Session.8 Massacre particles Part.2
御剣が《保有者》であると知られてから、数日が過ぎた。いい加減、彼を《Aランク》だからといって無条件に警戒する必要はないということをクラスメイト達も分かってくれるようになったのだが、いかんせんそもそも御剣の人格自体どこか奇特なものであったため、結局のところ、彼は『悪くはないし良い人なんだろうけど、何か変なヤツ』という認識に終始してしまっていた。
が、それでも、近くで触れる機会があれば、そんな彼も存外親しみやすい男なのだということが分かるだろう。
昼休み、校内にある食堂の一角の賑やかさを見れば。
御剣とあやめ、そして友野と常岡。この四人は、すっかり意気投合してよき友人同士になっていた。今日も、全員揃って食堂で昼食を取ることにしたのだ。
しかも、男子としては幸運なことに、あやめと親しかった二人の女子とも一緒に親密になることができた。
楠 花緒と、立花 千代という名前らしい。楠は茶髪のロングヘアーに花の髪飾りをつけた温和そうな娘で、立花はパーマがかった黒髪の気だるそうな娘だ。
実を言うと、彼女達としては別に男共――特に友野と常岡には別段興味はない。ただ、あやめがよくよくくっついている男に興味があるだけだった。今も、テーブルに男三人、女三人で向い合って座っているが、女三人の視線は御剣に集まっている。
さて、そんな御剣当人といえば、親子丼にがっついている最中だった。3日ぐらい何も食べていなかったかのように、実に美味そうに箸を動かす彼をぼんやりと眺めながら、立花が言った。
「御剣くんって親子丼好きなんだ……親子丼ねぇ」
“微妙”とでも言いたそうな顔をしている。ちなみに彼女の昼食は焼き魚と味噌汁の和風定食である。冷やっこもついている。正直彼女も人のことを言えたものではない。
これが大好物である御剣としてはなんとも遺憾なことだが、口に出さないだけましか、と考えておく。彼は卵と鶏肉と米を一緒くたにかきこんで頬を膨らませながら、応えた。
「ほうほも……そうとも! 俺は世の中にあるどんぶりに入ったものの中でこれが一番好きだね! なんなら三食これでもいいってもんよ」
「それは言いすぎじゃあないかな~」と、楠。「あ、でもわたしもオムライス好きだよ。卵使ってるのおんなじだね~」
と、ここいらで会話に参加して存在感を出し少しでもお近づきになろうと、友野が言う。
「そうそう。こいつこの前俺が奢ってやった時も親子丼食ってたんだよ。腹一杯の癖に二杯も頂きやがってさあ、マジで遠慮ってもんを知らねえんだよ。でもまぁ、僕ちゃんしっかりお金払ったんだ・け・ど・ねっ!」
「代わりに俺の飯は奢ってくれなかったよな。まぁ俺が何かしたわけでもないし、一向に構わないけどさ」と、常岡が一言付け足す。
「し、仕方ねえだろ」と言い返しつつ、なんだかんだいって、それなりに可愛い女の子三人といて有頂天になったのか、なおも言葉が弾む。
「にしても、親子丼が好きねぇ~。ヒヒッ、中々いい趣味してんじゃあん。でも俺はどっちかというと、姉妹……」
「何言ってんだお前女子がいんだぞ!」と、危うく失言しそうになるところを制止される。このぐらいの歳になると下ネタもちょっと洒落にならないレベルになる。御剣としても思わず吹き出しそうになるが、唾でもかかって正面にいるあやめにすっ飛ばされたくないのでこらえる。
男共の下品なジョークに女子達はどんな反応をするのかといえば、なんということはなかった。
「姉妹……姉妹丼ってこと? なにそれ、知ってる?」と楠。それにあやめも不思議そうに、
「さぁ~なんだろ」
そうして最後に立花が、落ち着いた様子で推理を始めた。
「親子丼は鶏が親で卵が子供だから親子丼。ってことだから、鶏の姉妹ってことじゃない。なんだろうね」
「うずらか何かかな~」と楠。
「小さすぎてどんぶりにならないよ」
「じゃあダチョウかな」
「おバカさんだねぇ、お米何俵いるのよ」
何も知らない――もしかしたら知った上でこんな態度なのかもしれないが――純真さに、友野としては心が傷んだ。常岡と共に幽鬼のような表情を浮かべ、「そ……そッスね」と相槌を打つしかなかった。この空気を作った当事者でもない御剣としては、あやめ達の話を面白そうに聞いていた。
と、早々に話を切り替える立花。
「しっかし、確かに親子丼とオムライスって似てる気がするね。卵とお米つかって、チキンライスの中には鶏肉も入ってるし。御剣くん実はオムライスも好きだったりする?」
「ん。そういえば確かに好きだな。卵のあのふわっふわな感じな好きなのかなぁ」と、何気なく応えた御剣の声に、何故だか立花吹き出した。楠の方も、好物が同じであることを「ほんとー?」と嬉しがっている。
「『ふわっふわ』だって、フフ。女の子みたいなこと言うのね。だったらさあ御剣くん、今度あたしが作ってあげよっか」
完全な不意打ちだった。友野と常岡が揃って、
「へ?」
「え?」と声を漏らした。あやめも藪をつついたら蛇ではなくコモドオオトカゲが出てきたような顔になった。
「はぁ?」
が、相変わらず御剣は脳天気である。
「お、ホントか。いつ? どこで? あんたの家か?」と、すっかり立花お手製のオムライスを喰う腹づもりが出来上がってしまっていた。それにますますおかしくなったのか、とうとう彼女は大声で笑い出してしまった。
「あっはは! じょおだんだよばか、フフ」
「残念でした~。ちよちゃんガサツだからオムライスなんか作れません~っ、ガサツじゃないけどわたしもあやめちゃんも作れません~」と、楠が続く。
「余計なこと言うな」
「よ、余計なこと言うな!」
友野達は、ほっと胸を撫で下ろした。と同時に、いろんな意味で多感な時期真っ盛りの少年友野 繋の脳裏に、彼自身の絶叫がこだました。
――I Wanna Be Your Man(彼氏になりたい)!!――
と、そんな中だった。この輪の中に入ろうとする声がひとつ……いや、ふたつ。実際はその声の主達もまた、用があるのは御剣ひとりであるのだが。
「御剣じゃないか。よお」
「こんなところで会わなければならないなんて」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、振り返る御剣。
月詠と、世良だ。《Aランク》でありながら一般棟で授業を受けているという、はっきり言って危険因子である彼の監視役だ。食堂が《保有者》と共有のものであるとはいえ、その分広さも相当だし、暗黙の内に《保有者》のエリアと非保有者のエリアに分かれてあるので、まさしく『こんなところで』と言った感じだ。彼らはすでに、先日行われた生徒会役員の紹介にて、晴れて正式に生徒会執行部として周知されている。
偶然通りがかったわけではないだろう。元々こちらに会うつもりできたのだ。その理由というのは、世良が言ってくれた。
「監視の……いや、ちょっとした腐れ縁とはいえ、折角知り合いになったんだ。たまには、こうやって個人的に顔を見せておかないといかんと思ってな」
友野と常岡の表情が、見るからに曇った。友人である御剣も《保有者》であると知ったとはいえ、それでも、常岡は《保有者》に公衆の面前でリンチされかけたのだ。どうしても、警戒というものを捨てきれなかった。が、それを察し、嫌な顔ひとつせず気を遣ってくれるのが世良だ。というより、嫌な顔どころか、いつもの鉄面皮以外の表情を誰も見たことがないのだが。
「常岡 博史だな。君の受けた仕打ちは知っているし、その気持ちも分かるが、どうかそんな顔はしないで欲しい。俺達は、夏目達とは違う。俺達と御剣は……そう、君達のような間柄だと思ってくれればいい」
つまり、“友達”と言うことだ。隣に立つ月詠としては『何を勝手な』と言いたいところだが、一般生徒がいる手前、そういう気持ちを顔には出さないように務める。
つくづく、世良は紳士的な男だ。この場に無関係な女子がいて、四人のうち誰が一番男前かと聞けば、まず間違いなく……これ以上は残りの三人に気の毒なのでやめておく。
「友人の友人はまた友人だ。ご一緒させてもらっていいか?」
と聞く世良に、常岡は、自分自身に言い聞かせるように応えた。
「そこまで言われて嫌というのはさすがに大人気ないし、何より、《保有者》である御剣に、申し訳立たないよな……」
それに友野が続く。
「構わないってよ。歓迎はするぜ、よろしく」
「うむ、よろしく。御剣もな、これからもよろしく頼む」
表情を変えなくても、喜色を雰囲気として表せるというのが世良の能力――《因子》とは無関係の、人間が感性によって編み出す“スキル”としての能力だった。それでは遠慮無く、といった様子で、テーブルの開いている席につく。
月詠も、御剣のようないい加減な人間でなければ基本誰にでも公平に接することができる真人間だ。外面的には。
「こちらも、よろしくお願いします」と微小を浮かべながら、世良の隣に座る。
あやめの周りがどんどん大所帯になってきた。まだ入学して二週間経つかそこらというタイミングである。それでも、多くの場合すでに学校のクラス内では特定の趣味や性格を持った者同士のグループというものはできる。しかしそれはほとんど、男同士か女同士、つまり同性の間でしか出来上がらない。
そういう意味では、今この場に出来上がっている輪は、特殊を通り越して異質なものだった。男も女も入り乱れている。その上、《保有者》と非保有者も。さらには生徒会執行部の役員に、入学早々喧嘩を起こした問題児が仲良く食事をしているのだ。無関係の人間が彼らのプロフィールを知れば、度肝を抜かれることだろう。
結論から言えば、あやめは何故こんなことになってしまったんだろうと、心の中で頭を抱える気分だった。
それでも、これはこれで中々心地のいいものだ。少なくとも、この学校に入学する前に期待していた、友達を作って賑やかに過ごす学園生活というものは、実現しているような気がした。
もっとも、そこに侵食した、ただひとつの異物。それが青春を謳歌しようとする少女の心に、大きなしこりを残していた。
そんなことを考えたからだろうか。あやめの眼には、御剣が一瞬険しい表情を浮かべたのがはっきりと見えた。本当に一瞬、質の悪い映画や動画に入り込むサブリミナル画像のように、瞬きすれば見逃すほどの短い変貌であったのだが、彼女の網膜はそのヴィジョンをはっきりと捉えた。
何事か、と思った瞬間。背後から囁き声が聞こえてきた。こんな状況で、ヒソヒソと話しかけてくるような者に、ひとりだけ見当がつく。
ロニーだ。彼女が、御剣の表情の理由を話してくれた。
友人達もいる手前一切リアクションをせず、ただ聞くことしかできなかったが。
「今、セーイチを誰かが見てた。あやめじゃないよ。執行部のお二人でも、友達でもない。まったく関係のない奴が、じっと視線を凝らしてたの」
「……」
「そいつ、十中八九《因子人》だね」
心臓が鼓動を強めるのが分かった。動揺を隠すのにあやめは必死になった。
《因子人》。それこそが、普通の少女であるあやめの心に癌細胞のごとく居座る巨大なしこりである。ヤツらはこの学校の中にも潜み、普通の人間として己の存在を隠蔽しているということは分かっているが、いざ実際に言葉として聞くと、空恐ろしくなる。
ロニーは、《因子人》の存在を、同類としてのシンパシーとでもいうべきもので感じ取ることができる。が、人間の肉体に隠れている時は話が別だ。せいぜい、“いる”というのが分かる程度で、性格な位置などは見当もつかない。しかもこの学校には、一人や二人ではない、結構な数の《因子人》がいる。
そんな中で今はっきりと、《因子人》の視線を察知できた。それはすなわち……
「今夜多分、何か起こるだろうね……」
思わず息を呑んだ。戦慄を隠しきることができず、頬が青ざめる。さすがに目に見えて表情が変わったあやめを見て、楠が心配そうな顔を浮かべた。
「どしたのあやめちゃん? お腹痛いの?」
「お弁当に変なもの入れたんじゃない?」と、立花がこちらの事情も知らず暢気に言う。が、今はこういう反応の方がありがたい。誤魔化しが効く。
「そ、そうかもぉ~、あはは。大丈夫大丈夫、今収まったから」
そう応えつつ、ひとまず気持ちを落ち着けることにする。そんな間にもテーブルでは、何気ない会話が続けられていた。肝心の御剣までケロリとした顔でそれに加わっているのがいっそむかついてくるが。
「近い内に発売されるゲームが楽しみで、うずうずしてんだよな」と御剣。
「それお前じゃないのか」と常岡の突っ込みが入る。
脅威が迫っているらしいというのに、こんなことで大丈夫なのかと思わず言いたくなるが、あんな態度でも、なんだかんだ言ってこれまで日常の裏で人々を守り続けていたのが御剣なのだ。この前だってそうだ。あやめだってしっかり守ってくれた。そんな彼なら、今夜何かが起ころうと、《因子人》を容赦なく捻り潰してくれるだろう。
あやめの友達、そして御剣の友達。彼を警戒しながらも、気さくに接してくれる者達。それだけではない。この学校の、この街の全ての人達。彼らが《因子人》によって殺されることは、あってはならない。そんな最悪の事態を、きっと御剣は防いでくれる。
日常の遥か彼方からの来訪者は、今も一歩一歩、その足音を近づけている。だが、彼らの思惑など、熱湯をかけた氷の如くひび割れて、内側から“発破”をかけられて解体されるビルのごとく崩壊されるのだ。御剣の手によって。
そう信じた。
※
食堂を大きく二分する、その片方の区画。《保有者》のエリアの一角。一人用の小さなテーブルの前で、椅子の背もたれに背を預けている一人の少女が、遠くの方に見える賑やかな一団をじっと見つめていた。その中にいる御剣の姿を。
色素が薄くやや灰色がかったショートヘアの髪と、同じく色素の薄い赤茶けた眼のその少女は、薄暗い暗闇で唱えられる呪詛のような静かな声で、呟いた。
「あの者をみすみす取り逃がしてしまったのは、やむを得ないこととはいえ迂闊だった。でも、問題がなかったようで、安心した……楽しい初対面になりそうで、嬉しいわ。御剣……誠一」
安心した、嬉しいと言いながらも、その眼には一切の安堵も喜びはなかった。その声も、ただ適当に開いた本の1ページに載ってあった文を、何気なく朗読したような抑揚の無さだった。世界から一定の距離を置き厭世の世界に隠匿するがごとく存在感のない――霧の塊のようなその身をゆっくりと立ち上がらせると、彼女はそのまま食堂を後にした。
彼女のブレザーの襟には、銀色の四角形と、その右側に二本の青銅の縦線がはしる襟章。《特殊型保有者》の証が、怪しい光沢を放っていた。




