Session.14 Death Machine Part.4
「うォらあああぁぁぁ――!!」
無数に現れた御剣のうちのひとりが、疾風が実体化したかのような素早さで、甲斐に向かって迫った。それと同時に、せわしなく動き回っていた分身達が一斉に消える。動きが一直線になったからだ。だが、これならばこちらの動きの方が自動砲台が反応するよりも僅かに速い。一撃加える時間は、ある。
「――ぁぁあああッ!!」
横薙ぎ一閃、甲斐の首筋目掛けて大剣を振りぬく。その頭を胴体からふっ飛ばして、タイルの上に転がしてやるためだ。
だが、それが最後まで振り抜かれることはなかった。甲斐が静かに掲げた右腕、そこから伸びるウルナルブレードが、こちらの刃を受け止めた。一度折れたものをもう一度形成したためか、必要な金属の量が足らずやや短い刃になっているが、刃が当たれば長さは関係ない。果物ナイフでも強度があれば、正宗だろうがツヴァイヘンダーだろうが止められる。
「クソッ!」
無意識に吐き捨てる御剣。甲斐は、こちらの動きに充分対応できている。分身するほどの高速移動まではさすがに見切ることはできないようだが、直線的な攻撃には追いつくことができるらしい。
彼女はあくまでも金属を自在に加工する《特殊型保有者》だ。実際は金属を原子レベル、さらにはその原子内の電子に至るまで自在に操ることで、《魔導型》と同程度の能力をも併せて持っているようであるが、少なくとも《騎士型》とはまったく別物。そのため、肉体的にはただの人の延長でしかない。
だが、機械で作った肉体ならば別だ。彼女の《因子》による金属加工技術は、自動工作機の比ではない。質量が同じであれば、どのような形にでも変化させられる。1㎥大の鉄の箱を、断面積1μ㎡の“糸”にできるほどだ。実際そんなことをすれば世界一周できてもおかしくない長さになるだろうが……。また、体積は減少するが、密度さえも変更させ機械的な強度まで変えられる。そして、あの自動砲台を見る限り、生み出した機械を自由に動かすこともできるのだろう。
となれば、人工筋肉や摩擦減少用の潤滑液などを別途用意してもらえば、すぐにでも《Aランク騎士型》に匹敵する能力を有する機械の肉体を生み出すことができる。
それはなにも、腕や足だけの話ではない。
俗に人工知能と呼ばれているものは所詮、集積回路の集まりである。無数のチップによりプログラムを構成し、継続的にデータを記録、消去し、確率的に有効な“結論”を判断する。判断を何度も繰り返すことで、より有用な“結論”を、状況に応じて導き出す“最適なプログラム”が完成する。
そうして、それ単体ではただの独創的な形の豆腐でしかない脳みそを人工的に培養するよりも遥かにスマートに、人は“思考”を生み出せるようになった。
その人類の叡智――と呼べるかどうかは別とする――が、彼女の肉体。肉ではない肉体で起こっていた。超小型の集積回路を体内で形成し、導線を全身ヘと、頭にある“生身の脳”へと接続。《魔導型》と同じ原理で発生させた電流を動力とするふたつの“補助脳”を作った。
ひとつは、強靭なる人工の肉体を操るには貧弱すぎる生身の脳に変わって、外的な情報を制御しつつ全身へと指示を伝達する戦闘用の“第一補助脳”。もうひとつは、生身の脳が機能不全に陥った場合のバックアップとしての“第二補助脳”だ。
今しがた、その第二補助脳を起動。前頭葉が潰れた脳に代わって機能しはじめた。
それを知らない御剣としては、ただの穴と化した眼窩から脳漿を垂れ流しながらも、悠然と立ちこちらを見据える甲斐の姿というのは、あまりに不気味だった。
折角のチャンスだったが、みすみす逃してしまうことになった。もう一度自動砲台をかく乱しつつ、隙を突いて再び攻撃しなければならないが、こんな芸当が二度通用するかどうか分からない。
「……」
こめかみを汗が流れ落ちるのが分かった。プライドを捨てて考えれば、明らかにあの甲斐の方がこちらよりも格上の能力を有していた。場合によっては、ロニーと交代するのも考えなければならない。自分では勝ち目がないというのは癪だが、あの女によって負傷した者達の敵というのを取るためにもっとも手っ取り早い方法は、やはり完膚なきまでに殺すことだ。
そう考えていた時だった。
不意に、甲斐の右腕から展開されていたウルナルブレードが、完全にサイボーグのそれと化していた腕の中へと格納された。そう思うと、今度はその手を真横に向かって掲げた。十字架に磔にされた聖人の、左手の杭だけがうっかり抜け落ちたような、そんな様相だ。
不可解ではあるが、何かしようとしているのは確かだ。仕方がない。通用するかどうかは別として、もう一度仕掛けるか。
再び高速で動きまわりつつ肉迫するチャンスを探ろうと、地面を蹴ろうとした御剣だったが、寸前でその動きを止めた。
かく乱する対象である六基の自動砲台が、甲斐の周囲で静止し、動く気配がなかった。こちらに攻撃しようという様子もない。まるで、彼女を守っているようだ。
“よう”ではなく、事実“そう”だった。彼女の頭上に円を描くように配置された自動砲台は、縦横360°、ほぼ全方位にレーザー照射を行うことができる。それは言い換えれば、どこからでも接近してきた敵を迎撃することができるということだ。御剣がどこから近づいてこようと、返り討ちにせんという構え。ただそれだけに、全神経――補助脳の全メモリを集中させている、と思われる。
あのレーザー光線の貫通力は、まだ一度も食らっていなくとも分かる。当たりどころが悪ければ、一発で致命傷だろう。これでは迂闊に近づくことはできない。
こういうところで、“格の違い”というものが露呈してきた。戦いの主導権というものを、彼女が握っている。御剣はそれになすがまま翻弄されるばかりだ。このまま彼女がしようとしている“何か”を、黙ってみているしかない。
だが、こちらとてこのままやられっぱなしでいるわけでもない。
遺憾であるが、御剣ではあの女が倒せなくとも、“彼女”ならばまだ勝機はある。
「すまん。今回は頼むぜロニーさんよォ」
御剣がそうつぶやき、“彼女”が応える。
「よしきた! 久しぶりに好き勝手暴れられそうだ、まかせときなさァ~い」
同時に、御剣の黒髪が赤く変色し、顔が、身体が、女性特有のふくよかさというのを帯びてくる。己の肉体を、ロニーに“貸与”した。戦いの主導権がこちらにないのなら、いっそ身体の主導権まで投げうってやる。
その主導権を得たロニーが、大剣の柄を両手で握りしめつつ、左に切り上げられる位置で構える。華奢な肉体の割には、しっかりとした構えだ。力を入れるところには入れ、抜くところは抜く、大剣の重厚そうな外見に反した、緩やかな構えだった。そこから放たれる神速の斬撃を予感させるだけの。
だがロニーはそこから、甲斐に向かって突っ込むことができなかった。
さすがの彼女であっても、全六基の自動砲台と甲斐本体による攻撃に完全に対応できるとは思えなかった。
彼女が何かをしようとしている。それを阻止しなければならない。それがすでに、甲斐による陽動なのだ。下手に動けば返り討ち、動かなかったら動かなかったで、その“何か”というのをさせてしまう。
「……面白くもないヤツ」
身構えたままじっと動かず、ロニーは呟いた。
もう何度この言葉を使うのかも知らないが、やむを得ない。今この時だけは彼女の好きにさせよう。だが、その後は、おそらくそこだけ生身であろう頭部を跡形もなく粉砕させた後、ミキサーにかけてミートジュースなる新製品としてどっかの食品会社に売り込みに行ってやる。
次の瞬間だった。
眼前で起こった事態に、ロニーは音のない驚嘆を漏らすようにぽっかりと口を開けた。
佇む甲斐の右方向、手を伸ばしたその先から、巨大な金属の塊が飛来してきた。自分の身体ほどの大きさのそれが、彼女の右腕にねじ込まれる。
続けて彼女は、長方形の物体の反対側へと、左腕も突っ込んだ。それと同時に、その物体が真っ二つに割れ、左右に切り離された。
切り離された金属の塊は、甲斐の《因子》よって慌ただしく変形していく。もっとも、すでにおおまかな形状はできていたらしく、変形は最小限にとどめられていた。
前腕部を覆う平べったい、弾丸を押しつぶしたような形の“手甲”だ。かなりの薄さらしく、側面は削れて、グリップのようなものを握る腕がむき出しになっていた。
手甲というより、巨大なメリケンサック――いや、違う。
チェーンソーだ。輪郭に沿うように奔る無数の棘上の刃は、明らかにチェーンソーのそれであった。
なるほど、高速回転する刃で、こちらの身体を切断するつもりか。
その予想は、当然ながら当たっていた。だが、甲斐が生み出した兵器はその予想のさらに上を行っていた。
チェーンソーの刃が、勢い良く回転を始める。だが、その回転の速度に反して、音は静かなものだった。耳をつんざくような轟音にこそチェーンソーの恐ろしさというものはある。だが、それがないとなると、いっそ拍子抜けだ。むしろひ弱そうな印象すらある。
もっともそれも、回転する刃から放たれた稲妻のような光がなければ話だったが。
「うッ!?」
今度こそロニーは声を上げて驚嘆した。
刃の周囲を青白い光が覆い、そこから、雷雲から飛び出してきた龍のごとくスパークが伸び、電子を撒き散らしながら消えていく。その際のピリピリという、何が弾けるような音も、そこまで騒々しいものではなかったが、この場合はそれが逆に脅威に思えた。
本当に全てを焼きつくす熱というのは、音を発しない。超高圧の電気を帯びた物体そのものもまた、音を出さない。それに触れた時に、その相手は死の香りがどのようなものかを知ると同時に、殺人的なエネルギーの存在に気づくのだ。
電磁誘導により遠方から呼び出した金属の塊を、両腕部に接続。その後、高圧電流を流しながら刃を回転させつつ、その周囲を超高温の熱でコーティングする。
甲斐が、静かにその決戦兵器の名を呟いた。
「“雷電斬刃”」
音もなく、ただ威圧感だけを眩い雷光の中にたたえるライディーン・ザンバーの刃を見据えながら、ロニーは身構えた身体の筋肉をより強く引き締めた。それは、彼女自身不要な力みであると分かった。
「ハッ! かっこいい名前だ・こ・と。みっともなく名前負けさせてやるからかかってきな」
とは言ってみたが、ひと目見ただけでも、あの刃の切れ味というものは想像できる。それでもなお、こちらの大剣が強度において撃ち負けることはないという確信はあるが、肉体はそうもいかない。掠めるだけでも肉が焼かれるほどの熱量のはずだ。直撃すれば、骨までえぐられ、濡れ手で泡に真っ向唐竹割りをぶちかましたかのように吹き飛ばされて消滅するだろう。
当たらなければどうということはないという言葉があるが、それを言った当人は散々当たりまくった末に果ては生死不明というみっともない有り様になってしまい、今では物笑いの種だ。
さて、こちらもかわせるかどうか……
逡巡する暇も、向こうは与えてくれなかった。
「攻撃開始」
脚部ブースターの推進力は、ほぼ瞬間的に《Aランク騎士型》に匹敵するほどの加速を実現する。一気に接近する甲斐。彼女だけでなく、未だ健在である自動砲台も、次なるレーザー照射のために動いていた。
ここからが正念場だ。しかしロニーは、自身の能力と、御剣の戦いを通して垣間見た甲斐の能力、自動砲台の機動力から冷静に鑑みて、まだ勝機はあると踏んだ。先ほど御剣がやったように、高速移動によるかく乱戦法を取れば、チャンスはやってくるだろう。
そう思った、次の瞬間だった。両腕と共に左右に大きく広げられたライディーン・ザンバーの刀身後部から、何かが飛び出した。ロニーの推測は、打ち破られることとなる。
自動砲台だ。今起動している六基と同型のものがさらに四基射出され、ロニーの方へと迫ってきた。これには彼女も、叫ぶしかない。
「あぁークソ! おまけつきとかやめてよぉ!」
が、喚いたところで迫る甲斐が動きを止めることも、自動砲台の群れが突如停止して地面に落下するようなこともない。彼女が右腕ごと振り抜いた袈裟斬りの一撃を、大剣で受け止める。が、その時にはすでに、左腕による振り下ろしと、後方に回り込んだ自動砲台二基によるレーザー照射が続いていた。レーザーはロニーを直接狙うのではなく、そのやや右側へと逸れて撃たれていた。そうすることで、振り下ろしを回避するコースを殺す。
こうなれば、迫る雷光の鋸を受ける以外になかった。大剣の刃を封じられた、素手の身体でだ。
だが、こんなことでうろたえるような、ましてや真っ二つに両断されて死に絶えるようなロニーではなかった。
「しゃらくさいッ!!」
今まさに頭頂部に触れようとしたライディーン・ザンバーの側面、刃がついていない面に強烈な裏拳を当てた。そのまま、高速回転する刃が弾かれ、斬撃の軌道が逸れる。ロニーの右を掠めていくだけだった。
今度は、向こうが丸腰になる番だ。右の刃は大剣により抑えられ、左も今しがた振りぬいたところ。そして、その頭はがら空きになっている。首から下は機械による強靭な肉体であろうが、頭部の方は生身であることは分かっている。別に硬いわけでもない。
ロニーは、頭を大きく後ろへと引いた。鋼だろうがオリハルコンだろうが粉砕する、ヘッドバッドだ。これで頭を粉々に潰す。補助脳なるものがあろうと、元の脳が完全に破壊され、眼球も消し飛んだとなれば、さすがに多少なりとも動きを制限することができるだろう。
が、甲斐はまだ攻撃手段を失ってはいなかった。隠されている武器があったのだ。
「アイズ・バーナー」
先ほど装着した義眼から、収束された熱が弾丸となって照射される。いつぞやファミレスの前での暗殺に使用した武器だ。その時は命中する寸前に察知されたのと、威力不足によって失敗に終わったが、この至近距離でならば、ある程度の威力は確保できる。上手く命中すればどちらか片方の眼球を潰せるか、頭蓋骨を貫通して脳を少しだけ焼ける。
が、捕らぬ狸の皮算用というものはしない。甲斐は、天文学的な量の超小型ICチップを満載した、おそらく人類史上最高の人工知能にインプットされた、他人の思考を判断するプログラムから、ロニーがあの時の暗殺者がこちらであることを知っている、と判断した。となれば。
ロニーは頭を引いたまま身をよじり、紙一重のところでアイズ・バーナーの一撃をかわした。この兵器の、威力不足に次ぐもうひとつの欠点は、連射が効かないことにある。今度こそ、甲斐は丸腰になってしまった。
「フフンっ。知ってたよ間抜けめ」
改めて、ヘッドバッドを食らわせようとするロニー。だが、彼女とて迂闊な人間――もとい、《因子人》ではなかった。丸腰なのは、甲斐“本体”だけだ。まだ、自動砲台が残っている。一瞬のその思考が、首の皮をつなげる結果となった。
頭を引いたまま、仰向けに倒れこむようにして上体全体を下に下げる。同時に、両足で思いっきり地面を蹴り、後ろに飛び退いた。身体を地面と平行に向け、超低空で滑空する。
直後、上方から垂直に照射されたレーザーが、先ほど彼女が立っていた地面を焼いた。それだけでなく、右斜め後ろ、左斜め後ろから十字砲火された真紅の光線が、ロニーのすぐ眼前を通り過ぎていった。
回避行動をとっていなければ、完全にやられていた。何とか攻撃を回避できたロニーは、両手を地面につき、そのまま身体を回転させて着地した。この動作によって、甲斐との距離が一気に開く。しかし、だからどうだということではなかった。
振り下ろしと同時の二発、そして今の三発。まだ五発の自動砲台が攻撃していなかった。その五基が、回避されたことなどお構いなしに、続けて連続攻撃を浴びせてくる。
今度は、偏差射撃と一斉射を織り交ぜた、不規則な砲撃だった。六基ほどの砲台は、こちらを狙うことすらなく、周囲をめちゃくちゃに撃ちまくっているだけだった。こちらに当てようとしているのは残りの四基だ。だが、それが脅威的だった。
周囲を規則性もなく乱雑に撃つことで、ロニーの回避行動を減殺していた。下手に分身するために高速移動しようとすれば、偶然どこかのレーザー照射にぶつかってしまうかもしれない。下手すれば、切れるほどに張り詰めたピアノ線に全力で腕を振った時どうなるのかを、証明する形になってしまう。まったく規則性がないため、照射のパターンを縫ってかわすことも難しい。
そうなれば、自ずと動き回れる範囲というのは削られてくる。その狭い範囲で、四基の自動砲台が次々に放つ偏差射撃をかわさなければならない。
レーザーによる包囲網だ。だが、この網にも穴はあった。
真正面。だが、そこが空いているのはある意味当然だった。そこから、甲斐本体が接近してくるのだから。
再び、彼女が迫り来る。
――伊達に《先導会》の《因子人》じゃないか……実力は認めざるを得ない。悔しいし、ムカつくけど!――
いよいよ、勝てるかどうか怪しくなってきた。
そんな時だった。
突然甲斐が、何かがぶつかったかのように、ロニーから見て左の方向へと吹き飛んでいった。彼女がいた位置に、とって変わるようにひとつの影が見えた。
拳を振りぬいた姿勢で留まる、偉丈夫。端正な横顔。ロニーもよく知る優男――と呼ぶには些か暴力的かつ狂気的に実直な男だ。
そんな彼が、ちらりとこちらに振り向きながら、穏やかに言った。
「間に合ったか……その姿はロニー・ロング。久しぶりの共闘だ、一緒にあの《因子人》をやってしまおう」
「ナイスもナイス、超ナイスタイミングぅ、柳沢くん!」




