?」
「おう。まかせろ。って、お前、ヤバい事に首突っ込んでるとか無いよな?」
お、こいつ、なかなか鋭いではないか。ただ、惜しいことに俺は全身どっぷりなわけだが。
「いやいや、これはだなあ、馴染みやすいようにと思って、俺が配慮したんだよ。」
「転校生って普通配慮されるもんだぞ?」
「そんなもんか。まあ、さっさと始業式行こうぜあっきー。」
「ありきたりだな。まあ、みんなもう行ってるし俺らも行くか。こう。」
お前もじゃねえか。まあ許してやろう。それより早く行こう。高野さんがもういないではないか。せっかく近くの席になってフラグ立ったかと思ったのに進展なしだよ。
うわあ、校長の話長すぎ。あ、理事長か。5年たっても短くならんのだな。それにしてもどういうことだ、俺は高校生に戻ったのに、時間は戻っていない。ただ、見た目が少し若返った位か。周りはどうなっているんだ。やっぱり俺と同じだけ戻ったか?母さんと父さんは今さら5年の違いが分かる年でもないしなあ。妹の夢は、・・・戻ってねえ。背も高いままだったような。なんといっても茶髪だったではないか。あれは確か今年の春に晴れて大学生になったから高校卒業と同時に染めたはずだ。ということは、お姉ちゃんか?妹が一晩でお姉ちゃんになったのか?いや、言い方に他意はないぞ。
「こう、なに難しい顔してるんだ?そんなに理事長の話が心に響いたか?」
「ん、ああ。最高だったよ。」
始業式も終わり、俺たちは他愛ない話をしながら教室に戻った。途中、宿題は免除だという話をするとあっきーは『はあ!?』と大声を出していたが、他は何事もなく教室に帰った。この時俺は、もともと俺の居た場所の事を考えていた。
「ねえねえ、きみ、目茶苦茶頭いいんだって?」
俺は教室に入るなり衆目に晒された。
「え?いや、そんなにだよ。」
おお、頭いいと言われるのは気持ちがいいな。しかもなかなか可愛い子ではないか。後ろに束ねた栗色の髪を揺らしながら俺を見上げるようにして訪ねてきた。
「あれ、美月、こうの事知ってるの?」
「当たり前だよ明彦、なんか山梨君って入学テストであたしらの期末と同じ問題といたんだって。それで、なんと!学年トップになったって噂だよ。」
おいおいまじか。噂にすごい尾ひれついてんじゃねえか。俺は10番って聞いたぞ。尾ひれつける前に0付けろや。
「いやいや、トップじゃないって先生に聞いたよ。」
「でもさ、こうって賢いのかよ。俺はてっきりバカの仲間かと思ってたのに。」
「悪かったな。俺は賢いんだよ。(5年前にやってるからな。)それよりなんだよあっきー、あの子と名前で呼び合う仲なのか。」
「ああ。こいつ、俺の幼馴染なんだよ。佐上美月。」
「よろしくねー。」
幼馴染かあ。こういうのって普通主人公に居るもんじゃないのか。くそう、俺にも幼馴染がいれば・・・いや、相手は今頃22か。
「よろしく。佐上さん。」
こうして俺の第二の高校生活一日目は静かに過ぎようとしてはいなかった。なんでもあっきーの野郎が夏休みの宿題を半分くらい手を付けておらず、泣きつくあっきーを手伝ってやることになった。
くそう、俺はのんびり高校生活エンジョイさせてる暇ないんだよ。色々調べる事とかあるんだよ。まあ、おかげでクラスの半分くらいとは話しできたけどさ。
「こう、宿題サンキューな。お礼にハンバーガーでも奢るよ。」
「え!?ホント?やったー。あたしもいいよね。」
「なんでだよ。美月もこうに助けてもらってただろうが。あと佐々木、お前は何で美月の横で笑顔なんだよ。」
「あたしもおなかすいた。」
佐々木歩美は佐上といつも一緒にいるらしい。どこか抜けているような子だが、そこがグッとくるらしい。佐上曰く。ちなみに、ある特定の層にも人気がある。幼い顔立ちに眼鏡というせいだろうか。
「ま、とりあえず行こうぜあっきー。」
「「おーっ!」」
「くそ、なんでだよ。」
高校生活の滑り出しとしては上々かな。とか思いながら俺たちは帰路に就いた。
俺はあっきーにハンバーガーを奢ってもらい、ちょうどいい具合に腹が膨れたところで帰ることにした。他の三人はこれからカラオケに行くみたいだが、俺は色々と一人で考えたい事があったので遠慮したのだ。とりわけ俺以外の、俺を知っている人はどうなったのだろうか。俺の事は覚えているのだろうか。忘れられたとすると少し淋しい気もする。
「あれ、高野さん?こんな所でどうしたの?」
「私の家、ここなんです。」
「へえ、僕の家の近くだったんだね。」
なるほど、三軒隣りだったのか。そういや、近所にすごい可愛い子がいるって妹と母さんが話していたような。あれは高野さんの事だったのか。
「そうなんですか。あ、私、もう家入りますね。こんな格好ですし。」
「うん。じゃあ、また明日。」
俺も家に入るか。
あ、そういや今朝、虹出てたよな。さすがにもう・・・え?まだある?おかしい。絶対におかしい。虹というものは、雨などの空気中の水滴が太陽光を反射させて人に見えるようになるのだ。今はもう7時だぞ。反射させる太陽光が無いじゃないか。
「ちょっと、高野さん!」
「はい?」
「今さ、虹なんて見えないよね?」
「どうしたんですか、急に。虹って夜にも見えるんですか?」
だよな。やっぱり見えるのは俺だけか。
「だよな。やっぱり昼間じゃないと見えないよな。じゃあ、また明日。」
「ただいま。」
「お帰り。光大、さきに晩御飯食べちゃって。夢は大学の友達と食べて帰るから遅くなるんだって。」
「わかった。とりあえず着替えてくる。」
そうだ、妹の問題もあったんだ。ええと、妹は大学生で、俺は高校生だから、妹がお姉ちゃんで、俺が弟っと。・・・、ややこしいわ。あいつの事、『お姉ちゃん』って呼ばなきゃならんのかよ。うわあ、なんか腹立つ。
それにしても問題が山積みだな。俺の事を知っているはずの奴等の俺の扱いだろ、本来の俺の存在というか、立場がどうなっているのかも気になるな。そして、なぜ俺にだけあの虹が見えるのかという事。まあ、こんなもんか。先が思いやられるな。考えていても始まらない。とりあえず寝るか。
「光大、早く食べちゃいなさい!」
「はーい。」
明後日は創立記念日で学校が休みだから学校での俺の扱いを調べるのも兼ねて、大学に行ってみるか。
「大学来ちゃったよ。つい3日前まで毎日来てたのに、なんか久しぶりな気がするな。」
それにしても、なんだ、この緊張感は。受験生みたいになってるじゃないか。とりあえず、俺の研究室行ってみるか。
「あの、すいません。」
ちょっと早すぎたな。9時だとまだ誰も来ていないか。
「はい、どうしましたか。て、あれ?山梨君?北海道に行ったんじゃなかったのかい?」
教授!覚えていてくれてたんですね。と、それより北海道ってなんだよ。俺はそんなこと一言も言ってませんよ。
「いや、それにしては若干若いね。山梨君の弟かい?」
「いえ、従弟なんです。山梨光大はいますか?先日、遊びに来てもいいと、従兄から言われたので。」
「そうだったんですか。残念ながら山梨君は北海道に行ってしまったのでここにはいませんが、ゆっくりしていって下さいね。」
「ありがとうございます。あの、北海道って・・・。」
「聞いていなかったのですか?山梨君は前々から北海道の大学に行きたいと言っていたんですよ。それがようやく叶ったという事ですね。」
なんだよ。誰の事言ってるんですか。俺は前々からもうここから出たくないって事ある毎に言っていたじゃないですか。
「そうだったんですか。ありがとうございます。」
くそ、余計ややこしくなったな。第一、なんで北海道なんだ。せめて、本州で収めてくれよ。調べに行くのも一苦労ではないか。ただ、収穫はあったな。教授が覚えているという事は、恐らく研究室のみんなも覚えているだろう。つまり、俺の存在は完全に抹消された訳では無いという事になる。だとすると、気になってくるのは、北海道での俺の扱いだな。向こうでは山梨光大なんて人間はいなかった事になっているのだろうか。それとも今回みたいに、また何処かへ飛ばされているのだろうか。まさか全くの別人が山梨光大として生活してないよな?
「あれ、光大?なんでこんなとこ居るんだ?」
「菅原君、おはようございます。この子は山梨君の従弟だそうですよ。」
「そうなんですか。にてるなー。」
おお、菅原か。久しぶりだな。こいつが来たってことはそろそろ他の皆も来る時間か。なら見つかる前に帰るか。
「それでは、僕はそろそろ失礼します。さようなら。」
「はい。さようなら。また来てくださいね。」
思ったより時間が余ったな。それにしても北海道か。なんでまた、北海道なんだ。俺は行ったこともないのに。まあ、北海道に行くのはまた今度という事にして、高校の時の友達にも同じ事になっているのだろうか。しかし、確認が難しいな。いきなり、『俺、今何処にいるか聞いてる?』なんて聞いたら友達なくすだろうな。どうしたものかなあ。
「ま、とりあえず保留という事にするか。」
「よ、こう。」
「ああ、おはよう。」
俺の第二の高校生活がスタートして、早くも二週間が過ぎていった。虹の問題は全く解決の兆しを見せず、いまだに俺の家から輝いてる。まったくもって進展していない。だがしかし!高校生活の方はというと、なんと、俺は勉強ができるという事で、クラスでも一目置かれる存在となったのだ。二回目万歳。おかげで、クラスで一番成績のいい高野さんとも仲良くなれたのである。主に勉強の話だが。そんなこんなで、充実した毎日を送っていた。
「そろそろ文化祭だろ。うちの高校の文化祭ってここら辺でも有名らしいぜ。まあ、規模がでかいからなあ。」
「へえ、そうなんだ。ところでさ、俺らのクラスってなにやるの?もう決まった?」
「はあ、何言ってんの。冗談きついぞ。俺らのとこは王道の喫茶店じゃねえか。決めたのついさっきだろ。」
「そうだっけ。まあいいや。なんでも。」
「うわ、投げやりなリーダーだな。」
しょうがねえよ。こっちは高校の文化祭何て4回目なんだよ。全部合わせるとすでに10回体験してるんだよ。って、え?
「リーダー?!」
「うん。お前、文化祭担当だろ?」
文化祭担当?なんだそれは。思い出せ、光大。ええと、そうだ。入学初日に久保先生がクラスの担当に入れって言ってきたな。確か。それで、そうだ。先生のおススメは?って聞いたら『じゃあ、文化祭担当だね。』とか言って。久保の野郎、面倒臭いの押しつけやがって。覚えておけ。
「そうですよ。山梨君。頑張りましょうね。」
「うっせーあっきー。俺は断固拒否する。」
「いや、今のは俺じゃねえよ。となり、となり。」
「え?高野さん?」
そこには女神様のような笑顔で俺の方を向いている高野さんがいた。
「はい。私も文化祭担当なんです。山梨君が入ってくれて助かったんですよ。私一人だったから不安で。」
前言撤回。ありがとう久保ちゃん。俺、全力を尽くすよ。
「そうだったんだ。じゃあ、これからよろしく。」
「よろしく。」
俺にも春が来たな。秋と一緒に春が来たよ。彼岸が二回いっぺんに来たよ。よし。11回目にして初めて本気で文化祭に取り組むとするか。
「よっしゃあ。文化祭、やったるぞ!」
それからというもの、俺はこれまでに類を見ないくらいに文化祭の準備に精を出した。もともと俺は、クラスでも慕われ始めていたが、ここにきて、自分でも知らなかったリーダーとしての才覚を発揮していた。ただ、この時自分でもおかしいと思うことが多々あったのには、気のせいで通していた。そう、なぜか解らないが、人に言うことを聞かせるのにどうしたらいいのかが、全てなんとなく解ってしまうのだ。しかし、俺はバカだったのか、自分の才能だと勘違いしていた。今思えば全く恥ずかしい話である。
「完成だね。」
「ああ。あとは佐上と佐々木の買い出しが終われば後は当日を待つばかりだ。」
「山梨君はすごいよ。この前転校して来たばかりなのにもうみんなのリーダーって感じじゃない。」
「いやいや、そんなことないよ。あの二人に買い出し行かせるのも経費で好きなおやつ買ってきていいよ。っていう条件出してやっとだよ。それに高野さんだって成績優秀だし人気あるじゃん。」
「え!?そんなことないよ・・・。」
「そんなことあるって。」
まあ、何よりも高野さんだけどうしたら思いどおりに動いてくれるかがわからないんだよね。
「ただいまー!買い出し終わったよー。」
「お帰り。お疲れ様。」
「ホント、疲れた。腕千切れるかと思った。」
「いやー、ホントお疲れ、あっきー。全部お前が持ってたの?」
「ああ。美月と佐々木、二人ともアイス食ってたよ。」
「ドンマイ。ま、休憩しといてよ。えーと、みなさん、これで準備は終了しました。お疲れ!そこで、今から文化祭頑張ろうパーティを開催いたします。」
「「おおー!」」
「それじゃあ、みんな、好きなジュース持って行って。」
「え?こう、これって売り物じゃないの?」
「大丈夫だって。ジュースが3,4本なくなってても久保ちゃんなら気づかないよ。お菓子もあるよー。」
「粋なことするねえ。」
「まあな。」
これも例のなんとなくで、ここで何かしらのご褒美があった方が人を扱いやすくなるとなんとなくわかったのだ。そうでも無ければ、俺がこんなこと思いつく訳が無い。
「それでは、明日からの文化祭での成功を願って、カンパイ!」
「「カンパイ!」」
文化祭当日。男がウエイターをやっても仕方がないという意見を尊重し、俺たち男は主にキッチンで働いた。
「なあ、なんでこのキッチンからホールが見える仕様にしなかったんだよ。せっかく女子がウエイトレスやってるのにまったく見えないじゃないか。」
「すまん、みんな。これは全面的に俺のミスだ。」
実際に始まらないとわからない事はたくさんある、という事は俺は研究室で嫌というほど学んだはずなのに。唯一女子と接することができる、商品の受け渡しのカウンターの所はすでに満員である。
「ま、仕方がないから後で客として来ようぜ、あっきー。」
「ああ、何時くらいに行く?」
「三時だな。美月に絶対来いって言われてるんだ。」
「仲が良くて羨ましいよ。それじゃあ、今から買い出しに付き合ってよ。足りなさそうな食材買いに行く。」
「いいぞ。それと、高野さんも三時から当番らしいぞ。」
「なんで俺に報告するんだよ。」
結構順調だな。この調子だと、かなりの黒字になりそうだな。買い出しのついでに皆に差し入れするか。それにしても、高野さんのウエイトレス姿か。そういや、準備段階では見られなかったもんな。少し気になるな。
「よお、佐々木。受付ご苦労さん。これ、差し入れのジュース。」
「うわあ、ありがとう。山梨君のおごり?」
「違う違う。売り上げの一部だよ。結構儲かってるからさ。」
「そうなんだ。ところでいまは客だね?それなら奥の席へどうぞ。」
「ありがとう。」
皆にも差し入れ渡さないとな。とりあえずキッチンに置いておくか。それにしてもこのクラスの女の子ってレベル高くねえか?
「ああ、高い。かなり高いですよ山梨君。」
「あっきー、お前人の頭の中に入ってくるなよ。」
「いやいや、漏れてたぞ。あ、美月だ。ウエイトレスさん、すいませーん。」
「はーい、二人とも、来てくれたんだ。どう?この佐上美月初のウエイトレスだよ。メイドさんだよ。」
「さっきこうが可愛いって言ってたぞ。」
「お前、俺はただクラスのレベルが高いって言っただけで・・・。」
「うれしいことを言ってくれるねえ。山梨君。でもそれは私の事かい?それともこっちの事かい?おいで、めぐみちゃん。」
「いらっしゃいませ。お二人とも。ご注文はお決まりですか?」
喫茶店万歳。世界で初めて喫茶店を作った人に乾杯。なんだよ高野さん。似合いすぎだよ。それに何気に佐上も人気っぽいな。そりゃ繁盛するわけだ。
「あ、紅茶で。二つ。」
「かしこまりました。」
はあ、自分の教室ですごい緊張したよ。でも、これであとは何事もなく過ぎていけば完璧だな。
「なああっきー、喫茶店にしようって言ったやつって誰だった?」
「えっと、確か、山田だったような。」
「そうか。あとでお礼を言っておこう。」
「おい!なんだよこのケーキ。髪の毛はいってるじゃねえか!」
お、なんだなんだ。クレーマーか?いつの世にもいるんだな。責任者さんがさっさと何とかしろよ。
「責任者出せや!」
そうそう、責任者。って、俺じゃねえか。最悪だ。めっちゃ怖そうな人ではないか。やっぱり今は客になりきるか。
「おい、こう。どうする。」
うわ、話振るなよ。こっち見てるじゃないか。
「おい、あんたが責任者か。」
「・・・はい。いかがなさいましたか?」
「いかがも何も、俺の頼んだケーキに髪の毛はいってるんだよ。」
お前ケーキって感じじゃないだろ。味噌汁すすっとけよ。
「左様でしたか。申し訳ございません。どのようにお詫びしたらよいか…」
まただ、何をすればこいつが言う事を聞くかが分かった。
「は、もういいよ。ここは汚い店だって言いふらしてやるからよ。」
これは困ったな。えっと、こいつは自分所の喫茶店が売れないのをねたんでやがるのか。だとしたら実際は髪の毛なんて入っていなかったのでは?あまりにも都合がよすぎるからな。
「お客様。ケーキの中に入っていたという髪の毛はこちらの長くて茶色い髪の毛ですか?」
「ああ。そうだよ。」
「申し訳ありませんが、お客様。当喫茶店では厨房には女性は入っておりません。すべて男性の手によって作られております。ですので、このような長い髪の毛が入ることはありえないと思うのですが。」
「え・・・。そ、そんな事知らねえよ!運んでる途中で入ったんじゃねえのか!」
「ですが、お客様がケーキの中から出てきたと。そうおっしゃっておりましたが。それに、今ここには茶髪の女性はおりません。」
「・・・くそっ。払えばいいんだろ、払えば!」
「ええ、ご理解いただけたのなら幸いです。」
「っち。」
ふう。帰ったか。ちびるかと思ったぜ。それにしても何で俺には、あいつが自分とこの喫茶店の売り上げを気にしてるなんてわかったんだ?
「やるなあ、こう。でもなんであれが芝居屋ってわかったんだ?」
「ん?いや、なんとなくだよ。」
そう、なんとなくだ。でも、あんまり人前ではやめておいた方がいいかもな。心読んでるようなもんだからな。いや、少し違うか。常に読めるというわけじゃなく、相手が強く望んだ時だけだもんな。相手の望みがわかる、か。なんか聖人君主みたいだな。
その後、文化祭は無事二日目を終了した。俺たちのクラスは、その後もしっかりと売り上げを伸ばし、最も人気のあったクラスに贈られる最優秀賞を贈られた。
「皆さんお疲れ様!途中色々あったけど、無事終了しました。今日は飲んで騒いでください!」
こういう時に酒がないというのはもの淋しいな。ジュースでここまでテンションあげられるお前らが羨ましいよ。
「それと、今回の売り上げをどう使うかの意見も随時承ります。」
こうして、俺の初めての本気の文化祭が終わっていった。よく考えてみると、俺には問題が山のようにあったような気がするが、気のせいという事にしておこう。
文化祭も終わり、浮ついた雰囲気が残る中、中間テストという試練が待ち受けていた。俺は大学生なのだから負けるわけにはいかない。というプライドと、5年も前の話だから仕方がないという惰性に挟まれていた。
「こう、今から俺の家で勉強しないか?美月と佐々木も来るんだけどさ、お前がいてくれるとわからないところとか聞けて助かるんだよ。」
「ああ、いいよ。」
テスト前に友達と一緒に勉強か。しかも俺、頼りにされているではないか。俺の高校時代にはあり得ない話だな。それにしても一緒に勉強か。したことがないな。俺の周りにいたやつらって、いつ勉強してんの?って感じのやつばかりだったからな。
「やっほー明彦、山梨君の勧誘は成功した?高野さんの方はオッケーだったよー。」
「でかした美月。これで怖いものは何もないな。我々はクラスのツートップを手中に収めたからな。」
「高野さんも来るのか?」
「ああ。いや、お前が賢いのは知ってるけどさ、授業中寝てばっかりでノートとかとってないだろ?平常点のために完璧なノートも必要なわけよ。」
「そういうもんか。」
平常点か。さて、どうしたものか。このままだと俺の平常点は0に等しい。
「ま、何とかなるだろ。」
「はあ、こうのそういう自信は羨ましいよ。」
「じゃあ、適当にくつろいでくれ。俺はお茶入れてくるよ。」
「サンキュー、あっきー。」
「明彦―、私はジュース!果汁100%のやつ!」
「わたしも。ほら、めぐみちゃんもなんか注文しなよ。」
「あ、私は何でも…。」
結局お茶が来た。佐上と佐々木は何事もなかったかのように飲んでいるが。
「でさ、勉強って何するの?問題集とか?」
「ちっちっ、まだまだだね。山梨君は何もわかっていないよ。我々はまずノートを作るところから始めるのだ!」
「美月えらそー。ま、そういう事なんで。山梨君とめぐみちゃんはノートを見せて下さい。お願いします。」
「いいですよ。はい。」
「ありがとー。ほれ、山梨君も。」
さっきの腰の低さはどうした、佐々木。なんでそんなに偉そうなんだよ。
「見せてやりたいんだけどさ、俺、ノートなんていっこもとってないよ。」
「ああ、こうはいつも寝てるだけだからな。」
「確かにそうですね。ノートをとっている素振りは見たことがありませんが、山梨君は大丈夫なんですか?」
「わからんけど、問題集やっとけば何とかなるだろ。」
「うわ、明彦、山梨君超むかつく!」
「落ち着け、美月。こうをしっかりとこき使ってやればいいんだよ。」
おいおい、勝手に俺を使うことで話を進めるな。それに、俺は元家庭教師だぞ。タダで教えんのかよ。
「わかったよ。教えてやるから落ち着け?な?」
この日、俺は主に佐上に教えるだけで1日を浪費し、明日は日曜だからもう一回勉強会をするという約束をして、やっとのことで美月から解放してもらった。
くそう、俺も社会とかは勉強しないとさすがにまずいんだよなあ。歴史なんて最後に勉強してからかれこれ5年は経ってるからな。
「山梨君は本当にノートいらないの?平常点とか無くなるよ。」
「ああ、でも赤点さえ免れたらいいからさ。あんまり気にしてないんだよね。」
「そうなんだ。なんか、他の人とは違うね。私、文芸部に入ってるんだけどそこの先輩なんてみんな推薦のために必死だよ。」
推薦か。懐かしいな。確かに推薦で決まれば楽だろうが、俺の行きたいところ、というか行ってた所って推薦ないんだよな。
「へえ、そうなんだ。高野さんも推薦狙ってるの?」
「私はまだ考え中かな。どうなってもいいようにとりあえず今できる事をしとこうかなって。」
「偉いねえ。俺なんか今が良ければそれでいいって感じだよ。」
こんなとりとめもない会話をしながらのんびり歩いたのって久しぶりだな。しかも、高野さんもですますの口調ではなく砕けた感じで話してくれるようになったし。最近はずっと虹がなぜ見えるかとか、自分の存在はどうなったのかとか考えていたからな。丁度いい気分転換になった。
こう見ると、何とも哲学的な問いかけであるように見えるが、それが現実なのだから仕方がない。そうこうしているうちに、家についてしまった。そして、いやがおうにも、虹が目に入り、現実に戻されてしまう。
「じゃあ、また明日ね。山梨君?どうかした?」
「あ、いや。じゃあまた明日。」
高校生になって一か月。いまだ俺の家から虹は伸びていた。
朝9時の事だった。俺の安眠が一つのメールで妨害された。内容は、
『今日の勉強会は山梨君の家で行いまーす。安心してください。きちんと明彦から了承は取りました。 美月』
おい、どういうことだ。なぜ俺に断りなくあっきーの許可が下りた。大体今日は妹(今はお姉さま)が大学が休みで家にいるんだよ。
「お姉ちゃん、今日学校の友達が勉強しに家来るんだけどいいかな。」
「ん?いいんじゃない。夢は昼から出かけるけどいいよね?」
「ああ。いいよ。昼ごはんとかは適当に済ましてくれる?」
「うん。外で食べてくる。」
「わかった。」
はあ、変わったのは呼び方だけで中身は全く変わっていないよな。おかげで、今までどおり接することができるけど。じゃああいつらが何時ごろに来るか聞いておかないとな。
『オッケー。今日は何時ごろにうちに来るんだ?』
「光大―。お客さん来たよー。」
は?まさかな・・・。
『えっと、9時くらいかな?』
『9時くらいかな?』じゃねえよ。今じゃないか。
「おい、おまえら。礼儀ってものを知れ。俺はまだパジャマなんだよ。」
「いやー、山梨君の生着替えが見られるとは。」
「見るな。」
「あ、私たちは外にいます・・・。」
そうだ。それが今の状況で一番正しい判断だ。で、おい、バカ三人。さっさと部屋から出て行けよ。そもそも何で高野さんがいながらこんな状況になったんだ。ストップかけてくれよ。唯一の常識人だろ?
「あ、すいません。さっき起きたばかりで眠くて。」
なるほど。高野さんも押しかけられたという事か。
「いや、構わないよ。気持ちは良く解るから。それと、お姉ちゃんがうろついてるけど気にしないで。昼前にはいなくなるから。」
「あの人お姉さんだったんだ。なんか雰囲気的に妹さんかと思った。」
お、佐々木は妙なところで鋭いな。確かにあいつは妹だったんだよ。
「で、今日は何をするんだ?大方の事は昨日で終わってるだろ?」
「うん。確かにテスト勉強は昨日で終わったよ。だがしかし!私には課題プリントがこんなに残っているのだ!」
「課題プリントって。佐上、お前まさか授業中に配られるプリントの事か?」
「うん。そうだよ。しかもなんと、全部まっさらなのだ!」
「うわあ、美月さんって授業中何しているんですか?」
よくぞ聞いてくれた高野さん。この俺でも授業中に多少は終わらせてるぞ。
「いや、大したことじゃないよ?ちょっと絵を描いてるだけで。」
「ああ、美月は昔から絵が好きだもんな。このプリントの裏の絵がそれか?」
「うん。それは結構自信作だよ。」
なんだその大作は。何がちょっとだよ。ピカソのゲルニカかよ。
「うわあ、上手なんですね。こっちの久保先生なんてそっくりですよ。」
「それはねえ、久保ちゃんに見つかったからお詫びに久保ちゃんを描いてあげるって言って描いたやつだよ。」
それで許したのか、久保ちゃんは。
「で、その課題プリントって全部で何枚くらいあるんだ?」
「えっとねえ。私のが30枚くらいで歩美のが10枚くらいかな。」
「佐々木、お前もなのか。」
「うん。よろしく。」
「今日中に終わるのか?こうなったのも全部あっきーの監督不行き届きが原因だな。」
「俺はこいつらの保護者じゃねえよ。」
「まあ、とりあえずできるだけ頑張ってみましょう。ね?」
高野さんは何て前向きなんだ。お前ら見習えよ。自分のプリントの山を見てため息ばっかりつくなよ。あっきーは俺の漫画漁るなよ。
「そういやお前らに聞きたいんだけどさ、今日って虹見えた?」
「いや。見てないな。そもそも最近虹見てねえや。」
「そうか。」
「どうしたんですか?そういえばこの前も虹がどうとかって言ってましたよね。」
「いや、別に大したことはないんだけど。前の学校の友達が虹見えたってつぶやいてたから。それでさ、虹の足って普通見えないよな。」
「そうだな。虹って普通遠くに見えるものだろ?」
「だよな。じゃあ目の前に虹ができたってやつは散水でもしてたのかな。」
「ああ、そうかもな。」
やっぱりあの虹は俺にしか見えないのか。それに虹の出所が見えるのもおかしいよな。なら、あれは虹ではない他のものか?だとするとなんだ?さっぱりわからん。
「大丈夫?考え事?めずらしいね。」
珍しいとはどういう事だ、佐上。
「俺は常に人生の事で考え事してるんだよ。」
さてと、今は目の前のプリントをかたずけるか。
「ふう、やっと終わった・・・。」
朝から初めて今はすでに夕方の6時である。
「もうこんな時間かよ。俺ら、今日は美月と佐々木の課題プリントやっただけじゃねえか。」
「いやー、みんなありがとうね。おかげで間に合ったよ。ま、明彦はあんまり役に立ってなかったけど。」
「うるさい。こいつらと比べるなよ。二人が頭良すぎるんだよ。」
「え、そんなこと・・・。」
「まあまあ、みんなありがとー。お礼に晩御飯・・・」
「おお!」
「につけるドリンクバーを奢っちゃいます!」
「・・・ありがと。」
「それではファミレスに、レッツゴー!」
「え、テスト勉強はもう終わりにするんですか?」
ファミレスか、久しぶりだな。しかし、ここでファミレスってのが高校生らしくていいな。前までなら『じゃあ、飲みに行こうか。』ってなってたからな。
「よし、行くか。ほら、高野さんも。とりあえず晩御飯食べて、それからまたやればいいんじゃないか。」
「そうですね。じゃあ私も行こうかしら。」
「この道暗いな。なんか出てもおかしくなさそうだな。ほら、今そこで何か動いた。」
日が落ちて真っ暗になった道のりの中、ファミレスに向かっていた。
「ひっ。なになに、どこ?」
「美月、怯えすぎだ。どうせこうの悪戯だよ。」
どうやら佐上は暗いのが苦手らしい。
「もう、やめてよ山梨君。」
「ははは、佐上って怖いの苦手なの?って、佐々木、どうした?お前も怖いの苦手か?」
「いや、誰かいる。じっとこっち見てる。」
「俺は別にいいけど、佐上が気絶しそうだぞ。」
ん?いや、本当に誰かいるではないか。しかもこっちに向かってきている。
「あなたは山梨光大様ですか?」
俺かよ。やめてくれよ。変なのは俺が高校生になったっていうのでいっぱいいっぱいなんだよ。しかも『様』ってなんだよ。俺は何時からそんなに偉くなったんだ?
「はい。俺が山梨ですがあなたは?」
「私の事は光大様に教えるようなものではございません。それより大事なお話がございます。光大様は今、自分の状況が不思議でならないでしょう。その不思議を今から我々と行動を共にすると申していただければ可能な限りでお答えしましょう。」
俺の状況?今この状況の事か?それとも俺が高校生からやり直している状況の事か?それは知りたいが、怪しすぎるだろう。ここはひとつ探りを入れるか。
「行動を共にってどういうことですか?」
「なに、光大様はただついてきていただければ後の事はすべてこちらで済ませますよ。我々の組織は今、リーダーを求めているのです。あなたが適任だと思いまして。」
ビンゴ。えっと、本当の目的は、え?どういうことだ?俺が組織の形だけのリーダーになるだと?訳が分からん。このおっさんは電波が入っているのか。
「あー、すいません。怪しい人にはついていくなって言われてるので。おい、お前ら、行こうぜ。」
「いいのですか?あなたは真実を知りたくないのですか?」
うわ、まだ言ってるよ。無視無視。ああいうのは関ったら終わりなんだ。
「いいのですか?お知り合いの様でしたけど。」
「え?いいよ。なんか変な人だったし。宗教の勧誘とかじゃないの?」
「そうだといいけど、あのおっさん、こうの名前知ってたぞ。」
「なんか光大様って言われてた。山梨君、実はお坊ちゃま?」
「ないない。普通の家の子供だよ。」
言われてみればなんで俺の名前を知っていたんだ?
「あー、訳が分からん。おい、さっさとファミレス行こうぜ。訳わからなさ過ぎて腹減った。」
「そうだよ。早くここから出ようよ。また何か出てきたらどうするのよ。」
「うわ、でかいファミレスだな。近所にこんなのあったか?」
「えー、ここらでファミレスって言ったらここしかないでしょ。山梨君は普段来ないの?」
「いや、昔はよく来たが最近は全然だな。大体はい・・・」
「い?イタリアン?お洒落だねえ。」
「ああ、まあな。」
ふう、佐上の思考回路が変で助かった。さすがに高校生で居酒屋はまずいよな。
「すごい。私の家なんか居酒屋ばっかりだよ。」
「へ?居酒屋?」
「うん。知らない?たこわさ最高。」
くそ、居酒屋オッケーかよ。さっきのドキドキ返せよ。
「あのさ、こう、ずっと気になってたんだがさっきの人はなんでこうの名前を知ってたんだ?」
「そうですね。それは私も気になっていたんですよ。」
くそ、さっきの話は有耶無耶に終わったんじゃなかったのかよ。
「て、こっちを見られても俺も知らんぞ。なんせ、初めて会った人だったからな。」
「ですが、真実がどうとかって言ってましたよ。」
「そうだな。少なくとも向こうはお前のことを何か知ってるみたいだったぞ。なんかないのか、こう。最近よく解らない事があったとか。事件に巻き込まれたとか。」
「そうそう。わからない問題があったとか。」
「佐上じゃないんだから。まあ、強いて言えば、あのおっさんが何者かっていうことくらいだよ。」
「そうですか。ただの宗教の勧誘ならいいのですが。」
ふう、知りたいことは山ほどあるんだよなあ。でもまあ、こいつらに言ってもおかしいと思われるだけだろうし。でも仮に、あいつの考えが電波でなく、実際に起ころうとしていることだとしたら、俺はいったい何者なんだ?組織のリーダーとか何とか言っていたぞ。そんなに俺は偉い人なのか。それにしては、扱いは酷そうだったが。
「やっぱり聞いとけばよかったかな。」
「どうしたの?山梨君。ポテト食べちゃうよ。」
「いや、なんでもない。」
あ、俺のポテト、なくなってるし。
それから一週間が過ぎ、テストも無事終わっていった。俺の成績はすでに一回習った範囲という事もあってか、クラスで二番という好成績だった。
「こうはやっぱりすごいな。学年でも上位だろ?」
「サンキュー。でも高野さんの方がすごいよ。学年トップクラスだろ。」
すごいって言われるのは気持ちがいいけど、トップじゃないのに喜ぶっていいのか?大学生として。
「まあ、高野さんは別格だよ。入学以来ずっとトップだしな。そうだ、今日これからお疲れ様会しないか?この前勉強会したメンバーで。」
「ああ。いいよ。他の皆は来れるのか?」
「俺に任せろって。じゃあ、みんな誘ってくるわ。」
お疲れ様会か。大学生の時は結果が出る前に急いでしたなあ。結果発表の後じゃあ大半が死んでるからな。高校生も案外捨てたものじゃないな。
「こう、みんな来れるとさ。そんで、女子がお菓子買いに行きたいから荷物持ちしろだとさ。」
「そうか。頑張れよ。」
「お前も持つんだよ。」
こんなバカな会話をしているのも悪くない。昔だと、口を開くと研究が進まないって愚痴ばっかり言い合ってたからな。
「なあ、なんで俺の家なんだ?」
「なんでって、ねえ。居心地いいんだよ。山梨君の部屋。」
「美月の部屋は汚いからな。」
「この前行ったら下着が積んであった。」
「ちょっと、歩美。それ言わないでよ。」
「まあまあ、お菓子でも食べましょうよ。せっかく買ってきたんだし。」
こいつらの中では俺の家で開催という事は決定事項だったようだ。何事もなかったかのように俺の家に向かってきた。仕方がない。あきらめるか。
「ああ。皆くつろいどいて。飲み物とってくるよ。」
のどかだな。こんなにのどかだと俺に起こったもろもろの事を忘れてしまいそうだ。
「あれ、何話してるんだ?」
「ああ、今度美月が陸上部の試合あるから見に行こうって話をさ。」
「そーだよ。私走るんだよ。」
「部活かあ。がんばれよ。」
「うん、ありがと。それでね、再来週は部活も休みだしみんなでどこかに遊びに行かない?」
「いいねえ。どこに行く?何かしたいことはあるか?」
「水族館行きたいかも。ほら、新しく出来たやつ。」
「ああ、歩美が前から行きたいって言ってた所?」
「うん。今なら入場料金半額。」
「いいねえ。そこにするか?皆はどうだ?」
「私は賛成ですよ。」
水族館か。久しぶりだな。
「俺はどこでもいいよ。」
「じゃあ、決まりだね!来週の日曜日、9時に駅前集合ね。」
新しく作られた水族館、俺の前に行ってた高校の近くだよな。確か。ついでにちょっと立ち寄るか。
水族館に行く日の朝、かなり目覚めがよく俺は朝から上機嫌だった。
「じゃあ、行ってきます。晩御飯は外で食べてくるから。」
「気を付けてね。行ってらっしゃい。」
結構寒くなってきたな。もうすぐ冬だもんな。
「おはよう。偶然だね。」
「ああ、高野さん。おはよう。どうせだし、一緒に行こうか。」
今日はラッキーだな。これで俺の家から虹が出ていなければ文句なしなんだが。
高野さんと、他愛ない話をしながら歩いていると、すぐに駅に着いた。
「遅いよ、二人とも。もう9時5分前だよ!」
「いや、充分だろ。5分前行動してんじゃん。」
って、毎度のことながら、佐上は何も聞いちゃいない。高野さんも謝らなくていいんだよ。
「あっきー、顔、ひどいぞ。」
「ああ、今朝6時に美月に起こされたんだよ。」
「ご愁傷様です。」
「では、電車に乗ります!しゅっぱーつ!」
電車に乗るのは久しぶりだった。今までは電車で通学していたが、今は自転車だ。
「電車、久しぶりだな。」
「山梨君は前の学校には電車通学だったんだよね。憧れるなー。」
「そんなにいいものじゃないぞ。朝は満員だし、遅れたら帰れなくなるし。何よりも時間がかかる。」
「そんなもの?そうだ、ここら辺の高校だったんだよね?」
「ああ、今日行く水族館の近くだよ。」
「じゃあ見ていこうよ。」
「いいよ。じゃあ、帰りにでも寄っていくか。」
好奇心旺盛っていうのはいいな。わざわざ俺が力を使ってまで行く必要がなくなった。それに、できるだけこいつらには力を使いたくないからな。やましい気持ちになりたくない。
そうこうしているうちに水族館に到着した。できたてという事もあって、結構繁盛しているようだ。
「ついた!じゃあ、とりあえず、サメ見るか!」
「なんでだよ。走るな美月。順番に見てまわればいいだろ。」
「はーい。」
さすが佐上。元気だな。近くのお子様たちと同じレベルではしゃいでいる。保護者のあっきーと佐々木には頑張ってもらおう。
「私たちも見やすいところにいこ。」
俺は高野さんとのんびりしてるぜ!
「そういえば高野さんって普段はですますなのに俺と話すときだけ違うよな。」
「そう?気のせいだよ。」
そうか?俺の思い過ごしか?
それから俺と高野さんはのんびりまわり、佐上がはしゃぎ、あっきーと佐々木が追いかけていた。
「そろそろ帰るか。それにしても佐上は元気だな。」
「はあ、はあ、美月は陸上やってるからさ、体力だけはバカみたいにあるんだよ。」
「お疲れ、あっきー。佐々木は?」
「歩美さんなら向こうでぐったりしていましたよ。」
「ああ、佐々木も保護者してたもんな。」
「おまたせー、じゃあ帰りますかー。」
「お前は元気だな。」
「ん?」
一人テンションの高いまま、早く休憩をしたいという佐々木を素知らぬ顔で、
「じゃあ、山梨君の母校に行きますか!」
と言っている。ドンマイ、佐々木。もうだれにも止められないよ。
「山梨君、案内してねー。」
「はいはい。」
「ここの角を曲がったところに高校が見えるはずだ。」
「お、ここかー、ってなにもないよ?」
何もない?まさか。うちの高校は結構でかいから嫌でも目立つぞ。
「いやいや、ちゃんと探せよ。・・・あれ?ないな。道を間違えたか?」
「しっかりしろよこう。もうボケたか。」
おかしいな。確かにこの道であっているはずだ。ラーメン屋の角を曲がって、目の前にコンビニがある。間違いない。ここにあるはずだ。でも今はない。そう、何もないのだ。
「お久しぶりです、光大様。」
「お前、この前の。」
「はい。あなたの、前に在学していた高校は1年前に無くなっているのですよ。」
「1年前?」
「そうです。ですので今回光大様が高校に戻るときに、我々は別の高校を選んだのです。」
別の高校を選んだ?だとしたらこいつは俺がどうして二回目の高校生をやっているのか、本当に知っているのか?
「おい待て、どうして高校の事を知っているんだ。それに、我々ってどういうことだ?」
「そののままの意味ですよ。以前申し上げました、光大様にトップを継いでいただきたいといった組織の手によって、光大様を高校生にする工作を行ったのです。」
「工作?色々根回しをしてまで俺を高校生にしたのか?なんでそこまでする必要があるんだ?」
「おっと、それ以上はお教え致しかねます。詳しく知りたいのであれば、私についてきていただかなければ。」
よし、読めた。あのおっさんの言う組織ってやつはもともとの組織を抜けて、新しく作った組織というやつか。だがリーダーがいないから力がないんだな。そこまでは良く解った。だが、なぜに俺だ?
「じゃあ、質問を変える。俺以外じゃだめなのか?」
「そこまでお教えできませんので。ではまたの機会。」
あいつも俺にこだわる理由は知らないのか?
「おい、こう。どういうことだ?」
「ああ、よく解らんが、前と一緒だったよ。俺について来いだとさ。誰がついていくかよなあ。そんな怪しい宗教みたいなのに。」
「俺が言ってんのはそこじゃねえよ。」
「は?じゃあどこだよ?」
「お前のいた高校、一年前には廃校だったみたいじゃねえか。なのにお前が転校して来たのは今年だ。一年間の空白ができるんだ。そんなことも解らないと思ったか?」
しまった。あっきーの言う通りだ。でも俺が実は大学生で、ある日突然高校生になってましたって言って信じられるか?
「いや、えっとだな・・・。」
「さっきの人が光大様を高校生にするって言ってた。前は高校生じゃなかったの?」
くそ、全部聞かれちまったじゃないか。仕方がない、友達なくす覚悟で全部はくか。
「わかったよ。全部話すよ。でもここだと寒いしさ、晩御飯食べながらでいいか?」
「ああ。お前が話してくれるならどこでもいいよ。」
「それでは、駅前のファミレスまで行きますか。」
「とりあえず先に食べちゃおうよ。おなかすいたしさ。」
みんな無言ですか。まあ、そうだよな。ワイワイする空気じゃないよな。
「そうだな。とりあえずこうの話は置いといて、先に食べるか。」
「そうだね。暗くなっても仕方ないもんね。」
「ふう、うまかったな。じゃあ、話してもらうか。」
「ちょっと待て。今アイス食べてるんだよ。」
「美月はだまってなさい。」
「えっとだな、とりあえず事実だけ伝えるぞ?おかしいと思ってもとりあえず聞いてくれ。半年ほど前の9月1日、俺が転校してきた初日な。あの日の朝に、俺はいきなり高校生になったんだ。前の日まで俺は大学院生でさ。A大学で研究してたんだ。でも次の日に起きたら突然母親に高校行きなさいって言われた。母さんも本気で俺が高校生だって思ってるみたいだ。それで訳のわからないまま母親について行ったら今の高校に転入させられたってわけだ。俺だって信じられないけどな。でもこれが俺に起こったことだよ。」
俺が皆を思いどうりに動かす方法がわかるってところは伏せておくか。やっぱり訳わからんよな。頭抱えちゃってんじゃねえか。
「・・・えっと、前もって聞くけど冗談じゃないよな。」
「冗談だったらうれしいよ。」
「だとすると、さっきのおじさんの話も考えると、山梨君は何らかの組織に狙われていると・・・。」
「大げさな。でも、まあそんなところか。」
「じゃあ、山梨君を守り、かつもとの状態に戻るために私たちも何かしないとね。」
「え?」
「山梨君、今まで何か調べた?」
「え?ああ、ちょっとは調べたけど、お前ら助けてくれるの?」
「まあ、仕方ないだろ。こうにはいろいろ助けてもらってるからさ。」
「マジかよ。こういうのってドラマだけじゃないんだな。」
「おうよ。泣くなよ、こう。」
「それより調べたことを早く教えてほしい。」
「佐々木は面白そうだからついていくって感じか。まあそれでもうれしいよ。解ってる事ってのは、タイムスリップしたわけじゃないって事と、本当の俺は北海道に行ったことになってるってことぐらいだ。」
「タイムスリップじゃなかったんですか。だとしたら、本来の山梨光大という存在を今の山梨光大というものに書き換えたって事ですか。」
「さすが高野さん。話が早いね。確証はないけど俺はそう考えてるよ。」
「うーん、ちょっとやそこらじゃわかりそうにもないな。明日から考えることにするか。」
「そうだねー。私は頭使いすぎてもう眠たいよ。」
「佐上はもうちょっと普段から頭使えよ。それでさ、この話なんだけど他の皆には内緒で頼むな。」
「わかってるよ。俺らでなんとかしてやるよ。」
「じゃあ、今日はもう遅いし帰りましょうか。」
「そうしよう。ところで、最後に一つだけ。山梨君って今何歳?」
聞くなよ。ギクシャクすんだろうが。
「16ってことで。」
なんだ、その不服そうな顔は。
ファミレスからの帰り道、俺は高野さんと俺を狙う組織はどんなものかという事を話し合いながら歩いていた。
「やはり山梨君を組織のトップに据えたいという事だから、山梨君は身分の高い家柄なんじゃないかな。」
「まさか。だとしたら今の生活環境をもう少し改善してほしいね。」
「でも、少なくとも相手側には重要な人間なんだと思うよ。光大様とか言ってたし。」
「俺も様とかつけられたの初めてだよ。」
そろそろ家が近づいてきたな。やれやれ、やっとのんびりできるな。
「あ、そういえば一つ言うこと忘れてた。俺が高校生になってから俺の家から虹が出てるんだよ。」
「虹?だから山梨君は良く虹の話をしていたの?」
「まあな。急に昼夜問わず虹が見えるようになったからな。気になったんだよ。」
「てことは今も見えるの?」
「ああ、七色に輝いてるよ。」
「私には見えないや。でも虹の話をおばあちゃんに聞いたことがあるよ。虹の足を見た人の話。」
「まじで!どんな話?」
「んー、あんまり覚えてないんだけど、確か虹の足は神様の足だとか何とかだったような。またおばあちゃんに詳しく聞いとくよ。」
「サンキュー。頼むな。それにしても、俺の家は神様に足蹴にされているって事か。なんかしょげるな。」
「あはは。そうだね。じゃあ、お休み。」
「お休み。」
神様の足か。昔話の類か?一時期童話にはまって世界中の童話を片っ端から読んでたことがあるが聞いたことがないな。その地方に伝わる伝説なのか?まあ、どっっちでもいいか。明日高野さんに聞くか。
「明彦、山梨君、今日の放課後ちょっと残っといて。」
佐上が何か企んでいるような顔をしていた。
「ああ、いいけどどうしたんだ?美月が忙しそうにしてるなんて珍しい。」
「放課後のお楽しみだよー。」
「何企んでるんだ?美月のやつ。」
「さあな。あいつの考えてることがわかるかよ。それよりさ、昨日一つ言い忘れてたんだけど、俺の家からでっかい虹が見えるようになったんだよ。」
「でかい虹?なんだそれ。」
「俺が高校生になった時から家から虹が伸びるようになったんだよ。」
「あ、それ、聞いたことあるぞ。」
「まじ?昨日高野さんも知ってるって言ってた。この辺の言い伝えか何かか?」
「あんまり詳しくは覚えてないがじいちゃんから聞かされたんだよ。この辺のやつはみんな知ってるよ。そういや、こうは最近引っ越してきたのか?」
「まあ。でも、最近って言っても5,6年前だぞ。」
「それじゃあ知らないだろ。その話知ってるのって俺らのじいさんばあさんより前の人だけだからな。」
「なるほど。それで俺は知らないわけだ。詳しくはあとで高野さんに聞くとするか。」
放課後になると、怖いくらいの笑顔の佐上美月が走って俺たちの所にやってきた。
「明彦、山梨君、ついてきてー。」
「何事だ?美月。」
「ふふふ、じゃじゃーん!この物理準備室、ここが私たちのものになりました!」
「佐上、無断でカギをとってきたらあとで怒られるぞ?」
「そうだぞ、美月。遊びたいなら外で遊びなさい。」
「違うよー。この教室を使っていいって久保ちゃんから許可採ったよ!」
「久保ちゃんが?なんで?」
「私たちは本日から理科部です!」
「いや、知らねえよ。俺たちは帰宅部だよ。」
まったく、むちゃくちゃな奴がいたもんだ。
「だからです!せっかくの青春だよ?何かしないともったいないよ?という事で、優しい美月ちゃんが皆の入部届も出しておきました!」
「っはあ?!出しておきました!じゃねえよ。何で美月が勝手に出してるんだよ。」
「あ、あの、私からも説明させていただきます。」
「高野さんも、美月が暴走してたら止めてくれよ。」
「いえ、これは私の案でもあるんです。昨日、山梨君から不思議な体験をしたという話を聞きましたよね?そのことをみんなで解決するなら部活みたいに部屋が欲しいねって美月さんと歩美さんと話していたら美月さんがいいこと思いついたと言って。」
「それで佐上が暴走か。」
「暴走じゃないよ!計画的犯行だよ!」
「犯行じゃねえか。でも、それなら俺の家とかでもよかったんじゃないのか?」
「はい、ですが昨日の帰り道に聞いた虹の話を祖母に聞いたところ、この土地に古くから伝わる話だそうで、正確なところがわからなかったんです。ですから、学校であれば図書館を利用できるかと思いまして。」
「ここの図書館はここらへんじゃ一番おっきい。」
佐々木、君は何時からそこにいたんだ?
「それもそうだな。一般開放もされてるくらいだしな。それに、他にも調べる事が増えるだろうからな。」
お前ら、なんでそんなにやる気満々なんだ?当の本人より張り切っちゃってるじゃないか。
「それに、学校に自分たちの部屋ができるんだよー。アニメみたいで楽しそうじゃん!」
それが本音か。
「悪いな。なんか巻き込んだみたいで。」
「いいんだって、山梨君。ほら、もっと楽しそうに!せっかくの高校生活だよ!クラブ位しないと。青春は一度しか来ないんだよ?」
「いや、二回目が来てるんだよ。」
俺たち五人は、晴れて理科部の部員となった。なんでも、去年3年が卒業してから、部員がいなくなり、廃部状態となっているのを佐上が掘り出したという感じだ。で、今、俺たちは部室で話し合いをしているわけではなく、いつものファミレスでたむろしていた。
「なんで、部室じゃないんだ?」
「おなかすいたから。」
果たしてこれから部室を使う日が来るのか不安になってきた。
「まあいいや。高野さん、虹の話の内容を教えてよ。」
「あ、はい。ええと、先ほども言いましたと思いますが、この土地に古くから伝わる言い伝えなんです。そのため、私が聞いたのが正確なものかどうか怪しいですが、一応参考に。『昔、山の麓に一組の夫婦がいました。』」
「山っていうのは学校の裏の山の事か?」
「恐らくそうだろうと。続けますね。『その夫婦には、可愛くて、とても頭のいい男の子がおりました。その男の子は、小さい頃からとても優秀で、元服を迎えるころにはすでに、村で一番の成績を修めました。そして、元服を迎える日の夜、夢の中で男の子のもとに神様がやってきて言いました。あなたはとても優秀です。なので、私について、この国を守る手伝いをしてくれませんか?男の子はすぐに返事をして、神様とともに、この国を守ると誓いました。すると、そこで夢が覚めてしまいました。男の子は不思議に思いながら、外を見てみると、家から虹がかかっているではありませんか。男の子はこれは神様の通り道に違いないと考え、神様は本当に自分の所に来たと、信じました。そうして、夢のとうりに国を守っていきましたとさ。』これが大体の内容です。それから国を守る人の所には、虹が出るという話になっているそうです。ちなみに、飢饉や疫病から皆を救ったという話も残されているようです。果てには戦争で勝利を導いたとか。」
「山梨君は救世主だったんだね!あがめないとダメ?」
「言ってろ。あっきーの知ってるのもこんな感じか?」
「ああ。確かこんなんだったような気がする。」
「まあ、神様が来たとかどうとかは置いておいて、この地方を治めてきた人たちを特別視するために作られた話だと思います。少し調べたんですが、ここら辺で飢饉があったのは事実の様ですし。」
「じゃあ、こうもこの地方を治めるわけだ。お疲れさん。」
いいよな。現代は呑気で。はたして俺は市長にでもなるのか?
あれからみんなで少し話し合いをしたものの、全く訳が分からず結局今日は解散という事になった。
この話はおそらく単一の人物の話ではないだろう。飢饉や疫病など、複数の事件を解決していることから、その時その時でヒーローは変わっているはずだ。で、そのヒーローの条件が家から虹が生えてくる、という事か?だとしたらなぜ俺は高校生になったのだ?明らかに無駄なオプションだろう。
「まあ、来週から冬休みだし。ゆっくり調べるか。」
「これより、冬休みの計画を発表します。我々理科部はいつも一緒です。」
また佐上が訳の分からんことを言っている。
「おい、あっきー、責任もって止めろよ。」
「無理だよ。しかも、俺らに休みはなさそうだぜ?」
なんでだよ。予定が全部埋まってるじゃないか。休みが二日だけってどういうことだよ。
「えっと、予定がほとんど埋まっているように見えますが、ほとんどは部活動という事なので、用事があれば遠慮なく休んでくださいね。」
今佐上がすごい悲しそうな眼をしてたぞ?
「ではさっそく、部活動を始めましょう!」
「結局進展なしだな。先は長そうだぜ。」
「当たり前だろ。そんなにすぐに解決されたら今まで一人で考えていた俺はどうなるんだよ。」
「そうですね。今はとりあえず、情報を集めるという事で、これまでの虹を見てきたであろう人、つまりこの地方を治めてきた人の事を調べていきましょう。」
「そうだな。歴史から学べって事か。じゃあ時代別にするか?」
もはや話し合いに参加してるのって、俺とあっきーと高野さんだけじゃないか?あとの二人はどうした?
「そうだな。ところで二人は?」
「さっき、お前がトイレ行ってる間に『ちょっと実験室見てくる』って言ってそのまま。鞄はここにあるからまだ遊んでるんじゃないか?」
お気楽でいいよな。これからはあっきーと高野さんだけを頼りにしていこうか。
「じゃあ迎えに行くか。そろそろ下校時間だろ。」
今日の会議で決まったことは、俺たちに更なる宿題が増えたという事だ。各自調べるといっても、調べる場所なんて図書館ぐらいだから、恐らくみんな学校に行くのだろう。
「明日も学校か。まあいいか。どうせ家に居ても何もないし。」
しかし、こうしていると高校生というのも悪くないな。やっぱり、同じ教室で一緒に勉強する仲間というのは大学では味わえない。
「あー、もう寝るか。明日もどうせ早いだろうし。」
「光大、お友達が来てるわよ。」
「ああ、わかった。」
やっぱりか。まだ朝の9時だぞ?お前らは何でそんなに元気なんだ?」
「よ、学校行くぞ。早く着替えろ。」
「もういいよ。なんか慣れてきた。わかったからお前ら部屋から出てくんない?着替えたいんだけど。」
「じゃあ、先に行っとくからねー。追いかけてね?」
俺の安眠を妨害して、さらに朝から走らせるな。くそ、あいつらのおかげでここんところ早起きで、朝の運動も欠かしてないじゃねえか。このままではどんどん健康になってしまう。
「お前ら歩くの速すぎ。結局学校まで走ったぞ。」
俺は息も絶え絶えで学校に到着。部室に行くまでの道のりで偶然久保ちゃんに会ったのではあはあ言いながら挨拶をした。
「今のは変態っぽかったねえ。」
「あれはまずいレベル。」
「仕方ねえだろ。誰のせいだよ。」
「早起きしないこうのせいだろ。高野さんは起きてたぞ?」
そんな完璧超人と一緒にするなよ。俺には無理なんだよ。
そんなこんなで、図書館から大量の本を運び込み、一日中5人で読み込んだ。
「そろそろ下校時間だろ。帰るか。」
「冬休み、今日からだからな。休みのときは下校時間速くなるんだったな。」
れたちがいそいそと帰る準備を始めると、佐上美月は突然絶叫した。
「あー!」
「何事だ?おなかすいたのか?」
「違う!今日25日だったの忘れてた!」
「そうか。今わかってよかったな。」
「よくない!よくないよ?」
「どうしたんだよ。お菓子の特売日だったのか?」
「クリスマス!あたしとしたことが。うかつだった。という事で、今からクリスマスパーティをします。」
ああ、クリスマスなのにはしゃがないからてっきり何もしないものだと思っていたのに、忘れてただけなのか。
「そうですね。せっかくみんなで集まっていますから、みんなでパーティしましょうか。」
「そうだな。じゃあ、今からこうの家に行くか。」
「じゃあ、私ケーキかってくる。」
「あ、歩美、私も行くー。高野さんも行こ。明彦はお菓子、よろしくね。」
ちょっと待て、なんで俺の許可なしに計画が進んでる?
「ちょっと待てい。って、あれ?」
「あきらめろ、な?俺らに拒否権ってないんだ。ここは日本であって日本じゃないんだよ。」
「さすがあっきー、達観してるな。」
こうして俺たちのクリスマスと冬休みは過ぎていった。
冬休みの間、俺たちはこの土地にまつわる昔話の類をしらみつぶしに調べて回ったが、たいていは決まって最後に一人のヒーローが解決してしまうものだった。そこで、このヒーローはおそらく虹を見たのだろうという事として考えることにした。
「そろそろ全部調べつくしたんじゃないか?」
「そうですね。かなり調べましたからこれ以上は無駄になってしまうでしょう。」
「じゃあ、本読むのは終わり?やったー!もー私限界だったんだよねー。」
「限界って。美月はほとんど寝てただろうが。」
「いやー、私にデスクワークは向いてないんだよねーもっとさあ、聞き込みみたいな?もっと外行こうよ。」
「まあ、美月の言うとうり見て回るのは大切かも。でもこの話って、解決の仕方があいまいなのが多いよね。ホントに実際の出来事なのかなあ。」
確かにそうだ。華々しい英雄譚なら、もっとだらだらとあんなことをした、こんなことをしたという風に書いてもよさそうだ。
「そうだな。たしかに解決しました。くらいしか書いてないよなあ。」
「もしかしたら、書けないような方法をとったのかもしれませんよ。」
なるほど、確かにファンタジックな方法だとかけないよな。
「かけない方法?魔法とか?」
「・・・いえ、そういうのではなく、虐殺とかのことを言ったのですが。」
俺を見ないで。穴があったら入りたいよ。
「いや、あながち間違ってないかもしれないぞ?実際問題、こうにはなんか変な虹が見えるわけだし。魔法みたいなのもあるかもしれない。」
「ま、俺が幻覚を見ていなければって話だけどな。」
「そこを疑うのはやめておきましょう。実際山梨君は変な人に声をかけられているのですから。」
そうだ。あいつはいったい誰だったんだ?あいつに聞けばもしかしたら、
「あのさ、」
「あいつにわざわざ捕まるっていうのはなしだぞ。下手なヒーローアニメじゃあるまいし。ここは安全に行こうぜ。」
「すまん。まあ、今のは忘れよう。」
「じゃあ、忘れるためにも動こ。休みになったら今まで調べてきた場所を調べに行く?」
「わーい。さっそく来週の日曜行こうね!ピクニックー!お弁当係は山梨君ね。」
は?弁当?
「いやいや、無理だよ。」
「けってーい。じゃあ、今日は解散!」
弁当ってどういうことだよ。今週の土日は家族が誰もいないんだよ。母さんに作ってもらう事すらできないじゃないか。
「山梨君、大丈夫?なんなら私が作ってくるよ?」
「マジ?助かるよ。じゃあ、頼んでいいかな?」
「めぐみちゃん一人じゃ大変でしょ?私も手伝うよ。」
「お前らだけにまかせっきりじゃ悪いな。なんか俺にも手伝えることあるか?」
「歩美さん、前野君、ありがとうございます。でも、うちの台所ではすこしせまいかと・・・。」
「じゃあ、日曜日はこうの家に集合な。」
この間俺は佐上にこれを入れて、あれを入れてと注文を付けられていた。
春休みも明けて、俺たちは2年生となっていた。クラス替えでは、5人とも奇跡的に同じクラスとなっていた。まあ、何かの縁なのか、意図的なものなのかは定かでないが、俺はほっとしていた。クラス替えでこんなにもドキドキしたのは初めてである。そうして時は過ぎていき、ゴールデンウィーク。
「今日も俺の家に集合かよ。」
初めて現場検証?に行ったときに、弁当を俺の家で作っていくとなった。この時になぜかみんなが集まり、それからお弁当は毎回、俺の家でみんなで作っていくことになっていた。
「毎回山梨君の台所をお借りしてすいません。」
「いや、いいよ。親はどうせ仕事だし。姉ちゃんは寝てるし。」
「そうそう、こうに遠慮しなくていいんだよ。」
「お前はちょっと遠慮しろ。しかし、それよりもだなあ、今度こそ手掛かりが見つかるといいが。」
そう、今まで10か所ほどまわってはいるが、手掛かりが全くなのだ。石碑なんかが残っていればいい方で、言い伝えに出てきた桜の木が、すでに切られた後だった、なんてこともあった。
「今日はどこ行くんだ?」
「えっとねえ、疫病を沈めてその疫病を封印した場所。」
「へえ、疫病って封印するもんだったんだ。また一つ勉強になったな。」
「まあまあ、そう怒るなってあっきー。今日の所は神社が近くにあるみたいだから観光できるかもしれないぞ。」
そんなことを言いながら、いざ出発してみると神社は山の上で、到着したのは夕方になってからだった。
「くそ、なんでこんな山の上に作るんだよ。しかも神社じゃなくて寺じゃねえか。まあどっちでもいいけどさ。」
「明彦、怒らない怒らない。山梨君を見習って。えっと、封印したところはこの本堂の後ろだって。」
「じゃあさっそく見に行くか。どれどれ。」
「落ち着けあっきー。おお、立派な石だな。でも、それだけかあ。縄巻いてるだけじゃあな。」
「あ、めっちゃ可愛い猫がいるよ!おいでー。」
「美月、こわがらせるなよ。」
「あ、あたしも触るー。」
猫?どこにいるんだ?
「おい、猫なんてどこにいる?」
「あの、私にもわからないんですけど。」
「え?どこって、今美月が抱いてるぞ。」
確かに抱いているような格好はしている。ただ、格好だけだ。
「高野さん、わかったか?」
「いえ、私にはさっぱり。」
「俺もだ。何にも見えない。」
「それってどういうことだ?」
「一つわかるのはその猫がふつうのねこじゃないってことだな。霊とかそういうのか?」
霊といっても、寺にいるくらいだから悪霊ではないのだろう。
「美月、佐々木、ちょっと来てくれ。」
「どうしたの?」
「その猫連れてくるのか。まあいい。落ち着けよ、その猫なんだが、こうと高野さんには見えないらしい。」
「なんと!」
「佐々木、本当に驚いてんのか?それでだ、その猫どうする?」
「じゃあ、この猫ちゃんはもしかしたら手掛かりかもしれないんだね?」
「まあ、そうかもな。」
「じゃあ、連れて帰って、私たちで飼おうよ。ねー、ポーチも一緒に行きたいよねー。」
「ポーチってなんだよ。その猫の名前か?」
「うん。ほら、このポーチのがらにそっくりでしょ。」
「ほらって言われても俺たちには見えないんだが。」
「名前の事は置いておいて、確かにつれていけるなら連れて行った方がいいかもしれませんね。その猫を連れて、周りの人にも見えるようなら私たちがおかしいという事になりますし、見えないというなら美月さんたちがおかしいとなります。」
「確かに。じゃあ、学校にも連れて行ってみるか。」
「先生に見つかった時が恐ろしいな。」
「安心して、明彦。校則に猫を連れてきちゃいけませんって書いて無いよ!」
学生手帳持ち歩いて、偉いねー。佐上のばかは置いといて、俺たちは不思議な猫を連れて帰るのか。
猫は無事に学校に連れてこれたらしく、今は佐上と佐々木が校内を連れ歩いている。
「しかし、本当に不思議なものを見つけちまうとはな。そうなると、こうもやっぱり特殊なのかって改めて思ってくるよな。」
「俺だけかよ。昨日の電車の中じゃ、誰も猫に反応しなかったぞ。お前らも普通じゃないんだよ。」
「あーあ、俺たちもファンタジックな世界の住人って事か。」
俺とあっきーは二人で屋上で寝転がりながら春の日差しを体いっぱいに受けていた。
「これは寝れるな。昼飯食ったし。次の授業はもういいか。」
「そうだなー。どうせテスト前にこうに教えてもらえば大丈夫だしな。」
「おう、任せとけー。で、次の授業ってなんだっけ。」
「化学だよ。」
「あー、久保ちゃんかー、久保ちゃんに会えないのは惜しいけど放課後で我慢するか。」
俺たちが次に目覚めたときは放課後だった。
終礼も終わっていたので俺たちはとりあえず部室に行くことにした。
「あ、帰ったんじゃなかったんだ。」
「ああ、屋上に居たら、ちょっとな。」
「何してたの?久保ちゃんには二人とも早退したって言っておいたけど。」
「悪いな、美月。」
「いいよ。で、報告だけどポーチに気付いた人はゼロ。やっぱり普通の猫じゃなかったんだね。」
「となると、特殊なのは三人という事になりますね。」
「でも、なんで俺たちにだけ見えるんだ?見えるとしたらこうだろ?」
「案外、この件とは関係なかったり?」
「こんだけ不思議な案件ばっかり集まるってどういうことだよ。」
おかしいことだらけだ。せっかく手がかりかと思ったが、これでは考えることが増えただけではないか。
「あ、そういえば修学旅行の班分けがあったから、二人ともあたしたちの班に入れといてあげたよ。」
「ああ、サンキュー。じゃあ、修学旅行も5人でまわれるのか。」
「修学旅行か。どこなんだ?」
「もう、山梨君はもう少し先生の話聞きなよ。北海道って、今年はいってからずっと言ってるよ。」
「北海道?」
マジか。一回目の高校の修学旅行も北海道だったぞ。まあ、北海道ならいいか。それより、俺が行ってるはずの大学も、確か北海道にあったな。
「どうかした?」
「いや、あのさ、実際俺は大学生なわけだろ?それで大学の方では俺は北海道に行ってるってことになってるんだ。」
「本当か?それなら自由時間に確かめてみようぜ。」
「いいですね。そしたら、大学生の方の山梨君の扱いがはっきりしますね。」
とうとう俺がどうなっているのかがわかるのか。
「で、修学旅行っていつなんだ?」
「再来週ですよ。」
やべえ。なんも用意してない。
時間というものは、待ってくれと思えば思うほど早く過ぎていくものだ。いつの間にか俺たちは北海道に来ていた。
「北海道だー!私初めてだよー。」
「はいはい。佐上さん、落ち着きなさい。まずは大学見学だからここに並んでくださーい。」
久保ちゃんの奮闘むなしく、みんな我先と北海道の広大な大地に駆けていった。
「にしてもラッキーだな。大学生のこうがいるはずの大学に見学に行くなんて。」
「ああ。これでわざわざ自由時間を使わなくて済むな。」
「とりあえず初めに説明を受けたらあとは自由行動なのでその時に行きましょうか。」
「ああ、そうするか。」
この会話の時、佐上と佐々木はすでに大学の校舎内へと侵入を試みて、久保ちゃんに捕まっていた。
「やっと終わった。さっきの人の話長すぎだろ。一時間半も訳の分からん話をしやがって。」
「大学っていうのはそういうところなんだよ。さっきの話は割と噛み砕いてたと思うぞ。」
「さすが元大学生ですね。さっきの話をきちんと聞けている人は少なかったと思います。」
「いや、久しぶりの大学の講義でさ。懐かしいなって。」
「あー。もう授業の話はやめにしよー。それよりさ、あっちに食堂あるんだけど早く行こうよ。」
「おいおい美月、まだ十一時だぞ。先にこうの用事済ませようぜ。」
「悪いな、佐上。お詫びにこの大学で一番うまい食堂に連れて行ってやるよ。」
「やったー!山梨君ここの大学来たことあるの?」
「ああ。去年の学会でな。そん時に教えてもらったんだ。」
「なんか大学生って感じ。」
やめてくれ、佐々木。そんなキラキラした目で見るな。俺はそんなにすごい人じゃないぞ。研究室に入ればだれでも行けるんだ。
「あ、ここですね。神木研究室です。」
ここか。さて、俺がいるはずだが実際はどうなってるんだ?
「失礼します。神木先生はいらっしゃいますか?」
「はい。いますよ。少し待ってくださいね。」
ああ、懐かしい。このごちゃごちゃした中に漂う薬のにおい。機材の触れ合う音。
「待たせてすいませんね。えっと、君たちは高校生かな?」
「はい。初めまして。わたしは・・・って神木のおじさん?」
「おお、光大君か。久しぶりだねえ。元気そうで。今日はどうしたの?お友達と見学かい?」
「あ、いやまあ。見学というか。」
「なになに?山梨君のお知り合い?」
「ああ。神木さんは母方の親戚なんだ。昔はよく合ってたんだけど最近は全然で。」
「初めまして。光大君がお世話になってるようだね。ん?きみ、その猫はどうしたんだい?」
「え?おじさん、猫が見えるの?」
「そうか。わかった。少し話すことがありそうですね。皆さんついてきてください。」
おじさんには猫が見えるのか?しかも何かを知っている風だ。いったいおじさんはなにものだ?
「すまないね。こんなところに連れてきて。」
「いえ、私たちは構いません。ところで話すことというのは?」
「まずその猫の事から話しましょう。君たちは気付いているかもしれませんが、その猫は普通の猫ではありません。そうですね、簡単に言えば土地神のようなものです。」
「土地神?」
「はい。しかも誰にでも見えるわけではなく、限られたものだけに見えるものですよ。」
「じゃあ、私たちはその限られたものの中に含まれるという事ですか?」
「そうですね。他に見える人はいますか?」
「俺と、あとこいつも見えます。」
「ほう。お名前をうかがってもいいかな?」
「前野明彦です。」
「佐々木歩美です。」
「あ、私は佐上美月といいます。」
「ほう。すでにここまでそろっているとは。では、そこの御嬢さんには見えないと。」
「はい。何も見えません。」
あ、高野さんが厳しい口調だ。珍しいな。自分だけ見えないという事が気に障ったのか?
「おじさん、俺も見えないんだけどなんでですか?」
「ふふ、光大君にも時が来れば見られるようになりますよ。ところで、御嬢さんのお名前は?」
「高野めぐみです。」
「ほう、高野さんといいますか。なに、こっちの話ですよ。この様子だと、光大君がねこさんに会える日は近いですね。」
なんだ、その含むような言い方は。
「それでは、私は授業がありますのでこれで。あと光大君。向こうに帰ったらここに行ってみてください。それでは。」
なんだ?俺に残された手帳の切れ端には『光鷹寺、みんなで行ってください。』
とだけ書かれてあった。
「結局よく解らない人でしたね。」
俺たちは大学見学を終え、修学旅行一日目の最後をホテルで過ごしていた。
「まあ、いいじゃないか。こうのおじさんが次に行くところを決めてくれたんだから。えっと、光鷹寺だっけ。」
俺たちは俺とあっきーの部屋に集まって今日の事を話し合っていた。
「うん。私たち、近所のお寺とかほとんど行ったと思ってたけど、光鷹寺がまだだったんだね。でもこのお寺、なんの言い伝えっもないんだよ。」
確かに佐々木の言うとおりだ。俺たちは言い伝えに出てくるところを調べた結果、光鷹寺には言い伝えが何もなかったのである。
「そうだよねー。あんなに近くにあるのにさ。灯台下暗しってやつ?」
「えらいぞ、佐上。よくそんなに難しい言葉を知っていたな。」
「ふふーん。どうだ、参ったか!」
「美月さん・・・。まあ、これで北海道でするべきことは済んだので明日からは思いっきり遊べますね。」
こうして俺たちの修学旅行は始まった。まあ、ずっと話していて、消灯時間になったことに気付かずにしゃべっていると、久保ちゃんに激怒されたのは忘れる事にしよう。ちなみに俺たちはその日、三時まで正座をしていた。
「帰ってきたー。こっちは暑いねー。北海道に住みたいよ。」
「美月、私も行く。さあ、行こう。」
「はいはい二人とも。はしゃいでないで。さっさと部室に行くぞ。」
俺たちは修学旅行を終え、旅行明けの休日を部室で過ごしていた。7月に入り、梅雨が明けたかと思うとすぐに暑くなってきた。二人ではないが、本当に北海道で暮らしたくなる。
「今日はこれから光鷹寺に行くんですか?」
「ああ。そのつもりだ。どうせ今日は暇だしな。」
神木のおじさんにあってからというものの、あっきーは俄然やる気を出していた。
「あっきー、マジかよ。せっかくの休みなんだからゆっくりしようぜ。」
「いや、善は急げだ。さあ、行くぞ!」
仕方がない、行くとするか。どうせ行かないといけないところだし。それに、幸い光鷹寺は山の上ではなく市街地に立っている。さほどしんどくはないだろう。
「すいませーん。」
俺たちは寺に到着し、神主さんを探していた。それにしても立派なお寺だ。境内の横にある桜の木なんて本当に見事なものだ。
「やあ、早かったですね。」
ん?なんか聞き覚えが・・・、
「神木のおじさん?なんで?さっきまで北海道にいたじゃないですか。」
そこにはニコニコしながら神木のおじさんが立っていた。
「そうなんだけど、君たちがいろいろと予想を超えてくるからね。急いで戻ってきたわけですよ。」
「予想?」
「ああ。まあ、中に入りたまえ。ここの神主とは旧知の中でね。まず大方の説明は私がするよ。」
そういって俺たちは本堂の方へ通された。
「神木さん、説明って・・・。」
「そうだね。まずは光大君の事から話そうかな。光大君、君は虹が見えたんだね。そして人の希望を聞いてあげられる。違うかい?」
なんでこの人が知っているんだ?しかも希望を聞くだと?それは俺の、『相手の望みがわかる』ってやつの事か?でもこれは本当に誰にも話してない。なのになぜ。
「うん、何も言わないってことは、肯定ととるよ。この二つの特徴はね、代々この土地、つまり神戸を守るにふさわしい人の証なんだ。」
「神戸を守る?」
「はい、それは守るといったが犯罪件数を減らしたり、市民の住みやすい街にする、というようなものではない。この神戸を、魑魅魍魎から守るんです。この神戸というのは神の戸、つまり神様たちが高天原からこちらに降りてこられるときの入り口となっているんだよ。」
「魑魅魍魎?さっきから何の話ですか。魑魅魍魎って、つまりはお化けですよね。残念ながら信じるには少し難しいかと。」
「君は正体不明の虹が見えているのにかい?それに、今頃大学生のはずなのにまた高校生をやっているのに?」
「なっ、おじさんは俺が高校生になったって知っているんですか?」
「知っているも何も。君を高校生にした張本人だからね。光大君、よく聞いてくれ。今話したのは冗談でも妄想でも無い。事実、君は神戸を守るものなんだ。」
どうなってる?俺が神戸を守る?お化けから?見えないのにか?
「あの、私から一つ質問が。どうして山梨君を高校生にする必要があったのですか。」
「それはね、神戸を守る者には一人の相方と三つの力が必要と言われているんです。そしてこの相方というのが曲者でね、元服、つまり18を過ぎると相方になれなくなってしまうんだ。そこで我々は虹が見えるようになったものを高校生に仕立てることにしたんですよ。その方が出会う確率が高いですからね。」
「じゃあ、出会うことができなければそれで終わりと。」
「まあ、そうなります。でもよかった。光大君はきちんと出会えたようですから。」
「え?だれですか?」
「自分では気づかないよね。それは高野さんですよ。」
高野さんが?という事は高野さんにも何か特殊なことが起こっているのか?
「あの、私は何もできないですが。」
「はい。今の状態ではただの人です。しかし、契約の儀を行えば相方として力をふるえるでしょう。安心してください。あなたは高野さんと言いましたね。この、高野というのは鷹野が変わったものなんです。そして、その鷹野は、最初のパートナーを生んだ家系なんです。そのため、この寺も虹の光の光と鷹野の鷹を名前にしているんです。」
「めぐみちゃん、すごいじゃん。あたしたちなんか何もできないのにめぐみちゃんはこの国を守れるんだね。」
おい、佐上。お前は順応性がよすぎるだろう。この話を丸々信じるのか?
「いやいや、あなたがた三人にもお役目がありますよ。その猫、限られた人にしか見えないと言いましたね?それは守る者のために力を持つ三人にしか見えないんですよ。そしてその三つの力というのが心、頭、力となっているんです。恐らくですが、佐上美月さん、あなたが心でしょう。闇に生きるものを従えることができる。そして佐々木歩美さんが頭。これは妖術などで相手を翻弄させます。最後に前野明彦さんが力。まあ、そのままです。腕っぷしを頼りにしてくださいね。」
「なんか俺だけバカにされたような気が。」
「いいじゃん、明彦。それよりあたし色々ペットにできるんだって!すごくない?」
「私は魔法使いになるっポイ。なんかファンタジー。」
それぞれ思うところはあるようだがみんな今の状況を飲み込んだのか?すごい適応力だな。
「おいこう、何考え込んでるんだよ。アニメの主人公に必要なのは適応力だぞ。お前も受け入れろ。」
「俺はアニメの主人公かよ。」
「まあまあ。さてと、これで私の方からの説明はすべて終わりました。まあ、簡単に言うとあなた方はこれから退魔師になるという事ですよ。では、儀式の方に移りますね。こちらからどうぞ。」
「儀式ってあれだけかよ。もっとさ、変な呪文を唱えたり三日三晩小屋に閉じこもってみたりしないのか?」
あっきーの言う事ももっともである。儀式と言うからどんな大層な事なのかと思ったら、ただの紙切れ(契約書みたいな)に名前と自分の血を垂らすだけである。最近の儀式は簡単になったものだ。
「確かにねー。私もこんなに早いとは思わなかったなー。」
「でもいいじゃないですか、美月さん。あんまり時間のかかる者だったらどうしようと思っていたので。親にどう説明するか悩んでいたんです。」
なんというか、さすが高野さんという感じである。肝が据わっていらっしゃる。
「にゃあ。」
にゃあ?
「うわ、なんでこんなところに猫がいるんだ?さっきまでは確かにいなかったような。」
「あ、山梨君にも見えます?私も見えるようになったんですよ。恐らくこの子があの三人に見えるという猫かと。」
「めぐみちゃんせいかーい!やっと見えるようになったんだね。では、改めて紹介。この子がポーチです。ほら、あいさつ。」
「ふにゃあ。」
「こうなるとさっきの儀式がただのお遊びじゃないってことを実感するな。てことは俺も何かの力に目覚めたという事か。」
皆が自分の身に起きたことを必死に理解しようとしているところ、なのだろう。普通は。ただこいつらは普通じゃなかったらしく、ワイワイ楽しんでいる。
「こんなもんなのか?」
「おや、儀式も無事済んだようですね。よかった。それでは今日の所はこれで終わりです。何か質問はありますか?」
「あの、私たちは儀式をして、結果どうなったんでしょう。」
確かに佐々木の言うとうりである。なんでも変な能力に目覚めるらしいが何も感じてこない。
「そうですね、このたび授かったものというのはとても強力なものになります。そのため、普段の生活でむやみに能力を使われると、この世界のパワーバランスを大きく乱すこととなってしまいます。そこで神たちはこの世界の危機の時以外には力を使えないようにしているのです。」
「じゃあ力の使う練習もできないと。ぶつけ本番ですか?」
そう聞く佐々木の目にはかすかに不安が見えた。それもそうだろう。いざ敵にあったが、力の使い方がわからないとなると笑えない事になる。
「そうですね。確かに不安になるのも解りますが、そもそもこの力というのは絶対によそに漏れてはいけないものなんです。そのために、退魔の仕事の時は周りを結界で覆い、一般の人には見えない状態で行います。」
「という事は私たちだけではないと。他にも人がいるんですか。」
「補助程度しかできないけどね。私も現場に行くことは多いですよ。それに、主がいる限りそのパートナーと、三つの力は失われることはまずないと思っていいですね。これは歴史が証明しています。」
「主?誰の事だ?」
「君だよ。光大君。神の虹に魅せられたもの。だから安心して。これで質問は終わりでいいかな?」
終わりも何も、実際に起こってみないとわからない事がたくさんありそうだ。皆もちんぷんかんぷんといった感じだ。
「じゃあこれで終わりにしますね。出動要請があった場合はこちらから知らせることになります。ではその時まで普通の高校生足して暮らしてください。」
「はい。では、失礼します。」
「あ、光大君と鷹の御嬢さんは残っていてくれるかな。」
俺と高野さんか?何か別の用事があるのか?
「じゃあ、俺たちは先に帰ってるぞ。終わったら部室に集合な。」
「おう。じゃあ、あとでな。」
「さてと、では改めて。単刀直入に聞こう。光大君は人の気持ちが読めるね?それはどのくらいまでわかる?」
おい、やめてくれよ。ここには高野さんがいるんだから。せっかく隠してたのに。
「気持ち?山梨君は心が読めるってこと?」
ほら、高野さんも引いちゃうじゃん。どうしようか。弁解しなきゃな。
「まあ、でも読めるって言ったって相手の一番強く望んでいるものがうっすらわかるってだけだよ。」
「ほう。それはどのくらい強く願えばわかる?」
「どのくらいと言われても・・・。まあ、大体ですが、その時に真っ先に考えたって感じの事です。」
「なるほど。では読めなかった人はいないと。」
「まあ、全部読もうと思ったわけではないので何とも言えませんが。あ、でも高野さんは読めないんです。高野さんって、無欲なの?」
「いえ、そんなことはないと思うけど…。」
「ははは、光大君がそれほどの力を持っているとはな。先に教えてあげると、パートナーの事はどう頑張っても読めないよ。光大君もあきらめてね。それにしても読めない人がいないとは。これはとんでもない逸材かもしれないね。中には全く読めないという人もいるんですよ。」
「はあ。」
「もっと喜ぶところですよ。で、その力の事は誰かに話しましたか?」
「いいえ。誰にも。それに、怪しまれないようになるべく使わないようにしているんですけど。」
「感心感心。そのとうりですよ。ではこれからもそれを続けて下さいね。決して怪しまれないように。では、私から言う事はこれで本当に終わりです。今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくださいね。」
「はい。どうもありがとうございました。あ、そうだ。神木さん、神木さんたちが俺を高校生にしたんですよね。」
「はい。そうですよ。」
「あの、ちょっと前に俺の前に突然出てきて、『真実を知りたくないか』とか『我々の組織のリーダーになれ』とか言ってくる人がいたんですけど、おじさんの知り合いですか?」
「何?光大君、それはこの人ですか?」
珍しい。神木さんの口調が荒くなっている。
そうして出てきた一枚の写真にはたくさんの人が中よさそうに映っていた。そこには神木さんも。そしてあの怪しげなおじさんも。
「はい。この人です。恐らくですが。やっぱり知り合いだったんですね。」
「はい。確かに彼は我々の仲間でした。しかし、5年ほど前の事です。我々は内部で争っていたんです。いわゆる派閥というやつですね。片方は私のいた、この能力を世間から隠すという派閥。やはり異常な力はバランスを崩しますのでね。隠していた方が賢明です。しかし彼の派閥はそうは思わなかったのでしょう。この退魔の力を世間に認識させ、国から地位と金をとろうとしていたのです。それで退魔師の協会は真っ二つになりました。そのせいで光大君をきちんと高校生の時期に目覚めさせることができなかったんです。本当に申し訳ない。」
何?じゃあ俺が訳わからんことになったのはあのおやじのせいだというのか?それでよくぬけぬけと仲間に勧誘できたものだ。
「それで、争いは続きましたがようやく治めることができたんですよ。主のいない状態を続けるのは良くないと考えが一致しましてね。しかしそれでも反対し続けたのがあの男です。とうとう最後には数人の部下を引き連れて協会を去っていきましたが。あの男は主さえ手に入れば自分の派閥が勝てると思ったのでしょう。そういう事でもないんですがね。まあ、そのことで色々と迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません。」
それから神木さんは愚痴をこぼし続け、俺たちが解放されたのは夕方だった。
「二人とも遅かったな。そんなに大切な用事だったのか?」
「いや、大切なことと言えば大切なんだが、それ以外の事に費やした時間の方が多かったというか。やっぱり神木さんも人間なんだなというか。」
「ん?まあいいや。用事は終わったんだろ。」
「じゃあさ、儀式が無事に終わってよかったねパーティしよー。」
なんだ、そのパーティ。しかも学校で儀式とか大声で言っていいものなのか。
「美月、声が大きいよ。ばれちゃうよ。」
おお、佐々木が珍しく焦ってる。
「はーい。じゃあ、パーティはじめよっか。ファミレス行くよー。」
「どこからじゃあが出てきたんだよ。」
そういいながら、夏の訪れを感じさせる暑さのある夕暮れの中、俺たちはファミレスに向かった。みんな自分の置かれた状況に不安を持っているだろう。しかしそれを感じないよう努力しているのだろう。まったく、最近の高校生は肝が据わっている。
俺たちが儀式をしてから一か月、特に何かが起こったという事もなく、無事に過ぎていった。
「そういやこうが転校して来たのって2学期の初めだったよな。そろそろ一年だな。」
「そうだな。早いもんだ。なんか変なことがありすぎて忘れてたよ。」
俺とあっきーは屋上で談笑中である。ちなみに5時間目の授業中。体育なのだから仕方がない。面倒なのだ。色々と。
「山梨君!大変!なんか来た!」
なんか来たと叫びながら高野さんがやってきた。
「どうしたんだよ。落ち着いて。」
「あのね、さっき体育館に行こうとしたらいきなり鳥が話しかけてきて。ほら。」
なるほど。確かに真っ白な鳥がついてきている。
「それで、山梨君に知らせようと思って運動場に行ったら山梨君いなくて。さぼっちゃだめだよ。」
息も絶え絶えに高野さんがまくし立ててきた。そんなにしんどいならゆっくり話せばいいのに。
「へえ、高野さんのですますじゃないのって初めて聞いた。」
「え!?前野君!?いえ、そんなことは・・・。」
今度は顔が赤くなった。忙しいな。
「で、これがその鳥か。」
「やあ、みなさん。久しぶりだね。」
「とりがしゃべった?!」
なるほど、これが俺たちの敵という事か?
「ははは、驚かせて悪い。これは式神と言ってね。術者のペットみたいなものだよ。」
「あ、神木さん?」
「正解。それで、いきなりで悪いんだけど、出動要請が出された。場所は三丁目にある工場跡地だ。わかるかい?」
「はい、大丈夫です。家が近いんで。」
「なら助かった。そこに何かしらの霊が取りついているそうだ。そこで君たちに退治してほしいと思ってね。詳しいことは現場の人に聞いてくれ。では今日の夕方6時に現場に行ってくれ。」
「わかりました。」
「うん。あ、あと授業は受けろよ?」
そういうと鳥の形をしたものは消えてなくなった。
「初めての仕事だな。なんかわくわくするよ。」
「私は美月さんと歩美さんに伝えてきます。あと、授業は受けて下さいよ。」
俺たちは三回怒られた。
仕事。なんか、お化けを退治するらしいが本当にそんな事出来んのか?
「なんかドキドキするねー。」
美月が拍子抜けな感じで佐々木と話していた。
「そろそろ工場跡地につくぞ。こう、あそこだな。なんか人がいるな。」
確かに。もしかしたら結界をはってるとかいう人かもしれない。
「やあ、君たちが新しい退魔師だね。よろしく。」
近くに行くと声をかけられた。もしかすると、俺たちの情報は出回っているのかもしれない。
「はい。えっと、ここがお化け退治の場所ですか?」
「そうだよ。じゃあ、少し結界を緩めるから中に入ってね。」
そういうと、何かお札みたいなのを取り出してそれっぽいことをしていた。
「さあ。頑張ってね。」
なんか思っていたのと違う気がするのは俺だけか?
「なんかみんなあまり真剣な様子ではないですね。」
「やっぱり高野さんもそう思う?」
「はい。恐らく今日の相手はそんなに厳しい相手ではないのかと。」
「おお、さすがだねえ。鷹の目は鋭いね。」
「神木さん!」
「いらっしゃい。今日は初陣だし、あまり手ごわいのが出現したらどうしようかと思っていたんだけどね。幸い霊魂化して間もないものだったみたいでさほど力はないみたいだ。でも油断しないでくださいね。」
「わかりました。それで、僕たちは何をすれば?」
確かに、この奥に何かいるという事はなんとなくわかるが、だから何をするのかという事までは分からない。
「それはいけばわかるはずだよ。では、語武運を。」
「山梨君、私、わかるかも。」
「え?佐々木、本当か?」
「うん。いくね。
広域魔術、探知。」
「!!」
いきなり佐々木の所から影みたいなものが伸び始めた。
「対象捕捉。工場の裏にいるよ。行こう。」
「お前、今のなんだったんだ?」
「わからないけど、魔法みたいなもの?なんか頭の中にふわって出てきた。」
なんだそれ。俺は何も感じなかったぞ。
「おい、みんな、あそこだ。あれはなんだ?大きな鳥か?」
「ああ。あれは鷲だな。」
しかし、鷲と言っても大きさが規格外すぎる。羽を広げたら3mはありそうだ。
「あぶない!!」
その大きな鷲がコンクリの塊を投げつけてきた。
「我、力を求める。っふん。」
一瞬、何が起こったのか解らなかったが、恐らく、あっきーがこぶしを一振りして石を砕いたらしい。
「ばか、明彦!すごい砂煙で前が見えないじゃない!」
「仕方ねーだろ。こうするしかなかったんだから。」
「待ってて、私が何とかする。
攻撃魔術。つむじ風。」
一陣の風が吹き砂埃がはれ、敵と思われる大きな鷲があらわになった。
「ナイス、佐々木。あいつ、なんか怒ってんぞ?」
「ホントだ。またコンクリ投げつけられると厄介だな。さっさとやっつけちまうか。」
「いや、ちょっと待って明彦。あの鳥なんか言ってるよ。」
「ん?なんかって、ぎゃあぎゃあ鳴いているだけだと思うが?佐上。」
鷲さんは現在暴走気味に暴れまわっておられる。あの意味不明な叫びを佐上は言葉ととらえるのか?
「そうじゃなくて。ちょっと静かにしてね。」
そういうと、佐上は一歩前に出て、鷲と見つめ合っていた。
「うん、大丈夫。この鳥さんはもうおとなしくするって。」
「本当か?というか、お前は何をしたんだ?」
「えー?少しお話しただけだよ。それにしても動物とお話しできる日が来るとはねー。」
「美月は昔から動物が好きだったからそういう能力が生まれたのかも。」
「なるほど。で、その鷲は何て?」
「えっとね、なんか、自分の住処にしていたところを人間に追い出されたんだって。それで新しくここを住処にしようとしたら私たちが来たってわけ。」
「なるほどな。じゃあ、その前の土地が戻ればそこに帰っておとなしくなるわけだ。」
「あ、ちょっと聞いてみるね。・・・うん。そうしてくれるとうれしいって。」
「じゃあ、俺たちでなんとかするか。とりあえず神木さんには解決したって報告しないとな。」
「いえ、その必要はありませんよ。皆さんお疲れ様。何かあれば割って入ろうとしていたのですが。まさかお三方がこれほどまでとは。」
「神木さん!いやーそんなに褒められると照れるじゃないですか。」
「まあ、いいじゃないか、佐上。実際解決したのはお前たちで、俺は何もできなかったんだから。」
「私も何もできなかったです。やはり私には荷が重すぎたのでは・・・。」
そう。今日戦っていたのはあっきー、佐上、佐々木の三人で、俺と高野さんは何もしていなかった。いや、何もできなかった。
「そうですね。確かの君たち二人は何もしなかったけれど、それでいいんです。」
「それはいったい・・・。」
「そのままですよ。今日程度の相手だと、二人は目覚めなくても大丈夫という事です。つまり三人で大丈夫と。そして、この三人の力はあなたがた二人の力に比例します。こんなことはめったにないんですよ。相手は若いとはいえ、土地に憑く動物霊。つまり、いずれは、その土地の土地神候補というわけです。そんなのを相手に三人で終わらせるとは。しかも説得という形で。」
「はあ。」
よく解らんが褒められているみたいだ。ここは素直に喜ぶべきか?
「ははは、まあ難しい話ですよね。ところで、その鷲はどうするんですか?元の住処に返すまでとはいえ、さすがにこの土地に放置というのはまずいでしょう。」
「あ、それなんだけど、みんな。」
「ん?どうした美月。」
「えっと、この子、私たちの仕事のお手伝いしてくれるって。」
「ほう。佐上さんはもう立派なサモナーですね。」
「へえ、すごいな佐上。」
「ありがと。じゃあ、早くこの子の住処を取り戻してあげないとね。」
「ああ。じゃあ今日はこの辺で解散とするか。」
初仕事から一週間。何かわかったら知らせると神木さんに言われたのだが、いまだ何の連絡も来ない。そんな中、俺たちは部室でダラダラしていた。
「おいおい、佐上。その鳥学校で放し飼いしてていいのかよ。」
猫のポーチも鷲が飛んでくるたびに毛を逆立えている。敵と認識したようだ。
「いいんだよ。ねー、とび丸―。皆には見えないもんねー。」
あの日、不思議な力をつかえていた三人も、結界から出ると元の普通の人間に戻ったらしく、能力は使えなくなっていた。
「何で美月はその鳥の言葉がわかるんだ?」
「んー、なんとなくかな?明彦も解らない?」
「わかんねえよ。」
恐らく佐上の天性の勘というやつだろう。まったく、魔法よりすごいかもしれない。
「それにしても遅いですね、神木さん。一週間もあればわかるだろうっておっしゃっていたのに。」
「みんなー、ちょっと聞いて。」
佐々木が珍しく急いでやってきた。
「おお、佐々木って走れたんだな。お前が走ってるとこ初めて見た。」
「もう、私だって走れるよ。」
「歩美は走れるよ。もしかしたらあたしより速いかも。」
マジか。佐上は確か陸上部だろ?佐々木恐るべし。
「そんな事より、さっきトイレに行ったら神木さんの式神にあったんだよ。えっとね、『遅くなりすまない。敵本拠地を発見した。本日17時に校門に集合。』だってさ。」
「今日?なんか急な話だねー。」
「恐らくかなりせっぱつまった状態なのだと。しかも集合場所が現地じゃないところを見ると、何か事前に説明があるのだと思いますね。」
「ただ遠いだけじゃないのか?」
「遠いならもう少し早くに集合せせるでしょう。」
そうだ。確かに高野さんの言うとうりかもしれない。式神で説明しなかったところを見ると、何か聞かれるとまずい事でもあったのか?
「よく解らんが、とりあえず今日は仕事という事だろ?じゃあ今のうちにしっかり腹ごしらえしておくか。」
「ああ、そうだな。」
現在午後4時。早めの夕食を開始した。
「やあ、連絡が遅くなってすまない。」
日の暮れた校門前に神木さんが数人の部下と思われる人と俺たちを待っていた。
「いえ、俺たちは何もできないので。それでわかったんですか?」
そう聞くと周りの人の顔が暗くなる。そんなに悪い状況なのか?
「ああ。場所はここだ。この地図を見たらわかるかな?」
「あ、ありがとうございます。えっと、ここは・・・、え!?」
「どうした?こう。知ってる所か?」
「知ってるも何も、俺の昔通ってた高校だ。」
「てことはみんなで見に行ったあそこ?」
「見に行ったのですか?でしたら話は早い。皆さんあそこがどういう状況かはわかりますよね?」
「はい。私たちが見に行ったときには学校は跡形もなくて、ただの荒れ地にしか見えませんでした。」
「だろうね。でもその情景は君たちは今なら何か心当たりがあるんじゃないかな?」
「もしかして、結界?」
たしかに先週仕事に行ったとき、結界の中に入るまでは何もない荒れ地だったのに、中に入るときちんと工場の跡が残っていた。
「そう。あそこは結界が張られていて中をアジトにしていたんだよ。あの地はもともと霊力のたまり場だったからね。多くの心霊が集まっていたんだよ。その鷲もその中の一つだよ。」
「それで、そこには何がいるか分かったんですか?」
「そのことなんだが、少し前に我々と敵対している勢力があるという話をしたのは覚えているかな?」
「はい。もとは仲間だったっていう人たちの事ですよね。」
「ああ。そいつたちが今回の学校跡地を占拠しているんだ。最も本拠地ではなく、一部という感じだがね。」
「なるほど、だから私たちが高校を見に行ったときにあのおじさんに出会ったんですね。」
「そんなこともあったのか?いや、本当にすまないね。身内の不始末を押し付けて。」
「いえいえ、俺たちもその身内なんですよね?だったら全力でつぶしにかかりますよ。」
「ありがとう。ではそろそろ到着だ。頼んだよ。」
「はい。」
と、まあいきがってしまったわけだが。
「また力が使えなかったらどうしよう?なあ、あっきー、どうする?」
「知らねえよ。まあ、なんとかなるだろ。」
そんなことを言っていると母校に到着した。言われてみると、なんとなく嫌な感じがしないでもない。
「じゃあ、中に入るよー。しゅっぱーつ!行くよ、とび丸。」
この結界を抜ける感触はやっぱり変な感じがする。何とかならないのだろうか。
「うわあ、立派な学校だね。山梨君ってこんなところに通てたの?」
そこには見慣れた校舎が立っていた。まだつぶされた訳ではないとわかるとなんかほっとした気持ちになる。
「ああ、懐かしいな。」
「お、さっそく力が湧いてきた気がするな。よし、今日は武器を持っていくか。」
そう言うとあっきーは近くに落ちていた、身長の倍はありそうな鉄の棒を拾い上げた。
「いよいよ化け物って感じだな。」
「ほっとけ。それよりこうは何ともないのか?」
「残念ながら。高野さんは?」
そういいながら高野さんの方を見ると、高野さんがまっすぐ前を見つめていた。
「皆さん、前から何かが来ますよ。」
敵か?前から、巨大なオオカミがこちらにやってきた。
「こいつはヤバそうだな。食われちまいそうだ。」
「任せて。近づかなければへーき。
攻撃魔術。雷撃。」
爆音とともに巨大な雷が地面に刺さった。
「やったか?」
「いや、まだだ!」
さっきの一撃を食らって、こちらに怒りをむき出しにしている。
「がるるるる・・・」
「もう一回。
攻撃魔術。らい・・・」
「伏せろ!」
がきん!という金属と金属をぶつけたような音が目の前で響いた。
「大丈夫か、あっきー!」
オオカミがこちらに突進してきたところをあっきーが間一髪で防いだところだった。
ひゅん。
オオカミが離れていったかと思うと、瞬く間に間合いを取られた。
「くそ、動きが早すぎて何も見えん。こう、何とかならんか?」
そうこうしているとまたオオカミが動いた。
「来るよ!」
ヤバい。何も見えん。ん?見える?なんで見える必要がある?俺にはなんとなくっていうすごい能力があるじゃねえか。
「みんな、動くな!佐々木、後ろの外灯の上に攻撃しろ!」
「え?わかった!
攻撃魔術。爆炎。」
「ぎゃん」
腹に響くような爆発の中、情けない声とともにオオカミが落ちてきた。
「ナイス。このままとどめを、」
「いや、待て!」
「がううう」
今の出怒り心頭なご様子だ。すごいスピードで暴れまわっている。
「落ち着け。佐々木、風を起こせ。あっきー、このまままっすぐにそこのコンクリを投げて。」
「え?ああ。」
「今だ!」
「うら!」
「攻撃魔術。つむじ風。」
「がう!」
よし、仕留めた。
「とどめだ。佐々木、雷落とせ。あっきー、その棒をあいつに突き刺せ。
「うりゃあああ!」
「攻撃魔術。雷撃。」
ごごごごご。あたりが輝き、そして、その刹那、地震のような振動が響き渡った。
「やった・・・。」
「よっしゃあ。おつかれー。」
「ああ、お疲れ。」
無事倒したのだろうか。そこには真っ黒になったオオカミが倒れていた。
ぱちぱち。
「おめでとう、皆さん。素晴らしい戦いでしたよ。」
真っ黒のコートに身を包んだ男がこちらに向かって歩いてきた。
「お前たちがここを占拠しているのか?」
佐々木さん、君の肝の座りっぷりには敬服するよ。
「御嬢さん、占拠なんてとんでもない。我々はただこの土地を有効活用しているだけですよ。子供のくる場所ではないのでお引き取り願えますか?」
「そうはいくかよっ!」
そういうと、あっきーが飛び出していった。風を切る音とともに鉄の棒を振りかざし、相手の脳天から叩き潰した。はずだった。
「おやおや、若いっていいですね。しかし、やはり最近の子供といったところでしょうか。すぐに切れるのは考え物です。」
そこにはどこから出てきたのか、頭を二つ持った大きなヘビのようなものがあっきーの攻撃を食い止めていた。
「やばいっ!」
一つの頭があっきーを食いちぎろうとしている。
「あっきー!」
ああ、なんで俺は飛び出していったんだ?なんの力もないやつがこんな格好つけても死ぬだけじゃねえか。しかも男を助けて死ぬとは。我ながら情けない。
「だめーーー!」
あたり一面に真っ白な光が輝いた。なるほど、人は最後はこんな情景を見ているのか。さすが、最後にふさわしい絶景だな。
・・・。
「あれ?」
俺は死んでないのか?
「おいこう、重たいから早くどけ。」
「ん?て、お前!なんで俺に抱き着いてんだよ!気持ち悪い。」
「違うよ、抱き着いてきたのはこうじゃねえか。」
「な、いや、あとにしよう。」
「だな。」
「で、これは何?」
そこには真っ二つになった、先ほど俺たちに襲いかかってきた怪物がいた。
「すごーい、めぐみちゃんすごいじゃん!」
「あの、わたし・・・。」
そういう高野さんの手には日本刀が握られていた。
「高野さん、もしかしてそれで?」
こくり。
呆然とした高野さんがうなずいた。
「私、何が何だかわからなくて。山梨君がやられるって思ったらなぜだか刀が出てきて。それを思いっきり降ったら・・・。」
「な、なぜだ・・・。私の使い魔が一撃でやられるなんて。嘘だ!嘘に決まっている!くそっ。」
「あ!あのおじさん逃げた!とび丸!」
そう佐上が命令するのが早いか、飛び出すのが早いかおじさんをめがけて一直線に飛んで行った。
「すごいな。きちんとしつけてるじゃないか。」
「あったりまえよー。ほらあそこで仕留めたみたいだよ。」
なるほど。確かに人が倒れている。
「これで一件落着か。とび丸もまたここで暮らせるんだな。」
「うん。ありがとうって言ってるよ。」
そうなのかもしれない。今なら、なんとなくわかるような気がする。
「やっと終わったわけだ。皆力を出せたわけだし。それにしても高野さんのはすごいな。あのでかい蛇を真っ二つだろ?」
「うん。私も信じられない。刀なんて触ったこともないのに。」
「それが『力』ってやつなんじゃないのか?まあ、なんにせよみんな無事で何よりだ。帰ってゆっくり休もうぜ。」
そう。終わったのだろう。夜もすっかり明けて、俺の母校は何事もなかったように傷一つない状態になっていた。高野さんの手に握られていた日本刀もなくなっており、危険が去ったことを実感した。
俺の母校での死闘から一か月ほどたった。結局あの場所にいたのは反対勢力の一部でしかなかったようで、大本は別の場所にいるらしい。今なお神木さんたちが捜索中だ。ちなみに、虹もまだ煌々と輝いている。なんでも、この虹は俺の次が見つかるまで消えないそうだ。俺たちはというと、次の日はゆっくり休もうという事になっていたはずなのに、佐上が、『パーティだ!』と言い出し、結局ゆっくりできたのはその次の日という事になった。まったく、元気な娘さんだ。
「あれから神木さんから連絡は?」
「いや、まったくない。」
今、俺たちは部室でダラダラ中である。
「もうすぐ夏休みだっていうのに俺たち何にもすることないよなー。」
「外は暑いから仕方がない。」
部室はクーラーが備え付けられている数少ない教室の一つなので、佐々木はもっぱら部室に引きこもっている。
「じゃあさー、合宿とか行こうよー。海とか山とかいいじゃん。」
合宿か。佐上にしてはまともな提案だ。部活らしくていいのかもしれない。
「夏か。一年だな。」
「ん?なんか言ったか、こう?」
夏が来た。ちょうど一年だ。これからまた新しく懐かしい一年が始まるのだろう。今年は何があるのだろうか。まあ、暇にはなりそうもない。
「いや、なんでもないよ。それより、合宿か。行くなら顧問に書類提出しないとな。」
わかったー。と言いながら佐上が部室から出ていった。
「合宿ですか。でしたら海に行きたいですね。」
「海。いいかも。めぐみちゃんのビキニが見られる。」
「え?わ、私はべつに・・・。」
こんなのどかな会話ができるのも、高校生をやり直したからなのだろう。二回目というのも悪い事ばかりではない。
「じゃあ、俺たちも職員室行きますか。佐上に任せてたらろくなことにならない。」
そう。俺の高校生活はまだまだ続くのだろう。
この作品を読んでいただきありがとうございました。文章のつたないところも多々あったと思いますが、私としては楽しんで書いたつもりです。
今回の内容は大学生がある日を境に高校生からやり直すというテーマで書かせていただきました。これは、私がもう一度高校生をやってみたい。と、思っていたので小説にしてみました。だって楽しそうじゃないですか。既に通ったはずの道を、全く新しいものとして通るのです。きっと、また違った景色が見えるのでしょう。
長々と自分の思いのたけを話してしまいましたが、最後にもう一度、この作品を読んでいただき本当にありがとうございました。もしよろしければ、また『尼野熊』の作品を読んでいただければ幸いです。