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Session.15 Tribute to the Past Part.12

 生物学の権威である大国が開発した遺伝子技術によるクローンといえど、完璧にオリジナルを再現できるわけではない。なまじ機能が充分ではないクローン脳をあえて捨て、補助脳のみに全ての思考を委ねた分、甲斐は先程よりもむしろ饒舌になっていた。

 この世のどんな機械よりも緻密な機構を作り上げる彼女の《因子》にかかれば、集積回路に“意志”さえも持たせることができる、ということなのか。


「ふっふふ……ははははは。滑稽だわ。怒りに囚われれば冷静さを失い、そこをつけ込まれる。健気にもそれが分かっているからワタシのことを忘れたフリまでして、感情を抑えていたのに、それも無駄になってしまったわけだ。さっきまでの貴方の姿……まさにケダモノそのもの。女友達一人のためにそこまでトチ狂えるなんて、逆に羨ましいわ。トチ狂っても何もできないんだから意味ないけど、ふふ。馬鹿馬鹿しい」

 御剣を挑発しているのか。肉体が再生しつつある今、再び彼を怒りに駆り立て冷静さを失わせれば、今度こそ勝ち目が潰えることになる。

 甲斐は薄ら笑いを浮かべ、彼を嘲る。

「何のためにそこまでやれる? 復讐のため? あの娘の生命の尊厳を守るためかしら? そんなことをしても、彼女は帰ってこない」

 御剣の頬がぴくりと引きつる。

「月並みな台詞だけど、それが紛れもない事実よ。例えば今貴方がワタシを殺したところで、彼女は永遠に帰ってこない。彼女が復讐を望んでいたのか、復讐を遂げて満足してくれるのか。それさえも分かる機会は来やしない。貴方自身そのことはよく分かっているはずよ。それなのに、我々を打倒すべく、勝ち目の無い戦いだろうと、野蛮にも挑み続けている。そこにはもう、あの娘自身の意志も尊厳も関係ないじゃない」

「……」

「この際はっきり言ってあげましょう。貴方がやっていることは畢竟、ただの独りよがりなマスターベーションに過ぎない。自分自身をただ満足させるためだけに、貴方は我々を殺しているわけだ。しかも、彼女を殺した当人であるワタシひとりだけじゃない、直接的にはまったく無関係な《因子人》全てを、殺戮の対象にしている。はははは、やってることがワタシより残虐だわ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと、袈裟を着る者全てを殺そうとしている。一人殺したワタシと、すでに十人も二十人もワタシの同胞を殺している貴方、罪深いのは一体どちらでしょうねぇ……」

「……何が分かる。お前に、俺の……何が……」

「分かるわ、分かるとも。聞かれなくとも言ってあげる。本当は復讐すらどうでもいいんだわ、貴方は。自分の心の奥底にある殺戮衝動を、復讐という大義名分で隠しているだけ。知っているわよ。我々の同胞を殺める時に、貴方が満面の笑みを浮かべていること。その顔をあの娘が見たらどう思うでしょうね? ふふ、彼女がどう思おうが、貴方の方はどうとも思わない。もしあの娘の中にある《因子》が我らの同胞に目覚めたら、きっと貴方はそれすらも、笑いながら殺すのでしょうね」

「黙れ……」

「貴方も根本的なところは我々と同じだ。すでに貴方も“同類”なのよ。自らの衝動が赴くままに獲物を屠り、その死体を嬲ることに快楽を見出す。ふふ、でも、衝動そのものを恥じることはない。それは誰にだってある。人間にだって少なからずあるし、ワタシにだって勿論ある。恥ずかしいのは、その衝動を制御することもできないくせに、上っ面では否定して、正義の味方ヅラしていることだ。どこまでも滑稽な、これでは我々以下じゃない。くだらない虚栄心で自己弁明して、自分の中の狂気を認めようとしない分、考えることもしない《因子獣ビースト》以下、畜生ですら、餓鬼ですらないわ……はははは、我々よりも《因子人》的だ」

「……ッ!」

 御剣の身体が、わなわなと震えだす。自分の戦う目的を、意味を否定されたのだ。しかも、その目的の対象となっている、仇本人に。

 あんな奴に好き勝手言われて、黙っていられるわけがなかった。今すぐにでも、あいつをぶち殺してやりたい。そんな衝動に駆られる。

 しかし、それではまさしく、あの甲斐の言う通りになってしまうのだ。

 その現実を突きつけるように、彼女は御剣の理性にトドメをさし、再び暴走させようと言葉を繋げた。

「貴方の人間としての意志……と、貴方自身が思っているものがまだ残っている間に、私達への復讐を遂げようというなら、どうぞやってみなさい。私は逃げも隠れもしない。ここで決着をつけてやる……貴方ごときにできるものなら、ね……ふふふ。今の内に、地獄の守衛に友達のいる場所を聞いて、自分も連れてってもらえるように交渉する方法を考えておきなさい。二人で仲良く、阿鼻地獄の中で末永くいちゃついているといい。ふっふふふふ……」

「……――!!」


「御剣くん殺っちゃえーーっ!!」

 御剣よりも先に爆発したのは、あやめだった。彼女はどうしても、自分の中の憤りを抑えることができなかった。甲斐が言葉を続ける度に、いてもたってもいられなくなっていた。

 御剣のことは、まだ出会ってしばらくしか経っていない。だが、それでもなんとなく分かる。御剣は、あの女が言うような人では断じてない。

 確かに、物騒で危なっかしく、《因子人》を殺す時に嬉々としていたぶるような奴ではある。しかしだ。

 そもそも、あの甲斐の言っていること自体が、筋違いもいいところなのだ。自分のことを棚に上げて、御剣の人格を真っ向から否定しようとしている。それが許せなかった。


 彼女は甲斐に向かって、それで刺し殺さんばかりの勢いで人差し指を突き出し、言った。

「あんたねぇ! 復讐がどうとか殺戮衝動が何だとか、論点をズラしてるんじゃないわよ! あんた達《因子人》こそ、私達人間を面白半分で殺してるじゃない! それどころか、人類を支配して、世界を我が物にしようって考えてるんでしょう! 私だって殺されかけた、それを御剣くんに助けてもらったんだ! あそこで御剣くんが来なかったら、死んでたのはわたしなのよ!」

「……ッ?」

 御剣が、呆気に取られた様子であやめの方に振り向く。彼女がいたことに、そもそも気づいていなかった様子だ。

「殺されるのが嫌だから、相手を殺すのは正当防衛よ! それがいけないことだって言うの、あんた達は!? いけないことだから抵抗せず、大人しく殺された相手に、『よかったねー、偉かったね~』とでも言うわけ? 冗談じゃないよ馬鹿っ! そりゃあね、同じ人間相手なら、復讐するのは良くないって、御剣くんのこと止めたりもするわよ。でもね、あんた達は殺されても文句言えないようなことをしてきたのよ! 私としてはね、復讐も結構、殺す時に笑い転げるのも大いに結構なのよ! 人類を、私達を守ってくれるなら! 前ヶ崎さんだって、花緒ちゃんだって千代ちゃんだって、友野くんだって常岡くんだって、月詠さんとか生徒会の人達だって、《因子人》のことを知れば、みんな同じ思いを抱くはずよ。佐原さんなんて、率先してあんた達と戦ってくれると思うわ」

「私達も……いるしね」

 突然怒鳴りだしたあやめのせいで、すっかり萎縮した気持ちも忘れてしまった霧島が続く。

「我々の同胞をたくさん殺したって? それが哀しいなら私達にちょっかい出すのやめて、ロニーみたいに仲良くすればいい。ロニーに出来て、あんた達に出来ないなんてこと言わせないわよ。もし出来ないんなら、今すぐこの地球から出てって、星にでもなっちゃえ! どうせそれも嫌だってんでしょ! だからさぁ……」

 そこまで言って、あやめは御剣の方に向いた。今まで見たこともないような鋭い視線だったものだから、彼もいつもの調子に戻って、「うへっ?」と頓狂な声を上げて竦み上がった。


「御剣くん! もうこうなったら遠慮しなくていいからぶっ殺しちゃえ! わたしが応援する! なんならここにいる霧島さんも一緒に応援してもらう! ほら、いけー! やっちゃえ御剣くーん!」

「は? 私も……?」

「そうだよほら!」

 霧のようになって拡散している霧島だが、いきなり催促されて狼狽している様が眼に浮かぶようだった。

 大概あやめも頭がおかしい。そう思いながらも、霧島自身、言いたいことの全てを代弁してくれて、気持ちが昂っていた。声を大にして叫んでいる彼女に続くのも、悪くはないと思った。

 原子レベルにまで分解した肉体が振動することによって空気を震わせ、それが彼女の起こす喚声となって御剣に届く。

「気をつけて、御剣君。焦ってはいけない。冷静さを保った上で……叩き伏せてやれ!」


「こっそ~……」

 さらに、そんな彼女達にこっそりと近づく人影があった。その隣では、血で身体を真っ赤に染めながらも、よろめくこともなく悠然と歩く男の姿もある。

 星原と柳沢だ。甲斐の攻撃をやり過ごして圧縮空間に逃れた後、長い間じっとしているのにも飽きて気付かれないように顔を覗かせたところ、御剣がブチ切れてなんだか面白いことになっていたから、安全を確認しつつ抜けだしてきたのだ。

 ついでに柳沢も回収しておいた。それほど長い時間ではなかったはずだが、傷口自体はほとんど塞がっていて、歩くぐらいなら充分できるようになっていた。いやはや、恐ろしい回復力だ。

「なにやってんの?」

 あやめの隣に立ち、喚く彼女に問う。

 完全に頭のネジが飛んでしまったあやめは、八つ当たりするように、星原に対しても怒鳴り散らした。

「うるさい! 貴方達も御剣くんを応援するの! ほらー! 御剣くんいけー! 殺れー!」

「はぁーっ?」

「この娘こんな人だったっけ」

 柳沢が肩を竦める。



 あんなやりとり、御剣の眼から見ればただの漫才だ。

 生命を駆けた……自分の記憶の中にいる、友人の生命の尊厳をもかけた戦いの最中で、あやめ達は漫才をしている。

 だが、逆にそれが御剣にとっては妙に頼もしかった。ああいう者達に後押しされ、彼女達を守るために戦っている。その実感を抱くことができた。

 決して畜生以下の餓鬼以下などではない。自分には友達がいるし、仲間もいる。自分の戦う目的は、最早前ヶ崎のためだけでも、その死をなかったことにして生きていく道を選べない自分の、自己満足のためだけでもない。


「面白い友達をもったんだねぇ、セーイチ。前ヶ崎さんがあの中にいれば、もっと楽しかったのかな」

 甲斐の言うままに、自らの同胞を笑いながら殺しながらも、こんな感傷的なことを言うロニー。まるで別人のようだが、そのどちらも間違いなく、ロニー・ロングで間違いない。

 彼女の言葉を聞いた御剣は、あやめの姿の滑稽さに、思わず吹き出してしまった。

「ふ、はは! ははは! ぅひっ、くひひひひひひ!」

「セ、セーイチ。あやめが面白いのは分かるけど、それじゃ前ヶ崎さんを馬鹿にしてるみたいだよ」

「ひひひひ! いやぁそんなことないさ、馬鹿になんかしてないよ。そしてな、それは違うぜロニー。姉ちゃんが生きてたら、今頃は二十歳はたち超えてる。同級生にはなれないよ……でも、そうだなぁ。大人になった姉ちゃんも見てみたかった。今の俺の姿も、見てもらいたかった」

 その言葉にロニーは、はっとした。

「……そうだ。そうだったねぇ。人間は成長するんだ」

「ロニーは変わらないよな。“あの日”からずっと、同じ姿のままだ……背丈は俺に合わせてくれてるみたいだけど」

「……そうだよ。私は変わらないんだ。変わらないまま、セーイチの元を去っていく」

 その言葉には、深く、そして遠い感傷の念があった。今ではない。しかし、いずれ必ずやってくることへの、漠然とした不安のような、落胆のような、そんな感情があった。

 戦いを眼前に据えるには、ネガティブすぎる思考である。だが今の彼らは、そのような思考を振り払い――否、それすらも自らの身の内に燃える闘志に変換できるほど、その心を滾らせていた。

「でもそれは今じゃない……」

「ん……その前にまずは。あいつをブチのめさなきゃあなァ!」

「その通り!」

「いくぞロニー!!」


 大剣の刃を掲げ、上空への甲斐に突きつける。

 彼女は、先程までの饒舌さから一転何も言わず、何も考えていないような、川の中を流れていく藻を眺めるような顔で、こちらを見下ろしていた。

 今や御剣の頭は怒りに震えながらも落ち着いている。雪山の中で火山が噴火するような、相反する感覚が見事にバランスを保っていた。こうなれば、冷静さを失わせるなど、どだい無理な話である。

 だからこそ、最早挑発する意味がないと判断したのか。あるいは、こちらの言葉を聞き入れない愚かな人間に辟易しきっているのか。甲斐はまた、冷えきった機械の心へと戻っていた。

「理解不能。その必要性なし」


 そして御剣達の背後からは、なんだかよく分からないままあやめに従ってしまった星原と柳沢を加えての、大応援が響いている。

「そのでっかい出刃包丁みたいなのでぶった切れー! さっきみたいに粉々にしちゃえー!」

「機械の補助脳で思考判断をしていると言っていたわ。それを破壊すればさすがに止まるはず。それはおそらく上半身に存在している。御剣くん、まだ勝機は……ある、と思う!」

「HEY HEY HEY!! Go! MITHURUGI Go! Let's Killing!!」

「焦るな御剣君、スマートにいけ! 君なら奴の動きを見切れる! 確実に一手、一手ずつ先を行くんだ。そうすればいずれ百手上回る! そこまでいけばさすがに勝てるだろ!」


彼女達の声援を背に受けて、御剣は甲斐に言い放った。

「甲斐 雛世ェェーーーーッ!! 《因子人》のクソ女がァー! お前の言う通りだ! 復讐しても姉ちゃんは還ってこない。俺は《因子》に当てられて、殺戮が大好きなアブない奴になり始めてる。でもなァー! それがお前らがこの世界にのさばってるのを許す理由には、ならねェーーんだよォォーーーー!! 俺のこの戦いはもう、復讐だけじゃ終わらねえ。お前ら《因子人》を皆殺しにして、その侵略を止める、そのための“意地の張り合い”になってんだ! お前達《先導会》を叩き潰し、全ての《因子人》を消す。俺の、二人目の友達、ロニー・ロングも含めてだ! それは姉ちゃんも望んでいることだ!」

「……理解不能。その必要性なし」

「理解できなくて結構、俺は別に正義の味方をやってるんじゃねぇ……お前らの敵をやってんだァーッ! ゴタク抜かすのはお互いこれで終わりだ、かかってきやがれ!! 返り討ちだ、泣き叫んでも許してやらねぇェ! 死にやがれクソボケェェーーーーッ!!」


抹殺エリミネート

 完全に下半身を再生させた甲斐が、殺戮マシーンとなって迫り来る。それを迎え撃つべく、御剣も大地を蹴り、飛び上がった。

 意地と殺意を全身に巡らせ、大剣の刃が唸りをあげる。


「うおおおおああああァァーーーーーーッ!!」

「いけええぇぇーーーーーーーーーーーッ!!」



    ※



 そこがどこであるのかは、今はどうでもいいことである。

 誰の、何物の干渉も受けないその場所で、その男――東 託朗は、御剣達《保有者》が今も戦っていることを感じていた。


「思えば、君達には酷なことをしている。この先も君達は戦い続ける。深く傷つくこともあれば、死ぬ者さえいるだろう。私が“この力”を使えば、その苦しみの全てを消し去り、何もかもなかったことにすることができる……だが、それはあってはならないことだ」


 彼は、眼前に広げた自らの右手のひらを見つめた。

「私が言葉にしたことは、その全てを“事実”にできる。《因子》など初めからなかった。そう言って心に念じれば、《因子》の無い世界の歴史が創造され、今ある世界に上書きされる。そうすれば全ては解決だ。《因子》の存在そのものを脅かす《因子》など、奴らにとっては皮肉なんてものではないな……しかし、こんな力、この宇宙のどこにも存在する必要はない。全能の神であろうが、そんなことができてはいけないのだ」


 この万物が不可侵である空間も、彼が生み出したものである。世界の全てが彼に影響しないのであれば、その逆も然り。この場所では彼が何をしようと、世界に変わりはない。そのような空間を創った。

 そうやって、ひと時だけでも自分が世界から切り離され安らげる空間を求め、彼は言霊を奔らせ、この場所を生み出した。

「私自身、この力を使いこなせる自信がない。《因子》などなかった。その言葉を元に創造された世界が、今あるこの世界からどれほどの差異を生じるのかも想像できない。だが、おそらく――間違いなく、私がこの力で世界に手を加える時、宇宙を安定させている秩序は乱れ、《因子》がこの世に現れること以上の混沌が人々を包み込むだろう……私は、怖い。世界を完全に崩壊させてしまうかもしれない。その責任を負う覚悟がないし、人々に押し付けたくもない……だからこそ、この戦いに対し不可侵であるという意志を貫き通し、“彼ら”に頼るしかないんだ。『御剣 誠一...私には、君の戦いが見える』」


 そう呟いた彼の脳裏に、《因子人》と戦う御剣の姿が映り込んだ。眼に見えないはずのその光景が、まるで目の前にあるように、はっきりと。それが、東の《因子》が為せる業だった。

 彼が《因子》の正体とその目的に気づいたのも、彼の中が“あの日”誰に言うともなく呟いた、『《因子》とは何なのか知りたい』という欲求を、彼自身の《因子》が叶えたからだ。同時に、自らの《因子》の正体も、彼は知ることとなった。

 自らの言葉を、ひとつの例外もなく“事実”にできる。誰かが死ぬと言えば死に、自分は死なないと言えば絶対に死なない。世界が今すぐ滅びると言えば今すぐ滅び。人類が滅びることはないと言えば永遠に滅びることはない。

 それは、宇宙を形作る大いなる摂理に対する“反逆”だ。運命をねじ曲げ、事実を創りだす、神に等しき所業だ。

 東自身がその能力の効果を受けるならまだいい。他者に不可侵でさえあれば、ねじ曲げられるのは自分ひとりの運命だけだ。しかし、ただ一度ひとたび、ただ一人の個人だとしても、“他の誰か”にこの力を使った時、その周囲の時空は歪み、その“誰か”以外の人も、物も、事象でさえも、その運命が大きく変わっていく。

 ましてや、今や世界にその存在が定着している《因子》にこの能力を使えば、世界のあり方そのものを変革させるほどの歪みが生じることになる。

 それほどの能力なのだ。とても、使おうという気にはなれなかった。

 しかし、自分達の研究により出現した《因子》によって、人々の営みが脅かされ、地上の生態系が移り変わるようなことに、今なりつつある。それもまた、許すわけにはいかなかった。

 だからこそ彼は、自らの《因子》を用いることなく《先導会》の計画を食い止めるために有志を集め、彼らの力でそれを為そうとした。御剣もその一員だった。


「だが、君達が戦うために行使しているその力もまた《因子》。そうである以上、いつか君達の中にも《因子人》は目覚めることになる。そうなる前に、自分自身をも始末しなければならない。あるいは《因子人》となった後に、誰かに始末されるだろう。それは、私も同じだ。人に危害を加える意志がないとしても、《因子》が存在するということがあってはならない以上、ひとつの例外もなく、《因子》は全てこの世から消し去る。それがこの戦いの終結だ……御剣 誠一。君と共に戦うロニー・ロングも、いつかは……」


 御剣自身、そのことは分かっているはずだ。ロニーも。だとして、彼らはその、いずれ必ずやってくる結末を、どう考えているのだろうか。

 東の《因子》ならば、御剣の心を読み取ることさえできるだろう。だが、それこそ個人の尊厳を踏みにじる冒涜的な行為であり、絶対にしてはならない忌むべきことだ。不本意でそうなってしまうわけでない限りは。

 何にせよ、御剣達は戦うことを選び、今なおそれを続けている。東は、その実直さに、健気さに、哀しさに、縋るしかないのだ。

 神の所業を行使する責任から逃れるために。


「それでも、私は君達に頼るしかない。そして、許して欲しいと請い願うのだ。この《因子》を使わずとも、君達の運命を強要してしまった私の身勝手さを……そして祈っている。この力が使われないまま全てが終わり。人類の営みが、《因子》の無い時代へと回帰することを」


 革命は起こってしまった。進んだ歩みを戻すことは、即ち退化であり、愚行である。それでも今は、人類は退化し、古き時代へと立ち返るべきだった。

 《因子》が起こす大いなる流れに逆らって。


 それを為す者達――“反逆者《Rebellion》”の戦いは、これからも続くことになるだろう。

 立ち返ったその世界に、自分達の居場所がなかったとしても。


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