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Session.2 Easy Play Part.1



 入学式から次の日。

 昨日は予想外の事態に直面してしまったが、それでもあやめは無事に新しい友人を作ることができていた。彼女は基本的には人付き合いはいい人間だったので、すぐにでも人と親しくなることができた。


 昼休み、彼女はそんな友人達の中でも特に親密になれそうな女子二人と一緒に、中庭で昼食を取ることにした。


「そういやあやめさんって寮で暮らしてるんだっけ? お弁当もひとりで作ってるの?」

「ん? うん、そうなの」

「へぇ~すごいね。どんなのか見せてよ」

「見せてよって、そんなすごいもんじゃあ……あははは~」

 という具合に取り留めのない会話をしながら、三人で、噴水を望めるベンチに腰掛けた。


 ちょうどその時、遠くの方で見知った人影が歩いているのが見えた。

 例の、御剣 誠一だ。


 昨日は《保有者(ホルダー)》相手に食ってかかっていたが、大丈夫なのだろうか。何か変な事態に発展していなければいいが……

 そんなことを考えながら、あやめはしばらく彼の姿をぼんやりと眺めていた。


 と、不意に脇から声が聞こえる。

「どうしたの? 何見てるの?」


 その声にあやめは我に返って、声をかけてきた友人の方に振り向いた。

「いやぁ、なんでもないなんでもない……お弁当見せたげるよ。大したもんじゃないけど」


 そう応え、膝の上で弁当箱の包みを開きながら、あやめは心の中で言った。彼女は自分の心の中では、中々饒舌だ。

――あんなヘンチクリンな奴のことなんか、気にしなくていいのよ。ん! 今は忘れよ忘れよ――




    ※




 そんなあやめの心の声が、広場を歩く御剣の耳に聞こえるわけがない。

 特に理由もなくここに来た彼は、突然後ろから肩を叩かれた。


「おん?」

 振り返ってみると、二人の男子生徒がすぐ傍でこちらを見ていた。一人は、御剣とはまた別の性質の笑顔を浮かべているいかにも性格の良さそうな男で、もうひとりは、あの《保有者》に蹴られそうになっていた奴だ。

 実をいうと、御剣にとってはふたりとも初対面の相手ではなかった。笑っている男の方にも、見覚えがある。


「あんたらは確か……そっちは昨日《保有者》に絡まれてたヤツで、もうひとりは同じクラスの……え~っとぉ? 友野(トモノ) (ケイ)、だったっけ?」

 と、御剣が名前を呼ぶと、笑顔が素敵な好青年君――友野が、その笑顔に似合った快活な声で応えた。

「そ! よく覚えてるじゃないか。こっちは常岡(ツネオカ) 博史(ヒロシ)。中学からの友達なんだ」

「へぇ~。で、どうしたんだ?」

「いやね、お礼を言いたくてさ」

「お礼?」

「そうそう」


 そういうと友野は、もうひとりの男――常岡の後ろに下がって、彼の背中をポンポンと叩き、催促した。

 それに応じて常岡が御剣の前に出る。そうして彼は、わずかに緊張した様子を見せながら言った。多分、彼の方は人付き合いがそれほど得意ではないのだろう。

「いや……昨日は、ありがとう。礼を言わずにどっか行って、ごめん。あの時は何が起こったのかよく分からなくて、早く離れたいっていう一心だったから、つい……あんたのおかげで、助かったよ」


 そうして、友野が彼の背後からヒョイ、と顔を出して言った。

「俺からも感謝するよ、ありがとう。俺、あの時ここにいなくてさ、後から知ってゾッとしたよ。あんたが助けてくれなけりゃ、どうなっていたか分からない」


 それを聞いて、御剣は彼独特のへらへらした笑みを浮かべた。

「あぁ~、そういうことねぇ。わざわざ律儀に言わなくてもいいんだよぉ」

「いやいや、ホントにありがとうな。それで、こうやって感謝を述べて終わりにはしたくない。あんたとは今後とも、仲良くしていきたいんだ。いいだろ? 友達になろうぜ」

「こっちからも、よろしく頼むよ。俺は同じクラスじゃないけど」

 友野の声に、常岡が続く。


「そりゃもちろん! こっちからお願いしたいところだよ。ぃっひひ」

 と、快く頷いた御剣を見て、友野はニカッと笑った。


「よぉし、そんじゃ交友の第一歩として、三人で飯でも食いにいくか! 今回だけ特別に、俺が奢ってやる。学食でもファミレスでもどこでも行っていいぜ!」


 が、その誘いに御剣は、

「あ、いやぁごめんごめん。今日はちょっと大事な用事があるんだ。ひとりにさせてくれないかなぁ~、ぁはは……ごめ~んねぇ~?」

「ん、そうなのか。それならしょうがいない、まぁ気にすんなよ。明日行こうぜ……そんじゃな!」


 断りを入れた御剣に特に顔色を変えるわけでもなく、友野はにこやかな顔のまま去っていった。常岡もその後を追い、「ありがとうな。あんたみたいな人、尊敬するよ」と言い残して、御剣から離れていった。




 彼らの姿が見えなくなったところで、御剣は大きなため息をひとつついてから、身体に染み込んだネガティブな気分を吐瀉するように呟いた。

「やぁ~れやれだよ、ったく……」


 そのネガティブな気分の原因は、友野と常岡ではない。

 本当のところ彼には、大事な用事などまったくなかった。友野という気前の良さそうな友人の奢りで、気の済むまで食ってやろうと思っていた。

 だが、それはできなかった。


 “あんな奴”の顔を見せて、常岡の気分を悪くするのも申し訳ない。


 御剣はまたしても、自分の背後に人の気配を感じていた。

 その気配の正体を示すように、下卑た声がその耳朶を打つ。

「おい、そこの……御剣 誠一。お前に言ってんだよ」


 御剣がゆっくりと振り返ると、あの《保有者》の腰巾着共の内のひとりがいた。

 コケた誠一に、余計なまでに大笑いしていた連中のひとりだ。


「あんた、昨日の先輩じゃないですか。一体なんの用です?」と御剣。

「今日の放課後、五時までに一般棟の屋上に来い。そこで待ってろ」

「……なんでです?」

「言わなくっても分かるだろぉーがよぉ……どうするかはお前の勝手だが、もし来なかったら、代わりを見つけてそいつで“楽しむ”だけだからな。そこんとこ理解しとけよ」

「代わり……ねぇ」

 繰り返す御剣の声に、男は自分の性根の悪さを体現するかのようなニヤけた顔で言った。

「そぉだよ。さっき話してたクラスメイト……中々いい奴みたいだなぁ~、へっへへ」

「……分かりましたよ。心配しなくても、ちゃんと行きます」

「それでいいんだよ」




 男は、言いたいことだけ言って、そのままそそくさと去っていった。新しく出来た友人も不穏な空気も去り、御剣は一人広場に取り残される形になった。彼は、その場でじっと動かず、時間が止まったかのように立ち尽くしていた。


 何人もの生徒が行き交う雑踏の音の中で、幽かに響く声があった。

 少女の声だった。

「……面白いことになってきたねぇ、セーイチ」


 その声を聞いた者は、この場には誰もいない。そして、御剣に話しかけるような人間もまた、どこにもいなかった。

 だが、御剣は確かにその声を聞いていた。彼にとってその声は、今まで生きてきた中で最も聞いてきた、家族のような声だった。


 彼はその声に、暗闇の静寂しじまから這いずり出てきたような笑声を返す。

「ヒッヒッヒッ……ヒッ……まったくだぜ、今日はいいストレス発散ができそうだ。お前も、久しぶりに楽しませやるからなぁ」




    ※




 放課後、御剣はあの男からの約束を守って、授業が終わると共にすぐさま校舎の屋上へと向かっていた。


 暇つぶしをするのにちょうどいい中庭もあるということで、普段は屋上に足を踏み入れるような者はほとんどいない。そもそも、普段から原則立ち入り禁止になっている。一応、簡単に許可を得て上がってくることはできるが、わざわざそんなことをするような者も滅多にいない。

 そういう場所にわざわざ呼び出されたということがどういうことなのか。分からないわけがない。

 ましてや、御剣をここに呼び出したのは、あの暴力的な《保有者》達のひとりなのだ。


 だが、そんな現実を前にしておきながら、屋上のタイルの上をあてもなくウロウロする御剣は、顔色ひとつ変えていなかった。


 建物内から屋上へと繋がる扉が、古ぼけた金切り音で空気を震わせながら開いた。最新設備が満載の校舎であっても、人が寄り付かない場所の入口からは、こういう空虚な音が鳴ってしまう。

 しかし、その虚しい音に反して、扉の向こうから現れた者達は騒々しかった。


「よおよお、よぉうよう~♪ また会ったねぇ~。君、御剣 誠一くんって言うんだっけ~?」

 無駄に陽気な声をあげながら、見知った男が肩を揺らして踏み入ってきた。忘れるはずもない。昨日殴られかけたあの《Bランク騎士型(ナイトタイプ)》の《保有者》だ。

 彼に続いて、あの三人の腰巾着も揃って入ってくる。


「……」

 ぽかんと、いかにも間の抜けた顔をする御剣の前に四人は立ち止まった。《Bランク》の男が薄ら笑いを浮かべ口を開く。

「自己紹介をしてなかったよな。俺、夏目 貴靖っていうんだよ。今日お前をここに呼んだ理由は、分かってるよなぁ?」


 その声を聞き流しつつ、御剣は夏目の背後に立っている腰巾着共に眼を向けた。全員一様に、片手を背中の後ろに回して何かを隠している。その何かについて疑問を抱く必要はなかった。

 どうせすぐにその正体は分かるのだ。


 夏目の、笑ってはいるがあからさまに他人を侮蔑している視線を受けながら、彼は不意に、申し訳なさそうに頭を掻きながら苦笑いした。

「……いやぁそのぉ~、ある程度察しはついてはいるんですけど、一応念の為に教えて頂けませんかねぇ~、っへへ」


 それを聞いた夏目は、心底辟易したように口元を歪めつつ、肩をすくめてゆっくりと首を左右に振ってみせた。

「しょおがねぇなぁ~~。だったら、お望み通り教えてやるよ」


 その声に応じるように、後方の腰巾着共が一斉に、背中の後ろに隠していた腕を前に出した。御剣の視界に現れた各々の手に握られているのは、鉄パイプ、金属バット、そして終いには、バタフライナイフ。

 これだけのものを見て、この先起こる事態が理解できないものがいるとしたら、そいつは余程頭がおめでたい奴か、あるいはそういうことと無縁の環境にいたお坊ちゃまくらいだ。御剣はそのどちらでもない。

 さすがに、彼のだらしない笑みも消え、息を呑む音が風の音に混じって小さく鳴った。


 気がついた時には、四人の《保有者》に慣れた足運びで取り囲まれてしまった後だった。これまで何度も似たようなことをやっているのだろうか、連中は実にスムーズな所作でこちらを包囲した。


 正面に立つ夏目が、意地汚くニッと歯を見せ、撫で回すような声で言った。

「やっぱり、昨日ぐらいじゃ全然物足りなくってなぁ。やるからにはもっと徹底的にやらないといけなかったんだ……そうだろ? 君だって、中途半端はよくないと思うよなぁ~?」

「逃げんなよ。下手に動いたらマジで何するか分かんねぇぜ。せっかく親から貰った身体がどっか欠けちまったら、申し訳立たねぇよなぁ。指とか目ン玉とかよぉ……」

 腰巾着の一人、一番“キレて”そうなバタフライナイフの男が、ドスの利いた声で刺すように言う。“物理的にいく”前にまずは言葉で一突き、といったところか。


 御剣は、先程に比べれば遥かにぎこちなく頬を引きつらせるしかなかった。

「あは……あ、あは。あは……さ、さすがにこれは、やり過ぎでしょお~。は、犯罪っスよぉ~?」


 その言葉に対して、夏目はにこやかに応えた。

「なぁ~に、そこの彼のナイフはただの飾りだ。心配しなくていいよ、“ほどほど”に済ませてやるし、顔も傷つけないでおいてやる。君が事実を隠してさえいりゃ、犯罪にもならないんだよ。分かるな? そこんとこ……もし俺達のやったことを誰かに教えたらどうなるのかも……勿・論・な?」

「……」


 御剣の表情が固まる。

 だが次の瞬間彼の口をついてでた言葉は、夏目達が想像したような無様な懇願などではなかった。

「そ、そのぉ~……おっぱじめる前にひとつだけ聞きたいことがあるんですけどぉ~、いいっスか? ぃひひっ」



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