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Session.2 Easy Play Part.2



「……」

 予想外の態度に拍子抜けしたが、どうせこれから半殺しにするのだ。夏目は彼の希望を飲んだ。

「聞いてやるよ、言え」

「そのぉ~、なんで先輩方は、《因子(ファクト)》を持ってない人をいじめようとなさってたんです? 何か理由があるんですか?」


 夏目は数秒ほど黙りこんでから、滑稽そうに肩を揺らしながら喉を鳴らした。

「クックッフフフ、ケヘッヘッヘ……なぁんだそういうことかぁ。そうそう、ちゃんとした理由があるんだよ」

「……」

「学生生活でのちょっとした息抜きさぁ。俺達《保有者(ホルダー)》は、社会で役に立つために毎日毎日勉強に勤しんでるんだよ。そうすりゃ当然、疲れもするしストレスも溜まる。俺達はねェ、そういう奴の発散の仕方も、一般人とは違うんだよ。非保有者共で遊ばないとスッキリしないのさぁ。なぁ、そういう精神衛生上の息抜きってのは必要だろ? ストレスを溜め込むと身体に悪い、適度にリフレッシュをしなくっちゃあ、いつか参っちまう……お前だってそうだろ。俺の言ってること分かるだろう?」

 不出来な後輩に勉強を教えるようなもったいぶった口調で語る。

 彼の持論を聞いた御剣は、感心したように腕を組んで目を閉じ、数回頷いた。《保有者》四人に囲まれているというこの状況では、それはあまりに不釣り合いな所作だった。

 さながら、戦場の真っ只中で地面に寝そべって本でも読んでるような歪さだった。


「ふぅ~ん、ふんふんふぅん……なるほどねぇ、なるほど」

「……」


 泣いて命乞いするかと思えばそうせず、強張った顔で苦笑いしていたかと思えば、不意にケロッとした態度を取る。夏目には、御剣が何を考えているのか分からなくなってきた。

 気味の悪い奴だ。自分が絶対に無事で済まないことが分かって、頭がおかしくなったのか?

 あるいは……


 バツが悪そうに下唇を噛んだ彼の前で、御剣が閉じていた眼を開いた。

「先輩、ひとつ感想言っていいっスか」

「なに?」


 次の瞬間、彼は夏目に向かって人差し指を突き出し、声を張り上げて高らかに言った。

「あんたらはあれだな。生ゴミっスねぇー! この世の物体が到底出せないような異臭を放ってあまりに臭いもんだから、蝿もタカらない、蛆虫も湧かないよーな存在価値のまったく無い、癌細胞以下、最底辺の汚物! 滅菌消毒されて地中500mぐらいのところに埋蔵処分された方がこの世のためっスよ。なんなら今から業者呼びましょうか? 時給五千円でバイト募集すれば、この学校の生徒でも引き受けてくれるかもなぁ~。いやぁ? 一万積まれても俺ならやらねぇなぁ~!」


 場の空気が、突然の氷河期の到来に固まった。口を半開きにして呆然とする《保有者》達の視線を一身に受けながら、御剣は満面の笑みを浮かべていた。

「いっひひひひひっ」


 その、神経を逆撫でするような笑声が沈黙を破り、《保有者》達の身体の奥底から、氷河期(アイスエイジ)を終焉させるマグマの激流のような感情を湧き上がらせた。

 夏目は、顎で御剣の方を差すと、取り巻きの三人に命じた。

「お前らやれ。骨の二、三本でも折れば、ああいう戯言も言えなくなるだろ。問題は後で俺がもみ消しといてやる……」


「生ゴミはお前の方だろうが……オラァァーッ!!」

 夏目の命を受けて、三人の《保有者》が一斉に飛びかかってきた。各々握りしめた得物を振りかざす。


 先程までは、次の日に痛みをこらえて学校に来れる程度に傷めつけてやれば充分だと考えていたが、御剣の煽るような言葉で、そんなセーフティはダンプカーを止めようとする木組みの柵よりも容易く崩壊した。

 最早後のことなど考えない。傷害沙汰になっても、最低限《保有者》としての力をセーブしておけば問題ない。“並の人間が相手を殺すつもりで喧嘩すればこうなるぐらいの怪我”で済ませておけば、後々いくらでももみ消すことができるという根拠のない自信が、彼らの凶行を後押ししていた。


 瞬き一度の間を置いて、振り下ろされた鉄パイプが後頭部にめり込み、金属バットが脛骨にヒビをはしらせ、バタフライナイフが脇腹に突き刺さ


――らなかった。


 全ては一瞬の出来事だった。

 “鉄パイプ”の男の身体が縦に、“金属バット”が横に一回転してから地面に倒れ、“バタフライナイフ”は顎を盛大にタイルの上に叩きつけられていた。

 気がついた時には、彼らはまったく同時に冷えた屋上の床の上に寝かされていた。

 自分の身に何が起こったのか考えるよりも前に、それぞれ、鼻先や片足のすね、頭頂部にじわりと熱を感じ、それが段々と鋭い痛みに変貌していくのに気づいた。

 しかし、その激痛の正体を考える時間は、与えられなかった。


 今度は突如、“鉄パイプ”の身体が投げ捨てられた空き缶のように、きりもみしながら地面と垂直に舞い上がった。


「オ……ッ!?」

 悲鳴なのかも分からない“鉄パイプ”の声が響く中で、よろよろと上半身を起き上がらせた他二人の腰巾着は、ぼやける視界の中で“それ”を見た。


 右足のつま先をほんの僅かに上げている御剣の姿――さながら、道端に落ちていた空き缶を蹴ったような……

その頭上から、ズタ袋のように回転しながら“鉄パイプ”が落ちてくる。

 刹那、握りしめられた右拳がその顔面にめり込み、地面に向かってまっすぐに突き落とされる。

 “鉄パイプ”の頭が叩きつけられた。


「プヂ……ッ」

 何かが潰れたような音が、“鉄パイプ”の口から発せられた声であるとは、他の二人には分からない。夏目だけは分かっていたようだが。

 顔面にめり込んだ状態のまま数秒静止していた拳が、ゆっくりと引き上げられる。そこには、赤い液体がよだれに混じって糸を引いていた。

 “鉄パイプ”はそのまま昏倒した。その鼻は、先程よりも2cmほど“低く”なっていた。


 そこまで垣間見てからようやく、“金属バット”と“バタフライナイフ”は、何か異常な事態が発生しているのだと判断できた。が、先程倒れた衝撃で混濁し始めた思考がその先に行き着くことは、なかった。


 次にその異常な事態に呑み込まれたのは、“金属バット”だ。

 両膝を立てて座っていた彼は、突如頭を何かで強かに殴打され、地面を舐めさせられていた。御剣が、“鉄パイプ”から奪い取った得物を振り下ろしていた。


「イッ! グェ……ヒィッ!?」

 鈍痛と混乱に歪む顔を上げる“金属バット”。その眼に見えた、目前まで迫り来る鉄パイプの先端。それが、彼が次に目覚めるまでの間、最後に見た光景だった。

 食いしばった歯にクリーンヒットした鉄パイプが、前歯を二本ほどへし折り、そのまま身体を約6m先に吹き飛ばした。

 彼も“鉄パイプ”の後を追うように、気絶する。


 血がへばりついた鉄パイプを肩で担ぎ、片手を目元にかざして“金属バット”の姿を眺める御剣が、小さな声で呟いた。

「ナイスショットォ~。フゥー♪」


 そんな姿を対岸の火事のように眺める“バタフライナイフ”だったが、次にやられるのは自分だということに気が付いた時には、もう何もかも遅かった。

 “金属バット”同様力なく座り込んでいた彼は、ゴキリッ、という鈍い音が骨を伝って体内で響くのを聞いた。 下顎が外れた音だ。御剣が掴み、外したのだ。

 動きがまったく見えなかった。彼の姿を視界に捉えた時には、すでに“バタフライ”は鈍い痛みに苛まれていた。


「ゴェッ……ア、アゴッ。顎ォ!?」

 垂れ下がってぷらぷらと揺れる自分の顎を押さえ、悲鳴を上げる。その様を見下ろしながら、御剣が言う。

 その声は、数秒前の彼とは明らかに違うものだった。

「立てよ」

 逆らえば、頭蓋骨を粉砕されて脳髄を垂れ流しながら死ぬかもしれない。

 そう思わせるだけの威圧感を持った――故あれば人殺しだって平然とやりそうな声と、眼だった。


 “バタフライ”は、言われるがままにふらふらと立ち上がった。顎が外された時に一緒に揺さぶられた脳髄は、正常な判断力をほとんど失っていた。網膜に焼き付いた御剣の薄ら笑いを脳が認識すると同時に、彼は無心の内に行動を取った。


「オゴッ……オォォーッ!」

 顎が外れていようがいなかろうが、腹の底から空気を吐ける以上叫び声をあげることはできる。己の得物を御剣に向かって突きつけた。

 しかし、その刃先が彼の頬に刺さる前に、突き出された腕は、分厚いゴムで出来た風船がほんの数mmの太さの針に刺されて破裂するような音を立てて、明後日の方へ向いた。“バタフライ”には、御剣が腕を弾いたとはすぐには認識できなかった。微動だにしていないように見えたからだ。

 遠くの方で、薄い金属が地面に落ちるかすかな音が聞こえた。


「オェ……?」

 “バタフライ”が、弾かれた自分の腕の方に眼を向ける。

 指が、親指を除いてそれぞれ訳の分からない方向に折れ曲がっていた。中には、明らかにまともではない折れ方をしているものもある。

 電流のような何かと共に、焼かれるような激痛が神経を駆け巡り、再び悲鳴を挙げた。瞬く間に気絶した他の二人と違い、それは“まともな悲鳴”だった。

「オッ! オゴオァァッ!?」


 が、その悲鳴も、結局は一秒か二秒かという間だけのものだった。

 御剣が放った後ろ回し蹴りがこめかみを打ち、“バタフライ”はマーチングバンドが振るタクトのようにきれいに半回転し、そのままタイルに頭を叩きつけられた。硬質なタイルが砕け、コンクリートの中へと数mmめり込む。

 これで、昏倒しないわけがなかった。三人目の腰巾着も、白目を向いてモノ言わぬ身となった。


 先の猛った叫びなどただの幻だったかのように、屋上は静寂に包まれていた。

 だが、まだ後一人《保有者》は残っている。倒れた“バタフライ”を見下ろすのも早々にやめ、御剣は声を張り上げながら、ゆっくりと夏目の方へ向いた。

「おぉーい先輩よォーー!」

 眼を見開き、口を真一文字に噤んでいる彼に向かって、演説でもしているような調子で語りはじめる。

「《保有者》は日常生活でむやみやたらに《因子》の力を使っちゃいけない。ましてや、非保有者(アン・ホルダー)を傷つけた日にゃ、重罪になる……って法律は知ってますよねぇ~?」


 夏目は応えない。ただ、見開いた眼をきつく閉じ、眉間に皺を寄せるだけだ。


「それにはちゃあんと、“例外”ってのがあるんですよ。身を守るためとか、正当な理由がある時。それと、《保有者》同士である場合……分かりますかねぇ、先輩。リンチしようとするのは結構ですけど、相手はちゃんと選ばないとさァ」


 数秒沈黙していた夏目は、やがて引き絞った顔の筋肉を緩めると、ぎこちなく唇を引きつらせた。

「……多分そうだろうとは思ってたんだよ。御剣 誠一、お前やっぱり……!」

「そうだよ、俺も《保有者》さ」

「クックフフフ……」

 御剣の返事を聞き、夏目は喉を鳴らした。

 彼が《保有者》であることは薄々感づいていた。昨日の騒動で、彼は夏目が放った拳を完全に見切っていた。その上でわざとコケて見せたのだろう。《Bランク騎士型(ナイトタイプ)》の《保有者》ともなれば、動体視力も判断力も人間離れしたものになる。ほんの一瞬の出来事だろうと確信できた。

 そして、三人の腰巾着――いずれも《Cランク騎士型》だ――を一瞬で返り討ちにしたその力……おそらく、御剣は自分と同じ《Bランク》以上の《保有者》で間違いない。


 腰巾着共がやられた以上、こうなったら自分が相手をするしかない。

勝てるかどうかという判断以前に、夏目の脳内は、このクソ小生意気な一年をボコボコにして、特別棟の屋上から吊るしてやるという一念だけに支配されていた。

 いや、それだけでもない……後もうひとつ、ある疑問も浮かび上がっていた。


「クックフフ……ヘッヘッヘッへ」

 またしても下卑た笑いを数回漏らしてから、彼は御剣に問うた。

「《保有者》だってのに、なんでお前襟章つけてないんだ? 《保有者》は一般生徒と区別して管理されるために、必ず襟章をつけるって決まってんだよ。お前それ、校則違反じゃねぇのぉ? 《保有者》ってことを隠して一般生徒いじめたりすりゃ、退学はおろか下手すらムショ行きなんだぜ? 入学早々よくやるねぇ~。いいや、そもそも一般生徒としてここに入学してる時点で、お前は《保有者》として扱われてなかったんだ……つまり、自分の身分まで偽って入学してきた。おいおいおいおい、マジで犯罪じゃあ~ん」


 言われてから、御剣は自分の制服の襟を数回撫でて、襟章がないことを確認した。それでも、眼の色ひとつ変えない。『確かにそうだ。が、それが何だ』とでも言いたげだ。


 夏目は、御剣の方から離れるようにゆっくりと歩き始めていた。

 しかし、正しくは離れているのではない。逆に近づいているのだ。御剣が弾き飛ばして地面に落ちたバタフライナイフにだ。


「なんだって身分を隠して一般生徒に混ざろうとしてたんだ? 《保有者》なんだったらもっと堂々としてりゃいいんだよ。ただのタンパク質の塊みたいな無価値な連中と仲良しこよしする必要もなくなる。ストレス発散も簡単だし、生徒会の連中にバレるリスクはあるが、ちょいと応用きかせりゃ金にだって困らねぇ。三年間輝かしい生活を遅れるんだぜ? なんだってそんな生活を捨てようとしたんだ。ん?」

 諭すような口調で続けながら、よどみなくその手はナイフの柄を掴んでいた。同じ《保有者》同士の喧嘩だろうが、要は勝てばいいのだ。勝てば相手を黙らせられる。多少危なっかしいことをしても、いくらでも隠滅できる。

 夏目の仲間は、何もあんなゴミみたいな《Cランク》達だけではない。まだまだいる。そいつらの手を借りれば、どうとでもなるはずだ。


 根拠はない。罪に問われてから後悔するという可能性は考えない。


「なぁ、応えろよ一年坊主……」

 夏目が低い声で尋ねる。御剣が一歩でも動けば、飛びかかって一突き入れるつもりだった。

 しかし御剣は、鋭い視線に射抜かれながらもなお、全く動じる様子がなかった。二回ほど首を鳴らすと、心底面倒くさそうに返事した。

「しょうがない。特別に応えてあげますよ、先輩」


 そのまま静かに息を吸い込み、言葉と共に吐き捨てる。

「あんたらみたいな連中が、クソムカつくからだよ! それが理由だ、分かったか。ゴミじゃねぇ訂正するよ。あんたらはゴミ以下だ、最低最悪のものを表す概念そのものだよ。特別に俺が直々に滅菌消毒してやる……かかってこい」


 その一言がスイッチとなった。夏目は、自分の頭の中で何かがキレる音がはっきりと聞こえた。

「ケッへへ。それ理由になってねぇんだよお前……さァーーッ!」


 《Bランク騎士型》としての脚力を遺憾なく発揮し、地面を蹴る。初速から時速200kmを突破、そのまま御剣の懐に飛び込めば、終わりだ。


 先ほど、“一突き入れる”と書いたが、正しくは、突くのではない。“撫でる”のだ。相手の身体に満遍なく刃を滑らせて、数cmの裂傷を何十と作ってやる。

 《保有者》の皮膚は常人より硬質であるが、同じ《保有者》の力を用いちょっとした加減さえ利かせれば、市販のカッターナイフの刃であろうと食い込ませることはできる。バタフライナイフなら尚更だ。

 陽光を反射しギラリと輝いた鋼色はがねいろの刃が、御剣に迫る。


 ただし、問題があった。そもそもどんな力であろうと、刃が皮膚まで届かなければ何の意味もない。

 突如鼻先が壁にぶつかったような衝撃を感じ、夏目はその反動で後ろの方へ吹き飛ばされた。

 壁(なのかは知らないが)にぶつかった瞬間、小さな木材がねじ切れらたような音も鳴ったような気がする。


「うっ! く……っ?」

 尻餅をついた夏目は咄嗟に、じわりと熱くなる鼻を左手で押さえた。

 数秒してその手を離す。


 手のひらが、真っ赤に染まっていた。

 血だ。大量の鼻血が流れていた。


「なっ、なんだこれっ!?」

 いくら200km/h近くの速度で何かにぶつかったとして、その分身体も頑丈なのだ。鼻血など出るはずもない。出たとしても僅かな量だ。こんな、『手形でも作んのか?』という程の量が出るわけがない。

 いや、そもそも何にぶつかるというのだ? こちらと御剣との間には壁など一枚も存在しない。

 脳細胞がミキサーでかき混ぜられるような怒涛の錯乱が襲う中で、《Bランク保有者》は御剣の方を見た。


 今しがた何かを叩いた後のように、彼は右手をぶらぶらと振っていた。


――まさか……っ!?――

 座り込んだ夏目を見下しながら、彼は悠然と口を開く。その眼は、淀み濁っていた。路傍で死にかけている虫を見ながら、一思いに楽にしてやろうと踏み潰す寸前のような眼だった。


「さっき言っただろぉーが。たかだが《Bランク》ごときのクソみてぇな先輩よぉ~……“喧嘩する相手を選べ”って」

 間違いない。夏目は殴られたのだ、御剣に。ただその拳があまりに速かったためにまったく見切ることができなかった。だから何もない場所で壁にぶつかったように錯覚したということだ。

 《Bランク》の動体視力をもってしても見切ることのできない拳と、その口ぶり。

 夏目の脳裏ではある結論が導き出され、同時に彼の肉体を構成する全ての細胞が、恐怖のために震えた。

「まさかお前……」


「そおーだよ!!俺ァ《Aランク》さ! ハァッハッハッハッハッ!!」

 これが、彼の本来の性格ということだろうが。

 御剣は豹変した。

 狂気すらも感じられるような甲高い笑い声が、屋上に響き渡った。



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