Session.9 Straight Shooter Part.6
「あぁ~痛え~っ!」
両肘をついて這いつくばり、悲鳴をあげる全身に喝を入れ上体を転がすように仰向けに向け直した御剣。そこでようやくあやめ達が揃って、心配そうに駆け寄ってきた。友野と常岡、阿頼耶もいる。
「大丈夫、御剣くん?」
腫れた顔でぼんやりと空を眺めている御剣に呼びかける中で、不意に、ロニーが柳沢の耳元に口を寄せて、何か囁いているのが見えた。明確な実体を持たない今の彼女の姿は、彼女が許可した者にしか見えない。つまり、今この場では御剣とあやめ――そしておそらく、今しがた話しかけられている柳沢だけだ。しかし、何を話しているのかまではあやめには聞こえない。
「セーイチの方が楽しんでたみたいだから、わたしも大目に見てあげるけど。あなた、セーイチを襲ったのには理由があるんでしょ」
そう問いかけられた柳沢は、逡巡する気配すら見せず、ほとんど反射的に小さく頷いた。彼は、余程のことでなければ嘘はつけない人種なのだ。それに、御剣と生命までかけて闘いぬいた今、何も隠すことなどなかった。
ロニーが続ける。どうやら、御剣が聞きたいことを彼女が代弁しているらしい。
先の決闘の最中、忍者か何かみたいに分身した少女と同一人物である彼女は、どうやら《因子》が実体化したものであり、常人には姿を見ることも声を聞くこともできないということを、彼は直観的に悟っていた。
「そりゃあ~そおだろうねぇ。あなたが強い《保有者》と喧嘩して心を慰めたかったっていうのは分かったけど、それならわざわざセーイチを狙う必要なんてなかったんだから。この学校には、あなたがお望みのつよーい方々はいくらでもいるんだからね。悔しいけど、セーイチよりももっと強いヤツが。例えば……」
彼女が言い終える前に、再び佐原達生徒会の面々が、世良の《因子》をくぐって屋上に戻ってきた。
「よぉよお~。一段落ついたみたいだから戻ってきたぜ~、お盛んな青少年二人組ぃ」
と、自慢の軽口を叩きながらこちらに来る佐原を見ながら、ロニー。
「あの佐原副会長とかね……それなのにあなたはわざわざセーイチを相手にした。まったくの初対面で、顔だって知らないはずのセーイチをね。それ、どうしてさ? 別に、《保有者》の癖に一般棟で授業を受けてる面白いヤツだから、って理由じゃないんでしょ?」
言い終えてから、今度はロニーの方が柳沢の口元に耳を寄せる。柳沢が、自分にしか聞こえないほどの微かな声でその問いに応えた。あやめ達他の生徒に聞かれないようにこんなまどろっこしい真似をしているのには、理由があった。
おそらく、柳沢が御剣を襲った理由というのは、なかなかにきな臭いものを孕んでいるのであろう。だからだ。
その予想は、見事に的中した。
柳沢の応えを聞き終えたロニーは、柳沢に近づけていた顔を上げると、あやめと御剣の顔を順番に見てから、その応えを代弁した。
「ついでだからあやめちゃんも聞きなよ。どうやら、セーイチはどこぞの誰かさんに生命を狙われてるみたい」
「……え?」
あやめは思わず嘆息を漏らした。一瞬、ロニーが何を言っているのか理解できなかった。目に見えて動揺した彼女に気づき、楠が「どしたの?」と聞いてくる。
「え? あ、いや。痛そうだな~って……」
「ほんとだよ~。喧嘩なんてよくないんだよ御剣くん」
「なんでこんなことしたのかね~。やっぱり《保有者》ってワケ分かんないわ」
彼女と立花が、ロニーが語った事実など知るよしもない様子で、暢気に言う。あやめは、気持ちを落ち着けようと努めつつ、続く《因子人》の言葉に耳を傾けた。
「その誰かさんが、柳沢くんにメールで、セーイチを始末して欲しいと頼んだの。そいつは、《先導会》の幹部だと名乗ってたらしい」
――《先導会》!――
またその名だ。だが、これで瞬時に真実の一端が見えてきた。
悪しき《因子人》を始末する中で、《先導会》がその巣窟であると疑っていた御剣。そんな彼を、当の《先導会》が消そうと動いている、ということだ。
それは、あくまで仮定でしかなかったものを、事実として確定させるきっかけとなった。やはり、《先導会》は《因子人》の組織――他ならぬ、《因子》による社会の転覆を目論む黒幕……
続けざまに、その現実が新たな衝撃となってあやめの全身を駆け巡った。
事態が、悪い方へと一歩、にじり寄ったような気がした。そんな時、不意に背後から阿頼耶がこちらの耳元に口を寄せて、囁いてきた。最近こういう会話が流行っているのだろうか。おおっぴらに話せない内容とはいえ、事ある毎にヒソヒソ声というのは、どことなくみっともない。と、阿頼耶としては思っているかもしれない。
「面白い話……じゃない」
思い出した。彼女も御剣と共に《因子人》と戦う以上、ロニーの存在は知っていた。そのため、先ほどの彼女の言葉も聞こえていたのだろう。
そうだ。状況が悪くなったのかもしれないが、その分御剣にも仲間ができている。それはもしかしたら、これからもう一人増えるかもしれない。
なんとなく、それが分かった。
「でも、僕が御剣君を選んだ本当の理由はそれじゃない」
その柳沢の声は、今度は囁きではなく、はっきりと聞こえる調子のものだった。あやめだけでなく、立花や友野達も彼の方へと眼を向けた。その視線を受ける中で、彼は続けた。
「確かに、いや……別に、御剣以外の誰かを相手にしてもよかったんだ。この学校には、《保有者》が何人でいる。その中には、僕が及びもつかないような強力な《因子》を持った人もいるだろう。でもね、なんとなくだけど、察しがつくんだよ。《保有者》というだけで、僕が求める人だとは限らない、とね。《Bランク》ぐらいでは、僕のような《保有者》は、僕を虐めてきたクズ共と同じで恐怖の対象でしかない。《Aランク》にしても、僕に本気で付き合ってくれる人がいるかどうか分からない。決闘を受けてくれる見込みだってないし、本気で戦ってくれるとも限らない。途中でやる気がなくなるかもしれないし、逃げ出すヤツだっているだろう。最後の最後まで死力を尽くし、立てなくなるまで殴りあってくれるような人なんて、正直、いるわけがないと思ってた」
「ったり前だよなぁ~?」と、御剣は冷やかすような声を返す。
「はは、そうなんだよ。でもね、理由は分からないけど、君は……御剣君はそうじゃない、って思ったんだ。直感でそう思えた。流れ星に向かって願い事を三回唱えてると、それが頭上から降ってきて、願いを叶える妖精に変身したような感じだった……なんていうか、ビビっときたんだよ。君がきっと、僕が求めていた人なんだろう、ってね」
その言葉を聞いた常岡が言った。
「お前、俺を足蹴にした連中みたいなクソ野郎と思ってたけど……案外詩的なこと言うんだな。正直まともじゃないけどな」
それに、柳沢は素直に感謝した。
「ありがとう。そう言われて、悪い気はしない。まともじゃないのは承知の上さ……御剣君、これも正直に言うよ。僕は、強い人を求めていたんじゃない。ただ、友達になってくれる人を探していただけだったんだ。強いということは、そのための条件のひとつに過ぎなかった……僕は、長い人生の節目である今、君に会うべきだったんだ。君の眼は、これまで僕が出会ってきた芋の山みたいな無機質な、人とも呼べないような連中が僕に向けてきた白々しい眼とは違う。君の眼はとても熱いものに満ちていたし、今は温かい。僕は、もっと早くそんな眼をした人に会いたかった……君を過去の世界へ連れて行って、昔の僕に会わせてあげたいよ」
「確かに、あんたは正直者だよ。よくもまあそんな台詞を堂々と言えたもんだなぁ」
柳沢の言葉にそう応えてから、御剣は倒れた身体をゆっくりと起き上がらせる。
「ぃよぉい……しょ」
まだ身体が重く、すぐに起き上がることができなかったが、先程まで寝返りをうつことにすら難儀していたことを考えると、《Aランク保有者》としての著しい回復力を伺わせる。もしかしたら――否、おそらく後三十分ほどじっとしていれば、何事もなかったように立って歩けるようになるのではなかろうか。
上半身を起こし座り込むような姿勢になった御剣が、柳沢の方へと顔を向けた。その眼、片方が腫れた瞼に隠れている両目には、誠実さが光となって宿っていた。彼の名にもある“誠”の字を持った視線を、柳沢に向けている。
「そいつは結構。さっきの約束、守らせてもらうとするか……柳沢、俺と友達になろう」
そう言って、右手を彼の方へ差し出す。
握手だ。『また握手』と阿頼耶が言いそうだったが、古来より友好と証として最も簡単で最も明快なのが、これなのだ。
「あんたが俺に会うべきだったっていうんなら、俺の方だって同じだったんだろう。いろんな意味でな、俺も、あんたと出会うべきだった、そう決められてたんだ。誰が作ったのでもない、人生の筋書きってヤツにな……よろしく頼むぜ」
「……あぁ、よろしく」
柳沢が御剣の誠意に応え、差し出された手を握り返した。それを支えにして、彼も上体を持ち上げる。先程の――決闘が壮絶なものだったので実感が沸かないが、柳沢が宣戦布告してから、まだ十分も経っていない――殺伐とした雰囲気などなかったように、二人の間には一種の信頼関係が築かれていた。そう、あやめには見えた。
会って間もない、しかも、初めから喧嘩腰だったような者と、こうもすぐに友情ができるのだろうか。《保有者》という人間離れした人間達の間にしか分からない何かが、この十分弱のひとときの間に交錯し、二人の意志を繋げたのか。
やはり、分からないことだらけだ。
ただ、
「何がなんだかよく分からないけど、一件落着……ってことなの?」
という、立花の言葉の通りだった。嵐のように巻き起こった事態は、嵐のように去っていった。深刻な事態に発展しないようでよかった、と喜ぶべきだろうか?
座っている御剣と柳沢のボコボコの顔は充分“深刻な事態”だし、辺りに散乱した血痕は、ほとんど殺人現場のそれであるわけだが。
唐突に、見るからにバツが悪そうな顔の月詠が割り込んできた。
「一件落着じゃありませんよ。落着してるのはせいぜい三割五分件くらいです」
が、彼女が足を突っ込んでくる前に、佐原がその足を引っ込めさせた。
「まぁまぁまあぁ~~っ。待てよ月詠」
「副会長……まさか、お咎めなしっていうんじゃ……」
《Aランク》である御剣が一般棟で授業を受けることを許可したが、それには余計な問題を起こさないという条件があったはずだ。他の生徒と喧嘩をしたということは、その条件が反故にされたということである。となれば、それ相応の対応というものをしなければならない。
が、そんな胸中の意見を察して、佐原が言う。
「一般生徒が怪我をしたり迷惑を被れば、自分だって御剣の片眼ぐらい焼いてそこら辺の路傍に捨ててやったさ。けどなぁ、これは《保有者》の、しかも《Aランク》同士の喧嘩――もとい、決闘だ。事が《Aランク》同士によるものである以上、その結果死人が出たとしても、法律で裁くことはできないんだよ。同じ《Aランク》による“処刑”でない限りはな。そんで自分としては、二人を罰しようという気にはならない。一般生徒がメーワク被ってないんだからな……なぁー君ら別にメーワクじゃないよなー?」
と、大声であやめ達に聞く。
「まぁ、そりゃあ……」とあやめ。
「興味本位で首突っ込んでて迷惑だとか言ってたら、社会で生きてけないですよ」
「そゆこと~」立花と楠。
「御剣は俺達の友達なんだ。友達がやることなら、多少迷惑でも気にならないッスよ」
「そもそも迷惑じゃないですしね」友野と常岡。
「……ってことだ」改めて月詠の方を向き、言う。
「……しかし、いずれまた同じようなことをやるかもしれませんよ? 次こそ、一般生徒が傷つくかもしれない」
「そうならないために、自分がいる。君ら生徒会執行部がいる。他の《保有者》がつけあがるってんなら、そいつらには容赦はしなくていい。特例は作らにゃならん。が、それで規則の格を下げることはしないさ」
「……」
ここまで言われて、月詠は納得した。彼女はただ、秩序の安定というのを望んでいるのだ。とはいえ、一部の例外まで爪弾きにするというつもりもない。佐原が甘い人間ではないということは知っている。自ずから規則を無碍にしようとしないのであれば、それでいい。
正直なところ御剣は個人的に嫌いなのだが、そういう感情論を執務に持ち込むわけにもいかない。
「分かりました」
が、あやめが大人しくなった次は、世良の番だった。
「そういえば、もうそろそろ授業が始まりますね」
その言葉に、一同が“あっ”という顔をする。
「生徒会役員が遅刻なんて、なかなか素敵な冗談ですね、副会長」
「うむ。それもそうだな。そんじゃあこっちはそろそろおいとまさせていただくとするか」
授業が始まる前に、早く教室に入らなければならない。御剣と柳沢は、慌てて立ち上がった。三十分どころではない。すでに問題なく立ち上がれるほどまで回復している。これだと、明日にはボコボコの顔まで元通りになっていることだろう。
「さ~て、そんじゃあ気持ちを切り替えて、勉強モードになりますか」
「そうしよう」
ぼちぼちと屋上を後にしようとする二人だったが、それを佐原が制止した。
「いや、君らは一応怪我人なんだから、今日は一日寮に戻って休んでろ。歩くのが難儀なんだったら、人を呼んで担架で運ばせてやるから」
「え? あ、いやぁ。今はもうご覧のとおり身体も元通……」
言い返そうとした御剣の言葉を、あやめが遮った。
「いや、そんな血まみれのジャガイモみたいなデコボコ顔で教室にいられても、みんな気になって授業どころじゃない」
「……だなぁ?」
「……そうだな」
友野と常岡も、今回ばかりはあやめに同意していた。消耗した体力は元に戻っても、まだ細かい傷は残っていたし、ヒビが入った骨も修復しているかどうか、実際のところは分からない。《Aランク》の回復力ならば、病院にいかなくても寝てるだけでなんとかなるだろう。ならせめて、一日ぐらいは大人しく寝ていて欲しいのだ。
「そういうわけだ二人共。お咎め無しにしてやったんだから、これぐらいは言うこと聞いてくれるよなぁ? 嫌だって言うんなら、改めて勉強できない身体にしてやってもいい訳だけどお~」
「……あ、いえ、じゃあ今日はゆっくり療養させて頂きます……」
深々と頭を下げる御剣。が、一方柳沢は、
「……副会長さんの相手するのも悪くないけど……」
慌ててなだめる御剣。
「いや、あのねぇ柳沢くん。正直なのはいいことだけどね……」
「分かってるよ。今はさすがに疲れた。寝てていいっていうんなら、一日中寝ていたいよ。今日のところはね」
「は、はは。そおそおそれでいいのよォん」
「それに、お楽しみはこの先またあるだろうしね」
不意に発せられた柳沢のその一言に注意を向けたのは、この場ではあやめだけだった。それ以外の者達は、御剣や阿頼耶を除いて皆、その言葉の裏に隠れた微妙なニュアンスというものに気づかない。
一呼吸分の沈黙を挟んでから、御剣が応えた。
「……それ、俺も混ぜろよ」
彼らが何を言っているのか、御剣が生きる日常の裏の世界をいい加減理解できてきたあやめには、すぐに分かった。
柳沢が《先導会》と関わっており、連中からの指示を果たすことができなかったとあれば、この先何が起こるのかは、察しが付いていた。
今晩も、人の世界を脅かす者達との戦いが、始まるのだ。柳沢もまた、その戦いに足どころか、肩までどっぷり突っ込もうとしていた。
※
葦原公園。葦原学園の近隣にあるその公園は――ちょうど、あやめが夏目の身に隠れていた《因子人》に連れ去られた場所の近くにある――学研都市としてのご多分に漏れず、深夜になればひと通りはほとんどなくなる。そんな場所にわざわざ柳沢が足を運んだのには、ある理由があった。
例の“依頼主”から、新たなメールが届いたのだ。
点在する照明に僅かに照らされているだけで、それ以外は、月明かりも遮る植樹の影に飲み込まれた暗黒の世界のような公園に佇み、彼はそのメールの内容を確認した。
『依頼を達成できなかったことは知っている。
残念だろうが、気に病むことはない。君にはまだいくつか頼みたいことがある。
次の依頼について伝達する前に、ひとつ見せたいものがある。
夜中の二時に、葦原公園にまで来てほしい。
メールへの返信はしなくてもいい。君の行動を以って、返事とさせてもらおう。
それでは、よろしく頼む。』
十中八九、これは罠だった。《先導会》が、御剣の抹殺に失敗した柳沢を消そうとしているということぐらい、明らかなことだった。
だが、現に柳沢は葦原公園にいる。あえて、罠に乗ることにしたのだ。こちらを始末するために張り巡らされた罠。それは、退屈だったこれまでの人生に光を引き込むために新天地へと赴いた己に対する、ほどよい娯楽になると思えたからだ。
周囲を見渡す柳沢。《Aランク》保有者は視力もずば抜けて高い。暗闇での視界も、暗視スコープよりはっきりとしていた。
誰もいないことを確認してから、“依頼主”に対してメールを送った。
『約束通り、まぁ約束してなかったけど。来たよ。
で、見せたいものって? 灯りに集る蛾なんて見ても、面白くもなんともないけど。』
すぐに返事がきた。本文に眼を通すと同時に、周囲の空気が僅かに冷気のようなものを帯びたように、柳沢には思えた。
『これから見せる。
君を楽しませるためには、前回ぐらいの数ではいささか不足すぎたようだから、今回はもう少し増やしてみた。
百体だ。』
冷気が、圧縮されていた空気が膨張し、爆発へと転じたかのように、熱気へと変わった。
周囲の空間、至るところが歪み始めたのが見える。その歪みはやがて、半透明の亀裂へと変わり、その亀裂が広がり、不可視の“穴”となる。
そこから這い出るように現れたのは、《因子獣》だ。御剣から名前を教えられたが、姿だけならすでに見たことがある。
なるほど、以前こちらを襲った二十体の怪物は、“依頼主”の手引きで現れていたのか。
そして、今回の数は……
よく分からない。視界の中180°全てに渡り、黒光りする肉体の怪物共がひしめくばかりに集まっている。何匹いるのか、完全には把握できなかった。
“依頼主”からのメールの内容を信じるならば、おそらく百に達するだろう。
この状況、常人ならば卒倒するか、発狂して笑うしかなくなるほどのものだ。不気味なメールの後に、見たこともない怪物が――見たことがあっても恐ろしいだろう――百匹も現れる。なかなかのホラーだ。
が、柳沢としてはこんなものはちょっとしたジョークのようなものだった。
小さなため息をひとつ吐いた彼は、胸をピンと張り腕を広げ、演劇の一幕のようにゆっくりと身体を回しながら、大声で言った。
「いや~面白くない。全然面白くないなぁー! 二十匹だろうが百匹だろうが二千匹だろうが、個々の力がカスみたいなんだから、話にならないんだよ。それに……僕一人が相手ならまだしもねぇ……」
一体の《因子獣》が、唸り声を上げて柳沢に飛びかかってきた。
が、彼の懐に飛び込むよりも前に、何かが怪物の喉に突き刺さった。微かな月光を吸い込み、増幅しているかのように鮮やかな銀色に輝く、三日月型の刃。その周囲に漂っていた霧の固まりのようなものが、瞬時に実体を帯び、黒衣から伸びる細身の腕が、突き刺さった刃を、喉から右脇腹にかけて一気に抉りながら振りぬいた。
裂けた皮膚から臓物をこぼれだしながら、怪物が倒れる。
闇からにじみ出たかのように、阿頼耶の姿があった。
続けて、反対方向から五体ほどの《因子獣》が、柳沢に襲いかかる。
が、その次の瞬間には、その全てが、四肢を吹き飛ばしてぶつ切りの肉塊と化し四散していた。予めぶつ切りにして磁石か何かでくっつけていたかのように、一瞬にして、コンマ数秒の間もなく解体された。
それと同時に、柳沢の隣に、燃え立つような赤い髪をした一人の少女の姿があった。その肩には、身の丈を超える長大な大剣が担がれている。
彼女が、怪物をバラバラにして見せたのだ。ヤツらに肉迫しつつ大剣を振り回し、バラバラにしてから柳沢の傍にまで移動した。《Aランク》である柳沢の動体視力を持ってしても、その動きを完璧に追うことができなかった。
驚くような表情の彼に向かって、少女が言う。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はロニー・ロング。あのバケモン共の、“遥か格上の存在”よ。今度は御剣の代わりに、わたしが一緒に戦ったげるね」
阿頼耶が続く。
「私は……いや、貴方同じクラスだったわね。なら……言わなくていいか」
「さぁ~て、期待してみりゃこの有様。どうやってこんだけの数の《因子》を集めたのかってことには興味があるけど、これじゃ暇つぶしにもなりゃしない。さっさと片付けて寝よっか。明日も授業あるからね、わたし関係ないけどぉ~」
そんなロニーの声に柳沢は、持ち前の美形に輝くような笑顔を張りつけて、応えた。すっかり、彼もこの空気に溶け込みつつあった。
「はははっ。そうだね、あんな雑魚共相手のために、学生としての本分を疎かにするなんて馬鹿げてる……五分。いや、二分だね」
「三十秒だよ」
にやりと笑みを浮かべ、こう返したロニーは、次いで周囲に群がる《因子獣》に向かって、吠えるように叫んだ。
「そォらかかってきなさい! 公園の外観を損ねないように、微粒子レベルで細かくキレーに分解してあげっからさァーーーッ!」
※
ここがどこなのか、今がいつなのか。それをここで述べることはしない。重要なのは、一人の男が携帯電話を操作し、ある男に対してメールを送っているということであった。
そのため、この先は、男と、その相手とのメールのやり取りだけを、この場に記すことにする。
『御剣と霧島の乱入により、柳沢の始末に失敗しました。
どうやら奴は御剣と結託したようです。
貴方から預かったFCDにより、百体の因子獣を投入したというのにこのような結果になり、弁明の余地もありません。
こちらの責任です。許しを乞いはしません。どのような償いでもします。』
『いや、構わない。失敗することはこちらも分かっていた。償いなどする必要もないし、柳沢の始末も、最早必要ない。
それより、FCDの性能はどうだ?
Fact Concentrate Device
周囲から因子を集める道具。伊集院博士の発明品だ。
百体も集められたとなると、かなり広範囲にまで作用するんだろう。凄まじいな。』
『まったくです。自らに宿った《因子》により、同じ《因子》を制御しようとする頭脳には、頭が下がるばかりです。』
『そうだろう。
まぁ、それはともかくとして、まずは御剣だ。引き続き、奴を抹殺するための人員のスカウトは続けろ。条件は問わない。お前の好きなように選定しろ。』
『しかし、柳沢でも無理だったとなれば、そのような人間はなかなか見つからないと思われます。』
『分かっている。適当に選べばいんだ。何なら面白半分で、なるべく奇をてらったキャスティングでもいい。
いざとなれば、私かお前の手で、自ら殺ればいいだけの話なんだからな。
別に私は、そこら辺の人間に奴が殺せても殺せなくても、どっちでもいいんだよ。ただ、馬鹿な人間共が右往左往するところを見るのが、面白いだけだ。
これはエンターテイメントだ。今後も、せいぜい楽しませてくれよ。
FCDはそのまま預けておこう。当分はあまり《因子》は集まらないだろうが、必要になったら随時運用していけ。』
『分かりました。
それではこちらも、あまり気負わず、気楽に働かせていただきます。
FCDも、有り難く拝借させていただきます』
『それでいい。
結局使い物になるのは、私自身と、お前の二人だけさ。それ以外はただの嗜好品だよ。シケたモクみたいなもんだ。
あの方を除いてはな。
場合によっては、あの方の手も借りるとしよう。』




