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Session.1 Beginning Part.1

ということで、これより始まります。

序盤ということでどうしても説明が多めになってしまいますが、ご了承ください。



 入須川 あやめの心は、引き締まっていた。

 今日この日、彼女は高校生になるのだ。しかも、両親に恩返しをしたいという気持ちを抱いてこつこつと努力してきた日々が報われ、志望していたとある進学校に入学することができるのだから、やる気も出る。

 その両親を故郷に残して都会へと移り、ひとり寮生活をすることになる。まさしく、新しい生活がこれから始まるのだ。これで気が引き締まらない奴がいるとしたら、そいつの顔を写メに撮って拡散希望したいところだ。


 すでに寮の部屋の整理も終わって準備は万端、真新しいブレザーに身を包み、母校へ向かう道を歩きながら、彼女は心のなかで声高らかに語っていた。


――見ててよ父さん母さん。私これから一生懸命頑張って、立派な大人になる。そんでもって、一人前になった顔を見せてあげるから! そのためにも……んよぉ~し頑張るぞーっ!――




 そんな初々しい決意だったが、校門をくぐりその向こう側へと足を踏み入れた瞬間、頭の中から吹き飛んで虚無の彼方へと消え去りそうになった。


 雄大にそびえ立ついくつもの建物と、長々と続く整備された道、そして、何本あるかも分からない桜の木が揃いに揃って咲き誇っている光景に、あやめは、開いた口が塞がらなくなった。

 ありとあらゆるものが、彼女の中にあった中学までの“学校”のイメージとは一線を画する、別世界の光景に見えた。

 仕方がないことである。彼女はついこの前まで、田舎町の古ぼけた中学校に通っていたのを、努力だけでここにやってきたのだから。


 ここが、彼女がこれから通う、《先導会葦原学園高等学校》だ。

 その名前にも含まれている《先導会》という機関が、小中高、そして大学までも一括して管理している《葦原学園》の、高等部である。

 エスカレーター式で大学まで進学できるが、中途での入学も受け入れている。

 ある理由により、実質現在の日本において最高クラスの学校だと言ってまず問題ない。


 そういう次元の世界というわけだ。


 それを再認識したあやめは、この葦原学園が、広大な敷地の中に小中高大の各学校と学生寮、さらには学生向けの各種施設を集めた、ひとつの街と言ってもいい巨大なグループであることも同時に思い出した。少し前までごく一般的な学生だった身としては、信じられないような話だった。


 途端にあやめは、気持ちが萎縮して、身体が縮こまりそうになった。自分はこんな場所には不釣り合いな人間ではないのか、という気持ちが沸き起こってくる。


 が、すぐに気を取り直して、頭をぶんぶんと振る。

 そうして、「ふむっ!」とよく分からない声で気合を入れてから、また心の中で声をあげた。


――いやいや! 私だって、自分なりに頑張ってやってきたんだもの、それが認められたから今ここにいるのよ。 変に気負うことなんてない。まったくね!――


 彼女の言葉通りというわけではないが、この葦原学園は、その規模と環境の割には、授業料はむしろ一般的な学校よりも安いほどだった。学園を管理している《先導会》が巨額を投じて、入学金から学校の維持費など、生徒やその家族の負担となる諸々の費用を補償しているからだ。

 だから、入学試験に合格さえすれば、金銭面についてはほぼ問題がない。ごくごく一般的な家庭であっても、経済的な圧迫などは生じない。この学校は別段、富裕層向けのボンボン学校というわけではないのだ。

 ということで、学園には実際のところ、あやめのように地方から入学してくるものだって多い。


 そう。自分がこの学校に通うことに、おかしな点など何もない。

 そのことを改めて確認したあやめは、萎えそうになった心をもう一度引き締め、一歩を踏み出した。


 とはいえ、入学式で校長がスピーチを始めると、少しだけ眠くなってしまうわけだが。




    ※




 ひとまず入学式も終わって、あやめは自分の教室へと向かった。一年生はA~Eまでの5クラスがある。ひとクラス大体30人ぐらいの生徒がいる。あやめのクラスはA組だ。


 校舎の中は、思っていたよりかは普通の学校らしかった。まぁ、学校に学校以上の機能をもたせる必要などないのだから、外見はともかく中身にはそれほど違いは生じないのだろう。とはいえ、当然のように廊下まで冷暖房完備で、なにやらよく分からないセキュリティ設備もあるらしく、田舎育ちのあやめとしてはさながら近未来の建物だったが。

 まだ開校して十年も経っていないこともあって、新品同然の清潔さが右にも左にも上下にも、眼に痛いほどに溢れかえっていた。


 ひとまず、なんとか迷わずに1-Aの教室へと到着したあやめは、他の生徒に続いて教室の中へと入った。すぐに入学式後のホームルームがあるということで、次々と生徒が席についていく。あやめが知っている顔は、ひとつもなかった。


 これから、新しい友人を作っていかなければならない。

 正直、不安でないと言い切れるわけがなかった。それでも、他の人達が当たり前のようにできることなのだ。自分にだってできると、あやめは信じていた。

 すぐにでも、気の合う友達はできるだろう。そういう友達と一緒に、これから頑張っていくのだ。

 そう思いながら、彼女もまた自分の席についた。




 それからほどなくして、先生が教室に入ってきて、教壇に立った。

 まずはホワイトボードに(黒板じゃない! by.あやめ)大きな字で自分の名前を書いてから、その先生――與座(ヨザ) 荻郎(オギロウ)――が話し始めた。短めの髪に、スーツこそ着ているが上着のボタンを全部外して、中々ラフそうな格好だった。

「え~、このクラスの担任になりました、與座 荻郎と言います。これから、よろしくしてくれな。聞きたいことがあったら、気軽に相談していいからねぇ。ねっ、よろしくなぁ」


 中々気さくで、親しみやすそうな先生だと思った。


 與座先生は続いて、学生生活のしおりのようなものを配布してから、今後の学生生活についての話をした。わざわざ言われなくても分かっているようなことがほとんどだったが、一応大事なことではあるので、あやめも“校長先生のお話”よりかは真剣に聞いていた。


 ふと、入学式に、葦原学園の”理事長”が出席していないことを思い出した。

 確か、《先導会》の会長が学園の理事長も務めていたはずである。仕事が忙しいのだろうか?

 名前は……思い出せない。




 と、不意に與座先生が険しい顔つきになり、教室の左奥の方を指さしながら、言った。

「おい……おぉーい、そこの」


 思わず指差された方へと振り向いたあやめの眼には、机に突っ伏してじっとしている一人の男子生徒が見えた。両腕を机の上に乗せて、さらにその上に額を乗せてうずくまっている。この姿が何を意味するのか、分からないあやめではなかった。


 與座先生は、生徒の名前が載っている名簿へと視線を映し、しばらく眺めた後、再びその男子生徒へと視線を戻してから、大声で言った。

「おぉい御剣(ミツルギ) 誠一(セイイチ)、お前起きないかぁーっ」


 瞬間、御剣と呼ばれた男子生徒はぴくりと身体を揺らし、「んおぉ……?」と妙な声を上げながらゆっくりと顔を上げた。眼の焦点は定まらず口は半開きで、馬鹿みたいな顔をしていた。

 そんな御剣を見て、與座先生は続ける。

「ったくよぉー、お前入学して最初のホームルームで居眠りはさすがに失礼だろぉ。先生傷ついたぞおい、これで結構繊細なんだからなぁ」


 その声を聞いた御剣は、しばらく宙をぼけーっと眺めた後、はっとして眼を見開いた。そう思うと、今度はへらへらした笑いを浮かべてこんなことをのたまう。

「あっ、いや、すみませぇ~ん。今度は分からないように居眠りしますよ……っへへ」


 それに、先生がぴしゃりと言い返す。

「バカヤロウ望むところだおい! どんな小細工しても見破ってやるからな」

「いや望んじゃ駄目でしょ」


 どこからともなく突っ込みが飛んで、教室の中が笑い声で包まれた。

「あ、そうだった」と言って頭を掻く與座先生に、あやめも思わず吹き出しながら、頭の中で呟いていた。


――先生も面白い人だし、楽しいクラスじゃない。ここでならきっと、上手くやっていけるわね。なんか変な男子もいるけど……――


 そうして、この笑いの渦中にいることを知ってか知らずか、まだへらへら笑っている御剣 誠一とかいう生徒の方を見る。

 柔らかそうだが寝癖の多い髪からは、いかにもガサツな印象を受ける。

 だが、それだけではない。その姿からは何故だか、変だとかガサツだとかいう言葉だけでは形容できない、何が含まれているような気もしていた。




    ※




 ホームルームも終わり、そのまま解散、放課後になった。とはいえ、寮に戻ってもやることのないあやめは、しばらく学校に残っていることにした。

 葦原学園は、この高等部だけでもかなりの広さがある。ひとつの公園のように大きな中庭があるという話だったので、そこにいって、早速友達を何人か作ってみようと考えた。


 いざ中庭へとやってくると、またしても眼を見張るような気分になる。噂に違わぬ広さであり、中央には大きな噴水まであった。中学時代のあやめの母校にもちょっとした中庭ぐらいあったし噴水だってあったが、小さくて苔むしていて、実に貧相だった。


 あやめ以外にも、ニ、三年生を含めて多くの生徒がいた。

 あやめと同じ目的の人もいれば、早速新入生を部活動に誘おうとしている人もいるのだろう。後は、新しい学校生活が始まって早々、彼女でも作ろうとしているお盛んな青少年とかも多いことだろう。

 さすが一流進学校の葦原高校だ。賑やかさも違う。


 あやめは、この賑やかさに負けないよう、心の中でぐっと踏ん張った。

――よぉーし、何事も最初が肝心。今後の学校生活のためにも、やるわよー!――


 と、その時だった。


「ん?」

 噴水の前にあるひとつの人影が、あやめの眼に入り込んだ。

 先ほど與座先生に叱られていた、御剣 誠一だった。

 しゃがみこんで鳩を後ろから捕まえようとしていた。が、すぐに気付かれ、あっさりと逃げられてしまった。飛び去っていく鳩を眼で追いながら、ぽかーんとした顔をしている。


 その間の抜けた姿に、あやめは呆れ返った。

 まったく、つくづく変な男子だ。なんでここにきて鳩なんかと戯れているのか。あれじゃ友達できないんじゃないか?

 しかしまぁ、ああいう奴と親しくなるのも、それはそれで楽しそうな気がしてきた。ひとしきりいろんな人と話をした後、ちょっとした戯れで声をかけてみるのもいいか。

 そんなことを考えつつ、彼から視線を外そうとする。


 だが、それができなかった。御剣の次なる所作に、あやめの眼は訳もなく釘付けにされてしまった。

 彼は、流れるような動作でスクッと立ち上がると、そのままくるりと振り返り、あやめの方へと顔を向けた。正確には、その視線はあやめのすぐ近くへと向いているようだった。


 何よりあやめが彼の顔から視線を外すことができなかったのは、そこに張り付いた、冷め切った雰囲気のためだった。


 先程までの馬鹿みたいな表情が初めから無かったかのように消え、別人のようになっていた。さっきまでいた御剣 誠一という人間が何者かに殺され、その何者かが彼にすり変わったと言ってもいいほどだった。

 もちろん、そんな訳がないが……


 ホームルームの中で彼から感じた不可思議な雰囲気。その正体が分かったような気がした。


「え……?」

 思わず声を漏らしたあやめは、次いで、ある音を聞いた。

 重い石が地面に叩きつけられるような鈍い音と、男のうめき声だ。


「いってぇっ!」


 あやめが思わず声のした方へ向くと、ひとりの男子生徒が地面に這いつくばって倒れているのが見えた。右手で顔を押さえており、指の間からは赤く腫れ上がった鼻が見えた。どうやら鼻血も出ているようだ。

 彼の傍らには、四人ほどの別の男性生徒が立っていた。

 その内のひとりが、面白そうににやにや笑いながら言う。鼻血まで流して呻いている男を見ながらだ。

「どうした? そんな盛大にコケてよ。足元に気をつけて歩けよな。ハハッ」


 そう言って笑う男に続いて、他の三人も乾いた笑声を発した。

 その様子を傍から見ただけでも、一部始終を目撃していないあやめですら、何が起こったのか分かった


 倒れていた男子生徒が跳ねるように起き上がり、笑っている連中に振り向いた。その顔は怒りの形相を浮かべている。

「ふざけんなよオイ! お前が足引っ掛けたんだろうが! いや、引っ掛けたなんてもんじゃねぇ、思いっきりつま先蹴り上げやがっただろ!」


 鼻頭を腫らしながら激しい剣幕で怒鳴る男子生徒の声に、その相手はなおもにやついた顔で応えた。

「おいおい、なんだよお前ぇ~?」


 そのしらばっくれた態度は、逆に自分が足を引っ掛けて転ばせたと証明しているようなものだった。さすがにこれには、男子生徒も怒りの沸点を超えそうになった。


「お前……喧嘩売ってんのかよ、コラァ!」

 そう叫びながら、相手の襟首に掴みかかろうとする。


 が、その瞬間だった。彼は、今まさに掴もうとした襟のところに見える、小さな襟章に気がついた。

 彼の怒りは一瞬にして、砂漠に染みこむ一滴の水滴のごとく消え去り、その顔は、腫れた鼻を除いて蒼白になった。襟首を掴もうとする腕の動きを止め、思わず後ろに身を引く。


 襟章に輝く、銀色の剣と盾。その象徴的なモチーフがそうさせたのだ。目の前の男が何者であるのかを示す、無言の証言者のために。


 あやめは、心の中で驚嘆した。

――保有者(ホルダー)だ!――



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