Session.6 Neoplasm Part.2
「うぅ~~む……」
あやめとしては、今日一時限目の授業を何とか眠らずに乗り越えられたのは奇跡に近かった。開いていたノートに眼を向けると、ギリギリ解読できそうな気がする程度の暗号が羅列されてある。
そういえば、昨日買ったノートはあの騒動の最中にどこかへと消えてしまった。また買わなければならない。
昨日、あやめは一睡もできなかった。自分の身に起こった事態を省みながら、ひたすら自室でうろうろして夜が過ぎてしまった。消灯時間の後も結局、布団の上に座ったまま固まっていた。
あんなことがあったのだ、寝れるわけがない。生まれて初めて経験した徹夜第一回の疲れもそのままに、フラフラになって登校してきた。今も、“クマ”のできた眼はどこともない宙を虚ろに見つめている。
が、それでも彼女の意識は(それなりに)はっきりしていた。自室で夜を過ごす中で、御剣にさらに質問するべき項目を思いついたからだ。
それを、今日聞く。その一念のために、彼女はかろうじて意識を虚無の彼方に放逐せずに済んでいた。
さて、当の御剣は……
一時限目の休み時間。
座席にぼんやりと座っていた彼は、友野に声をかけられた。
「よお御剣ぃ」
御剣はすぐに、彼が何の用なのかを察した。この男も、変人に近い人種であっても、人間への誠意とちょっぴりの記憶力は持ち合わせている。
「お、そうだな。昨日の約束、果たしてもらおうか」と返事する。
食事を奢ってやるという、ありがたい約束だ。
こちらから言わずとも察していた御剣の声に、話が早いという調子の友野。
「そんじゃ、今日の昼飯にでも、どこでも好きなところで好きなだけ喰いな。男に二言はない。晩の間に『やめときゃよかったぁ~』なんて考えてないぜ、この俺はな……でも、あんまりエキサイトしないでね、ぼくちゃん高校生よ、コーコーセー」
「ハッハッハッ、ま、楽しみにしとくよ」
と、不意に満身創痍(?)のあやめが、会話に割り込んできた。
「あのお~、ちょっと御剣くぅん」
「うおっ!?」
その低い唸るような声に、友野が思わずたじろいだ。
が、そんな彼のことは無視し、御剣の机に両手をついて、彼女は続けた。
「今日の昼休みぃ、ちょおっといいかしら」
それを聞いて、友野はハッ、と我に帰った。
「おい待てぇい。何の用事があるのかはしらんけど、今日は俺とダチとこいつの三人で飯食いにいくんだよ。あんたはお呼びじゃねぇ」
「あぁん?」
いきなり食って掛かってきたものだから、あやめも彼の方を、眠気のために嫌でも細くなる眼で睨みつけた。
思わず口答えしたくなるが、向こうにも事情があるのを察して、なんとかこらえる。意識が朦朧としても一歩引くことができる辺り、彼女も社交的には優秀な女性だ。
が、そんな彼女の淑女的嗜みも、御剣の一声で無価値と化した。
「いいぜ入須川」
「え?」
「えぇっ?」
あやめと友野が同時に驚く。友野の場合、その顔には言い様のない哀愁も存在していた。
すがりつくように御剣の肩に手を置いた彼は、半ベソをかいていた。
「ちょ、ちょ……なんだよぅ~。や、約束したじゃねえかよぉまた“フイ”にすんのかよそんなのないよおうぅ~。っていうかそもそもなんでお前と入須川がこんな仲良さそうに話して……まさか」
一瞬固まり、その額が青く染まる。
今度は半ベソというより、号泣になった。
「お前早速“そんなこと”すんのかよおぉ~~! 彼女なんて作って、お、俺達が右も左も分かってない間にいちゃこらしやがってクソぅぅ~……許さねぇ、絶交だぁ!」
「いや、ちょ! ま、待てって泣くな喚くな、みっともない。勘弁してくれ、詳しくは言えないが大事な用なんだ。こいつと二人きりで話しなくちゃいけなくなった。許してくれよ、な? 明日! 明日飯食いに行こう。なんだったら俺の方が奢ってやるからさ」
最後の台詞を聞いて、友野がケロリと態度を変えた。
「え? ほんとおぉ~っ?」
「お、おう……」
「なら許す」
「こいつ……」
思いの外強かな上に現金な友野にうろたえる御剣。迂闊な発言をするべきではなかった。
が、そんな彼の後悔など露とも知らず、あやめが重要な点を訂正する。
「なんだっていいけどねぇ友野くん。別に私はこいつの彼女でもなんでもないわよ。こんな鳩と遊ぶような奴となんか、だぁーれが!」
「お、お前……」
友野に奢ってもらうつもりが逆に奢る側に回り、あやめからは『鳩と遊ぶ奴』扱いされ、御剣ひとりがひもじい思いをする羽目になった。
しかしなんであれ、今日の昼の予定はきまった。
「そんじゃまぁしょうがねえや、今日は我慢我慢ん~♪」
と、落ち込むどころか意気揚々と自分の席へと戻っていく友野。その背中をチラリと眼で追ったあやめは、背後から漂うように響く声を聞いた。
「あの子にもセーイチにも、心の中でぐらいは『ごめんなさい』しとかなきゃね。あなたとの話が“最優先”だけど、ホントは一緒にご飯食べたかったんだよ」
咄嗟に後ろに振り返ると、ロニーがにこやかな笑みを浮かべていた。
実は彼女は、学校での授業中含めほとんどの時間御剣と一緒にいた。ただ、並の人間には彼女の姿が見えないだけである。人の“認識”を操作するのは《因子》の業だ。物理法則を歪めることができて、人の五感を歪めることができないわけがない。今は特別、あやめにだけは見えるようになっている。
彼女の言葉は、言われずともよく分かっている。
あやめは小さく頷いた後、御剣の方を向きなおして、
「ごめん。どうしても、聞きたいことがあったの」
「別にいいさ。その死にそうな顔、ヒヒッ、笑っちまうぜ。昨日は寝付けなかったんだろ。今日いろいろ心の中に整理つけとかなけりゃ、明日はいよいよぶっ倒れるかもしれねえよな」
その辛辣な物言いには怒りそうになったが。友達との約束を反故にさせてでも付きあわせているのだ。これぐらいの皮肉ぐらいは、言わせてやらないといけないと思った。
※
昼休み。あやめと御剣は、わざわざ面倒くさい手続きを踏んで屋上へ上がって、話をすることにした。なるべくなら、人気のないところで話をしたかったからだ。
しかし、二日連続となると、その内御剣に“よく屋上に上がる奴”とかレッテルが貼られそうだ。鳩と遊んでよく屋上にいく奴。完全無欠の変人だ。
とはいえ、そうさせている一因が自分にもあるのだからあまりこういうことは考えないようにしようと戒めつつ、あやめは近くの手すりにもたれかかりながら、第一声を発した。
「いくつか質問があるの。今日はそれだけ聞きたい」
「おう。なんでも聞きな。なんでも答えるわけじゃなけど」
「《先導会》が、《因子人》が作った組織って言ってたけど」
「“もしかしたら”な」
「でも、《先導会》は《因子》を発見した草薙教授――いや、ここなら理事長って言った方がいいかな? 草薙理事長が作ったって話だよ。理事長も《因子人》だって言うの?」
「……いいか? 何度だっていうけど、“もしかしたら”だ。でも、その質問、一概にNOってわけでもないのは分かるよな?」
身勝手な人間の十八番、“質問返し”だ。
とはいえ、あやめには彼の発言の意味はよく分かっていた。
「自分で見つけた《因子》が、自分の身に宿っても変じゃあないわね。草薙理事長も《保有者》になって、それで《因子人》に身体を乗っ取られた。今の理事長は《因子人》、本当の草薙 魁じゃない……“かもしれない”」
「そう、“かもしれない”だ。あくまでな」
「……」
閉口するしかない。あくまで予想の段階ではあるが、もしそれが的中していればと考えると空恐ろしくなる。
それはすなわち、《因子》とは、発見した当人ですら制御できない代物ということになるのだ。
もっとも、全ては“かもしれない”だ。予想が誤りである可能性もある以上、このことに関してはくよくよ考えることでもない。
重苦しい沈黙に数秒身を委ねつつ、やがてあやめはそこから抜け出し、口を開いた。
「次の質問だけど。あなたはこれまでもずっと、ああやって《因子人》と戦い続けてきたの?」
御剣は即答した。
「そうだ。ほぼ七年間。ヤツらはその性質上、夜に活動することが多い。ヤツらが現れる日は、ロニーがその存在を察してくれる。そしたら、寝る間も惜しんで飛び出し、化け物相手に血が飛ぶ肉が飛ぶの大立ち回りさ。毎日そうってわけじゃない、月何回かだがね。そういわけなんで、これから授業中ぐっすりって時が何度かあるだろうか。それは昨日はお仕事してたってことだからな。サボってるとか思っちゃダメだぞ」
肩をすくめる御剣の後ろから、ロニーがひょっこり顔を出す。
「その代わり、そういう日は私がしっかり授業聞いてるよ。そんでもってちょっとした時間に教えてあげてるんだ。人間の勉強はまどろっこしいけど面白いねぇ~」
当人達は笑い話のように言っているが、あやめとしては苦い顔をせずにはいられない。
「七年間って……」
《因子》の発見とほぼ同時期から、彼は戦っているということだ。
ということは、10歳に達するか否かという時期から。
あやめが10歳の頃といえば、同級生の男子達が、コミックやアニメに登場する縦横無尽に戦うキャラクター達に憧れていた。彼らが冗談で怪人なんてやっつけてやると笑っていた頃、本当に同い年の少年が、戦っていたのだ。
そんなことを考えると、息が詰まりそうになる。
また、質問したいことが思い浮かんできた。
「ねぇ。御剣くんみたいに、《因子人》と戦ってる人は、いるの?」
「そりゃあいるさ。俺ひとりがこんな狭い街で連中と戦ってたってどうにもならん。俺に《因子人》のことを教えてくれた人は、全国を回って“同志”を集めているって言ってた。とはいえ、それでもとても日本中にはいびこってる《因子人》共全員をマークできる数じゃあないけどな。どこかで足がつかないように、連絡網とかもなくて、それぞれどこにいるのかも分からないようになってる。数だってはっきりしちゃいない。そういうところ含めて、組織立ってるとは言えないただのレジスタンスさ」
「……」
組織立っていなかろうがレジスタンスだろうが、改めてはっきりとそれを聞ければ、少しだけ安心できた。《因子人》の魔の手は日本中に伸びているが、その分彼らの暴走を食い止める者も、いないわけではないということだ。
が、あやめがこの質問をしたのは、こうやって安心したいからではない。この回答を踏まえた上で、本当に聞きたいことは別にあった。
「ひとりやふたりじゃないのね?」
「あぁ。少なくても十人は超えてるんじゃないかな。今だって増えてると思う」
「だ、だったらさ。わざわざ御剣くんが戦う必要だってないわけだよね。十人が九人に減るだけだもの。その……どうして御剣くんは、《因子人》と戦ってるの? 怖く、ないの?」
その質問を受けた御剣の眼の色が、少しだけ変わった。ほんの僅かにだ。
一秒か二秒、空気が固まった。それは些少な沈黙だったが、彼の心の小さな揺らぎの証左でもあった。その口から発せられる声も、かすかに明るさを失っているように聞こえた。
「そうだな……まず、罪もない人々が殺されるのを防ぎたい。そういう気持ちは第一条件だな。でないとやってけないってのは確かだよ、いつか死ぬか分からないものな」
最後の言葉の重みは、“それ”を実感している者独特の説得力を帯びていた。もしかしたら、七年間の戦いの中で、《因子人》の犠牲になった人を何人か見てきたのかもしれない。
あやめはただ黙して生唾を飲み込む。
「それに、俺の個人的な事情ってのもある。それについては詳しくは言えない。すまないけど、その質問にはこれ以上の応えはできないな」
“個人的な事情”。その言葉には、あやめでは計り知れない何かが秘められていた。彼を戦いに駆り立てるだけの何かが。
充分な解答とは言えないが、彼が生半可な気持ちで《因子人》と戦っていないということは分かった。
次の質問に移る。これが最後の質問だ。あやめ個人としても重要だが、それ以上に葦原高の生徒として、聞いておかなければならないことだった。
「御剣くんは、《保有者》なんだよね?」
「いちいち言わなきゃだめかァ?」
「……じゃあさ、どうしてわざわざそれを隠して、私と同じ一般生徒として入学したの? 《保有者》ならせめて襟章つけなきゃ、これじゃ校則違反だよ。後で大変なことになるかもしれないよ? 捕まったっておかしくない。この学校に入学したこと自体はさ。多分、ここならいろんな《保有者》がいるから、《因子人》だってたくさんいるかもしれない。それを早く見つけるためでしょ? それは分かるんだよ」
「ほうぇ~っ。なかなか冴えるじゃないの」
「でも、どうしてわざわざ危ない橋を渡ってまで、一般生徒として入学したの? 《因子人》を見つけるためなら、別に特別棟でもいいじゃない。どうして、私達みたいな普通の人達と一緒にいようとしたの……」
「そう、それだよ、“普通の人達”」
「……え?」
また、一瞬だけ御剣が黙った。その沈黙は、先程よりは長かった。
珍しく神妙な面持ちになった彼の表情はまた、あやめにとっては初めて見るものだった。どこか悲しげな顔だった。
彼の声が小さく響く。
「俺さ、普通の人間に憧れてるんだよ。ホントは、《保有者》になんてなりたくなかった。だから、せめて“普通”の世界に溶け込んでいたかったんだ。固定概念の凝り固まった《保有者》達の中にいると、落ち着かない。気分が沈む」
「……」
あやめは、ある言葉を言いかけたが、寸前で口を噤んだ。今それを言うのは、間違ってる気がしたからだ。
だが、そんな彼女の心の内を御剣は察していた。言いかけていた言葉を代弁する。
「あんたの言いたいことは分かるよ。『その割には、昨日は楽しそうにケタケタ笑いながら、《因子》の力を使って戦っていた』……もっともだ」
図星をつかれ、思わず縮み上がる。それを見て自嘲気味に笑いつつ、彼は続ける。
「でもなぁ、しょうがないんだよ、こればかりは。これも“事情”さ。今は言えない。言いたくないんだ……」
「御剣くん……」
あやめは彼のことを、頼もしくも、イカれたおかしな奴だと思っていた。
人々を守る優しい心を持ちながらも、嬉々として敵を嬲り殺す、狂人と紙一重――というより、その境界をすでに超えている人間だと思っていた。
だが、それだけでもないらしい。その恐ろしい表面の向こうに、人知れぬ闇と、弱さを持っていると感じられた。
彼女は御剣に、少しだけ親しみが湧いた気がした。
そんな中でだった。
いつの間にかどこかへいっていたロニーが、不意に割り込んできた。
「お話はもう終わりみたいだよ」
「え?」
「……」
突然の言葉にあやめは呆気にとられたが、一方御剣は、流し目でロニーを見つつ何が起こったのかを察したようだった。彼は、気だるそうにどこか別の場所に目線を向けた。
「どうしたの?」とあやめ。
「《保有者》が来る。そうだろロニー?」
「そう。“金に輝く星印”! 《魔導型》の《Aランク》。階段を上がってくるのを見かけたんだ」
「《保有者》っ?」
あやめは思わず叫んだ。
人が、しかも《保有者》がこっちに来る。余程のことがなければ誰も来ない屋上にわざわざ……
ほぼ間違いなく、ここに御剣とあやめがいることを知ってきているのだ。すなわち、何らかの目的がある。
何か、無性に嫌な予感がしてきた。
あやめも御剣と同じ方を向いた、出入り口のドアだ。
乾いた金切り音を鳴らし、ドアが開く。その奥から、ひとりの男子生徒が現れた。その学生服の襟には、茶色、赤色、水色、緑色、白の点を、金色の線で結んだ星形の襟章がある。いわゆる五芒星というものだ。茶色は“地”、赤は“火”、水色は“水”、緑は“風”、白は“空”あるいは“霊”。魔術の根幹となる五つの要素を表している。すなわち……
男は、身構えるように立っていたあやめと御剣を見て、眼を丸くした。その表情はなかなかにコミカルなものだった。
ゆっくりとこちらに近づきながら、御剣以上にだらしなさそうな声で言う。
「あぁ、いやいや、そう身構えんでくれよ。いきなりでびっくりしたとは思うが、そうやって目に見えて警戒されては落ち込んでしまう。別に危害を加えようと思ったわけじゃあないんだ」
そうして、御剣と2mぐらいの場所で立ち止まってから、続ける。
「まずは自己紹介。おォーっと! そっちは別に名乗らんでいいぞ。もう知っとるからな。自分は佐原 刃一郎。二年生。この学校で、生徒会副会長をやらせてもらってる」
――生徒会!――
あやめは思わず胸中で驚嘆した。
先程の嫌な予感の正体が分かった。生徒会の人間が御剣に用がある。考えられることは限られていた。
佐原の、実年齢の割には“おっさんくさい”声はなおも続く。
「御剣 誠一。自分がお前さんのところにきた理由は大体察しとるだろう。放課後、ちょいと特別棟にまで来てもらおうか。身構えんでいいが、わりかし大事な話ではある」
「分かりました」
御剣は、あっさりと佐原の言葉を聞き入れた。彼の言葉通り、自分が生徒会副会長から直々のご指名を受けることになった原因をよく分かっているからだ。
それはあやめにしても同じだった。いましがた、“そのこと”についての話をしたばかりなのだ。
「うむ。飲み込みが早くて助かる。またその時になったら迎えにいくよ。中庭で待っててくれ。約束破って帰ったりしたら、男だけどストーカーさせてもらうからな~。ってなわけでそんじゃなん、またなァ~~ん」
あっという間に、生徒会副会長の佐原は去っていった。
残されたふたりの間には、重苦しい空気が充満していた。開放された屋上にいるはずなのに、自分達の周囲だけ閉塞された空間であるかのように、息苦しささえ感じられた。
あやめは、御剣の方へ向きながら、沈んだ声で呼びかけた。
「御剣くん、あれって……」
彼は、小さく頷いた。
「やっぱり、ちょっとやりすぎたかな。まぁ、いずれこうなるとは思ってたんだ。あやめ、あそこ見てみな」
言いながら彼が指さした方に眼を向けたあやめは、吃驚した。
「なにあれ!? 手すりっ?」
「そうだ。多分、夏目先輩に宿っていた《因子人》がへし折ったんだろう。実はさ、俺ここであの人と、腰巾着の《Cランク》三人相手に、喧嘩したんだよね。あそこのタイルが砕けてるだろ? あれ俺がやったんだよ」
「……ってことは」
これで確定した。あの佐原副会長は、ここで繰り広げられた喧嘩の調査を通して、御剣が《保有者》であることを知っている。一般生徒であるはずの男が、《因子》を宿しているということを。
そのことについて、話をしようというのだ。
まさしく、“噂をすれば~”だ。恐れていた事態が早速現実のものとなってしまった。
御剣は、遠くの空をぼんやりと見つめながら、独りごとでも言うような調子でぼやいた。
「はぁ~あ。めんどくせえなあ」
「めんどくさいって……っ」
自分がどういう境遇に立たされているのか分かっているのか、と批難しようとしたあやめ。だが、そうする前にくるりとこちらに振り向いてきた彼の顔に、口元まで上がってきた言葉も飲み込むしかなかった。
彼の眼には、“あの時”と同じ頼もしい光が見えた。眼の前の怪物に対して、まったく臆していなかったあの不敵さがあった。
「ま、心配すんな入須川。明日もよろしくなっ」
あやめはその陽気な笑みと共に発せられた飄々とした声を、ただ愕然とした顔で聞き流すしかなかった。




