Session.14 Death Machine Part.2
掌底蒸散砲。
指向性を持った熱量兵器である次元砲に改良を加え、人間の腕部に偽装したまま威力を維持することに成功し、さらには攻撃範囲まで拡張した、甲斐本人曰く傑作である。
この兵装は、さらに形態を変化させることによりディメンジョンバスターを超える速度での連射が可能になる。威力は半減どころか十割は減るが、着弾範囲はそのままに、三倍近い秒間発射数を手に入れた。着弾点をピンポイントに指定し、そこだけに熱量を集中させることはできなくなったが。
つまり、周囲の空気を焼きながら直進する砲撃は、空気中の水蒸気を蒸発させ煙の渦を描く。弾道が見えるのだ。
ちょこまかと逃げられないよう、御剣の周囲10mにわたって幅広く照射された絨毯爆撃であるが、だからこそ逆に御しやすいとも言えた。
回避するという選択肢がなくなった以上、命中すると思われる砲撃だけを大剣で受け止める、という対処に神経を集中させることになってしまった。
両足を地面に踏ん張ったまま一歩足りとも動かさず、大剣の刃を超高速で振り回し、自らに迫る熱量の塊を弾く御剣。
だが、それ以外の砲撃。あえて御剣から射線の逸れたものは、地面に直撃し、コンクリートを溶解させ、真っ赤な飛沫を飛び散らせた。高々と舞い上がった血のような赤い液体が、一気に地面へと落ちていく。
突如降り注いだ紅蓮の雨に、中庭が騒然となる。先ほどまで興味深そうに一部始終を眺めていたギャラリー達は、素早さは脱兎のごとく、慌ただしさは蜘蛛の子のごとく散っていった。
が、散っていく巣が狭いのだ。一斉に人々が逃げ出すことで、生徒同士が押し合い圧し合い、人混みの中で逃げ遅れるような者達も現れた。
御剣が叫ぶよりも前に立ち上がり逃げ出したあやめは、運良くその喧騒からやや離れ、先んじてこの場を離れることができていた。だが、逆に行動が遅れていた数人の生徒が、降ってきた灼熱の泥に当たり、制服を溶かされ身を焼かれた。
狂ったように周囲の人々を押しのけながら数m走り、滑りこむように倒れんだと思うと、スリッパで叩かれてひっくりかえったゴキブリさながらに身悶えするその姿に、心臓が止まりそうになった。
とんでもないことが……とても恐ろしい、あってはならない事態が起こっている。
それがはっきりと分かった。
絶叫するしかなかった。
「御剣くん! なんとかしてよぉーーーーっ!!」
その声が聞こえたのかどうか、地面を転げまわり、やがて熱さと激痛のため気絶したのか、あるいは死んだのか分からないが動かなくなった生徒達の姿が見えたのか、そして、なおも砲撃を続けコンクリートを焼き、彼らのすぐ足元にまでマグマを飛び散らせる甲斐に対する怒りのためか。
「そこで待ってろよォてめぇぇええコラァァァーーーーッ!!」
雄叫びを上げながら、御剣は地面を蹴って跳び上がった。このままではいたずらに被害が増えるだけだ。いち早くあの女を叩き斬って黙らせなければならない。そのまま空中に不可視の足場を作り、それを蹴りながら、天空へ昇る階段を駆け上がっていく。なおも砲撃は続くが、振り回した大剣がその全てを受け流す。
瞬く間に、彼と甲斐は肉迫した。
「自分がぁ、何やってんのか、分かって、んのかァオラァァァッ!!」
彼女の胸元目掛けて、大剣を突き立てんとする。
だが、彼女がこのまま大人しくこちらの接近を許すわけがないというのも分かっていた。
「フン」
あざ笑うような声と共に、眼前に突きつけられるフリーハンドイレイザーの砲口。
御剣とて、死にたくはない。特に、馬鹿みたいに突っ込んで何もできるに死ぬのだけは御免だ。咄嗟に大剣で身を守りつつ後ろに退く。
同時に、より細く収束させた線状のレーザーが横薙ぎに撃ち放たれた。中庭を端から端まで薙ぎ払うような一撃だ。
「クソッ!!」御剣は思わず呻く。これでは、逃げ惑っている生徒達に被害が出る。
日々の清掃が行き届いているのであろう、清潔さを保っていた地面が高熱で焼かれ、再び真っ赤な飛沫が上がる。
はずだった。
だが、レーザーは途中で鏡にでも当たったかのようにくの字に折れ曲がり、遥か空の向こうへと伸びていった。一瞬足りとも、地面にも、生徒達にも命中していなかった。
何故か。
それは、あやめには分かった。彼女の背後に見知った顔があったからだ。彼は、楕円形の空間の歪みの中から身体を半分出し、上空に佇む甲斐の姿を睨み、次に地面に倒れた数人の生徒を見て、吐き捨てるように言った。
「間に……会わなかったか……っ」
生徒会副会長の佐原だ。事態を察知した月詠によって呼び出され、世良の《因子》によりここまで駆けつけたのだ。甲斐が最初の砲撃をしてから一分経つかどうかというタイミングでの到着。かなり迅速な行動である。が、それでも間に合わなかったのだ。
彼の到着を察した甲斐が、呟く。
「厄介なのが来た。首尾が悪イワ。いざ自分でヤッテみるトこうなるモノか……」
今度こそ一般棟の屋上へと向かうつもりなのだろうか。推進器を吹かせ、依然砲撃を続けつつ移動する。
「逃すかァッ!!」
こちらも砲撃を弾きつつ、御剣がそれを追う。隼のような速さで、二人は中庭から離れていった。
その間、中庭へと向かって降り注いだフリーハンドイレイザーの砲撃は、先ほどのように折れ曲がって軌跡を変えていく。
佐原がそうしているのだ。彼はもてる力のほぼ全てを振り絞り、中庭全体に“バリア”を張った。それが甲斐からの砲撃を防いでいたのだ。
彼女達がこの場を去っていくまでの間、何とかやり過ごすことに成功する。
御剣と甲斐の高度がほぼ同じになったことで、射角も上がったのだろう。もう地面に着弾するようなことはなさそうだ。
二人が去っていった後は、不気味なまでの静けさが中庭を包んでいた。すでに多くの生徒はここから離れ、校舎なり、校門の外へなりと逃げているのだろう。その喧騒が遠くの方で響いていた。
抜け殻のようにその場で立ち尽くすしかなかったあやめは、世良のワープホールから抜け出すと同時に、膝をついてしゃがみ込む佐原に気づいた。
「ふ、副会長さん……」
相当消耗している様子だ。
《因子》のことはあやめにはよく分からないが、《魔導型保有者》がその力を発動するのも“タダ”ではないのだろう。それなりに体力を消耗するはずだ。そして、あれほどの威力の攻撃から中庭全体を守る。それがどれほど酷なことなのかは想像できなくはなかった。
だが、それでも彼にはまだやることがあった。
佐原は、説明の必要もないのに、わざわざ語り始めた。
自分のやるべきことを口に出すことで、気力だけでも保とうというのだろうか。
「……《魔導型》は熱も自在に生み出すことができる。それなら……奪うことだって……あのドロドロのマグマを冷やして、生徒達の身体も冷やす。高温にさらされた身体は一気に組織を変性させ、やがて死に至らしめる。今なら……まだ助けられるかもしれん!」
そういって、震える足で強引に駆け出そうとする。
しかし、相当に堪えているのだろう。そのまま足がもつれ、つんのめって倒れそうになった。それを、世良が咄嗟に支える。
「佐原さん……!」
「す、すまん。そら、元のコンクリに戻してやる、まずは自分らが歩けるぐらいには冷えてくれ!」
彼に肩を貸してもらい、小走りで駆けながら、赤熱したコンクリートに塗れた地面へと手をかざす佐原。
熱とは分子の動きだ。動きが速くなればそれだけ熱は上がる。熱を自在に操るということは、その分子の動きを制御するということだ。速くもできれば遅くもできる。地面は急激に冷却され、元のコンクリートに戻っていく。
それと共に、地面に倒れていた生徒達の身体も冷やされ、沸騰しそうなまでに高温になっていた肉体が、人肌並にまで下がる。それでも、焼け焦げた制服の向こうから覗く、炭化した皮膚は痛ましかった。思っていたよりも降りかかったマグマの量は少なく、致死量ではない――火傷にも当然致死量はある――。顔にかかっているということもほとんどないのが幸運とも言えたが、そんな問題ではない。
世良が、一緒にやってきた月詠に呼びかける。
「救急隊呼べ」
言うまでもなく、すでに月詠は携帯で連絡し始めていた。
が、それを佐原が制する。
「頭を柔軟に働かせいよ。世良、お前さんがいるだろ」
「……そうか。俺のワープホールを直接、芦原病院に繋げて搬送する。連絡するなら病院側ですね。月詠、頼む」
「ん!」
彼らの様子を、ただ呆然と眺めているしかなかったあやめ。だが、やや遅れて耳朶を打ったその声には、さすがに我に帰るしかなかった。
「あやめー!」
聞き間違えるはずもない声。立花だ。
声のした方に振り向いたあやめの眼に、こちらに駆け寄ってくる立花と楠の姿が見えた。どうやら先の騒動に巻き込まれていたらしい、その顔は、いつも落ち着き払い、また朗らかな彼女達にしてはひどく焦燥していた。
あやめの前で立ち止まるなり、立花が言う。
「あやめ、なんで逃げないのさ……とにかくまぁ、無事でよかったけど。これ……どうなってんの」
「うぅ……」
まさしく焦土、と言っても過言ではない中庭の中で倒れる生徒達の姿を見て、楠が息を呑む。どうやら、逃げている最中に、あやめが呑気に立ち止まっているのに気づいて、一旦安全な場所まで避難したところでたまらず戻ってきたのだろう。
あやめに説明できるわけがないと知りつつ、どうしても事態の説明を求めた立花。そんな彼女に、あやめは自分に分かるだけのことをすべて話した。
「御剣くんの前に、また、敵が現れたの。そいつが急に、よく分からない攻撃をして、こんなことに……」
「また御剣君……」
立花が吐き捨てるように言う。
彼女の考えていることは分かった。
入学してからというもの、御剣はトラブルを呼び込んでばかりだ、そして今回のこの始末。もしかしたら死人すらでるかもしれない。その原因は、間接的にとはいえ御剣にある。
これでは彼は完全無欠な疫病神、それを通り越して死神ではないか。
それももっともだ。そう考えるのも仕方がない。
だが、それだけで片付けたくなかった。あやめは立花のその考えに反論した。
「分かってるよ。でも、御剣くんが悪いわけじゃない。悪いのは全部あの甲斐とかいう女の人なんだよ、御剣くんは何もしてない。それなのに、彼のことを悪く言うのは……それはさ……」
図星をつかれてギクリとしつつ、立花もすぐにこう返した。
「当然、それも分かってる。間接的な不幸まで恨まれるようになれば、私だって今頃親からすら呪い殺されてるよ。御剣君は悪くない」
自分も下手すれば死にかけていたかもしれないというのに、彼女のその言葉は本心から御剣に対する情に満ち溢れえいた。感情を義理で制御できる人間なのだ、彼女は。
続けて立花は、こうとも言った。
「そんで、あやめの考えてることも分かるよ。これからどうする? 御剣君を助けたいんでしょ」
「あなたと御剣君は、やっぱりお似合いだねぇ。私達にできることなら、手伝うよ」
今はもう、自分と彼の間柄について否定する余裕すらなかった。
そう、自分は戦う御剣を直接助けることができない。己の不甲斐なさのために無関係な生徒を瀕死にさせた罪悪感を和らげようとする彼と、協力して敵を叩きのめすこともできないが、それでも、何もできないわけではない。
自分にも、できることはあるのだ。
そう心の中で呟くのと同時に、頭上を何か黒い物体が通過した。
それは、光を放たない炎のごとく全身を包む黒衣をはためかせながら、御剣の後を追って上空へと昇っていった。速度は彼らに遠く及ばないが。
風圧もなく頭の上を通り過ぎていった瞬間、こちらを見下ろすその顔があやめには見えた。
阿頼耶が御剣の援護に向かったのだ。どうやら彼女もあの場にいたらしい。肉体を分解して灼熱の雨をやり過ごしつつ、事態が収まったと同時に行動を開始したのだ。
これだ。
自分は戦えずとも、戦える者達が他にいる。
もしかしたら事態を知らない彼らに、まず伝えるのだ。御剣の危機を。
それが、あやめに唯一できることだった。
「ちよちゃん、柳沢くんの電話番号知ってるよねっ?」
「ん。こういう時のためにアドレスは把握しとかなきゃって話だったんだ。知らなきゃ問題だよ」
そう応えつつ、あやめの意図はすでに立花に伝わっていた。懐から携帯を取り出しつつ、すぐさま柳沢に連絡を入れる。
「私は星原さんに連絡するから!」
と言って、あやめも同じように携帯から星原の番号にかけた。
二回ほどのコール音の後に、彼女の声が聞こえてきた。
(御剣くんの愛人さん! 正妻のわたくしになんかご用でありますぅ~? おほほほほほっ)
「冗談言ってる場合じゃないの! その御剣くんが危ないのよ。また新しい《保有者》に襲われたの!」
(なにぃまたぁー? まぁ、別にあの人ひとりでどうにかなるんじゃないの?)
「そうもいかないよ! 今、なんかよく分からない攻撃されて、中庭が火の海になったの! コンクリがマグマみたいにドロドロになって、生徒が大勢、すごい火傷を負ってる。今回の敵は普通じゃないよ!」
(……え、なにそれ? 《魔導型》が加減すら知らずに暴れたのか? そいつ頭“わいて”るんじゃないのぉ?)
「そうよ、わいてるんだよ! 御剣くんだって今回は危ない。多分、一般棟の屋上に向かったと思うから、助けてあげて!」
(……あぁいや、でもさぁ、わたしって《保有者》としては下の下ってレベルよ? 身体も頑丈じゃないしバリアも張れないし、せいぜいできることと言えぁ、釘をピュンピュン飛ばすこと。十八番なんて自分の世界に逃げるだけだよ~……それに対して相手はなに? コンクリドロドロにする? いや無理無理無理無理、そんな奴の攻撃食らったらわたしなんて千の風になってあの大きな空を吹き渡っていましちゃうよぉ、無理無理無理ィ~ん)
予想外というか予想通りというか、可愛い以外は正直人間としてダメな星原の言葉に、さすがにあやめもキレた。
「何言ってんのこの薄情者ォーーッ!! あんたなんか御剣くんが許してくれなきゃ、あの後ボコボコにされて柳沢くんと友野くんと常岡くんの四人がかりで“マワ”された挙句路傍に捨てられてたくせに! さっさと行きなさいよ!!」
(何その超下品な発想!!? な、なんかあんたちょっと御剣くんに似てきたんじゃない?)
「やかましィーーッ!! 行けったら行けーーー!!」
(あいあいさーっ!! ま、Darlingのピンチとあっちゃあ、黙りこくってるわけにもいかんと思ってたしねぇー。行ってくるよぉーー!)
ようやく彼女をやる気にさせたところで、あやめは携帯を切った。
「どうだった?」
すでに柳沢に事情を伝え終わっていた立花が聞いてくる。
おそらく、彼もすぐに向かったことだろう。柳沢なら、かなり早い内に御剣の援護に駆けつけてくれるはずだ。
「こっちもなんとか大丈夫だったよ、今向かってると思う」
これで、協力してくれる《保有者》は全員御剣の下へ向かった。できれば佐原達にも参戦してもらいたいが、彼らは生徒達の応急処置のために忙しい。そこまで望むのさすがに酷だ。
とにかく、これでひとまず今自分達にできることは終わった。佐原達の手伝いをしようにも、下手なことをすれば逆に迷惑になる。あえて何もしない方がよかった。
なら、この先はどうする。
あやめには、ある衝動があった。そして、立花達もなんだかんだと言って伊達に彼女の友人はやっていない。その衝動に気づいていた。
だがそれは、あまりにも危険なことだ。
彼女が己の考えを述べる前に、立花が言う。
「……御剣君のところへ行く、っていうつもりかもしれないけど、やめた方がいい、危険過ぎるよ」
「……」
先ほどの読心のお返しとばかりに図星を突かれ、あやめは黙りこむ。
「そりゃ、私も花緒も彼が心配だとは思う。だからって、貴方ひとりが《保有者》同士の戦いに割り込んでいったって、どうしようもない。生命を危険に晒しちゃうだけよ。そんなことになって死んだりしたらどうする? 貴方のお墓の前で、御剣君どんな顔するんだろうね」
言っていることは至極正論だ。立花は普段は呑気にしているが、こういう時はいつも冷静な判断ができる友人だった。
確かに言うとおりだ。あやめの中の衝動に根ざしているのは所詮、個人的な欲求、エゴでしかない。それを突き通した結果死んだなんてことになれば、地獄にすら行けないだろう。悪鬼羅刹共に永遠に笑われることになる。
悪鬼羅刹――あの恐ろしい《因子人》共にだ。
それは嫌だ。そんなことで、御剣を絶望させたくもない。
だが、それでもだ。あやめは、自らの心を否定できなかった。したくなかった。
「わ、分かってるよ! でも、なんでか知らないけど、どうしても御剣くんの戦いを見ていたいのよ! そうでないと落ち着かない……納得できないの!」
「納得って……」
楠がなんとも言えない声音で漏らす。
「人間どうせ、自分のやることは自分で決めるものよ! だったら、私は私が思うままに動く。それで死んじゃったら、それはそれで構わない! 今回だけは、わがままを貫き通してやるんだから!」
「あやめ……」
落胆するような立花の声に、申し訳ないとは思いつつも、もう耳を貸すことはやめた。
自身の心を確かめた時、あやめは、何か漠然としたものを理解した気がした。
御剣もきっと、同じ気持ちなのだ。自分の心に従い、わがままに、納得するために戦っている。いつ死ぬともしれない世界で。自分がそうしなければならないと思ったから。
勿論、彼のそのわがままには理由があり、あやめのそれには理由がない、という違いはある。それでも彼女はこの瞬間、御剣の本心――本当の彼の意志を、その欠片だけでも確かめることができた。
彼は、納得し、自らの心に潜めた何か対する決着をつけようとしている。
心配そうにこちらを見つめる二人に、あやめは笑みを向けた。
「多分大丈夫。御剣くんは勝つ。私も守ってくれる。彼も死なないし私も死なない。死ぬのはあの甲斐 雛世だけよ。なんにもなかったみたいにちゃんと戻ってくるから。ふたりは待ってて……友野くん達には、何も言わなくていいから」
それに立花は、頷く他になかった。あやめは周囲に合わせようとする人間だったが、流される人間ではない。時折見せるこの頑なさは、“普通”の人間として生きていくにはある種障害となる天性ではないかと思えたが、そういう風になってしまったのだから仕方がない。これがあやめなのだ。
「……分かった。私達は安全な場所で待ってる、さすがに、貴方についてくことはできないからね。でも、御剣君のことが心配なのは本当なんだよ。それは分かって欲しい」
「言われなくても、分かってるよ」
「無茶はしないでね。危なくなったら逃げればいいんだから」楠が続く。
「ん。それじゃあ……行ってくる」
そう言い残して、あやめは佐原の手で冷却され、歪なコンクリートの荒地と化した中庭を横切って、一般棟の方へと向かっていった。
遠ざかる彼女の背中を眼で追う立花と楠。先ほどまで立ち込めていた熱気も鎮まりつつある中で、呆然と立ち尽くす中、立花がうわ言のように呟いた。
「そもそも、どうして御剣君がこうまで生命を狙われることになるのかが不思議なんだよ」
「……そうだ。そうだよねぇ」
「それに、あやめがあそこまで切羽詰まった顔をする。二人は……ううん、柳沢くんも霧島さんも星原のお嬢さんも、みんな私達に隠し事をしてる。多分、とてつもなく恐ろしいことを」
「……ん、わたしもそう思う。きっとね、わたし達のことを思って隠してるんだろうけど、ちょっと酷いよね」
「ん、薄情だよ。そりゃ、私はさ、あやめほど真剣に御剣君達と付き合っていくのは無理だよ。でもさ、紛いなりにも応援はしたいんだ。それなのに、まず何をやってるのかも教えてくれないなんてのは、ちょっと酷いよ」
「うん、そうだよ」
「……今回のことが終われば、教えてもらおうよ。みんなが何を知ってるのか。何をしようとしてるのか……」
※
あやめや佐原達が慌ただしく動いている中で、すでに御剣と甲斐は屋上の真上まで到着していた。
度重なる“フリーハンドイレイザー”の攻撃をかき消しながら、彼は甲斐に再び肉迫することに成功していた。至近距離にまで近づかれた以上、遠距離攻撃を続けるのはむしろ不利だ。甲斐は右腕を再度変形させ刃の形とし、御剣の振るう大剣と切り結んでいた。
“尺骨刀”。その名通り、前腕部の小指側の骨、尺骨がそのまま付き出したかのような、あるいは刃形のトンファーにも見えなくもない鉄色の無骨な刃だ。どういう原理で、何から作られているのかもしれないが、その強度は十二分だった。具現化した《因子》――人間が知りうる物質ならば何であろうと、ゼリーをためたコンドームよりあっさりと切断できる御剣の大剣と百回以上衝突しても、欠ける気配すらない。
あるいは、例え欠けても瞬時に再生しているのかもしれない。
常人にはその腕の動きの軌跡すら見えない速度で放たれる斬撃の連続を受け止めながら、彼女は薄ら笑いを浮かべて呟いた。
「結局、ここへ来てしまったワね。これでひとまず何モ気にせず戦えるデショウ。貴方にとっては有利な状況、私とシテは迂闊もいいところ……これではアノ男を馬鹿にデキナイな」
その言葉と同時だった。これまで幾度となく敵の斬撃を受け続けていたウルナルブレードが、叩きつけられた大剣の刃によって根本から折れた。遮る者を断ち切った斬撃はそのまま甲斐の首元にまで伸び、左鎖骨を――あるのなら――真っ二つに切断し、そのまま心臓のある位置にまで食い込んだ。
何かが大剣に力を与え、“ウルナルブレード”の強靭さに勝ったのかもしれない。それは怒りか。
「う……」
ここで始めて、御剣は彼女の呻きを聞いた。だが、まだこれで終わりではない。
「もうお前は笑わせねぇ。自分の手で焼いた生徒達に、引きつった顔で詫び続けるんだ……」
甲斐の身体に食い込んだままの大剣の柄から右手を離す。その右手は代わりに、何もない空を潰れるほどに握りしめた。筋肉が巌のごとく膨れ上がり、引き絞られた肘が肩よりも高く上がる。左手は敵の右腕を掴み、右膝を腹部に当て足首を股の間に引っ掛けることで身体を固定しつつ相手の動きを封じる。そのまま、自由落下の体勢に入った。
眼下に見えるのは屋上のタイル。いつぞや夏目 貴靖の腰巾着共を返り討ちにした時割れたタイルは、やっと修理されたようだ。
「地獄でなアアアァァァーーーーッ!!」
甲斐の背中が屋上に衝突すると共に、その顔面に拳を突き落とした。
鋼のような骨が左の眼窩に食い込み、何かを圧し潰す鈍い音が響いた。




