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Session.14 Death Machine Part.5



 水切りという遊びがある。川に向かって平らな石を投げ水面を跳ねさせる、アレだ。

 それと同じことが起こった。タイル貼りの地面を、平らな石そのままに跳ね飛びながら転がっていく甲斐。

 数度跳ね上がったところで、脚部のブースターを噴射。空中を激しく、突風に晒される木の葉となってきりもみしてから、ピタリと静止した。


 柳沢としては、頭を首から千切って空の彼方までフェードアウトさせるつもりで殴ったのだが、寸前で衝撃を上手く受け流されたのだろう。ダメージはせいぜい、頬が僅かに腫れる程度のものだった。殴られた勢いを殺すためか、大の字の姿勢になっていた彼女の方を睥睨する柳沢。渾身の一撃を放った右手をひらひらと振りながら、呟く。

「クリーンヒットしたかと思ったんだが……なるほど、自分の弱点を簡単に潰させないぐらいには強いみたいだ。面白いじゃないか、一対一で相手したいところだけど……」

「そぉーはいかない。無関係の人に被害が出た。セーイチも怒ってる。今回ばかりは本気でいかにゃあね」ロニーが続く。

「分かってるよ。偉そうなこと言うのは、せめて君ぐらいには勝てるようになってからにする」

 そう言って、今度はぴょんぴょんと小さく飛び跳ねながら、両手をぶらぶらと小刻みに振る。陸上選手が、スタート直前にする準備運動じみた動きだ。が、実際のそれと違うところがある。

 陸上では行われるクラウチングスタートが、柳沢とロニーにはなかった。次の瞬間にはトップスピードだ。


 二人同時に、それぞれ左右から回りこむように接近する。

 甲斐の両腕に装着されていた鉄塊が、再びその形状を変える。

 必殺兵器、ディメンジョン・バスターだ。収束された熱量を目標の座標にピンポイントに撃ちこみ、その範囲のあらゆる物体を瞬時に蒸発させる。

 続いて急速で上昇。少しでも二人との相対距離を維持しつつ、自動砲台に後方から追撃させ、二方向からの集中砲火を浴びせるつもりだった。

 が、それは不可能であると、甲斐はすでに判断できていた。ただ、それを踏まえた上でこの行動がベストだというだけだ。

 あのロニーとやらは、《因子人ファクトリアン》だ。御剣を宿主とする。となれば、その実力は間違いなく彼を上回る。そして、柳沢の方も学園屈指の実力者、《因子人》を除けば、五本の指で数えられる力だ。

 御剣と喧嘩した後日、彼を冷やかすような声が多く聞こえていたのだが、特にその声の大きかった《Aランク騎士型ナイトタイプ》ひとりの片腕を、目にも留まらぬ速さで“絞った”時から、そんな声はまったく聞こえなくなった。

 そういう男だ。


 それが分かるからこそ、二人の姿が突然一条の“線”となってこちらの眼前に迫ったとしても、驚きはしなかった。あまりにも速すぎるために、残像にすらならない。その動きの軌跡全てが一斉に視覚に作用してくる。

 その“線”はすでに、甲斐の左右にそれぞれ回りこんでいた。片目が義眼――というかカメラであれば、草食動物のごとく左右を同時に見ることは容易だった。そこでようやく甲斐は、“線”ではない二人の姿を見た。ロニーは大剣を振りかざし、柳沢は右拳を後ろに引いている。


 どういう原理かは分からない。《因子ファクト》による足場を蹴って加速しつつ、さらにもう一度別の足場を踏むことで、慣性に乗った状態からさらに加速度をどんどん上乗せしていくことで、凄まじい速さになった、ということだろうか。さながら八艘飛はっそうとびだ。

 だが、さすがに攻撃する瞬間まで同じことはできないだろう。

 この異質なまでの高速移動――というか最早瞬間移動と言ってもいい――も、常時できるものではない。この状況においても、甲斐は冷静にそう判断した。

 そして、腕の動きにはこの加速法は通用しない。刃を振りぬき、拳を突き出すスピードに関しては、補助脳により研ぎ澄まされた反射神経ならば追いつけなくはなかった。

 向こうが攻撃の射程内であるならば、こちらとて同じだ。危機はそのまま好機ともなり得る。


 二人の攻撃が命中するよりも速く、両腕に装備されたディメンジョン・バスターの砲口を相手に向ける。同時に、発射。

 座標を指定しなければ、フリーハンド・イレイザーと同様、直進する熱量の弾丸となる。相打ちで上等。こちらの砲撃が命中すると同時に、刃が食い込み拳がめり込もうとも、甲斐にとっては問題はなかった。どうせ身体は人工のものだ。それに、最悪の場合、脳まで消し飛ぼうが構わなかった。

 何故なら……


 というのはともかくとして、甲斐にとってはそうであっても、ロニーと柳沢にとっては貴重な生命だ。あっさり捨て去るわけにはいかない。

 空を飛ぶ怪鳥のごとく身を翻し、発射された熱量弾をかわす二人。その動作によりそのまま、ロニーは甲斐の前方、柳沢は後方へと回り込んだ。瞬時に大剣と拳を構え直し、もう一度彼女に向かって繰り出す。

 だがその一瞬の猶予が、甲斐に“防御体勢”を整える時間を与えてしまった。

「ぬぇアッ!!」

「ふんッ!!」

 ロニーの横薙ぎ、柳沢の正拳突きが迫る。だがそれは、


「“女神式防衛陣イージス・システム”」


 甲斐に命中する寸前のところで、何かに阻まれた。金属が衝突する轟音――鋳造の技術も知識もないノウハウの搾りカスにもならないような奴が作った鐘の音が響く。

「クッソぉイライラする!」

「やるな」

 大剣の一振り、拳の一撃を防いだのは、宙に浮く巨大な盾だった。甲斐の両腕からディメンジョン・バスターが切り離されているのを見る限り、これに変形させたのだろう。

 大体直径30cmほどの小さな円形であるが、その強度は充分と思える。しかも、何か強力な斥力が発生しているらしく。こちらの攻撃を押し返そうとしているのを感じられた。鋼鉄の板の上に、ゼリー状の衝撃緩衝材が乗せられているような感じだ。

 何にも繋がっていない状態で浮いているということは、自動砲台と同様に遠隔操作されているということだ。おそらく甲斐の思念に応じて動きつつも、ある程度こちらの攻撃に自動的に反応する機能もあるだろう。その速度はかなり高い。

 一度攻撃を防がれただけだが、さながらエイジス、アテナの盾だ。そんな賞賛にも似た思念がロニーと柳沢の脳裏を過ぎった。

 この一瞬の攻防が、さらなるいとまを甲斐に与えた。やや遅れて、自動砲台が二人を射程圏内に捉えた。

「……ッ!!」

 再度照射された十発のレーザー光による偏差射撃。だが、頭数が二人に増えれば、その分ひとりひとりを狙う攻撃は減る。

 充分かわせる……それだけではない。回避しつつ攻撃を仕掛けられるだけの余裕すらあった。

 甲斐の周囲を竜巻のごとく疾走しながら、レーザー光の合間を縫って大剣を振るい、拳を放つ。だが、どうしてもレーザー光により攻撃する位置が限定されてしまう。こうなれば、イージス・システムによる防御はなおのこと容易になってしまう。

 それでもなお、二人は果敢に攻撃を続けた。


「ふぬッ!」

 甲斐の左に回り込みつつ、柳沢がこめかみ目掛けて右ストレートを放つ、それに続くように、ロニーも反対方向から大剣を振り下ろした。当然ながら、両方共イージス・システムによって防がれる。だが、こちらとて手数がこれだけしかないわけではない。

「ぬっく!」

 続けて柳沢は、甲斐の腹目掛けて蹴りを放った。だがそれは、ターゲットに命中することなく宙を空振りする。

 甲斐が身を引き、一旦距離を置いたのだ。

 これもまた当然の話だった。いくら強固なる自動防衛システムがあろうと、その使い手がぼんやりと止まっていては話にならない。甲斐本体とて動くのは当たり前だ。本体の高い機動力とイージス・システムの防御力。このふたつが合わさってこそだ。

「くっそォ~!」ロニーが呻く。


 なおも二人は自動砲台の攻撃をかいくぐりながら、甲斐への攻撃を続けた。やはりその全ては防がれてしまうが、確かなのは、甲斐本体が攻撃するチャンスは削れているということだ。もしイージス・システムを解除して再び攻撃体勢に入れば、さすがにこちらの攻撃を防ぐことはできない。

 自動砲台の攻撃も、厄介ではあるが脅威ではない。回避し続けるのも難しいことではなかった。

 これは、消耗戦の様相だ。だが、ロニーも柳沢も全く消耗していない。

 全力は出しているが死力は出していない。後十時間、あるいは十日、何なら十年同じことを続けられる自信がある。が、本当にそこまで続ける必要はない。


 柳沢が駆けつけてきたということは、阿頼耶、星原もこちらに向かっているのだろう。場合によっては、佐原も来てくれるかもしれない。彼らが援護に駆けつけてくれれば、戦況は一気にこちらの優位に傾く。それまで、耐えればいいだけのことだ。せいぜい、後で盛大にブチ殺すために、怒りと興奮は胸の内で貯めこんでおいてやる。


 が、自分達がここまで考えられるのならば、敵も同じことを考えているという結論に至らなければならなかったのだ。そして、このまま同じことを続けていればいずれやられるというのなら、自分ではどうするか。それを考えておくべきだったのだ。

 少しずつ、状況が変化していることにロニー達が気づいたのは、手遅れな局面に陥った後だった。


 ふと気がついた。自動砲台の攻撃が、徐々に散漫的になっている。最低限、こちらの動きを封殺できる程度になっていた。どうやら、砲台のほとんどが射撃よりも移動に専念しているようだ。一体どこに移動しているのかは分からないが。

 また何かしでかすつもりか、とは思うが、これはチャンスだった。レーザーが発射される間隔が、確実に開いてきている。それはそのまま、殺されていた“移動経路”がクリアになるということを意味していた。

 多少手足のどこかが焼かれるということを覚悟すれば、先ほどまでよりも遥かに自由に動ける。


「……ッ!」

 ロニーと柳沢は俄然、速度を上げた。ロニーが甲斐の前方に躍り出るが、それはフェイントによる残像だった。いくら補助脳だかなんだか知らないが、眼球――あるいはカメラからの映像を処理しているのであらば、そのための僅かな時間が必要になるだろうし、《Aランク騎士型》の動きに追いつくためにはある程度動きの軌跡というものを予測する必要もある。その予測を突くのだ。こればかりは、スパコン万台分の人工知能であろうと関係ないことだ。コンピューターとて、騙される時には騙される。

 本物のロニーは前ではない。真後ろにいた。

 柳沢も同様だ。甲斐の右斜め下から迫るが、それも残像だった。本物の柳沢は逆、左斜め上から、右足を突き出し飛び込むような蹴りを放っている。ライダーキックというヤツだ。

 甲斐が攻撃に気づいた時には、すでに横薙ぎに放った大剣の刃は脇腹に薄皮一枚のところで食い込み、靴底は頭に触れようとしていた。

 さすがにこれはかわしきれまい。貰った……

 二人がそう確信した瞬間だった。


 突然甲斐の身体から眩い光が煌めいたかと思うと、彼女の身体が忽然と姿を消した。

「えぇっ?」

「こいつ……!」

 大剣は虚しく空を切り、その後を柳沢が通り過ぎる。

 ロニーが慌てて、《因子人》の気配を探す。“それ”は、自分の後方にあった。咄嗟にそちらに振り返る。同時に、柳沢もそちらに眼を向けた。

 甲斐の身体が消えた理由が、分かった。


 そこには、悠然と浮遊する甲斐がいた。その身体の各所には、人間の身体にはまずあるわけがない構造物がいくつもくっついていた。両肘、両肩の付け根の前側と後ろ側、腰の後ろ側に二つ、両足のふくらはぎ。合計十箇所に、通気口のようなものがくっついていた。大きさはまちまちだが、四角形をしていることだけは共通している。

 大抵の者は一目見ただけではそれが何なのか分からないだろうが、これまで彼女とやり合ってきたロニー達ならば、この甲斐の容貌の変化が何を意味するのか、うっすらとだが察することができた。

 その確認を、しようとする必要はなかった。こちらがしなくても、甲斐の方が解答を教えてくれるからだ。

 自動砲台は、いつの間にやら一基残らず消えていた。


 甲斐の姿が、再び消えた。小さな光が飛行機雲のように糸を引いて右に流れたと思ったその時には、彼女はロニーの右から肉迫していた。

 速い。これまでとは桁違いに。

「――ッ!!」

 一瞬、甲斐が振り下ろしたライディーン・ザンバーをかわそうとする一瞬、ロニーの視界は、甲斐の身体のところどころから吹き出す光の尾を見た。その尾が生えている位置は、件の構造物がくっついていた位置と完全に一致していた。

「けあッ!」

 回転するように身を翻し、まさしく紙一重――どころか酸素の原子一粒ほどのところで斬撃を回避する。その動作をそのまま、横薙ぎの斬撃へと繋げたが、刃が空を斬った時にはすでに甲斐の身体はそこになく、瞬く間にロニーから離れたかと思うと、凄まじい速度で今度は柳沢の方へと迫っていた。


「面白い……」

 それに応じるように、柳沢が拳を引き、身構えた。雷光のごとき速さで甲斐の身体が接触しようとする。その右腕と一体化したライディーン・ザンバーの刃が、彼に向かって突き出されていた。狙いは顔面、正中線上に沿って綺麗に真っ二つにするつもりだ。

 だが、研ぎ澄まされた神経の全てをただ一点に集中していた柳沢には、その刃の動きを見切ることができていた。

 僅かに身を逸らす。高速回転する刃と熱量による二重の断戟が、耳を僅かに削り取りながら視界を通過していく。耳なし芳一とはいかなかったようだ。

「憤破ッ!!」

 同時に、渾身の正拳突きを放った。光の速さを超え、時間すらも置き去りにするのではないかというほどの、神速の突きだ。

 だが、その突きですらも彼女を捉えることはなかった。柳沢が寸前のところで回避したのと同じように、彼女も移動する軌道を逸らすことで、突きをあっさりと避けて見せた。


 再び、この場を離脱しつつ、大きく旋回しながらロニーの方へと接近してくる。

 どうあがいても追いつけないような速さだ。並の人間は、リニアモーターカーと競走しようなどとは考えない。ロニーと柳沢も、この時ばかりはそれと同じ心境だった。

 それほどの速さだった。


 自動砲台を身体の各所に接続、姿勢制御兼推進用のブースターに変形させたのだろう。十発分のレーザーを発射するだけの力を全て加速に使っているのだ。

 先ほどの一撃から0.5秒と待たず、彼女がロニーの傍を通過しつつライディーン・ザンバーを振るった。

「うわっと!」

 ロニーも、なんとかそれを回避する。

 そして、もう一度柳沢の方へと迫る甲斐。彼もまた再び、一撃離脱の攻撃を回避する。


 そんなことが、何度か繰り返された。

 攻撃と離脱を同時に行うことで、ロニー達が反撃する機会は完全に殺されていた。柳沢も加わったことで、やられる危険があると判断したのか、限界までリスクを削減するつもりのようだ。

 だが結果として、その分攻撃の脅威というものを減少することとなった。


 何度目かの斬撃を、ロニーは回避する。

「フフンっ」

 なるほど、確かに速度は凄まじい。だがそれまでだった。こちらからのカウンターをおそれ、極限まで加速を加えたことにより、小回りというのがきかなくなっていた。

 一度攻撃すると、そのまま大きく距離を取ることになり、大きく回りこまなければ再接近することができないのだ。それまでの時間は、二人に体勢を建てなおさせるには充分だった。

 それに、あまりにも速すぎるため、直線的な動きしかできない。攻撃する方向さえ分かれば、回避すること自体は決して難しいことではなかった。ブースターに変形させた分、自動砲台によるレーザー照射もない。甲斐の動きのみに集中できる。


「これじゃ、ただのジリ貧じゃない。さっきよりも楽だよお嬢さァ~ん。なんのつもりか知らないが……」

 ロニーが、聞こえていようがいまいがお構いなしに、甲斐を挑発する。

 こちらの攻撃は当たらないが、向こうの攻撃も当たらない。これでは先ほどまでと同じだ。待っていれば、阿頼耶達がやってくる。そうすれば、こちらの勝ちだ。

 この勝負、もらった。


 この油断だった。

 これを、甲斐は待っていたのだ。


 再び空中を大きく迂回しつつ、ロニーに接近する甲斐。それを迎えうたんと、ロニーも身構える。


 次の瞬間だった。

 不意にロニーは、何かに身体を押されたような振動と共に、視界が一瞬だけガクリと揺れるのを感じた。その直後、左の脇腹の当たりが、熱したタオルでも当てたようにじわりと熱くなるのを感じた。

「……?」

 何事かと思い、視線を降ろす。


 半径15cmの半円状に、腹がえぐられていた。まるでそこだけをブラックホールが通過し、何もかも呑み込んでいったかのように、きれいな曲線が描かれていた。元々そこにあったものがどこにいったのかは、想像もできなかった。だが、少なくとも、“消えてなくなった”のは間違いなく確かなことだった。


 激痛が神経を駆け巡り脳へ伝わるのと、腹の底からこみ上げてきた生温い液体が吐出されるのは、同時だった。

「うぅ――ゲッホァッ!!」

 口からだけではない。ぽっかりと空いた風穴から、ここぞとばかりに赤黒い液体が滴り落ちてきて、眼下の屋上に向かって重力に従い落下していた。タイルにへばりつくベチャベチャという音は、上空にいるロニーには聞こえない。


 何が起こった。何をされた、甲斐は一体何をしたのだ?

 彼女はまだこちらに攻撃できる位置にはいない。いくら動きが速くとも、姿自体はかろうじて見える。両手に装着されている武器は、ライディーン・ザンバーのままだ。遠距離攻撃できる武器ではない。当然、自動砲台もない。今、こちらの身体を攻撃できる手段は、向こうにはないはずだ。

 初めから用意されていないかぎりは。

「……ぐッ!」

 そうか。

 用意されていたのだ。実際に。


 甲斐が最初にこちらを攻撃してくる直前、ベンチで話をしていた時、こちらに見えないところで身体に小型の爆弾か何かを取り付けられていた。それは、注意しても簡単には分からないほど小型であった。それでも、火力を極限まで圧縮しておけば、破裂した時に身体の一部を吹き飛ばすぐらいの威力はある。

 そうとしか考えられない。迂闊だった。彼女が何のために、あんなまどろっこしいことをしてきたのかを想定するべきだった。


 油断から続く、一瞬の動揺。そして、痛みにより緊張が解けた肉体。これだけあれば充分だった。甲斐は、ひるんだロニーの目の前にまで近づくと、雷光の刃を横薙ぎに振りぬいた。

 咄嗟に回避しようとするロニー。だが、その動きは一瞬――ほんの一瞬。人間達が自らの文明と築き上げた科学力の全てを結集しても、完全なる“同時”と判断できるほどの一瞬だけ遅れた。

 その遅れが全てだった。


 音もなく、右脇から胸にかけてハサミで切り取ったかのような巨大な切り口が残された。間違いなく肺まで届いている。そこから、噴水のように大量の血が溢れ出てきた。

 咳嗽がいそうと共に、また吐血の飛沫が宙を舞う。

「グ、ブッ!!」

「ロニー!!」ここでようやく、柳沢は叫ぶことができた。

 すでにロニーの周囲には甲斐の姿はない。その場から離脱して、急速旋回しつつ再接近しようとしている。次なる攻撃の標的も、ロニーだった。一気に止めを刺すつもりだ。ブースターから噴出される光は、より一層煌々としていた。

「ブ……ぐッ!」

 何とか体勢を立て直し、甲斐を迎え撃とうとするロニーだったが、腹と胸の負傷による痛みのために、身体に力が入らない。左手で胸を抑えつつ、右手で大剣を握っているが、その手は震えていた。これでは、次なる攻撃をかわせるわけがない。

「待ってろ!」

 柳沢は急いでロニーの傍に近寄り、その身体を抱え込んだ。安全な場所へと運ぼうとする。

 が、そんな時間の余裕を甲斐が与えてくれるわけがなかった。長くてもせいぜい半秒。そんな時間でロニーを逃がせるわけがないし、このまま抱えていては、こちらもロニーもろとも甲斐に一刀両断される。

 やむを得まい。

「済まない! これぐらい平気だろッ!」

 柳沢は、彼女の身体を眼下の屋上目掛けて放り投げた。

 すでに甲斐の移動する軌道はこちらに向いている。速度に乗っている分、そう簡単には変えることでもできないだろう。これでひとまず、ロニーが攻撃される危険はなくなった。

 後は、自分が何としてもヤツを、この場で倒す。


「かかってこい、今度こそ仕留める!」

 身構える柳沢。全身へと張り巡らされる神経の一本一本にまで、意識を巡らせる。ただ敵を倒すためだけに全ての力を集中させ、余計な力は一切抜き取る。

 どういう手を使ったのかは知らないが、御剣は、自分と真正面からぶつかり合い、勝ってみせた男だ。そんな彼を超える実力を持つロニーにあれだけのダメージを与えるには、卑劣な手を使ったとしか考えられない。まともにやり合っては勝てないからと、意地も誇りもない安直な発想に妥協したのだ。

 そういうのは、彼がもっとも嫌うことだった。彼をけなし続けていた連中が持つ下卑た精神と同じ、濁り淀んだ気に満ち満ちていた。

 そんな気を持つものに、負けるわけがない。必ず叩きのめしてやる。


 人間のものとは思えない冷め切った眼光をたたえながら、甲斐が眼前にまで迫る。右腕が突き出され、狂ったようにギラつく閃光の刃が迫る。狙いはこちらの胸元だ。

 すぐにはかわさない。ギリギリまで――大胸筋の繊維が数本裂けるまで引きつけてから回避して、そのまま奴の身体を掴む。そして、その腹目掛けてボディーブローを打ち込む。金属の身体だろうが構わず背中まで貫通させる。次に腕を抜き取ると同時に顔面を潰す。そうして一気に全身をくまなくボコボコにして、歪な粗大ごみにして捨ててやる。




「……ッ!?」

 当たり前のことだが、油断していたわけがない。集中が途切れるなどということはあり得ない。甲斐の飛行するスピードが突然上がったというわけでもない。

 だが、柳沢の身体には、ライディーン・ザンバーの刃が突き刺さっていた。


 歯を食いしばり頬を歪めながら柳沢は、甲斐の右腕に装着されているライディーン・ザンバーの刃が、前腕一本分、前方に大きくスライドしているのに気づいた。超速の突撃の中でさらに素早くスライドするその動きは、さすがに柳沢であっても補足することができなかった。

 それでも、咄嗟に身体を逸らすことで心臓を狙っていた刃を肺にまで逸らすことができたのは、彼だからこそできたことだった。


 彼女の不気味な声が、肺から空気の混じった血液がゴボゴボと喉までこみ上げる鈍い音と共に、聞こえた。

「秘密兵器トハ、何故秘密兵器ト呼ぶか知ってる? 答えは簡単。秘密ニしておくカラよ。いざとイウ時、相手を確実に仕留めるタメにネ」



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